新規事業の取り組みや知見を発信するカンファレンスとして11月に開催された「NEXT Innovation Summit 2024 in Autumn」。その特別セッションに日本を代表する新規事業家・守屋実氏が登壇。大企業とスタートアップで異なる時間軸の捉え方や、本体が新規事業を吸収する理由などを解説しました。
前回の記事はこちら 経営層の視点を長期から「今期をしのぐ」へ追い込む株主の圧力
佐古雅亮氏(以下、佐古):私がみなさんとコミュニケーションを取る中でよく耳にするのが、現場のリーダーやチームアサインのメンバーのみなさんが「新規事業を生み出したい」と本気で思っている一方で、経営層や役員クラスとのコミュニケーションで困難を感じる、という声です。こうした状況は本当に多いように思います。
守屋実氏(以下、守屋):それは構造的に仕方ない部分がありますね。
佐古:まぁ、そうですよね。
守屋:経営層の年齢層が高いと、逃げ切れるという考えがちらつき始めるんですよ。
佐古:(笑)。そうですね。
守屋:それに加えて、単年度決算があって、IR(投資家向け広報)にも対応しなければいけません。若手はIRの現場で株主の圧力にさらされることがないので、好きなことを言える立場にあります。でも、上の立場になるほど、どうやって今期をしのぐかを常に考えなければならない。それが現実です。
佐古:はい。
守屋:だからといって、それが正しいとか良いとはぜんぜん思っていません。それでも変わらなければ、今期をしのげても3年後にはしのげないじゃないですか。ただの「ゆでガエル」になってしまいますよね。
長期的な目線を持つことこそが経営の本質ではないでしょうか。そう言いたいことは100も1,000もあるんですが、仮に僕が経営側の立場になったとしたら、今期の決算を完全に無視して行動できるかと言えば、それも難しい。やっぱり、ぜんぜん無視はできないですよね。
この辺りは、群像劇のようなものだと思います。例えば僕は「新規事業家」という立場なので、本業を守ろうとする人たちに対して「それは新規事業を阻むものだ」と言ったり、「新規事業が汚染される」とか「毒だ」と批判したりします。
でも、もし僕が逆の立場に立ったら、本業を守らなければならない事情も十分に理解できます。そこには事実として守るべきものがあるからです。だから、お互いにきちんと協力し合わなければ無理ですよね。喧嘩しているだけでは進展はありません。
「半沢直樹」的な役割は外注すべき
佐古:「コミュニケーションが大事だということですが、熱く議論しようとすると『揉めている』と捉えられ、議論そのものが敬遠される風潮がありませんか?」という質問をいただきました。
守屋:あります。だって、今まで議論なんてしなくても良かったんですよ。昭和の成功時代は右肩上がりでしたから。ただエスカレーターに乗ってぼーっと立っていれば、自然と上に上がっていけたんです。
僕のように大学生時代にバブルを経験した世代からすると、例えば2回失敗しても良かったんです。どうせ3回目で勝てると国民全員が信じていました。その結果、暴走してバブルがはじけたんですけどね。
佐古:(笑)。そうですね、確かに。
守屋:その昭和やバブル時代を経験した人たちが、まだ組織に居残っているんです。僕もそういう世代ですからね。前例に従っていればいいんじゃないかという考えが、どこかにまだ残っていると思います。もちろん、今の時代になって心の底からそう思っている人は少ないでしょうが、心の奥では「やばい」と感じつつも、変われていない人はいると思います。
佐古:なるほど。リアルなコメントもいただいています。「日本の企業組織で心理的安全性を確保できるのだろうか」という問いかけが、参加いただいているみなさんの間で議論されています。
直接そういう議論を推進する立場の役員や経営陣に対して、「ちゃんと意見を言えるのか」「言えないのか」という問題も出てきますよね。でも、経営層を変えていくアプローチをしないと、新規事業は前に進まない。このような状況では、守屋さんならどんなアドバイスをされますか?
