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柔軟な働き方の落とし穴:自己危険行動から従業員を守るには(全3記事)

「よくがんばったね」が職場の危険を助長する? ハイパフォーマーが身体を壊して“突然離脱”が起こるわけ

組織課題を丹念に読み解く調査&コンサルティング会社「ビジネスリサーチラボ」が開催するセミナー。今回は「柔軟な働き方の落とし穴」をテーマとしたセッションの模様をお届けします。自己危険行動を取りやすい人の特徴や、ハイパフォーマーの突然離脱が起きる背景などが語られました。

看護師に多く見られる「自己危険行動」

伊達洋駆氏:では、次のパートに入っていきましょう。 ここからは、「自己危険行動」についてさらに掘り下げて見ていきたいと思います。

自己危険行動に関する研究は、特に医療の領域で多く行われています。中でも、看護師に関する研究が非常に示唆に富んでいるので、今回はそれを取り上げてご紹介したいと思います。

看護師には、いわば職業倫理のようなものがありますよね。こういった倫理がなければ困るわけで、自分が患者だったとしても、そうした倫理を持っていない看護師には不安を感じると思います。

実際に、「患者のために」という意識が非常に強く、自分のことよりも患者のニーズを優先して働いている看護師は少なくありません。その結果として、自分の休息や休憩を後回しにしてしまう傾向があることが、研究で明らかになっています。

例えば、点滴の管理、バイタルサインのチェック、投薬の管理といった業務は、どれもミスが許されない非常に重要な仕事です。患者の健康や生命に関わる仕事であるがゆえに、「患者のためにがんばらなければ」という意識が強くなり、自分の体調や休憩を犠牲にする行動が起きているということです。

同僚が急に休まざるを得なくなった時は、自分の休憩時間を削ってでも、その同僚の担当している患者のケアを引き受けようとするといった傾向があります。あるいは、自分の勤務時間が終わっても、次に入る勤務者への申し送り、つまり引き継ぎを行う必要があります。

その引き継ぎが不十分だと、患者のためにならない。そう考えて、勤務時間外であっても残って、きちんと情報共有を行おうとする。これは本来、良いことなんですけれども、これを過度に行うと、結果的に看護師自身への負荷が大きくなってしまうのです。

自己危険行動を取りやすい人の特徴

こうした行動の背景には、仕事や患者に対する強い使命感があります。また、同僚からの期待に応えたいという気持ちや、チームとして働く仲間に対する責任感も、大きく作用しています。

看護師の方々は、医療のプロフェッショナルですから、「過剰な労働が健康に悪い」ということは、当然理解しています。だからこそ、「自分自身も人間なのだから、ちゃんとセルフケアをしないといけない」と頭ではわかっている。でも、それがなかなか実行できない状況に置かれているわけです。

その背景にはさまざまな要因がありますが、やはり大きなものとして、「患者のために」という職業倫理が強く影響しています。そのほかにも、交代制勤務による不規則な生活リズム、急な呼び出し、患者の急変などの要因もあります。

そうした状況の中で、ただでさえ休息を取りにくい環境であるにもかかわらず、さらに自己危険行動を取ってしまうといった傾向が確認されているのです。

そして、さまざまな研究の中で一貫して示されているのが、「利他的な動機が強い人ほど、自己危険行動を取りやすい」という点です。利他的というのは、利己的の逆で、他者のために動きたいというモチベーションを持っている人のことを指します。

例えば、患者の容態が急変した時に、自分の休憩時間を返上して、真っ先に対応にあたるといった行動。また、先ほど挙げたように、夜勤明けでも申し送りが不十分だと感じれば、そのまま帰らずに、しっかりと情報共有を行う。自分の休息の時間、勤務と勤務の間にあるインターバルの時間を使ってまで、仕事をまっとうしようとするわけです。

たとえそこまでやる必要がなかったとしても、「きちんとやらなければならない」と感じる。あるいは、自分の体調が優れない場合でも、「やらなければ」と無理をして対応してしまう。こうした行動は、「利他的自己危険行動」とも呼ばれています。

特に、これまで例に挙げてきた医療や福祉、教育といった領域、つまり「対人援助職」と呼ばれる、他者をサポートすることが主な業務である職種において、この利他的自己危険行動が顕著に見られる傾向があります。

教育の現場でも、「生徒のために」といった思いから、過剰なサービス残業をしてしまう。こうした問題は、社会的にも指摘されていますが、この文脈で捉えると、それも自己危険行動の一種と考えることができます。

自己危険行動につながる、自己肯定感の低さ

そして、この自己危険行動に関連するもう1つの要因が「自己肯定感」です。自己肯定感とは、自分自身に対する評価のことを指します。自己肯定感が高いというのは、自分を肯定的に評価している状態。逆に、自己肯定感が低いというのは、自分のことを低く評価している状態を意味します。

