坪谷邦生氏と秋山紘樹氏が、ゲストを迎えてトークセッションを行う
「採用入門」シリーズ。今回は人的資本イノベーション研究所の代表取締役である岡本努氏をゲストに迎え、人員計画のヒントを探りました。後編となる本記事では、中長期的な人員計画において大切な視点について解説します。
新卒採用・中途採用の切り分け方
坪谷邦生氏(以下、坪谷):採用だと常に、新卒・中途みたいな切り分けが出てくると思います。自社のコア・コンピタンスを考えた時に、新卒・中途の切り分けはどう考えたらよいでしょうか?
岡本努氏(以下、岡本):調達のタイミングやルートの違いだから、どちらでもいいと思うんですけど、新卒・中途の区分というよりも、「どのタイミングでどういう能力を持った人が何人」と考えてみる。
それで、ルート的に大学卒業してすぐの人を採って自社で育てたほうがいい人材が調達できるのか、自社ではそういう人を育てる能力がないので、むしろ外で育った人を採ってきたほうがいいのか。
坪谷:確かに、「生産性」を中心に置くと考えやすいですね。すごくクリアになりました。ご著書(『要員・人件費の戦略的マネジメント』)の中で、7つのストーリーをベースに「見える化」の話について書かれていたのも印象的でした。これも生産性を見える化という意図ですか?
岡本:生産性というのもそうですし、過去から現状の生産性がどういうふうに推移してきているのか、将来どう推移させていきたいのか。あとは年齢構成も見える化して整理してみる。
例えば、とある部門は年齢構成上、もうけっこうシニア化が進んでいるから、大きく伸びる事業計画ではないんだけれども、山になっている50代後半から60代が、あと10年したら全員いなくなりますと。
そうすると、そこへの備えとして今から若い人をどんどん採っていかないと、組織として一気に縮んでしまう。生産性とはまた少し違う話ですけど、要員計画のいびつさや新陳代謝への対応も考えるべきポイントとしてはありますよね。
坪谷:ありますね。
岡本:シニア世代が抜けちゃうと現実的な生産性を維持できなくなって、ずっと1人あたり売上1億円でやっていたところを、1人あたり売上2億円でやらなきゃいけなくなってしまう。そんなことはできないので、たぶん普通に事業がシュリンクしていってしまう。そうならないように人を増やしておかないといけない。
目の前のKPIだけを追う…日本企業で起きがちな状況
秋山紘樹氏(以下、秋山):今のお話を聞く限り、やはり人事部や事業に関わっている人が人員計画にしっかりと入り込まないと描けないなと思いました。
シニアの人が大量に退職するとして、当然、その分だけ人を投入すればいいという話ではない。それとともに、いかに生産性を拡張していくのかという話は、人事部だけでやっていくのは不可能に近くて、事業部の方との連携は必須になるんだなとあらためて感じました。
坪谷:現時点でのリアリティある生産性の状況は、現場にしかわからないことではありますが、おそらく日々の業務を回すことに一所懸命で、「10年後〜20年後の人員構成からすると今から新卒を入れておかなきゃ」とは、日々の仕事の中では考えにくいはずです。
そこはやはり人事が計画を立てながら、現場とやり取りをして全体像を作るしかないですよね。
岡本:そうですね。極端な話、多くの日本企業の場合は、現場にいる部課長は5年後、10年後はもうそこにいない。みんなそのつもりでやっているので、たぶん「そんなに先のことを言われても知らないよ」となっていると思うんですよね。だから、今年のKPIとして課されているものを着実にやり遂げようと。
その時に課されているKPIが、得てして売上や利益ぐらいだったりするので、1人あたりの生産性や人件費あたりの生産性にコミットしていることはあまりないと思います。なので「とにかく人をくれ」となるんですね。
秋山:確かにそうですよね。
人員計画の管理会計をしている企業は2〜3割もない?