守屋:僕がいつも言っているのは、内部の人が直接言わないほうがいいんじゃないか、ということです。現実的にはそのほうがいいと思っています。
佐古:「現実的には」ですか。
守屋:だって、内部には圧倒的な主従関係がありますよね。例えば、正論を言う人は上の立場の人に向かって意見していると思いますが、だとすると、主従関係の中では正論が飲み込まれてしまう。
そこで僕は、「あなたが言わないで、俺に言わせてくれ」と提案しています。僕は「半沢直樹」的な役割は外注すべきだと思っています。
佐古:わかりやすいですね。
守屋:例えば、僕が誰かの会社の役員に向かって文句を言ったとしても、たぶん「所詮あんな外部の人間が」とか「けしからんやつだ」と思われて相手にされないかもしれない。「なるほど」と納得してくれても、1ミリ動く程度でしょう。ただ、それを諦めないことが重要なんです。
大企業とスタートアップで異なる時間軸の捉え方
守屋:スタートアップの場合は、急がないと本当に死んでしまうじゃないですか。
佐古:死にますね。
守屋:だからスタートアップでは「焦らないで」と言う余裕なんてなくて、死ぬほど焦っています。それがスタートアップの現実です。
大企業はキャッシュフローが回っているので、よほどのことがない限りは続きますよね。だからこそ、焦らずに対応する余裕があります。例えば、守屋が死んだら守屋2号に引き継ぎ、守屋2号が死んだら守屋3号を雇う、といった勢いで進めることができるんです。
仮に屍が積み重なったとしても、一定程度屍が溜まれば、景色が変わる瞬間が来ると僕は思っています。僕はいつも言っているんですが、大企業に参画する時、最初は60ヶ月くらいの勝負だと思っています。
「年内に決着をつける」と考えると焦りますし、「なんでこの会議で決まらないんだ」とイライラしてしまう。でも、デフォルトをいったん60ヶ月に設定すると、自分の焦りが抑えられて、「今年はここまで進めよう」と心に余裕が持てるんです。
これが正しいのかどうかという議論はあると思います。「もっと1年でできないのか」と言われれば、確かにそのとおりです。でも、現実的に急げば必ず進むかと言うと、そうでもない。だから僕は現実的な打ち手として、「60ヶ月くらいの勝負」と考え、自分の心の豊かさやゆとりを持って取り組むほうが、結果的に良いのではないかと思っています。
佐古:なるほど。60ヶ月というのは、スタートアップではあまり聞かない時間軸ですね。
守屋:無理ですね。
佐古:大手企業だと、それくらいかかるということですか。スタートアップだと、それだけ時間をかける前に死んでしまいそうですね。
守屋:ぜんぜん無理です。……というか、スタートアップではそもそもそんな悠長なことに向き合う必要がありません。もともと「やるぞ!」と覚悟を持った人たちが集まっているわけですから。
佐古:そうですね。
守屋:だから、これは大企業が抱える「日本病」のような問題にどう向き合うかという話なんです。
佐古:確かに。そう考えると、大企業には大企業なりのアプローチがありますよね。例えば、昔はスタートアップを参考にするケースも多かったですが、スタートアップと大手企業ではルールが異なるゲームのように感じます。
守屋:そうですね。100パーセント参考になるわけでも、100パーセント参考にならないわけでもないと思います。参考になる部分もあれば、スタートアップとまったく違うから意味がない部分もある。それが現実だと思います。
組織を動かす熱量は人から分けてもらう
佐古:それではQ&Aに移ります。ここで「折れない心」に関する質問が来ています。
「数多くの失敗を見てこられた中で、失敗後の熱量をキープする、もしくは取り戻すための仕組みや仕掛けとして、何が重要だと思いますか? 例えば、社内新規事業の制度における事務局の目線と起案者の目線からアドバイスをいただきたいです」という内容です。
守屋:基本的には、仕組みでどうにかなるなら、もう解決している問題だと思うんですよ。だって、うまくいく仕組みがあるなら、それをみんな取り入れるだけで済む話ですから。
佐古:確かに、そのとおりですね。
守屋:だから仕組みがすべてではないんです。仕組みはあくまでも補助輪のようなものに過ぎなくて、肝心の車輪は別のものなんです。では、その車輪とは何かと言うと、結局は「人の心」、つまり本人の気持ちですよね。熱量をどう維持するか、という話であれば、その人自身の感情が重要です。