この自己肯定感の「低さ」が、実は自己危険行動に関係しているということが明らかになっています。自己肯定感が低いと、他者からの評価や承認を強く求める傾向が出てくるのです。

自分の評価があまり高くない、つまり「自分はちゃんとやれていないな」と思っていると、他者からの評価や承認を得たいという気持ちが強くなってきます。自分の価値を、なんとか確認したいと思うわけです。

例えば、「この人は頼りになる」と思われたいという気持ちから、過剰に仕事を引き受けてしまう。あるいは、「この人は誰よりも患者のことを考えている」と思われるように行動することで、自己肯定感を高めよう、あるいは保とうとする。

また、助けを求められた時に、「ここで断ったら、自分にはあまり価値がないのではないか」と感じたり、「自分が犠牲になってでも他の人のニーズに応えなければ、自分には価値がないのではないか」と思ってしまったりする。こうした気持ちによって、自分を犠牲にしてまでがんばる行動が強化されてしまう可能性があるのです。

「よくがんばったね」が職場の危険を助長する?

これは、なかなか恐ろしいというか、止めるのが簡単ではありません。自己危険行動が厄介なのは、悪意があるわけではないという点です。困っている人を助けたい、人の役に立ちたいといった、利他的なモチベーションが背景にある場合が多く、ある種の使命感を持って行動していることもあります。

先ほど挙げたような医療、福祉、教育といった「対人援助職」に限らず、日本の労働慣行全体にも、利他的な価値観を評価する傾向がありますよね。特に対人援助職の世界では、もともとそうした価値観に共鳴して職業を選ぶ人も多く、自分の健康状態を脇に置いてでも、患者や同僚のニーズに応えようとする。そうした行動を自然と取ってしまうのです。

さらに厄介なのは、こうした利他的、自己犠牲的な自己危険行動が、組織の中で「良い行動」として評価されることが少なくないという点です。

例えば、締め切りに何とか間に合わせようとして残業する、多少体調が悪くても周囲に迷惑をかけないように出勤する、あるいは休憩時間を削って仕事の品質を高め、最終的にお客さんに満足してもらおうとする。こういった行動が、仕事上の問題解決に取り組む積極的な姿勢として評価されてしまう可能性があるのです。

「よくがんばっている」と思われることも十分にあり得ますし、「よくがんばったね」と声をかけられることもあるでしょう。

そうすると、自己危険行動を取った従業員自身も、「よくがんばってくれた」と言われることで、「これは望ましい行動なんだ」と認識してしまい、その行動を内面化してしまいます。 「今後もがんばろう」と思って、自己危険行動を継続したり、むしろ強化してしまったりする。そうした悪循環に陥る可能性があるわけです。

ハイパフォーマーの突然離脱が起きる背景

こうした自己危険行動を取っている従業員というのは、実はハイパフォーマーである場合も少なくありません。少なくとも短期的には、非常に高い成果を上げている可能性が高いと言えると思います。しかも、自分を犠牲にしてまでがんばっているわけですから、管理職から高く評価されることもあります。

ただし、みなさんもこれまでに、いろいろなキャリアを歩んできた人たちを見てきたと思います。がんばって非常に高いパフォーマンスを出していたけれど、健康を害してしまったというケースは、十分にあり得る話ですよね。

つまり、自己危険行動というのは、一時的にはパフォーマンスを高めるかもしれませんが、中長期的に見ると、自分を犠牲にするような働き方はなかなか持続しづらいのです。

もちろん、中にはまったく問題なく、定年まで走り続けることができるという人もいるかもしれません。ただ、多くの人にとって、それは現実的ではありません。誰もが、ずっと頑丈なままでいられるわけではないのです。

自主性が低すぎても高すぎても、自己危険行動のリスクは高まる

ここからは、こうした自己危険行動とどう付き合っていけばいいのかという点について少し考えてみたいと思います。自己危険行動と向き合っていくうえで、ひとつの鍵になるのが、「柔軟な働き方」や「自律性」「自主性」との関係をどう考えるか、という点です。

少し興味深い研究があります。これは、ドイツの大学生を対象にした調査ですが、自主性と自己危険行動の関係を調べたところ、単純な直線的な関係ではなく、「U字型」の関係があることがわかりました。

グラフで見るとわかりやすいのですが、自主性が低いと自己危険行動は多く発生します。自主性がある程度高まってくると、自己危険行動は減っていきます。ところが、さらに自主性が高まっていくと、また自己危険行動が増えていく。

