「成功の鍵は“人的資本”と“社会関係資本” いま大人が知るべきこと」と題して開催された本イベント。一橋ビジネススクール教授であり、「人的資本の論理 人間行動の経済学的アプローチ」の著者である小野浩氏が、人的資本と社会関係資本について語ります。本記事では、シリコンバレーの事例から、優秀な人材を集めてもうまくいかない組織の特徴についてお伝えします。
どうやって労働者と企業がマッチングしているのか?
小野浩氏:社会関係資本でいろいろな研究をしたマーク・グラノヴェッターという先生の研究が、まさにそれ(ネットワークと労働市場の関係性)とつながってきます。彼の博士論文のテーマが「みんなはどうやって仕事を見つけるんだろう?」というものでした。

今までの経済学の労働市場の考え方では、(資料の)右に示すような労働需要と労働供給のグラフがあって、自動的に企業と労働者がマッチングしていました。どういうかたちでマッチングするのかといったら、賃金です。市場賃金があって、それに見合った人を見つけてマッチングするメカニズム。それが従来の経済学の考え方だったんです。
でも、グラノヴェッターは「そんな魔法みたいな世界はあり得ない。どうやって労働者と企業がマッチングしているのか」と考えた。これに関して経済学には、なんの答えもなかったんです。彼らからしたらノイズ(不要な情報)でしかなくて、「そんなものは労働市場で自動的に、競争原理が働いて解決するんだ」と。
だけどグラノヴェッターはそれに注目しました。彼の研究で何がわかったかというと、半分以上の人がネットワークを使っていたんです。彼はハーバード大学だったから、彼の研究はボストンエリアなんですけど。
ボストンエリアの半分以上が人脈を使っているという結果が出てきた。だからノイズじゃないんですよ。マジョリティ(多数派)なんですね。
「強い絆」と「弱い絆」がある
さらにおもしろいのは、彼は仕事の見つけ方には「強い絆」と「弱い絆」という2つのネットワークがあると言ったんですね。これはみなさんも聞いたことがあるかもしれないんですけど。
強い絆とは、どちらかといえば一次的なつながりです。みなさんの家族を想定してください。4人家族だったら、夫婦と子どもが2人いて、家族の中の絆はすごく強いわけですよね。だけどちょっと閉鎖的なネットワークで、外からは入り込めないようなのが強い絆です。
弱い絆とは二次的なつながりです。つまりオープンで流動的なネットワーク。例えば「私の兄の友だち」「私の友だちの彼女」「私の友だちの妹」とか、二次的なつながりを弱い絆と言うんです。だから一次的だと「私の兄」、二次的は「私の兄の友だち」になるわけです。
就職でも恋愛でも有利な「ハブ」の役割の人
ここでネットワークマップを見てください。(資料)右側のグラフです。2つのネットワークがあって、赤い点が結ばれています。こうやってネットワークとネットワークがつながっていきます。今ではネットワーク理論はものすごく発展して、サイエンスにもなっている学問です。

このネットワークマップの赤い点を「ハブ」と言います。ハブには「ブローカー」という意味もあります。2つの密接なネットワークをくっつける人のことですね。まさにこのハブがあると、ものすごく有利になる。これが社会関係資本のベネフィットです。ハブの人は、いろいろなネットワークを持っているから、違うネットワークにアクセスできるんです。
こうやって社会関係資本の基本的な設定ができています。その1つの応用として、例えば恋愛のネットワーク。恋人がたくさんできる人はネットワークをたくさん持っていたり、いろいろなネットワークにタップインして、人とつながりを増やしていったりして、恋人を見つける。
言うまでもなく就職も、そのとおりなんですね。弱い絆の強みは、いろいろな違う情報にアクセスできること。
その逆で(資料の)左側に出ている強い絆には「homophily(ホモフィリ―)」という考え方があります。これは自分と似たような属性を持った人と付き合うことです。
強い絆は基本的にhomophilyで、弱い絆は積極的に自分から新しいネットワークを開拓して、一斉にタップインしていくという考え方になります。
シリコンバレーはなぜ成功したか?
ここで1つの例として「シリコンバレーはなぜ成功したか?」というお話をします。シリコンバレーはアメリカの西海岸なんだけど、実はかつては東海岸にもテクノロジークラスターがあったんですね。