坪谷:人事も大手企業になると、3年程度でローテーションすることが多いじゃないですか。結局、中長期で考えている人が1人もいない、という状況になってしまうケースもありますよね。
岡本:そうですね。だから、僕の言葉では「人事の管理会計をきちんと整備しましょう」とよく言っています。企業としてルールをちゃんと整備しておいて、人が代わっても同じようなやり方、要領で要員計画を立て続けられるようにしておかないといけないと思っています。
会社の予算などは、普通は誰がやっても同じになるようにテンプレート化されていると思うんですけど、要員計画はテンプレート化されていないので、そこがけっこう大事なんです。
坪谷:実際の企業をみると、どのぐらいの企業が人員計画の管理会計をされているのでしょう? ほぼされていない感じなんですか?
岡本:どれぐらいだろう。「ちゃんとやってるな」と思えるのは、本当に2〜3割じゃないかな。これでもちょっと良く言ったかもしれないです。
坪谷:そうか、もっと少ないかもしれない。
中長期的な人員計画において大切な視点
岡本:今までのお話はどちらかと言えば「事業として一番合理的で納得感のある要員計画は?」という、事業サイドの問いとしてお話ししてきました。
しかし、新卒で入社したら40年くらいのキャリアがあります。だから、人事は20年先とか30年先も考えていなきゃいけないとした場合に、目先や少し先の未来の人員ニーズに基づいて採用人数を決めているだけでは、物足りないと思っています。
超長期を考えた時に、先立つものは一切なくて、いくら稼げるかもどんな事業をやっているかもよくわからないんだけれども、おおよそ2,000人ぐらいの組織をずっと維持し続けるのであれば、勤続年数40年だとしたら、各世代に50人ずついればいいわけです。1人も辞めなければですけど。
秋山:なるほど。
岡本:そういうふうに、組織の規模を維持するためだけに、毎年だいたい何人ずつぐらいは採用していないと変に凸凹しちゃうという問題もあります。人事部は、「どんな組織体でどれぐらいの規模感で居続けたいのか」という、誰にも答えられないような禅問答的な仮説を持っていないといけない気もしますね。
坪谷:それでいうとまさに、(
この対談連載の一回目で登場いただいた)曽和利光さんが「組織のプロポーション」という表現で語っていらっしゃいました。年齢構成のピラミッドを考えた時に、人事はどの世代が何人ずつぐらいいて、離職率をどうコントロールすべきか考える必要があります。
そのためには、層が薄いところには中途を多く採用する必要があるといった、ある種の理想の年齢ピラミッド像に基づく構造づくりという観点はあると思います。中期が人事の管理会計の話だとすると、長期では価値観を大事にしながら、いい人を採るという話ですね。
企業のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)にコミットした人たちがいることで、企業として大事にしたい価値観を保持し続けるのは、人事としては大事なことだと思うのです。
「どんなに業績が悪くても絶対に採用は止めないで」
坪谷:もう1つは、今の状況からはまったく生産性がわからないもの。要は新規事業を生み出すような、生産性がまったく予測できない人を組織に入れ続けるのも、おそらく人事の役割なのだと感じますね。
岡本:そうですよね。
坪谷:そこは事業としては考えられないけど、企業としては考えないといけないというか。
秋山:事業と企業では視点が違いますよね。
岡本:さっきの原理原則論でふと思い出したんですけど、私もセミナーの時などに、「今日はあえて原理原則を言いますが、どんなに業績が悪くても絶対に採用は止めないでください」とよく言うんですよ。例えば2年間誰も採用しなかったら、そこはぼっこり抜けるじゃないですか。
会社によって違いますけど、例えば40歳前後がごっそりいなくて、次の部長や課長のなり手がいなくて困っていたり。あるいは、バブル世代がもうシニアになってきたので、あんまり言われなくなってきていますけど、業績が良かったからガバッと採ったものの、結局20年後に持て余すケースも多いのが実情です。
坪谷:そうですよね。
岡本:だから、少々業績が悪かろうが、希望退職をやろうが、新しい人の採用はもう黙って淡々とやり続けることは、実は1つの大事な要素なんじゃないかなと思います。業績がどうあろうとも淡々と「最低何人は採るんだ」ということをよくよく考えていただく。