つまり、自己危険行動は、自主性が非常に低い場合と非常に高い場合の両方で促進されてしまう、という結果が出たのです。

では、なぜこうした結果になるのか。その理由を少し掘り下げて説明していきたいと思います。

まず、自主性が低すぎる場合について考えてみましょう。これは、周囲からのプレッシャーによって動かざるを得ない状態を意味します。自分の意思や判断で動けず、与えられた仕事をこなすしかない。しかも、それが過剰な業務量であっても、やらざるを得ないという状況です。

例えば、上司から、あるいは先ほどの例でいえば教授から厳しい要求をされた場合、それを断ることができず、やらざるを得ない。結果として、睡眠時間を削ってでも課題を仕上げようとしたり、なんとか解決しようとしたりする。こうした、外部からの圧力や期待に応えるしかない状況で、自己危険行動が起こるということがわかっています。

一方で、自主性が高すぎる場合にも、別の問題が生じます。責任感やプレッシャーが強まり、自分の健康を犠牲にしてでもがんばろうとする傾向が出てきます。その結果、自己危険行動が促進されてしまうのです。

自分で高い目標を設定して、それを達成しようと無理なスケジュールを立ててしまい、結果的に体調を崩してしまう。こういったことも十分に起こり得ます。つまり、自主性が低すぎても高すぎても、自己危険行動のリスクが高まってしまうわけです。

メンバーの“ちょうどいい自主性”を担保するポイント

では、どうすればよいのかというと、「適切な自主性」をどう設計するかが重要になってきます。

とはいえ、「ほどほどの自主性って、いったいどれくらいなのか?」という問いは、なかなか難しいものです。ここでは、考えるきっかけとして、いくつかの条件を挙げてみたいと思います。

例えば、ある程度の裁量はあるけれど、完全にすべてを任されているわけではない。つまり、フレームやガイドラインといった枠組みは存在していて、その中で自由に判断できるような状態です。

何もかもを丸投げされて「全部自由です」というのではなく、仕事の進め方や時間配分は自分で決められる一方で、業務量や納期といった部分は組織がある程度コントロールしている、というバランスの取れた設計です。

また、自主性を発揮する領域が明確に限定されていることも重要です。例えば、「進め方は自由でいいけれど、やるべき作業のモジュールは決まっている」といったように、自主性を発揮できる範囲がはっきりしている状態。

加えて、それぞれの責任の所在が適切に分散されていて、ある一人の従業員にだけ極端に負荷が集中しないように設計されていることもポイントです。こうしたバランスの取れた状態こそが、「ほどほどの自主性」、つまり高すぎもせず低すぎもしない、自主性のちょうどいいあり方なのではないかと思います。

自己危険行動を防ぐための重要なステップ

このような「ほどほどの自主性」を保つためには、いくつかの方法があります。まず1つ目は、自分自身の限界をきちんと認識することです。 「自分はこのくらいの作業量なら対応できる」「これ以上の負荷はちょっと厳しい」といった、自分のキャパシティを把握しておくこと。そして、その限界を自分で尊重することが大切です。

例えば、無理な目標を立てたり、現実的ではない計画を立ててしまったりすると、限界を超えてしまうことになります。自分にとって「実現可能な範囲」をしっかり理解しておくことが、まず必要です。

2つ目に大事なのは、完璧主義にならないことです。「完璧にやらなければならない」と考えると、どこまでも仕事を続けてしまいがちです。「このくらいまでやれば十分だろう」「この状態であればOKだろう」といった、ある程度の基準を受け入れる柔軟さが必要です。そうした柔軟な感覚を持つことが、ほどよい自主性を保つうえで不可欠になります。

3つ目として、セルフモニタリングもとても重要です。 定期的に自分の状態を振り返って、「今の自分はどうか?」ということを確認する習慣を持つことです。

例えば、仕事を進めている中で「最近、なんだか疲れているな」とか、「ちょっとストレスがたまってきているな」と感じることはありませんか? そうした小さなサインを見逃さないことが大切です。

体が重い、イライラしやすくなった、集中力が落ちているといった兆候は、疲労やストレスのサインかもしれません。そうしたサインを自分なりに把握して、きちんとチェックする。それが、自己危険行動を防ぐための重要なステップになります。

そしてもう1つ、とても大事なのが「周囲に協力を求めること」です。自主性というのは、すべてを自分ひとりで抱え込むこととイコールではありません。

「全部自分でやらなければいけない」と思い込んでしまうのではなく、必要な時には上司や同僚、あるいは友人や家族に助けを求める。仕事のことだけでなく、プライベートのことも含めて、誰かに協力をお願いする。そうした行動こそが、自己危険行動に対処していくうえで大事な姿勢であり、考え方だと思います。

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