新規事業の取り組みや知見を発信するカンファレンスとして11月に開催された「NEXT Innovation Summit 2024 in Autumn」。その特別セッションに日本を代表する新規事業家・守屋実氏が登壇。ユニコーン企業の数と投資環境から考える日本のポテンシャルや、ジョブローテーションが新規事業に与える影響などを解説しました。
前回の記事はこちら 「やったもん負け」の新規事業…現場で起きていることとは?
佐古雅亮氏(以下、佐古):次はこちらの質問を取り上げます。「現在、大手企業の新規事業開発現場のリーダーをしています。トップは現行事業のようなガバナンスやリスク回避を求めており、それに対応するために多くの時間を費やしています。上に言われたとおりに進めれば評価は下がらないのですが、リーダーとして評価を気にせず挑戦したい気持ちと揺れることもあります。
大手企業で1年後の1億円を使うよりも、ベンチャーで明日の10万円を使うほうが有益な時もあると思いますが、大企業では今のルールの中で違う戦い方をするしかないのでしょうか?」という、非常にリアルな質問です。
守屋実氏(以下、守屋):これはさっき話した「3層直列」の一番上が欠けているパターンだと思います。
佐古:あぁ、そうですね……。
守屋:現行法の中で「俺が盾になる」と言って守ってくれる野武士のような存在が経営層にいないから、結果として現行法で保護されず、傷を負ってしまう。それ自体は悪いことをしているわけではないのに、不利な状況に追い込まれてしまうんです。
そういう上層部の存在がないと、「やったもん負け」みたいになってしまう。この状況は本当に苦しいですよね。
佐古:確かにそうですね。1つのアプローチとしては、
守屋さんがおっしゃったように、半沢直樹を外注するスタイルで、60ヶ月をかけて経営層にも働きかける、というのが現実的かもしれませんね。
守屋:そうだと思います。日本全体が「どの会社もダメだよね」という状況だった時期には、この方法の成功確率は低かったでしょう。でも、最近はそうでもなくなっています。いろんな会社が新規事業に取り組み始め、「やばい、変わらないと」と言い出している。
例えば、経済産業省が出向起業などの取り組みを推進したり、国がスタートアップに兆単位のお金を投じたりしています。国も積極的に誘導しているじゃないですか。そういう状況になってきた今では、「60ヶ月の勝負」がそこそこの確率で成果を出せる時代になってきたと思います。
ユニコーン企業の数と投資環境から考える日本のポテンシャル
佐古:本当に、ここ3~4年で大きく変わりましたね。中期経営計画でも「イノベーション創出」といった言葉がよく見られるようになりましたし、みなさん取り組みを始めています。
守屋:本当にそう思います。僕自身、新規事業家としての肌感覚として、これをマジで感じますね。例えば、大企業の経営陣の中にはスタートアップ的な発想を持って、むしろ僕よりアグレッシブな人もいて、「おお〜、すごいな」と驚くこともあります。
佐古:変わりつつある中で、新規事業を創出するための上層部へのアプローチも進めやすくなってきている状況ですね。
守屋:そうですね。例えば、A社さんという会社があるとして、そこより少し格上の企業が先を走っているとします。「あそこもやっているんだから」という理由で、稟議書を通しやすくなるチャンスですよね。
佐古:確かに、それはありますね。
守屋:僕はJRで働いているんですが、JRは新規事業をかなり生み出しています。5年間で総勢10人で1,077の案件を検討し、108個を実証実験し、51個を事業化しています。
佐古:すごいですね(笑)。素晴らしい。
守屋:要するに、5年で10人で51個の事業を生んでいるということです。僕がいつも言うのは、「元国鉄でこれだけできているんだから、純民間の御社ができないわけがない」ということです。
佐古:確かに、その通りですね。
守屋:これはあえて「元国鉄」という言葉を使っているんですが、もちろん国鉄の時代はずいぶん昔の話です。ただ、それでも変わりにくいインフラ企業がこれだけの成果を出しているというのは、日本の大企業のポテンシャルを示していると思います。
例えば、「日本はアメリカに比べてユニコーン企業が少ない」とよく言われますよね。でも、投資金額で見ると、日本はアメリカの100分の1くらいしかありません。それに対して、ユニコーン企業の数は100分の1よりは多いんです。
佐古:確かに。
守屋:さらに、アメリカは人口3億人、日本は1億人です。そう考えると、打率はかなり高いですよね?
