人事領域の専門家の株式会社壺中天 代表取締役の坪谷邦生氏と採用市場研究所 所長の秋山紘樹氏が、毎回ゲストを迎えてトークセッションを行う「採用入門」シリーズ。今回は、株式会社令三社 代表取締役の山田裕嗣氏と「組織の代謝」をテーマに語り合います。「いい組織」の定義から、組織と求職者の目線をすり合わせる成功事例まで、意見を交わしました。
「いい組織」の定義は、そこにいる人々が希望を持てること
坪谷邦生氏(以下、坪谷):私はよく組織を「組んで織りなす」と説明します。組むとは「共通の目的に向けて方を組む」こと、織りなすとは「役割分担して協働する」ことです。事業が目的である以上、やはり成そうとしていることに合意して、一緒にやれる人が組むべきだと思います。
ただ一方で、思いがけない組織の動きで事業が生まれたり、その時たまたまいた人がイノベーションを起こすこともあるから、目的と手段は入れ替わることもある。それが難しいところでもあり、おもしろいところでもあります。
山田裕嗣氏(以下、山田):わかります。生命体的に組織を捉えた時に、結局、生き残り続けるには架空の「一貫して続くもの」を目指し続けているんだと思うんですよ。周囲も自分も変わるから、ブレ続けている中で、一貫性を取ろうとし続けるのが組織を作っていくことだと思っています。結果論でしかないけど、軌道修正しながら、真ん中を保とうとし続けるんだと思うんですよ。
坪谷:何をもとに軌道修正するのかでいくと、たぶん「物語」だと思うんですよね。やはり人間は意味を食べて生きているという側面がありますから、物語を求めていると思うんですよね。文脈がない中で生きていくのは難しいから、「こういう未来を作るぞ」と言ったことに沿うようにがんばる。
山田:いや〜、なるほど! 組織を作る時の「いい組織って何だろう?」という定義はすごく難しいんですけど。1個言えるとしたら、そこにいる人たちにとって関わり続けていることに希望を持てることだと思うんですよ。
その場所にいると、自分にとって本当に希望が持てる状態である。過度に不幸ではないとか、いろいろな定義はあると思うんですけど。今坪谷さんが言われたように、いろいろあるけど、「このストーリーはいいものになりそうな予感がする」と思えていることは大事じゃないですか。
坪谷:大事ですね。

せいぜい3回の採用面接ですり合わせるのは無理?
秋山紘樹氏(以下、秋山):組織の目標や方向性は固定されたものではなく、状況に応じて柔軟に変化しながらも、何らかの一貫したものを持つことが大切ですよね。この一貫したものにはミッションやビジョンも含まれるが、それだけでなく、坪谷さんの言う「物語」や山田さんの強調する「関わる人が希望を持てること」という人間的側面も重要な要素だと思うんです。
つまり、組織の一貫性とは形式的な宣言文だけでなく、歴史、経験、文化を含む豊かな「物語」によって支えられている、と解釈しました。
そう考えると、あらためて採用って難しいなと思いました。組織の中でのすり合わせや違和感の話もありましたが、採用活動の場合は、せいぜい3回くらいの面接の中で合う・合わないを判断しなきゃいけない。これはけっこう無理じゃないかと思ってしまったんですよね。

言語化されたものではなくて、至るところで雰囲気が伝わるようにしておかないと、たぶん本来の意味でのすり合わせは難しいなと感じました。それで1つ思ったのが、昔のアカツキさんのオフィスです。(受付で待っている間に)「切り株の上に座ってお待ちください」と言われたりするんですよね。言われたほうは「切り株の上に!?」みたいになるんですけど。
坪谷:そうですね。入社したいと思って来る人を切り株の形をした椅子に座らせるのがすごく印象的なので、みんな絶対に「切り株で待ってたよね」って覚えてるんですよね(笑)。
秋山:やはりアカツキはエンターテイメントという文脈の中で生きているし、わくわくさせることに価値を感じるから。意識的か無意識かはわからないですけど、そういう仕掛けや取り組みをしておかないと、すり合わせまでするのは難しいなと感じましたね。
