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②田中洋氏に聞く採用マーケティング(全2記事)

採用担当者が自社ブランドを作るための「5つのフェーズ」 企業と求職者の間で起こる“ズレ”を解消するためのヒント

坪谷邦生氏と秋山紘樹氏が、ゲストを迎えてトークセッションを行う「採用入門」シリーズ。今回は中央大学の名誉教授である田中洋氏を迎え、採用マーケティングのヒントを探りました。前編となる本記事では、カルディやマクドナルドなど有名企業の事例をもとに、ブランド戦略の重要性について語ります。

企業と求職者をつなぐ「採用マーケティング」

坪谷邦生氏(以下、坪谷):今日は採用マーケティング、採用ブランディングを考えるにあたって、まずブランディングとマーケティングの違いについて教えていただけないでしょうか? すごく初歩的なポイントで恐縮なんですけれども。

田中洋氏(以下、田中):初歩的とは、とんでもありません。確かに、ブランディングという言葉もマーケティングという言葉も、いろいろな理解があるので、混乱するのは無理もない話だなと思います。

坪谷:安心しました。



田中:マーケティングの定義にしてもバラバラです。私が考えるマーケティングについてお話しします。「売り」と「買い」と、売る立場と買う立場がありますよね。

当然、売るほうはたくさん売りたいし、買うほうは良いものを安く買いたいわけです。しかし、どうしてもお互いの利害がなかなか一致しないところがあります。そこで起こる、いろいろな問題を解決していくのがマーケティングだと考えればいいんじゃないか、と私は思ってるんですね。

坪谷:なるほど。

田中:採用でも、採用したい側と採用される側がいるとすると、この間にはいろんなすんなりいかないことがありますよね。これを解決していくのがマーケティングと考えたらどうかな、と思うんですけどね。

秋山紘樹氏(以下、秋山):企業側と求職者側にはそれぞれ異なる考えや思いがありますが、どうしても利害が一致しない部分が出てきます。そのため、双方の利害をうまく調整し、接合させていくことが採用マーケティングの役割だと。

田中:そうです。

「もっと優秀な人を採用したい」という企業側の思い

田中:私よりはるかによくご存じだと思いますけど、採用側は「もっと優秀な人を採用したい」とか「こういう年齢の人や、こういうタイプを採用したい」と思っていても、なかなかそういう人が来なかったり、来てもすぐ辞めてしまったり。

応募する側にしてみたら、どこが良い職場なのかわからなかったり、給料が高いとか低いとか、いろいろありますよね。それをどうやって解決するかというと、物の売り買いと同じなんですけど、一番手っ取り早い方法は、両者の間に流通や仲介者を置くことです。

デパートやスーパー、コンビニができると、売りたい人が希望する売り場に商品を置いてもらえたり。場合によっては、自分が希望する価格で売ってもらうことが可能になるわけですよね。買う側は、店頭でもAmazonでも自分が買いたいものがちゃんと並んでいたり、探していたものが見つかる。

ただ、若干本題から外れるかもしれないですけど、発展途上国などでは商店や流通がまったく発展していない場所もあります。例えば日本でも、戦前や明治・大正のように、大規模な流通業がなかった時代は、売る側が自分で流通を作る努力をしていました。例えば資生堂のチェーンストアとかですね。

つまり当時は、化粧品を売りたくても、消費者はどうやって化粧をするのかもわからない。化粧をしないこともあるだろうし、例えば「メークアップとスキンケアがありますよ」と言われても、どう違うかがわからない。

最初はそういう消費者しかいなかったので、化粧品を売るためには、街の中にある商店に「資生堂と提携して、チェーンストアとして化粧の仕方を教える人を育成してください」と。

「ブランディング」の2つの捉え方

田中:資生堂が中国に進出した初期の頃は、資生堂が認定したお店として、商品が買えて使い方も教えてもらえる場所を作っていました。それは、メーカーが自ら流通を作っていくという、初期のマーケティングの形態です。

家電量販店がなかった頃はメーカーごとにお店が分かれていましたし、酒販店も長く免許制度によって護られてきたことも手伝い、酒屋さんごとに買えるビールの銘柄が決まっていました。

要するにメーカーと流通というものが非常に緊密に結びついていた時代があったわけです。今はもうそれがなくなって逆に流通の力が強くなったのはご存じのとおりです。

ブランドの観点から言えば、スーパーやコンビニのような「オープン」なタイプの流通が出現したために、消費者の選択の自由が実現し、結果として強いブランドをもったメーカーがより競争上の優位を得るようになりました。