佐古:そうですね。
守屋:もちろん、「実際の成果はどうなんだ」と言われれば、「そこまで出ていない」という指摘も正しいんですが、悪い点ばかりを見つけて話をしているとそうなります。でも、投資金額や人口を考慮すれば、日本にもアメリカを超えるポテンシャルがあると言えます。どこに目を向けるか次第ですよね。
ジョブローテーションが新規事業に与える影響
守屋:そういったポジティブな視点を持っても大丈夫な雰囲気が、徐々に日本全体で広がってきていると思います。例えば、Spreadyとしても、世の中の空気を変える取り組みを進めていますし、僕自身もその空気を変えようと努力しています。日々何かを生み出そうとがんばっていると、そのうち本当にもっと変わっていくのではないかと思っています。とにかく諦めないことがすごく大事だと思います。
佐古:ありがとうございます。ちなみに、さきほどお話に出たJRさんですが、旧国鉄から変わり、これだけ多くの事業を生み出していますよね。その一番のポイントはどこにあると思いますか?
守屋:それは、本当に「やる」と決めて、本当に「やった」ということだと思います。これを言うと「それだけ?」と思われるかもしれませんが、本当にそれがすべてなんです。
佐古:シンプルですが、核心的ですね。
守屋:そうなんです。
さっきも言いましたが、手段や仕組みというのは補助輪に過ぎません。メインの車輪、つまり一番大事な部分は「やる」と決めて、それをリーダーシップで実行することにあります。リーダーの意思こそが最前列に来るべきものなんです。
佐古:さらに同じ内容の質問を複数いただいています。「ジョブローテーションに関して、どう思われますか?」という内容です。質問の中には「3層直列になっていたとしても、ジョブローテーションによって状況が変わるのでは?」という指摘もありました。
守屋:そうなんですよ。そこが痛いところなんです。例えば、質問者の方が創業者だった場合を考えてみてください。創業者や創業メンバーがジョブローテーションをすることって普通はないですよね?
佐古:確かにそれはないですね。
守屋:創業者が立ち上げたばかりの事業を3年経ったからといって手放すのは、普通あり得ない話です。例えば佐古さんが「サコアンドカンパニー」という会社を創業したとして、「自分は3月末で異動です」と言い出したらおかしいでしょう?
佐古:(笑)。はい、それは確かにおかしいですね。
守屋:そもそも「サコアンドカンパニー」って名前にしているのに、創業者である佐古さんが早々に人事異動するなんて異常ですよね。創業の観点から見れば、それくらい異常なことです。ただ、大企業の本業から見ればそれが普通のルールになっている。
しかし、創業の視点で見ると、それは非合理的なことが多いんです。だから僕はテクニックに頼るのではなく、「普通にやる」ことが本当に大切だと思っています。でも、その「普通」を実現することが、むちゃくちゃ困難なんですよね。
定期的な人事異動という大企業の課題
佐古:定期的な人事異動も、創業者の視点から見ると不思議な話ですね。
守屋:そうなんですよ。創業した会社からすると、定期的な人事異動って何を言っているのか意味がわからないと思います。ミルフィーユみたいな会議体も同じで、普通に「今決めさせろ」って話じゃないですか。
佐古:はい。
守屋:好きな人材を採用するのは当たり前ですよね。例えば、佐古病院という病院を作ったとしたら、佐古さんなら普通に医者を採用しますよね?
佐古:採りますね(笑)。
守屋:なのに、自社の中の社員で病院を作れと言われたらどうですか? 「いやいや、どっちが手術するんだ?」みたいな話になりますよね。おかしくないですか。
佐古:確かにそうですね。
守屋:だから「普通にやる」ということが、実はすごく難しいんです。
佐古:JRさんの場合、たぶん3層直列が成立していたんですね。
守屋:そうですね。本当に直列していました。まさに惑星直列のような状態でした。
佐古:惑星直列みたいな(笑)。でも、その5年間の間に、人が変わったりはしなかったんですか?