面接以外のすり合わせの方法論
山田:例を2つ挙げると、僕が去年出会った世界中のおもしろい会社では、面接だけでなく1日くらいはちゃんと一緒に働く時間を取っていますね。面接が終わったところがお付き合いのはじめで、中途だと、いつ結婚するかはお互いのタイミングもあるじゃないですかと言ってました。
そういうすり合わせ方をちゃんとするところは結果を出していると思います。有名なのはZapposで、3ヶ月働いて辞めてもいいし、退職金も出すというのに近いことをしていたり。
もう1つは、スウェーデンのリーダーシップトレーニングを行っている会社です。1990年か2000年頃からスウェーデンでセルフマネジメントの支援をしていて、みんなが自律的に働ける職場だと夢見て来るんだそうです。
でも、そういう人たちに対しては、「Scare Them Away Letter、scare them away」。セルフマネジメントは自分で責任を取ることですと。自由には責任が伴うんだよ、怖いからねとさんざん予告するんですね。これを読んでも来るんだよねということで、ちゃんと説明して合意してもらってオファーレターを出すそうです。それでもミスは起こるって言ってましたけど。
坪谷:その一手は大事ですよね。
秋山:なるほど。今の話を聞いて、心理的契約の話を思い出しました。たぶん候補者も企業側も、勝手なイメージを抱いて、結局入社後にぜんぜん違うとなるのはよく聞く話だと思うんですが、その部分を形式知的に共有することは、確かに重要ですよね。
坪谷:アカツキでは、創業者の塩田元規さんが『ハートドリブン』という本を出した時に、たくさんの人が採用に応募されたんですよ。その中には「アカツキにはこんなパラダイスがある(用意されている)」と思っている方も多かったのです。
しかし、面接をされていたアカツキ創業メンバーの1人の安納達弥さんは、「確かにいい会社ですよ。でもそれは僕たちがめちゃくちゃがんばってきたから。今のメンバーが超がんばっているからいい会社なんですよ。でもパラダイスではないですよ。パラダイスが欲しいんなら、あなたがそれを作るんだよ!」と何度も言ったと。
山田・秋山:ははは(笑)。
坪谷:「ハートドリブンな会社にしたいなら、あなたがしなきゃ」と。そこの誤解はちゃんと解いておかなきゃいけないですからね。
勝手にスクリーニングされるような場を作る
坪谷:山田さんの事例を聞いていて、逆に採用は簡単なのかもしれないと思いました。要は厳密に形式知化したりルール化したりしても、どうせ見極められないなら、好きなことをやって「それが好き!」という人を採る。だから、切り株の椅子もここにあったら楽しいよねというだけで、絶対狙ってないと思うんですよ。
山田:自分たちが楽しいことをやって、一緒に楽しいと思える人が入るというのが馬が合うということかもしれない。
秋山:勝手にスクリーニングされるようなもので、逆に不快だなと思う人は当然入ってこないでしょうし。
坪谷:そうそう。「なんで椅子が切り株なんですか?」という人はたぶん入らない。
秋山:確かに。
採用や組織のあり方のグラデーション
山田:採用という言葉は難しいなと思いますね。機能的に必要な人を採ってくるという、合理的な判断もぜんぜんあるじゃないですか。そういう部分での採用もあれば、ともに長く生きていく仲間として迎え入れる採用もある。グラデーションがすごくありますよね。今だと雇用の契約形態とそこそこ相関しますけど。
坪谷:組織を人の身体に例えたら、内臓や眼球はそうそう取り替えられないですけど、髪は切っても伸びますし、服も自分の一部のようでいてすぐに取り替えられる。機能的な採用は、服を着替えるような感じもしますよね。
山田:「業務委託を採用する」という言い方はしないけど、構造的には何らかの役割を一定期間一緒にやろうという合意なので(社員の採用と変わらない)。そこのグラデーションは難しいなと思いますね。
