組織課題を丹念に読み解く調査&コンサルティング会社「ビジネスリサーチラボ」が開催するセミナー。今回は「ビジネスに活かせる意思決定の科学」をテーマとしたセッションの模様をお届けします。メンバーの目標達成を妨げる葛藤や、葛藤を生まない環境を整えることの重要性について語られました。
職場の「タスクの先延ばし」を防ぐ環境・制度のつくり方
黒住嶺氏:最後のパートとして、制度や環境整備による、よりマクロな視点での提案についてお話しします。ここでは、状況的な価値割引への対策ではなく、特性的な価値割引への対処と支援について考えます。
特性的な価値割引とは、発達的な個人差によって生じるもので、幼少期の環境や経験、セルフ・コントロールの訓練をどの程度受けてきたかが影響を与えます。この点については、井上さんのパートでも触れられていました。
発達的な個人差ということで、価値割引が起こる可能性は人それぞれ異なります。しかし、裏を返せば、程度の差こそあれ誰にでも生じる問題で、誰しも影響を受けるものと言えます。だからこそ、個人の能力や特性に委ねるのではなく、仕組みとして支援を提供することが重要になります。
つまり、マクロな視点で、組織全体で価値割引を軽減できるような構造的な対策を整えることが必要になります。このような仕組みをつくることで、個人の差を補いながら、組織としてより良い意思決定ができる環境を整えることができます。
メンバーの目標達成を妨げる葛藤
では、具体的にどのような仕組みがありうるかという点について紹介します。まず、端的に説明すると、組織と個人の目標に注目する考え方があります。

これまで遅延価値割引の仕組みについて説明してきましたが、ここでは少し違った視点からのアプローチについても考えてみたいと思います。遅延価値割引は、目標を達成する過程で生じる葛藤として捉えることもできます。
ここでいう葛藤とは何か。例えば、1つの大きな目標を達成するためには、そこに至るまでに複数の小さな目標をクリアしていく必要があります。しかし、目の前の小さな目標を達成する過程で、短期的にすぐ終わる別のタスクを優先してしまうと、本来進めるべきサブゴールの達成が阻害され、結果として最終的な大きな目標の達成も難しくなってしまいます。
つまり、遅延価値割引は、大きな目標の達成に向けた小さな目標を計画的に進めるか、それとも目先の別のタスクを優先してしまうか、という葛藤として捉えることができます。
葛藤を生まない環境を整えることの重要性
ここで、葛藤への対処スキルに関する興味深い研究を紹介します。この研究では、遅延価値割引の影響を受ける中で、より望ましい遅延報酬を選択できるようにするための葛藤対処スキルについて検討されています。

具体的には、自分の行動を適切にコントロールできると認識している度合いと、実際の対処スキルの関連性を調べたところ、必ずしも高い相関は見られなかったという結果が得られています。
例えば、遅延価値割引の課題において、時間的に遠い報酬を選ぶことができるかどうか。つまりマシュマロの実験であれば、2つもらうために我慢できるかどうかといったスキル。そのほか、認知能力として、「今は我慢すれば、後でより大きな報酬が得られる」と考える順応的な処理のスキル。
これらを測定した際、自己認識として「自分は行動をコントロールできる」と感じている度合いとの間には、統計的な関係性は弱かったということです。この結果から言えるのは、遅延価値割引が起こることを前提にしながらも、それと共存し、適切な対策を取ることができるという点です。
研究としては、個々人のスキルや能力に依存するのではなく、習慣を身につけることが、遅延価値割引への対処として有効であるという示唆が得られています。