(東海岸のところは)国道128号線のあたりでボストンのほうなんですけど、それ(西海岸と東海岸)を比較した研究があります。これはバークレーのビジネススクールの教授が行った研究です。
(資料の)グラフを見てもわかるように、最初は128号線沿いのテクノロジークラスターが盛んだったんだけど、1970年ぐらいに入ってから、シリコンバレーが逆転します。企業数で言うと、東海岸のほうがどんどん衰退していきました。
なんでこういうことが起きたのか。1つはやはりネットワークの違いだと言われています。これはネットワーク理論の研究として非常に注目されているんです。
弱い絆で結ばれた、通気性が良い組織
一番上の資料では128号線が東海岸で、右側が西海岸で、人的資本では2つとも文句はないんですね。ボストンだからハーバードやMIT(マサチューセッツ工科大学)がそろっている。シリコンバレーはスタンフォード、バークレーなどがそろっている。つまり、けっこう対等にすごく優秀な人が集まっていると言えます。
だけど社会関係資本は違うんです。東海岸の特徴は、強い絆で、官僚的で、閉鎖的という。これは日本の組織にも当てはまるんですけど。

官僚的で閉鎖的な組織は、背広でフォーマルで、厳しいドレスコードという、ちょっと息苦しい組織。それに対してシリコンバレーは、みんながカジュアルでジーパンを履いて、弱い絆で非常に開放的なネットワークという特徴があるんですね。
先ほどのマップの国道128号線のほうは強い絆なんですよ。1つ1つの企業が強い絆で、その中にネットワークがあるんだけど、なんの交流もないんですね。非常に閉鎖的なサイロ化された組織がボンボンとある。

右側のシリコンバレーは、非常に弱い絆で結ばれた、通気性の良い組織がたくさんあるわけですね。だから人の移動も激しい。A社からB社に移って、そこからC社に移る。そういうことがしょっちゅうあるわけです。ここでいろいろな情報が飛び交うんですね。
(資料の)一番下に「Island(アイランド)」という例を出しました。ヒューマンキャピタルは持っているけど、ソーシャルキャピタルを持っていないことを、「Island」と定義しています。完全に孤立した人や組織ですね。
イノベーションは「弱い絆」から生まれることが多い
ここで、ちょっと欲張ってDEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)の話も入れてみました。社会関係資本とダイバーシティは非常に大きなテーマで、強い絆にはダイバーシティがないんですね。弱い絆には異質で、いろいろなネットワークを持った人がぶつかり合う感じです。

シリコンバレーの例だと、この中でいろいろな人が交ざっているわけですよ。アメリカ人や白人だけじゃなくて、黒人、日系人、世界中から優秀な人が集まってきて、いろいろな情報が飛び交う世界。だから「イノベーションには、社会関係資本の弱い絆が非常に良い」という研究も多いわけです。
スティーブ・ジョブズの話をちょっとだけすると、スティーブ・ジョブズは「Creativity is just connecting things.」と言っています。「創造性とは物事をくっつけるだけだ」と。それが彼のクリエイティビティなんですよ。
もう1つは「(The key to)creativity is serendipity.」ということで、セレンディピティとは偶発性ですね。異質のものがぶつかり合って、そこからクリエイティビティが生まれる、イノベーションが生まれる。それが鍵なんだと言っています。そのクリエイティビティ、セレンディピティを生み出すのは弱い絆であって、ダイバーシティであるということです。
日本軍はなぜ戦争に負けたのか?
最近亡くなった野中郁次郎先生。彼はまさに「知的コンバット」という言葉を使っていたんですけど、裸でお互いぶつかり合うというのを常に強調していました。
2年前に野中先生と対談する機会がありまして、その時にいろいろなお話ができたんですが……。(野中先生の)『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』という本を読んだ方も多いんじゃないかなと思うんですけど、「日本軍はなぜ戦争に負けたのか?」という話で。
これも企業研修で3時間講義する内容ですが、1枚(資料)でまとめました。日本軍は完全に強い絆だったんですね。みんな同じような人たちが同じような教育を受けて、単一民族主義だった。何か間違ったことを言うと怒鳴り上げられ、まったく心理的安全性がない閉鎖的な中で、軍人が命令を出していく。

海軍と空軍と陸軍が完全にサイロ化していて、情報交換がまったくない。サイロ化して連携していなかったから、守りになっちゃっているわけですよ。
それに対して、野中先生はアメリカの海兵隊にもすごく注目して、海兵隊の研究もやっていました。海兵隊は常に海と空と陸で連携していた。横で対話しながら、常に「最善の戦略は何なのか?」を議論していたわけです。そこが日本軍には決定的に抜けていたと。
(日本軍は)強い絆だから、異質性を排除する傾向もあった。単一民族主義で、みんなが同じことを考えていることが日本軍の強みだった。今からしてみれば、やはりちょっと組織的にも間違いがあったと思うんです。