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Project MINT Luminary Talk! 「成功の鍵は“人的資本”と“社会関係資本” いま大人が知るべきこと」 |『人的資本の論理 人間行動の経済学的アプローチ』著者・小野浩さんに聴く!特別講義と対談イベント!(全4記事)

24歳で実務に関わる数的思考力が頭打ちになる日本 30〜40代まで伸び続ける北欧諸国との違い

「成功の鍵は“人的資本”と“社会関係資本” いま大人が知るべきこと」と題して開催された本イベント。一橋ビジネススクール教授であり、「人的資本の論理 人間行動の経済学的アプローチ」の著者である小野浩氏が、人的資本と社会関係資本について語ります。本記事では、人的資本と社会関係資本が陳腐化するメカニズムについてお話しします。

一橋ビジネススクール教授の小野浩氏が登壇

植山智恵氏(以下、植山):では小野浩先生にバトンタッチさせていただけたらと思います。小野浩さんは一橋ビジネススクール国際企業戦略専攻の教授でいらっしゃいます。

また著書の『人的資本の論理 人間行動の経済学的アプローチ』という本では、人的資本について書かれており、どんなバックグラウンドの人にもとてもわかりやすい内容になっています。

今日は主に「人的資本」と「社会関係資本」について、より詳しくお話しいただきます。では小野先生をお招きしたいと思います。小野さん、お願いいたします。

小野浩氏(以下、小野):ご紹介ありがとうございました、一橋ビジネススクールの小野です。今日は人的資本と社会関係資本という、ちょっと欲張りなテーマで。

本当は1つずつ扱って3時間ぐらいの講義を、30分で扱うという。私にとっても非常にチャレンジングなことなのですが、今日は2つのテーマを30分に凝縮してエッセンスをご紹介していきたいと思います。

人的資本と社会関係資本というのは、けっこうごちゃ混ぜにしている人もいるようなので、あえて本の中では1チャプターに「社会関係資本」というのを入れています。

この先で説明しますけど、社会関係資本とはソーシャルネットワークみたいなものですね。人と人とのつながり、端的に言うとネットワークや人脈です。(植山)智恵さんが説明していたようにProject MINTの頭文字の略 (Meaning, Ikigai, Network & Transform) のNはNetwork (ネットワーク)なんですよね。

だから(今日のテーマは)このグループにはぴったりなのかなと思い、お誘いをいただいた時喜んで引き受けたという経緯でございます。

私は人的資本を専門にしているので、最近は人的資本理論の実証化研究会というのを行っています。これは毎月企業を対象に、非常に真面目な理論をテーマにした勉強会というかたちで運営しています。

理工学部→シンクタンク→シカゴ大で社会学を学ぶ

小野:さっき智恵さんからもありましたけど、2024年に『人的資本の論理 人間行動の経済学的アプローチ』という本を出版しました。それからはいろいろと出演や講演活動で登壇する機会が増えまして。それ以外にも昔からハピネス、幸福度の研究をやっているので、これについても今日は少しお話しすることがあるかもしれません。

私の理論的な系譜は、実は理工学部機械工学科なんですけど(笑)、そこからシンクタンクを経て社会科学に関心を持つようになり、1990年代にシカゴ大学に行きました。

そこでジェームズ・(S・)コールマン先生と出会いました。コールマン先生は今日お話しするソーシャルキャピタルの第一人者なんですね。また1992年に経済学のノーベル賞を受賞されたゲーリー・ベッカー先生からは、ヒューマンキャピタルについて学びました。

私は非常に恵まれて、この2人の師匠から学ぶことができたんです。ソーシャルキャピタルとヒューマンキャピタルの両方のDNAが入っている非常にぜいたくな環境で、1990年代にシカゴ大学で勉強していました。

個人談になるんですけど、コールマン先生とベッカー先生との出会いを少しお話しします。もともとシカゴに移った時、私は理工学部出身だったから社会学はまったく経験がなかったんですね。本当にゼロからのスタートで。

最初のアドバイザーがコールマン先生でした。なぜかというとコールマン先生も理系出身だったんですよ。彼は数理社会学や合理的選択理論を研究していて、それがのちに社会関係資本に結びついていったわけです。

そこでコールマン先生を通して、「社会学におもしろいやつが入ってきたから」とベッカー先生に話がいって、それでベッカー先生にも指導してもらうことになったんです。

ですから1990年代はコールマン先生とベッカー先生から指導を受けて、ソーシャルキャピタルとヒューマンキャピタルの研究を進めました。

今日は2024年に出版した『人的資本の論理』という本について、いろいろなところからお話ししたいんですが、これも非常に光栄なことに2024年のベスト経済書の第2位にランクインしまして。2024年12月にこの知らせが入ったので、とても良いかたちで新年を迎えることができたところです。

今日はこの本の中から1章、4章、6章について紹介しながら、エッセンスをかいつまんでご説明します。

人的資本は陳腐化する

小野:まず「人的資本とは何なのか」ということです。人的資本とはけっこうわかりやすくて、人間の持っている能力や才能ですね。「人間は合理的に行動する」という前提条件で、「投資すると何か見返りが期待できる」という考え方があります。