例えば、目先の短期的なタスクに引っ張られないようにするために、葛藤そのものを発生させない環境をつくることが考えられます。
休憩を取りやすい環境が整っていると、人は休憩に意識が向きやすくなります。例えば、休憩室が目につく場所にあると、他の人が休憩している姿を見て「自分も休憩しようかな」と思うことが増えるかもしれません。これを防ぐために、休憩室を視界に入れないようなレイアウトを工夫するなどの対策が考えられます。
また、集中してタスクに取り組みたい時は、デジタルデバイスの通知をすべてオフにするなど、外部の刺激を意図的に排除することで、葛藤が生じる機会を減らすことができます。
さらに、葛藤が生じた際の対処法として、「後回しにしたい」と感じるタスクがあれば、その場で即座に対応する習慣をつける。また、先延ばしにした結果、失敗するリスクを意識的に考えることで、行動の優先度を適切に判断する。このように、自分の行動を習慣化し、無意識に対処できる状態をつくることが、遅延価値割引の影響を軽減する鍵となります。
つまり、対処スキルそのものよりも、環境を工夫し、行動の習慣を整えることで、より効果的に遅延価値割引に対応できるということが、研究からも示されています。
組織内で「目標の連続性」を高める方法
ここまで、習慣や組織の仕組みを通じた対策が可能であることをお話ししました。そのうえで、対策としてどのようなことに注目するのがいいかというと、目標の連続性を意識することが挙げられます。これは、上位目標を意識することで、下位目標の達成が促されるという研究に基づいています。

具体的な場面で考えると、例えば営業ノルマの達成を目標とする部署があるとします。このノルマを達成するためには、「個々の営業担当者が顧客を分析」し、「過去の成功事例を活用して失敗事例を回避」し、「チームメンバー同士でサポートし合う」といった複数のサブゴールをクリアしていく必要があります。
この時、それぞれの業務が営業ノルマの達成につながっているという意識が明確であれば、各タスクに取り組む意欲も高まり、先延ばしを防ぎやすくなります。つまり、目の前のタスクが、さらに上位の目標達成につながるということを意識することで、遅延価値割引による影響を軽減し、望ましい目標への着手を促すことができるということです。
では、実際にそれを意識するための施策として、どのようなものが考えられるかについて紹介します。ここでポイントとなるのが、「タテ」と「ヨコ」の視点を意識することです。

まず、「タテ」の視点とは、組織内での目標の連続性を高めるということです。例えば、組織全体として今期どのような目標を重視しているのか、それを踏まえて各部署はどのような役割を担うのかを明確にし、共通認識を持つことが求められます。
この点で、目標管理制度を活用し、上司が部下の目標と組織全体の目標との連続性を把握したり、場合によっては調整することが有効です。また、戦略的な人事異動を行い、個人の目標が部署や組織の目標とつながりやすい環境をつくることで、より一貫した目標達成が促されるという考え方もあります。
つまり、組織内の目標が上下でどのようにつながっているのかを意識し、その連続性を高めることが、タスクの価値を引き上げ、遅延価値割引を抑えるための施策の一つとなるということです。
外部の目標とつながる施策とは?
次に、「ヨコ」の視点とは、外部との目標の連続性を意識することです。ここでは、組織内だけでなく、部署を超えたつながりや、他社との関係性に目を向けることがポイントになります。
例えば、同じ業界内の他社の動向を把握し、自社の目標との関連性を意識することで、戦略的な優先順位を決めやすくなります。また、人事部門の担当者が営業部門の働き方を知る、ナレッジワーカーが技術職の視点を取り入れるなど、異なる分野の知見と結びつけることで、自分の業務がより大きな目標の一部であるという認識を強めることができます。
そうしたヨコの目標の連続性を意識するためには、新しいことを学ぶ機会を増やしたり、自分の属する領域外へ出ていく機会を持つことが有効です。
例えば、外部のセミナーへの参加を支援したり、副業を推奨することで、新しい職場や仕事に触れる機会を提供することが考えられます。こうした取り組みを通じて、異なる視点を得ることで目標のつながりを意識しやすくなり、連続性の認識を高めることにつながります。
最後に、ここまでの内容をまとめます。組織が支援すべき基本方針として、遅延価値割引は誰にでも起こるものと前提し、その影響を抑えるために価値を補い、フォローを行うことが重要です。
そのために、個々の状況に応じた細やかなフォローをマネジメントを通じて提供すること、そして、特性的に起こる価値割引に対して仕組みとして支援を行うことが効果的です。
また、当社 ビジネスリサーチラボ では、オーダーメイド型の組織サーベイを提供し、企業の課題に応じたサービス開発のデザインも手掛けています。
例えば、本日のテーマである価値割引の対策に関しては、上司のサポートがどの程度行われているのか、目標の共有がどの程度実現できているのかといった実態調査など、ご要望に応じたサポートが可能です。ご興味があれば、お気軽にご相談ください。
では、私のパートも含め、講義パートはこれで終了となります。ありがとうございました。