社会全体のウェルビーイング向上に貢献することを目指したサービスを提供する株式会社メタメンターのセミナーに、『イノベーション実践手法』の著者で、執行役員としてスリーエムジャパンで業務改革を実践した大久保孝俊氏が登壇。「脳の構造」を客観的に理解することの重要性や、AIの思考と人間の思考の違いなどを解説しました。
論理的に考えている間は「ひらめき」が生まれにくい理由
大久保孝俊氏:ここで重要なのは、
合理的安全性を確保した後に何をするかということです。大脳新皮質に蓄えられた重要なデータは、課題を解決するために使われます。既存の方法で解決する場合には、特にひらめきは必要ありません。しかし、これまでにない新しい方法で課題を解決しようとする場合には、ひらめきが不可欠となります。

ここで理解していただきたいのは、みなさんが論理的に物事を考える際には、集中して何かに取り組むことが重要だということです。この時に働いているのが、セントラルエグゼクティブネットワーク(CEN)と呼ばれる脳のネットワークです。CENがうまく機能すると、論理的な思考や記憶の整理が効果的に行われます。
一方で、ひらめきが必要な場面では、CENとはまったく異なる脳の仕組みが働きます。ひらめきには、前頭前野と帯状回と呼ばれる脳の領域が関係しています。この2つの領域が連携することで、ひらめきが生まれるのです。この連携を担うのがデフォルトモードネットワーク(DMN)と呼ばれるネットワークです。
しかし、CENが活発に働いている、つまり集中して物事を考えている状態では、前頭前野と帯状回はつながっていません。そのため、ひらめきを得るには脳のモードをDMNに切り替える必要があります。
ひらめきを生む脳のメカニズム
これを実現する方法の1つが、集中と休憩を組み合わせることです。例えば、25分集中したら5分休憩、または50分集中したら10分休憩を取るといった方法が推奨される理由がここにあります。
また、長時間残業をして努力を重ねても、それはCENが機能し、情報を記憶するプロセスには効果的です。しかし、記憶された情報を基に課題解決のためのひらめきを得るには、DMNを活性化する必要があります。
DMNを作り出す典型的な方法としては、何かに集中した後で頭を空っぽにすることが挙げられます。具体的には、お風呂に入ってボーッとする、トイレでリラックスする、電車の中でボーッとする、といった日常的な状況がこれに該当します。また、科学的には座禅や瞑想、マインドフルネスといった方法がDMNを活性化する効果があることも知られています。
ここで覚えておいていただきたいのは、身体的安全性、心理的安全性、合理的安全性を確保することが基本であり、その上で合理的な思考を行い、情報を定着させることが重要です。そして、定着させた情報を基に新しいアイデアやひらめきを生み出すためには、CENとは異なるDMNを活用する必要があるということです。
まとまりのないチームを強くする「スイミー」の組織論
次に、人や組織を動かすための考え方についてお話しします。人を小さな魚に例えると、左の図ではそれぞれの魚が異なる方向にバラバラに泳いでいる状態を示しています。

一方で、ある会社に所属すると、その会社の企業文化や組織を動かすシステムがしっかりしていれば、個々の小魚の泳ぐ方向が一致してきます。これが、組織を動かすシステムの基本的な役割です。
しかし、(真ん中の図のように)同じ方向に動いているだけでは、力の総量は一人ひとり、つまり一匹一匹の魚の力に限られてしまいます。競合に勝つためには、(右の図のように)個々の小魚が集まり、大きな魚のような強力な機能を持つ集団に変わる必要があります。このプロセスを、ここでは「スイミー」という言葉で表現しています。
つまり、リーダーシップにおいては、個々の人を活性化するためのアプローチを「スイミー」、そして組織全体を動かすためのシステムを「水の流れ」に例えています。
この2つをうまく機能させるために、「Stretch-Support-Reward」というマネジメント手法が重要になります。これは略してSSRと呼ばれ、「伸ばす(Stretch)」「支える(Support)」「報いる(Reward)」という3つの要素から成り立っています。このSSRを繰り返し活用することで、人々のモチベーションを活性化し、成果を上げることが可能になります。
もしさらに詳細を知りたい方がいれば、2021年に出版した
『イノベーション実践手法』という書籍をお読みいただければと思います。この書籍には、サイエンスに基づいて「どのようにすれば組織や人を動かせるのか」という具体的な方法が詳しく記されていますので、ぜひ参考にしていただければと思います。
AIにはできない、人間の記憶を強化する工夫
組織全体を動かすための「水の流れ」についても、『イノベーション実践手法』に記していますが、私はこの中で「CanRUB」というシステムを提唱しています。「Can Recognize(気づく)」「Can Utilize(使う)」「Can Believe(信じる)」という3つの要素から成り立つ方法論です。
これは人間のネガティブな本質とポジティブな本質を踏まえた上で、組織としてどのような施策を取るべきかを体系化したものです。
一方で、SSR(Stretch-Support-Reward)の手法についても触れておきます。人間の本質的な特徴として、記憶を定着させるには感情が必要だという点があります。ポジティブでもネガティブでも、感情が伴うことで記憶が強化されます。
しかし、感情が伴わない情報は忘却されやすく、人間の脳は1時間後には40パーセント、24時間後には70パーセントを忘れてしまうと言われています。これはAIと比較すると大きな弱点です。
SSRの各要素に関連する神経伝達物質も重要なポイントです。「Stretch」ではノルアドレナリンが分泌され、集中力を高めます。「Support」では、新しい挑戦に対する集中力を補完しますが、長時間にわたる緊張状態を緩和し、安全基地としてリラックスできる環境を作ることが必要です。この過程で分泌されるのがセロトニンです。そして、「Reward」ではゴールを達成した際にドーパミンが分泌されます。
この順序でノルアドレナリン、セロトニン、ドーパミンが適切に働くようにマネジメントすることで、個人やチームの活性化が実現します。
部下の主体性を引き出すマネジメント法
特にドーパミンはポジティブな感情を生み出し、自己効力感を高める働きを持っています。自己効力感とは「自分はできる」という感情であり、ドーパミンが記憶を定着させます。その結果、「あの時は難しかったけれど、努力して乗り越えられた」という成功体験が蓄積されていきます。
だんだんとSSRを繰り返し実施していくと、自主性が育まれていきます。最初は上司から指示された仕事であっても、やっつけ仕事ではなく、「これは価値があるな」と感じるようになり、主体的な行動に変わっていきます。最終的には、SSRの繰り返しによって自主性が主体性へと発展していきます。
ここで重要なポイントは、よく「最近の新人は主体性がない」と言われることがありますが、ニューロサイエンスの観点から見ると、主体性はマネジメントによって育まれるものであり、生まれつき備わっているものではないということです。
大学を卒業してすぐに主体性を持ち、会社の課題を解決できる人間は存在しません。仕事をしながら、SSRを回してあげることで、主体性を育てることができるのです。
主催:
株式会社メタメンター