人材獲得競争が激化する今、一度退職した社員を再雇用するアルムナイの取り組みが注目されています。今回は、トイトイ合同会社 代表社員/元ニトリホールディングス 理事 組織開発室 室長の永島寛之氏にインタビューしました。本記事では、企業がアルムナイを行ううえで注意すべきポイントについて語りました。
オフボーディングで大事なのは「辞める瞬間」よりも「退職後」
——前回、アルムナイ採用においては、在籍時から上司と良好な関係性があることが重要だとうかがいました。退職プロセスにおいてちょっと嫌な思いをしてしまうと、関係性にひびが入ってしまうこともあると思いますが、そうならないためのポイントはありますか?
永島寛之氏(以下、永島):僕が最近すごく言っていることなんですが、辞める瞬間って、もう仕方ないんですよね。辞めたい人はどうしても退職されると思うんです。
実は大事なオフボーディングって、「退職後にどういう接触をしていくか」ということなんですよ。とある調査で、退職する時に言った理由と、退職後にその方からヒアリングした内容が、大きく変わるという調査があるんですね。
要は、退職する時は「家族の介護です」と言っていた人に、退職後にあらためて理由を聞いてみると、「いや、人間関係でした」とかになる。辞める瞬間にこれを聞き出せる場合もあるんですけど、(多くの場合は)どうしても聞き出せないんですよね。
だから、退職後3ヶ月とか半年とかまでの期間をオフボーディングとして考えて、あらためて聞かせてもらう場を設ける。辞める時に「その場をちょっと作らせてもらえない?」ってお願いできるといいですよね。「なんでこの人、辞めたんだろう?」と(退職理由に)ぴんと来なかった人は、後で呼んでみてお話ししたりとか(していました)。
退職者は本当の「辞める理由」を言わない
永島:モトニト会というアルムナイをやったのも、本当に辞めた理由を知りたかったからなんですよ。その当時は僕もニトリの中にいたので、聞いて今の組織を直していこうと思ったんですね。というのも、(本当の退職理由は)退職者しか持っていない情報なんですよ。
でも辞める瞬間はどうしても本当の理由は出てこないケースが多いので。もちろん、さっき言ったような上司と部下の関係性であれば本当の理由を聞けると思うんですけど、多くはやはり「すみません、プライベートの事情です」って感じで、組織が断れない理由を言うんですよね。
業務上の理由だったら「じゃあ、部署を変えてあげるよ」とか言って引き止められるので、変えられないプライベートの理由で辞めていかれる方が多いですね。
オフボーディングは、いい関係性が築けている場合は、まずできるだけ本当の理由を聞く。それは無理に引き止めないという心理的安全性の下にやるべきで、聞けなかった人とはあらためて接触するとか、アルムナイをそういう機会にする。
辞める時に会社を嫌いになってしまった人もいるので、退職後にアルムナイの中で、「ここで得られたものは何だったのか」という整理をしてあげたりとか大事だと思います。私もそういうワークショップをやっているんですけど、退職者面談だけをオフボーディングとするのではなくて、長いスパンで見てあげるのが大事だと思います。
部下と関係性が薄い上司ほど、がんばって引き止めようとする
——なるほど。本当の理由を聞き出すのはなかなか難しいと思いますが、どんな聞き方をしたらいいのでしょうか?
永島:そうですね。人事の目線でお話しさせてもらうと、1つ大事なのは、退職の一報が(上司から人事側へ)あったら「まず人事で(その方に)話を聞きましょう」ということです。というのも、部下と関係性が薄い上司ほど、がんばって引き止めようとするんですよ。関係性が濃密な上司は、もう退職する理由もわかっているので、ジタバタしない。

——ふだん見ている中で、予兆を感じているということですか?
永島:ふだんから話ができているからある程度(予兆が)わかるし、気持ちもわかるんですよね。わからない人は、自分で一生懸命引き止めようとしてしまうので、まずは人事のほうで判断をする。上司に任せられるケースだったら任せてしまっていいし、任せられないと思ったら、やはり人事側から、何があったのかをちゃんと聞かなきゃいけないですよね。
当然、上司との関係性が悪くて嫌で辞めるという方は、当の上司の人に任せていても、「いや、あなたが嫌いでした」とは言わないわけですから、なんら進展しないんですよね。たまに「自分のチームから退職者を出すと上司の評価が下がる」という会社があるんですが、大切な「退職第一報」が隠されてしまい、人事や上層部に伝わらずに状況は悪化するばかりですから、その制度は撤廃したほうがいいですね。
人事が介入することで、退職者の本音を聞けることも
永島:上司の方から第一報をもらったら、「このままこの人に任せよう」なのか、「この案件はちょっとこっちで引き取ろう」とするのか、(人事が)すぐに判断する。全部上司に任せてしまうと、上司が嫌いで辞める人の場合、絶対に本当の理由を聞けないんです。でも人事側が引き受ければ、(会社が)嫌で辞める方でも、けっこう本音を聞けるケースは多いですよ。結局、やはり人間関係で辞めていかれる方が大半ですからね。
——先ほど、辞めた後も時間をもらって本当の理由を聞くとうかがいましたが、具体的にどんなふうにされていたんですか?