本人が心が折れかけている時に、どうやって熱量を取り戻すかと言うと、全員が全滅していることはまずありません。自分の調子が悪い時でも、調子の良い人は必ずいます。たとえ社内にいなくても、社外にはいますよね。だから、そういう人たちから熱量を分けてもらうことが大切だと思います。
佐古:なるほど、確かに。
守屋:そのうえで、さらに良い仕組みがあれば、それが補助輪として役立つ、というだけのことだと思います。仕組みとか手段は全部第2列目、補助輪のようなものです。車輪そのものは違うものなんだと思います。
これってすべてに言えることだと思いますよ。仕組みでどうにかなるんだったら、もうとっくにどうにかなっているはずです。
熱量は必ず伝播する
佐古:でも、それを考えると、「どうやって熱量の高いイントレプレナーをたくさん生み出すのか」という次のテーマに進みそうですね。熱量というのは、やはり伝播していくものなのでしょうか。
守屋:そう思います。例えば、上場市場ってありますよね。そこにいる多くの会社は、ある意味で多くが失敗してきた会社とも言えます。
佐古:そうですね。
守屋:普通だったら、とっくに消えていてもおかしくない会社も多いじゃないですか。でも、それでも今も存在しているし、来年もきっと存在し続けると思います。だから熱量というのは必ず伝播するんです。そしてその中で、ヒーローやヒロインのような存在が根絶やしになることはありません。
特定の会社の中では熱量が失われることがあるかもしれませんが、少し視野を広げて俯瞰してみると、どこかに必ず熱量のある人間がいる。火が完全に消えることはないんです。それが現実ですよね。実際、火は絶えていません。
佐古:そうですね。ありがとうございます。
本体が新規事業を吸収するパターンとは?
佐古:いただいている質問を1つ取り上げます。今回の質問は「出島」についてですね。守屋さんも別の本で「3つの切り離し」について触れていらっしゃいますが、こんな質問です。
「出島組織で作った事業開発の種を本体がなかなか引き取ってくれません。これも人間心理や組織力学によるものなのでしょうか? 出島というブランドの限界でしょうか? だとすると、もともと出島であっても、本体に寄り添った新規事業が必要なのではと思いますが、そうすると本体でやるのと何が違うのかという疑問も湧きます。守屋さんのコメントをおうかがいしたいです」という内容です。
守屋:本体の人がその事業を吸収したい理由を考えると、事業部長の立場では「自分の今期の評価にプラスになるかどうか」が大きなポイントですよね。
佐古:あぁ、それは確かにそうですね。
守屋:自分の評価がマイナスになるのに、わざわざ引き取る理由はないと思います。だから、出島であっても出島でなくても、事業部にとってプラスになるものでなければ引き取らないんじゃないですかね。
佐古:なるほど。そうすると、引き取ってもらえない場合はどういう理由が考えられるのでしょうか。
守屋:単純に、事業部長の立場から「引き取りたくない」と思っただけじゃないですか。
佐古:それは事業自体が弱いとか、数字が伴わないからですか?
守屋:そういう場合もあるかもしれませんが、結局は「自分にとってメリットがない」と感じたら引き取らないだけです。逆に、期末でその事業を引き取ることでノルマを達成できるのであれば、意地でも引き取ると思います。
佐古:確かにそうですね。評価に直結しているなら、引き取りたいと思いますよね。
守屋:そうなんです。だから、そもそも「事業部が引き取る」というルールにしている時点で、事業部の評価に直結してしまっています。例えば、赤字事業でも引き取れば事業部にプラス評価がつく、という補助ルールがないと機能しないのではないでしょうか。
佐古:なるほど。それは出口の設計に問題がある、ということですね。
守屋:そうです。出口を複線化しておかないと、「事業部が引き取る」という一択では難しい。現実には、事業部が発注主のような構図になっていますから。
佐古:確かにそうですね。本来は発注主ではないけれど、現実的にはそう見える状況になっている、と。
守屋:そういうことです。だから出口戦略を多様化しないと、新規事業が吸収される可能性は低いですよね。