守屋:変わることはあります。やっぱりそういうこともいろいろありますよね。
佐古:そうですよね。
守屋:それを乗り越えていけるかどうかは、その時その時にがんばるしかないんです。現実問題として、大企業の中で「10年間動かさないでくれ」というのは、さすがに難しいと思います。
佐古:そうですね。
守屋:もし分社化して資本まで切り離し、本体から完全に独立した「離れ小島」になれば、干渉されないというケースもあるでしょう。でも、出島のように本体の強みを活かす形態だと、どうしても本体に一定の貢献を求められます。
そのために本体の都合に一定程度合わせる必要が出てくるのは避けられないですよね。それも最初からわかっている話です。
佐古:そうですね。その中で柔軟に対応していくしかない、ということですね。
守屋:そうです。それが現実だと思います。
うまくいく出島を作るために必要なこと
守屋:そこをどうやって乗り越えるかですよね。スタートアップの場合、資金が枯渇したら終わり、という話と一緒です。結局、避けられないものってあると思うんですよ。僕たちがそれを好きか嫌いか、良いか悪いかは関係なく、向き合って乗り越えるしかない「エトセトラ」が存在すると思うんです。
例えば、一定程度の人事異動や会社の中での労務規則への対応、コンプライアンスやガバナンスなど、そういった要素はやむを得ない部分もありますよね。それらを受け入れてがんばるしかないんです。
佐古:そうですね。がんばる。そしてやり切る。その熱量をどれだけ持てるかがポイントになりますね。
守屋:そのために少しでもうまくいくように、例えば3層直列が理想的です。本体の中での新規事業が厳しければ、出島のかたちで進めるのがいい。ただ、離れ小島のような形態まで行ってしまうと、「それなら会社を辞めたほうがよかったんじゃないか」という話にもなりかねません。
うまくいく出島を作るためには、世の中の成功事例を参考にすることが必要です。また、自分が上層部に直接たてつくのはリスクが高いので、半沢直樹的な役割は外部に任せるのが良い。こういった現実的な取り組みを、可能な限り一生懸命に進めることが大切だと思います。
佐古:なるほど、ありがとうございます。守屋さんの話は、非常に現実的な解決策を示していただいていると思います。
守屋:理想どおりに行けば、それはそれで素晴らしい。でも、現実はそう簡単にはいきません。
(一同笑)
守屋:そうは問屋がおろさないんですよね。なかなか。
佐古:本当にその通りです。ありがとうございます。
本業回帰という方針転換が間違いとは限らない
佐古:時間が迫ってきましたので、最後にこちらの質問を取り上げさせてください。
「新規事業を始めて10年ほど経ちました。社内では2~3年ほど事業化していますが、なかなか収益が上がらず、最近は『新規事業を撤退し、本業に専念すべきだ』という風潮が強くなっています。一方で、他社ではこれから新規事業に取り組む会社も増えているようです。自社で新規事業を続けるために、どのように説得すればいいのでしょうか」という質問をいただいています。
守屋:なるほど。これは質問者の方が望んでいない答えかもしれませんが、あえて言います。10年間の経験を活かして他社でがんばるという選択肢もあると思います。
佐古:あぁ、なるほど。
守屋:もしかすると、その会社にとって10年間の取り組みが「これでいったん本業回帰を」という結論だったのかもしれません。それ自体が必ずしも悪いとは思いません。本業を強化するという判断も、十分に正しい場合があります。
例えば、僕が以前在籍していたミスミという会社では、多角化事業を進めていましたが、ある時点で「本業に全振りしてグローバル展開に注力しよう」という方針転換をしました。その結果、会社は大きく成長しました。
ですので、その会社の事情や戦略によっては、10年の経験を活かして本業に専念することも正解かもしれません。そして質問者の方がその経験を次の挑戦に活かし、別の会社や新しい取り組みで強力なドライブをかけるというのも1つの道だと思います。
期待されている答えではないかもしれませんが、そういった視点もぜひ考えてみてください。
佐古:ありがとうございます。確かに、ミスミさんの事例のように、その会社にとって「本業専念」が最適解となる場合もありますね。
守屋:そう思います。僕自身、新規事業家なのでつい「新規事業は正しい」という方向に気持ちを向けがちですが、必ずしもそうとは限らないんですよね。
佐古:そうですね。深い洞察をありがとうございます。お時間となりましたので、本日のイベントはこれで終了させていただきます。ありがとうございました。
守屋:ありがとうございました。