新規事業の取り組みや知見を発信するカンファレンスとして11月に開催された「NEXT Innovation Summit 2024 in Autumn」。その特別セッションに日本を代表する新規事業家・守屋実氏が登壇。大企業の新規事業を成功させる「組織変革」のカギを解説しました。
前回の記事はこちら 大企業の新規事業を阻む「昭和の成功」という弊害
佐古雅亮氏(以下、佐古):さっそくですが、いただいた質問を1つ取り上げたいと思います。この本のタイトルには「日本」という言葉が入っていますよね。

「これは日本だけに特有のことなんでしょうか? 海外ではあまり起こらないのですか?」という素直な疑問です。
守屋実氏(以下、守屋):どこでも起きていると思いますよ。ただ、日本はその中でも特に起きやすいんじゃないかと僕は思っています。
佐古:なるほど。それはなぜですか?
守屋:昭和があまりにも成功しすぎたからです。昭和は、世界でも最も成功した時代だったんじゃないですかね。
佐古:確かにそうかもしれませんね。今振り返ると、その昭和の成功を守りたいという意識が、会社経営においても影響を与えているのでしょうか。
守屋:そうだと思います。昭和の時代、日本は上りのエスカレーターに乗って、どんどん上っていったんです。例えば、僕が大学生だったバブル期には「山手線の内側の土地でアメリカ全土が買える」と言われていました。
佐古:その話は聞いたことがあります。驚くような時代ですよね。
守屋:そうなんです。でも、そもそもおかしいじゃないですか。山手線の内側でアメリカ全土が買えるわけない。それでバブルが弾けたわけです。
佐古:(笑)。確かにそうですね。
守屋:昭和は短命だったんですが、その成長のインパクトがあまりにも強すぎて、未だに引きずっている部分があると思います。だから、同じような現象は他の国でもあるかもしれませんが、日本はその典型例だと言えるのではないでしょうか。
日本の企業が停滞した要因
佐古:ここから少し話を広げたいのですが、日本企業は昭和時代の成功体験が非常に強烈ですよね。今、新規事業の領域では、あの時代とは違うけれども、新しい成長を目指して、停滞した日本を打破しようと取り組む企業が増えていると思います。
守屋さんの目線で見ると、そうした停滞が生まれた要因はどこにあるとお考えですか?
守屋:本業があまりにも成功したために、本業だけに集中してしまった期間が長すぎたことが要因だと思います。普通、新規事業って特別なことじゃなくて、自然にやるものだと思うんです。だって、1つの商売だけでずっとやっていくなんて普通は難しいですし、顧客もどんどん進化して変化していくじゃないですか。だから、普通は新規事業をやるのが当たり前だと思うんです。
でも、あまりにも本業が大成功したせいで、新しいことを生み出す活動をしないまま、20年、30年と続いてしまった。そこが問題だったのだと思います。
佐古:なるほど。それを新しく打破しようと、特にこの10年くらいで、新規事業への投資が非常に積極的になっていますよね。
守屋:そうですね。
「このままではダメだ」の人と「変わらなくていい」の人
佐古:その流れの中でも、組織課題が大きな壁になっていると感じます。守屋さんも「阻む」という表現をされていますが、企業の事例を見ていると、ほとんどの会社が似たようなパターンにはまっているのでしょうか?
守屋:そうですね。やっぱり人間ってそんなに簡単には変わらないんじゃないかと思います。デジタルなら、0から1に信号を振ることで変わるけれど、人間はそうはいかない。若い人でも同じだと思います。若いからといって、簡単に昨日から今日、今日から明日へと大きく変わるわけではないですよね。若い人は、昨日も今日も明日も「若い人」なんですよ。
佐古:確かにそうですね。
守屋:もし若い人が簡単に変われるなら、翌日から年寄りになれるかという話です。でも、それは無理ですよね。若い人はしばらくの間はずっと若いままだと思います。
佐古:(笑)。
守屋:それは年を取っている人も同じで、いきなり若くはなれませんよね。人間にはそういう性質があると思います。それが良さであることもありますが、良さが必ずしも良い結果だけをもたらすわけではなく、悪い方向に出ることもあります。
今回で言えば、「変わらなきゃいけない」とうっすら思っているのに「変われない」、あるいは「変わりたくない」と深い部分で思っている人もいるでしょう。中には「変わらなくて済むならそのほうがいい」と考えている人もいるかもしれません。
佐古:それでも危機意識が非常に高い会社の場合、「このままではダメだ」と感じているところでは状況が違うようにも思えますが、それでも「変わらなくていい」と思っている方がいらっしゃるのでは、ということですね。
守屋:いますよ。たくさんいるでしょう。だって、これだけ日々、変革が阻まれているのを見ていると、そう感じざるを得ませんよね。