永島:僕は個人的に連絡を取ってやることもありましたけど、そこでアルムナイを活用する感じです。いつもアルムナイの中ではワークショップを2つやっていました。「今だから、辞めた本当の理由を言おう」っていうワークショップがあって、けっこうみんな言えるんですね。「いや、パワハラでした」みたいな人が出てきて(笑)、「あっ、それはごめんね」となったり。
退職して気づいた「この会社で得られたもの」を言い合う
永島:もう1つは、「この会社で得たもので、今活きているもの」を言い合うこと。例えばニトリの場合は、店舗の時期が長くて、優秀な人でも最短で5年店長として経験を積みます。これが嫌で辞めてしまう方が多いんですよね。でも、その若年時に得たマネジメント能力を転職先で活かしている方が本当に多い。
今日もちょうど、ニトリからAmazonやリクルートに入った人たちと話していましたが、やはりニトリで得たのは、人をマネジメントする能力だと言っていました。
「世の中の人はこんなにマネジメントができないと思っていなかったです」と言ってくれたりします。なので私は必ず、アルムナイでは「ここで得たものは何だったのか」というのを整理してもらうワークショップもやります。
「早く乾杯させろ!」という声もありますが、アルムナイでのワークショップは、けっこう盛り上がります。ワークショップの後の飲み会でもずっと自分が退職した本当の理由や、ニトリで得た価値についての話をしていたりするんですね。
人によっては、過去の在籍企業が「黒歴史」になっているケースもありますが、その在籍期間を見つめ直して、価値を感じることで、それまでのモヤモヤが解消される方が多いようです。「ここに在籍していてよかった!」という気分になります。
企業のアルムナイ活用の2パターン
永島:企業のアルムナイの活用の仕方としては、僕は大きく分けて2つあると思っています。1つは、退職者の価値を明確にして、人が戻ってきたり一緒に仕事をしたり、お互いになんらかの経済的なビジネス価値を生むケース。
2つ目は今言ったように、退職者と改めて向き合って、組織の課題などを知ることで、これを現在の組織開発に活かしていくことです。企業と退職者のオフボーディングをアルムナイで完了することです。

——なるほど。オフボーディングをアルムナイの場で完成させるというのは、新しい視点だなと思いました。企業側の目線でアルムナイの価値についてお話しいただきましたが、一方、退職者の方はアルムナイにどんな価値を感じているのでしょうか。
永島:そうですね。アルムナイは一度は同じ釜の飯を食べたような、価値観が近い人が集まるのと、様々な経験をしている異業種交流の特性の両方を兼ね備えているので、アルムナイ同士で様々なバリューの交換ができることに意義を感じている方が多いように思います。実際、ニトリのアルムナイでも、起業する仲間を見つけたり、ビジネス関係になる方も多くいます。
企業のアルムナイ活用で注意すべき点
—–アルムナイは企業側にも退職者側にもメリットがあるのですね。企業がアルムナイを取り入れる時に注意すべき点はありますか。
永島:出戻りで企業に再入社してもらいたいのか、アンバサダーとしてブランドを広めていってもらいたいのか、企業側は「何のためにアルムナイをやるのか」という目的をきっちりと設けるのが大事なんです。
今はひたすら人材不足で、アルムナイを戻ってくる可能性のある人たちのリストみたいな扱いをしているから、盛り上がっていないアルムナイが多いんです。それは、何がやりたいかよくわからなくて、「もし戻ってくれる人がいればいいや」みたいな設計になっているのが一番問題だと思いますね。やはり自社だけじゃなくて、その人たち同士の交流でもいいことがあるようにと考える。
例えば、マイナビさんでは、戻ってくる方に副業でやってもらうような仕事を提供したり、あるいは集まってきた人同士でビジネスの応募ができるような状態を作ったり。お酒も入りながらだと思いますが、そういう場を作っているんですね。
そういう退職者としてのなんらかの価値をさらに発揮できる場を作っていくのが、アルムナイの中ではすごく大事だと思っています。
退職者は、在籍している従業員人とは別の価値をまとっていますから、ちゃんと理解して発揮してあげられるようにする。さもなくば、退職したけどうまくいかなくて後悔した人だけが戻ってくる。企業もそういったことは求めていないと思うんですよね。
中央大学の犬飼知徳教授のご指導のもと、「企業アルムナイ研究会」では、研究員メンバーと有志の企業の方々で、「退職者価値を最大化するアルムナイ」の共同研究をしています。また、これからアルムナイを始めたい方々への指導もしています。まだまだ私たちもアルムナイや退職者価値の研究の道半ばでもあるので、みなさんと一緒にいろいろと議論をしていければと思います。
——企業側にも退職者側にもいいかたちになるようにアルムナイの目的を設定するということですね。永島さん、ありがとうございました。