人事領域の専門家の株式会社壺中天 代表取締役の坪谷邦生氏と採用市場研究所 所長の秋山紘樹氏が、毎回ゲストを迎えてトークセッションを行う「採用入門」シリーズ。今回は、株式会社令三社 代表取締役の山田裕嗣氏と「組織の代謝」をテーマに語り合います。世界から見た日本の組織についての意外な気づきや、各国の文化と組織の文化との共通点とは。
世界の先進的な組織運営の実践者が集まるコミュニティ
坪谷邦生氏(以下、坪谷):最近の山田さんの活動について教えていただけますか?
山田裕嗣氏(以下、山田):僕は去年1年間は、すごく海外と縁がありました。実際、アメリカ・マレーシア・中国・スペインと海外に4回行きました。
僕は、以前から80社くらいの日本企業にインタビューしまくって、60社くらい記事を書いていたんですけど。その元ネタがオランダのCorporate Rebelsという企業で、彼らが世界中の先進的な組織にインタビューしていたのにインスパイアされて、日本でもやろうと思ったんですね。
秋山紘樹氏(以下、秋山):Corporate Rebelsの翻訳(『コーポレート・レベルズ: Make Work More Fun』)もされていましたよね。
山田:そうですね。この本にすごく影響を受けて、この2年半〜3年くらい日本の企業を回っていました。去年はインタビューはそんなにしなかったんですけど、Corporate Rebelsのグローバルコミュニティに参加する機会がありました。
コミュニティは世界中に広がっているので、基本的にオンラインプラットフォームでのつながりなんですが、(先進的な組織運営の)実践者たちがたくさん集まっています。ただ、去年の頭ごろに、「バーチャルだけじゃダメだから、各地域で実践者がつながれるローカルコミュニティを作りたい」という話になったんですね。
坪谷:なるほど。
山田:それで最初にコミュニティが立ち上がったのが、Corporate Rebelsの母国オランダと日本だったんです。日本でこの取り組みに興味を持っている人たちを集めて、6社くらいで法人会員のようなかたちで立ち上げました。
このコミュニティを「Rebel Cell(レベル・セル)」と呼んでいるんですが、日本も含めて世界に20ヶ所くらいあります。各地域のローカルコミュニティの人たちが集まる、年1回のミートアップがスペインで初めて開催されたので、私も行ってきました。
参加国はほぼヨーロッパなんですけど、世界15ヶ国から、新しい組織に興味があって、実践している人たちが100人集まるというのは不思議な経験でした。
秋山:おもしろそうですね。
世界から見て、日本の組織はぜんぜん遅れていない
坪谷:その中で特におもしろかった話はありますか?
山田:たくさんあるんですけど、一番は、組織の話で日本はぜんぜん遅れてないんだなという実感でした。日本にいると、西洋からいろいろな情報が入ってくるので、新しい組織の話では遅れているように思いがちですよね。「まだ大企業ができていない!」という話がよく出たり。

でも、別に進んでもいないし遅れてもいない。意思がある人たちが「旧来的じゃない何か」をやろうと思ったら、やはり目標を決めて管理するのではないやり方とか、もっと自分たちで決められるように現場に権限を渡したらいいとか。
みんな願っている状態は一緒で、それぞれローカルでがんばって知恵を働かせたり、やり方を工夫すると、結局行き着く答えって似ているんですよ。人間だもの。
秋山:ははは(笑)。
山田:そのために、日本で交わされている「ここが難しいよね」「あの会社の工夫はおもしろい」という肌感に触れていると、みんなそこで悩むよねと同じだと思えて。
言い方を変えると、ヨーロッパの実践者がたくさんいる中でたくさん話を聞いても、「マジで新しい!」みたいなことはないんですよ。「すごくよくわかる。本当に大変だよね」とすごく共感できたり、「具体的にどうやったの?」と聞きたくなることはたくさんあるんですけど、「その世界線はないよね!」ということはあまりないんですね。
「日本で実践しているものと近いよね」「あそこの経営者が言っていた捉え方と近いと思うんだけど」と聞いてみると、「そうなんだ」という言葉が返ってきたりします。
日本もそう変わらないことは、頭ではわかる感じがするんですけど、世界の100人と話した結果、リアルな実感を持てたので、身体感覚って大事だなと思いました。それが私が去年一番印象に残ったことです。
企業文化は放っておくと「国の風土がそのまま出る」
坪谷:本当に「Cell(細胞)」の話なのだなと思いました。どれかがすごく進んでいて、どこかがすごく遅れているというよりは、それぞれが細胞として普通にやっている営み。肝臓とすい臓のどっちが優れているという話ではない。
n分の1の日本、n分の1の1社として、それぞれがやっている中で起きていることは似通ってもいる。その組織の環境によっては、グッと特化して工夫していることもあって、まさに細胞ですね。
山田:まさに! (Rebel Cellを細胞として見る)その捉え方は初めてですが、そのとおりだと思います。今の話にちょっと違った文脈で付け加えるならば、日本は基本的に劣ってもいないし進んでもないんですけど、やはり国による違いはあるんですよ。
スペインのバルセロナで(従業員数が)400人くらいの会社の社長にいろいろ話を聞いていた時に、すごくわかりやすい表現をしてくれたんです。「自分の組織の中で意図を持って取り組んでいない部分には、文化にあるものがそのまま出てくる」と。
例えば、フランスは個人主義的な国なので、組織側で一生懸命手を加えなかったら、フランスの企業の中にはどうしても個人主義文化が入ってくる。
坪谷:前提として出やすくなると。おもしろいですね。
山田:そうです。日本だと集団主義的になるじゃないですか。文化の違いはもちろんありますが、その上に乗せるものの工夫や報酬の決め方、具体のアプリケーションの付け方はそんなに変わらない。でも、OSが違うからやはり適応の仕方が違う感じがします。
坪谷:集団的になりやすい日本で、1社だけが個人主義だと、逆にそれで突き抜けて勝ちやすかったりもするのでしょうね。
山田:まさに。デンマークのHR-ONというHRtechをやっている会社があるんですが、デンマークってすごくリベラルで自由な国という印象があったんですけど、働く環境はすごくトラディショナルなんです。
10年くらい前に、彼らが「社員は好きな時に休んでいい」「自分で(裁量を持って物事を)決めてね」という働き方のマニフェストを出したら、国中の主要メディアが全部取材に来たんですって。
坪谷:へぇ〜!