ファイナンスの世界で「収益率を高める」という考え方があるけど、人的資本に関しても、自分に投資すると自分の生産能力が高まって収益を高めることができるわけですよね。人的資本には2つの種類があります。一般的人的資本とは、市場性が高くてどの会社でも通用するスキル。私の場合は一橋ビジネススクールで教えていて、学生はMBAを取ります。

学生たちがMBAに投資するのにはお金がかかるんだけど、最終的にはスキルアップをして自分の市場価値を高め、収益率がプラスになることを期待するわけです。これが一般的な人的資本です。

企業特殊的人的資本とは市場性が低くて、ほかの会社では通用しないスキルです。その企業の中でしか生産性を上げられない。企業側もそのほうが合理的だから、訓練する時はその企業の中で生産性を高める訓練しかしないわけですよね。だから結果的に労働者は、企業特殊的人的資本が身につくことになります。

人的資本にはいろいろなモデルやセオリーがあるんですけど、その中で僕が一番大切だと思うのが「人的資本の陳腐化」です。ほかの資本と一緒で、人的資本も陳腐化します。

物的資本で言うと、みなさんもご存知のように例えば機械や工場、車両は、新車で買った時はピカピカだけど、10年経つと車両の価格がけっこう落ちてきますよね。同じように人的資本も、何も使わなかったり新規投資を行わなかったり、メンテナンスをしなかったりすると、どんどん陳腐化していってしまいます。

わかりやすい例で言えば、語学力です。例えば私は大学の第二外国語でスペイン語を4年間勉強しました。でも、この30年間スペイン語をぜんぜん使っていない。そうすると、もうほとんど忘れちゃっているわけですね。

メンテナンスも学び直しもしていないから、せっかく4年間スペイン語という人的資本に投資したんだけど、ほとんどスカスカになって失ってしまった。これが1つの例でございます。

たった2ヶ月のストライキで、スキルを忘れてしまう労働者

小野:人的資本の陳腐化を示すアメリカの研究が1つあります。(資料は)横軸に小学生の1年生から5年生までのスパンがあって、黄色い部分が夏休みです。アメリカの学校は夏休みが3ヶ月間あって、けっこう長いんですね。だから1年間の4分の1が夏休みということになります。

(資料)線が3つあるんですけど、一番下のラインが低所得家庭。一番上が高所得の家庭で、(間に)中間層があるわけです。こうやって見ていくと、スタート地点ではみんな同じような学力です。

夏休みに入ると高所得の家庭の子どもたちは、サマースクールに行く、家庭教師をつける、サマーキャンプに行くとか、どんどん能力を伸ばしていきます。

一方低所得の家庭は家庭にいろいろと問題があったり、片親世帯だとか、なんらかの事情で夏休みもフラフラ歩いて遊んでいるだけだったりする。その結果この3ヶ月で能力のカーブがマイナスになっているのがわかると思います。つまり3ヶ月でも陳腐化してしまうと。

これを5年間繰り返していくと何が起きるかというと、5年生になった時の低所得の子どもたちの学力は461点。これに対して高所得の家庭の子どもは、3年生の時点ですでに464点に達しているわけです。わずか5年間のスパンでも、2年間の差がついてしまう。そういう格差が開いてしまうんです。

陳腐化というのは非常にリアルで、いろいろな例を挙げることができます。同じことが企業でも言えて、例えばこれ(資料)は2024年11月にボーイングのストライキがあったという日経(日本経済新聞)の記事です。

ストライキは2ヶ月で解決しました。だけどその2ヶ月という短いスパンでも、ラインを離れていた労働者の中にはスキルを忘れちゃった人もいるわけですよ。

だからそのまま現場に復帰するんじゃなくて、生産ラインに立つ前にもう一度訓練を受ける。そういった事例はたくさんあります。いずれにしてもこの陳腐化というのは、非常にリアルだなと認識しています。

日本人は24歳でバーンアウトか?

小野:あとで議論する機会があったらお話ししたいんですけど、これも非常におもしろい記事で、これは僕がつけたタイトルなんですけど「日本人は24歳でバーンアウトか?」という(笑)。

これは何を示しているかというと、成人の学力テストを追跡していったんですね。スタート地点の16歳から24歳という若い層では、日本人はけっこう頭が良いんです。北欧諸国に比べると学力が高い。

この日本のラインが、年齢が上がるにしたがってどんどん下がっていっちゃうんです。でも北欧諸国はリカレントラーニング、大学院に戻るなど、いろいろな機会があってみんな学び直しをしている。

私自身スウェーデンで生活していたのでわかるんですが、みんなが自分の好みによってフレキシブルに学び直しをしているので、能力が伸びていくんです。日本人は最初は賢いんだけど、就職すると企業に任せちゃって学びが止まっちゃう。言い方を変えれば、社会人になってからどんどんバカになっていくんですよね(笑)。