人間は変わりにくいもの
佐古:この本は、失敗事例を集大成として描かれていますが、新規事業に挑戦されているみなさんにとっては、「どうやって対応すればよいのか」という点が気になると思います。その点について質問させてください。
その前に、Q&Aでいただいている質問を1つ取り上げます。たぶん、本を読まれた方かと思うのですが、次のような質問です。
「立場によってお互いの視点が異なると思います。そこを解決するには、お互いに率直に話をするしかないのではないでしょうか。年齢や役職を問わず、率直なコミュニケーションが重要だと思います。ベンチャーはやらないと生き残れない実感があると思います。守屋さんのコメントをうかがいたいです」。
つまり、どういったコミュニケーションを取れば良いのか、どのように対処すれば良いのかをお聞きしたい、ということですね。
守屋:たぶん、そんなにウルトラCはないと思います。普通にやるだけだと思うんですよ。
佐古:普通にやる、と。
守屋:はい、普通に。ご質問者の方がおっしゃるように、普通にコミュニケーションを取るだけでいいと思います。ただ、この「普通にコミュニケーションを取る」というのが、実はものすごく難しいんだと思います。
だって、さっきも言ったように、人間は変わりにくいものです。例えば、僕よりもっと年上の人たちは、「逃げ切れる」と分かっている場合、どこかで逃げ切りたいと思っているかもしれません。
僕ももう55歳なので、そこそこ年を取っています。若い人に比べると変わるスピードが遅いし、ついていけない部分もある。そういう人は、変化から取り残されることを恐れて、本能的に変化を嫌がる傾向があると思います。
だからといって、特別なテクニックが必要だとは思いません。ただ普通にコミュニケーションを取ればいいだけの話なんです。でも、それは実際には簡単ではない。そこに人間心理や組織力学の難しさがあるんだと思います。
大企業の新規事業を成功させる「組織変革」のカギ
佐古:どう対処していけばいいのか、ぜひアドバイスをいただければと思いますが、逆に言うと、大きな会社でも組織力学や人間心理が働く中で、それをうまく対処している企業もあると思います。そうした企業にはどんな特徴がありますか?
先ほどの「普通にコミュニケーションを取る」というお話に加えて、何か特別な工夫や前提条件があるのでしょうか。
守屋:テクニックではないと僕は思っています。工夫というよりも、もっと根本的なものですね。僕は「3層の野武士直列」ということを言っているんです。経営層、現場のリーダー、現場のメンバー。この3つの階層が、何が何でも「自分たちは変わる」「新しいものを生み出す」と心の底から信じて行動すること。これが揃った時に、変革は動き出すと思います。
それは変な人間心理や、いやらしい組織力学に左右されることなく、まっすぐ突き進むような「野武士」が揃った瞬間なんです。
佐古:なるほど。
経営層から現場まで連携した時に起こる大企業の変化
守屋:ただし、大企業のような組織では、現行法というルールがありますよね。その組織のルールに従いながらやるしかありません。何でもかんでもぶっ壊せばいいというわけではない。それは現実的に無理ですし、ガバナンスやコンプライアンスなどの制約がある以上、その枠組みの中でうまくやることが非常に重要だと思います。
だとすると、やっぱり経営層には「俺が守る、盾になる」という意志を持つ人がいないとダメです。現場のリーダーも同じで、部下たちが一生懸命走り回る中で時には失敗することがありますよね。その時に、リーダー自身が泥をかぶる覚悟を持たないと、部下たちは必死になって働いたり戦ったりできません。こういう「3層直列」が揃うと、その瞬間に組織がぐっと動き始めるんです。
動き出した瞬間、大企業の力はすごいものがあります。その結果、新規事業が生まれる可能性が一気に高まるんです。そして、その新規事業が生まれた事実によって、少しずつ周囲が動き始めると思うんです。
佐古:なるほど、なるほど。
守屋:例えば、本丸の部分、いわゆる本業みたいなところはまだ無傷でも、地方(新規事業)で火の手が上がると、それがどんどん燃え広がっていく。そうなると、「やってみてもいいんじゃないか」とか、「こんなの、うちの会社始まって以来じゃない?」「俺たちにもできるんだ」っていう空気が生まれるんです。
そうやって会社全体の空気が変わると、最終的には本丸も変わると思うんですよ。
佐古:なるほど。そういう変化を起こすのは、テクニックではなく、1人の強い思いとか、1つののろしが上がることがきっかけになるということですね。
守屋:そうです。
佐古:では、最初にのろしを上げることが大切ですね。そのためには、一人ひとりが意志を持つことが重要で、3層直列にそれが揃うと強い、ということですね。