山田:日本では15年くらい前に、ダイヤモンドメディアという会社の武井(浩三)さんが、給料は自分たちで決めて、社長も投票で決めていて、当時すごく新しかったじゃないですか。今だと「確かにそういうのもいいよね」って言える人が増えたと思うんです。
そういうギャップみたいなものが、デンマークではたぶんもうちょっと遅かったんだなという感じがあります。
坪谷:放っておくと「国の風土がそのまま出る」。だから逆振りしたものは目立つし、個性になりやすい。でも、何も手を付けなければそのままのOSが走るという感じですね。
山田:その表現はすごくおもしろいなと思いました。納得感がありましたね。
「生命体としての組織」を設計するところから、採用が始まる
坪谷:今日は山田さんとお話する中で、まさに「組織の細胞」の話をしたいなと思っていたんですよ(笑)。
秋山さんと『採用入門』を書いている中で、「採用」という切り口は大事なんですけど、その根本にある「生命体としての組織」をどう捉えたらいいのかを考えたいと思ったんです。その設計をしないまま、採用にだけ手を付けると、逆にうまくいかないことも多いと思うんですね。
私は、生命体としての代謝、細胞の入れ替わりをどう考えるかが採用の肝だと思っています。その中で、世界と日本のいろんな会社を見てきた山田さんに、細胞としての組織の話を聞きたいんです。
山田:坪谷さんが採用という文脈で考えている中での切り口とか、ここがおもしろいなというものってあるんですか?
坪谷:私が今一番おもしろいと思っているのは、リクルートワークス研究所の中村天江さんが書いた『採用のストラテジー』です。日本は今でも多くの企業では新卒採用が中心で、その手法としては母集団を形成して、書類選考、面接、と矢羽根型のモデルでどんどん絞りこんでいって「いい人」を採る。大企業になるとすごい業務量なんです。
その大量の業務量をさばく「慣性」の中で新卒採用をしていると、ダブルループ(既存の枠組みや前提そのものを疑い、新しい考え方や行動の枠組みを取り込む学習プロセス)が効かなくなる。
要は、中村さんは「採用を改善し続ける循環(ループ)として考えよう」と言っているんですね。ごく当たり前のことなんですけど、示されている「採用ホイールモデル」と、そのモデルを使用した分析がすばらしいので、確かにこのままじゃうまくいかないぞとビビットに伝わるいい本なんです。
『失敗の本質』に見る、日本の採用現場の課題
坪谷:採用のオペレーションの中にどっぷり巻き込まれて身動きが取れない状況は、『失敗の本質』に出てくる日本軍の失敗に似ています。自分の状況が見え難くなっている採用担当者や採用責任者がとても多い感じがしています。
今の日本の現実を採用で切り取ると、本来は企業の戦略や組織づくりのための採用であるべきですが、その手前で止まってしまっている。そもそもオペレーションが回っていない。それで、マルゴト社のような採用まわりのオペレーションをガサッと引き受けてくれる会社にお任せしたら、やっとほかのことに頭が使えるようになって、うまくいき始めたという事例もあります。
山田:リソースを使えていないという環境要因が、結果的に戦略のなさに出たというのに近いですね。『失敗の本質』って、大きな絵はないけど、個別の作戦はがんばるとなりがちじゃないですか。
坪谷:そうそう、採用も似ていますよね。属人化しやすいし。
山田:よかれと思って、とにかくがんばります! みたいな。
坪谷:そうなりがちですね。「がんばって、いい人採ります!」と。いい人の文脈すら現場とすり合ってないのに……。