大学でピークアウトして、その先は学び直しをしないから、陳腐化が一方的に進んでいく。知力、思考力がどんどん低下していってしまう。非常にもったいない話です。

社会関係資本は特に「ネットワーク」に注目する

小野:次に社会関係資本についてお話しします。これもとてもおもしろいテーマです。社会関係資本の出発点は社会学です。

「社会学と経済学は何が違うんですか?」とよく聞かれるんですが、実は社会学と経済学はけっこう密接に関係しているんですね。

人間行動に関しては、社会学と経済学には決定的な違いがあります。社会学は「人間の行動は社会的コンテクストによって変わってくる」という考え方が強い。個人の行動や意思決定は、身の回りの環境やコンテクスト(文脈)によって規定されるという考え方です。「社会なしでは人間は存在しない」というところが出発点です。

一方経済学が想定する人間とは、コンテクストはぜんぜん関係ない。とにかく人間は孤立しているイメージで、合理性が人間を動かすという考え方を貫いています。

だから端的な例で言うとお金。どういう仕事に就くかといったら、やはり賃金が高い職に就く。お金によって人は行動したり、インセンティブが変わってきたりという例はありますよね。

社会関係資本は社会学の中でも特にネットワークに注目して、社会的なつながりも1つの資本としてとらえています。誰を知っていて、どうやってつながっているかがキーポイントになってきます。

つまり人と人とのつながり、あるいは人と組織のつながり。単位を1つ上げると組織と組織のつながりですよね。人と人とのつながりは人脈なんですけど、組織と組織のつながりだと、系列の研究も含まれます。ソーシャルキャピタルは非常に応用範囲が広いので、いろいろと研究されています。

しばらく使っていない人脈は「劣化」する

小野:これもシカゴ大学のコールマン先生が提唱した理論ですけど、「社会関係資本イコール人的資本ではない」と。共通点はいろいろとあってもイコールではないということです。

そこらへんの共通点を1枚(資料)にまとめてみました。まず第一に、2つとも無形資産である。形がないんですね。もう1つ、前提条件として「合理性」がある。だから社会関係資本も投資の対象としてとらえることができるんです。社会関係資本に投資したらなんらかのリターンを得ることができる。

社会関係資本も「一般的」対「企業特殊的」という考え方があるから、企業の中でしか通用しない人脈もあるわけです。その企業を辞めたら失ってしまうネットワークですよね。

例えば先輩・後輩制度、横とのつながり、違う部署の人を知っている、そういったものはすべて企業の中の特殊的な人脈と言えます。

一般的社会関係資本とはどこでも通用するネットワークだから、例えばProject MINTを通じて誰かと知り合ったとか、企業とは関係ない社会関係資本です。この2つがあります。

それから社会関係資本も陳腐化する。これも本当にリアルな話なんですけど、しばらく使っていない人脈は劣化してしまいます。ブリッジ(橋)(異なる場所や人々を繋ぐ役割)という考え方があって、それを失ってしまうわけですね。

例えば私は大学を卒業して30年ぐらいになるんですけど、大学の同級生もこれだけ長いこと連絡をしてないと、ちょっと気軽に電話ができなくなっちゃいます。こうやって、せっかく築いた絆も失ってしまう。だから同じ考え方が言えるわけです。

今日は社会関係資本についてお話しする時間がないんですけど、(社会関係資本には)「良い家庭に生まれた」などの生まれつき与えられたものもあります。

だから17世紀、18世紀の貴族の社会では(笑)、これオンリーだったわけです。「ヒューマンキャピタルなんて関係ない、私は良い家庭に生まれてきたんだから、それだけで十分だ」と、そんな社会関係資本もあったんです。

LinkedInを使わない日本人と50%以上が使うアメリカ人

小野:もしあとで智恵さんとお話しする機会があったら、もっと話したいんですけど、「日本人はなぜLinkedIn(リンクトイン)を使わないのか」という非常におもしろいテーマもあって。

これだけで軽く1時間ぐらいは講義できるんですけど、アメリカに比べると日本では、ほとんどの人がLinkedInを使っていない。本当に数パーセントしか使っていません。それに対してアメリカは50パーセント以上が使っている。この違いは何なのか。

これはヒューマンキャピタルも同じで、日本の社会人は企業の中のネットワークは持っていても、企業の外のネットワークをなかなか持っていないんですよね。

LinkedInで自分のプロフィールを出していると、「なんか浮気しているみたいだ」「今、つき合っている彼女の前で、あからさまに違う女の子にアプローチしているみたいだ」と思ってしまうケースもある。

別にLinkedInは転職目的でやっているわけじゃないんですけど、日本人の心理として「そういうことは、やってはいけないんだ」「企業の中のネットワークを大切にし、外でネットワークを開拓することはない」と思ってしまう。

けっしてきれいに相関しているわけじゃないけど、一般的にどこでも通用するネットワークを持っているアメリカの労働市場は、ものすごく流動性が高いわけです。

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