「今年は予算がないから」「今コスト的に厳しいから」という目の前の短期的な制約で簡単に採用を諦めないでくださいと。
秋山:なるほど。
岡本:そこで人件費をケチるぐらいだったら、希望退職を募ってみたり、とにかく血を入れ替える努力をしてくださいと。
業績重視で採用を止めると何が起きるのか
坪谷:短期の目の前の採用コストの話でも、中期の事業の生産性のことを考えた時の計画上もそうですが、この2つがいかに「今は採用はストップだ」と言っていたとしても、長期の企業の新陳代謝のサイクルを考えると、「新しい細胞は必ず入れ続けるべきだ」というのは、重要なメッセージですね。
岡本:はい。
秋山:おもしろいですし、これは採用活動を進める上で、認識しておくべき大切な視点ですよね。「本当に採用を止めちゃっていいのかな……」という話がやはり出てくるので。
岡本:そこはまさに、両利きの経営の葛藤とけっこう似ているところもあると思うんです。社長や部門長は今年の業績が大事なので、まずいと思ったら「採用は止めろ」というふうにやるじゃないですか。
そうすると実は、レピュテーション的にもすごく良くないんです。例えば、大手コンサルティングファームは、この10年ぐらいずっと、最低でも年率15パーセントから20パーセントくらいの成長をし続けています。
つまり相当規模の採用活動が必要な状況なのですが、先を見てやっているかっていうと、やっていないんですよ。「今、人が欲しい」「今期業績がまずいから採用を止めろ」という感じなんですよね。
でも急には止まれなくて、しばらくは続いちゃうから、業績を確保したい年度には結局あんまり間に合わなかったり、今度は逆にいったん踏んだブレーキも元に戻せなくなったりします。
なぜかというと、「あの会社は採用を止めているらしいよ」という評判が変にマイナスに伝わったりして、「業績やばいらしいよ」というふうにいろんな噂につながっていって、今度採用したいと思った時には、もう門すら叩いてくれないという。
秋山:「だって、あの会社やばそうなんでしょ?」みたいな。
岡本:そうそう、そうそう。
坪谷:「採用を安易に止めてはならない」というのは、キーメッセージとして発信していきたいです。
人員ピラミッドは企業の「年輪」のようなもの
岡本:あと、セミナーのセリフでは、「人員ピラミッドは企業の年輪のようなもの」とよく言うんですよ。僕は別にすごく詳しいわけではないですけど、年輪って毎年木が太くなっていくじゃないですか。すごく天候が良かったり雨が降ったりして成長が良かった年は、年輪の幅が大きくなるんですよね。
でも、気候が悪くてあまり成長が良くなかったところは、年輪が小さくなるんですよね。グニャッとした年輪ができたりしながら、だんだん巨木が育っていくんだと思うんですけど。
会社の年齢ピラミッドを聞くと、それと同じようになんだか歴史が見えるじゃないですか。この凹んでいるところはあの業績低迷の時で、上がっているのはすごく積極的なリーダーが「採れ、採れ」と言うからいっぱい採っちゃったんだよね、とか。
それから、採用周りや要員計画周りのサポートをしている中で、だいたい「採用どうする?」という話になるんです。例えば、デジタルとはほど遠い会社でデジタル人材を採用しようと思っても、誰も応募をしてこないし、いざ声をかけてもだいたいみんな逃げてしまう。
事業計画などの都合だけで、「こういう人が欲しい」と言うんですけど、自社のブランドイメージからはほど遠い人は入ってこないか、仮に入ってきたとしても一緒に仕事ができない可能性もあります。例えば「自由な発想で新規事業を作ってもらおう」と言っておきながら、そういう人が入ってきた瞬間、徹底的にレビューしたり駄目出ししたり。
秋山:そうですよね(笑)。後ろ盾が誰もいない状態で。
岡本:だから、新しい人材に本当に活躍してもらうための覚悟ができているのかという点が重要になってきますよね。会社として、採用担当者に『よろしく』と言うだけではなく、しっかりと投資をして環境を整えていく。
でも同時に、その人材が活躍できる文化や風土も大切で、そこが整っていないのに無理に採用を進めても、結局その方が離職してしまうことになりかねない。人員計画というのは、こういった要素を総合的に考えて進めていかないといけないんですよね。
坪谷:そうですね。今日は採用の初学者に向けたヒントをたくさんいただき、ありがとうございました。
秋山:ありがとうございました。