坪谷:社員のように動いてくれると期待して招くこともあれば、そこまで入ってこないでほしいということもあるかもしれないですし、雇用形態もたぶんこれから変わってくるでしょうね。
山田:業界とか慣習的にも業務委託に口出しされたくないという会社もまだけっこうありますけど、逆にコアはほとんど業務委託という会社もたくさんあります。
坪谷:業務委託だけど口も出されたいし、お互いに影響し合いたいとも思っている関係性もありますよね。このへんの組織のあり方は本当は枠組みがないというか、「人間だもの」でいけるところも本当はたくさんあると思います。
山田:そうですね。組織の大きさで語るのであれば、10人なのか100人なのか1,000人なのか1万人なのか。桁が変わるとやはり違うものじゃないですか。
「人間だもの」で組織運営ができるのは、(ダンバー数の)150人くらいかもしれないですけど。1万人が気持ちよく生きようと思ったら、一応交通ルールくらいは決めようという感じで、制約があったほうが自由に生きられたり。スケールと適度な制約もありますよね。
坪谷:その壁も、テクノロジーの発展とともに越えやすくはなっていると思っています。インテルがOKRを始めた頃は、彼らも紙で運用していたそうですよ(笑)。
山田:なるほど〜! それは知らなかったです。
坪谷:それでもOKRが可能だった。今は紙でOKRをやっている人はあまりいないと思います。技術の発展やコミュニケーションの取り方によって、閾値を超えられる可能性はたくさんある気がするんですよね。
枠を超えることで見えてくる「採用」のあり方
山田:やり方はいろいろある感じはしますね。「組織」という言葉の雑多さで、10人でも1,000人でも1万人でも10万人でも組織と言ってしまう。でも、日立製作所と5人のベンチャーを一緒に語るのはちょっと違うじゃないですか。その前提をどこに置くかはけっこう違うと思います。
坪谷:なるほど!
山田:以前、デンマークの知り合いと話していて、「デンマークは本当にすごいですよね」と言ったら、「日本人何人いるんだ? デンマーク人は500万人だぞ」って言われたんですね。確かに日本人の1億2,000万人は多いですねって。国として比べちゃうんですけど、デンマークは東京都よりぜんぜん小さいんですよ。その中でやっているという話なんです。
坪谷:確かに、チームのマネジメントと部のマネジメントだけでもだいぶ違いますものね。
山田:違いますよね。原理原則は一緒だとしても、どうやるかという時に、必要な設計の堅牢さや柔軟性も違ってくると思います。1万人で柔軟性が高すぎるといい動きができなさそうですし、10人でガチガチにしすぎると、むしろ個別の事情が合わなくて動きづらかったり。それぞれの組織で快適さは違いますよね。
坪谷:そうですね。原則は一緒だとしても、組織の規模や事業に資する観点を制約条件にすると、手段は大きく変わりそうですね。本当は一つひとつの組織はデンマークと日本よりも違うかもしれないのに、採用の観点で言うと、みんなが同じように捉えてしまうような気もしました。
山田:たぶん僕の採用についての感覚も坪谷さんに近くて、組織を作ったり経営する中で、採用はすごく大事な役割だと思っています。ただ、ベンチャーの実務もたくさん経験したのでわかるけど、自分は主戦場はそこ(採用)だと思っていない感じもあって。
あらためて、全体をどうするかということの中で採用を捉えていると感じましたね。個人的には、雇用形態や、組織に関わるのが3ヶ月なのか50年なのかという時間軸の違いなど、まだ整理し切れていないこともあるので、お二人の『採用入門』を楽しみにしています。
坪谷:今日はありがとうございました。組織を生物に見立てるという、あえて採用という枠を超えたお話でしたが、楽しかったですね(笑)。
秋山:すごく楽しかったです。
坪谷:ありがとうございました。
山田:ありがとうございました。