一方、ブランディングとはどういうことなのか。僕はたぶんこの本(田中洋『ブランド戦略論』)の中では「ブランディング」という言葉を意図的に避けていました。

坪谷:「ブランド」と書かれてますよね。

田中:ええ。あるいは「ブランド戦略」。これにはいくつか理由があります。「ブランディング」がすごく広い意味で使われてる場合と、狭い意味で使われてる場合の両方があるんですよ。

狭い意味で言うと、ブランディングは視覚的なアイデンティティを整えていくことを意味していました。例えばインスタントコーヒーのパッケージやロゴマークやカラーリングをそのブランド特有のデザインにしていくような話です。

要するにパッケージがないとまっさらの何もない形態になっちゃうわけですけど、ロゴや商品写真をつけたりすると、「これはネスカフェのコーヒーなんだ」とすぐわかります。

もっと広い意味のブランディングは、ここで言っているブランド戦略という言葉にあたるものです。「ブランドの価値を高める」ということですね。同じように売られている商品でも「こっちのほうがブランド価値が高いんじゃない?」と。

ブランドの価値が高ければ、問題解決も早い

田中:例えばハンバーガー屋で考えてみると、いろいろなチェーン店がありますが、一番よく名前を知られているのはマクドナルドなわけです。ブランド価値の高さには、知名度とか品質とか、いろんな尺度があります。

このブランドの価値を高めていくことが、ブランディングあるいは、ブランド戦略であると考えたらいいんじゃないでしょうか。

だから、マーケティングとブランドないしブランディングがどういう関係なのかというと、マーケティングは「売りと買いの問題をできるだけ解決すること」なわけじゃないですか。つまり、ブランディングもその中に入るわけですよね。

お昼に「お腹減ったよな、どっか行こうよ。そうだ、マクドナルド行こう」と言うとパッとわかるように、マクドナルドの価値が高ければ、問題がスムーズに解決されるという。

坪谷:お互いの利害を一致させるマーケティングの1つの方法として、ブランド価値を高めるブランディングがあると考えられるわけですね。

田中:そういうことですね。

なぜカルディでは“知らない商品”でも買うのか

田中:極端な例ですが、ブランドというものがない世界をちょっと考えてみますと、例えばコーヒーを中心に輸入食品を売っているカルディというお店がありますよね。

カルディのお店に行くと、お店に輸入されたお菓子がいっぱい並んでいる。しかし、どれを見ても外国のブランドなので選びようがなくなってしまう。有名なチョコレートを買うにしても、日本のメーカーならわかるけど、海外のチョコレートだと見てもあんまりよくわからないでしょう。

これは買う側にとってそんなに便利ではない状態です。でも、カルディみたいなところに行くと、個々の商品のブランドは知らないけど「カルディで売ってるからうまくチョイスされておいしいんじゃないの」というイメージを持ってもらえて、結果的に問題ない。

ただ、これがカルディではなくて、ぜんぜん知らないお店に行くと、なかなか選べない。そういう時に買う側はどうするかというと、ブランド以外の商品のエレメントで選ぼうとするわけです。

例えばチョコレートの箱をひっくり返してみてどこの国の産かどうかを我々はチェックすることになる。ベルギー産だと「メイドインベルギーのチョコレートって良いんじゃないか」と思う。つまり、ここではブランドという商品エレメントに代わって生産国イメージというエレメントがより重要になります。

ブランド戦略の5つのフェーズ

田中:だから、ブランドが何かというと「選ぶ時の1つの基準」なんです。もちろん選ぶ基準は、ほかにもたくさんあります。商品名や産地国、価格、パッケージのデザインといった基準はたくさんあるんですけど、ブランド名は非常に重要な手がかりになります。

「ここは知ってるから」「前に買ったことがあるから」とかですね。非常に手っ取り早いし、同時にブランドという手がかりから商品の品質に関するいろんな情報を頭の中で引っ張り出してくることができるのです。

秋山:確か、先生の本に「情報の補完性」というキーワードがあったかと思うのですが、「手がかり」のような意味合いですね。

田中:そうなんです。

秋山:なるほど、マーケティングとは、売り手と買い手の利害を一致させるための取り組みである。そして、その利害を一致させるためのひとつの方法として、ブランドが手がかりとなり、商品が見つけやすくなったり、選ばれる確率が高くなる、という点がよく分かりました。

(田中先生の『ブランド戦略論』の中に)「ブランド戦略の5つのフェーズ」というものがあったと思います。フェーズ1で構想し、フェーズ2の経営の部分でどういうブランドテリトリーがあるのかを考える。

そしてフェーズ3で、先生の場合はターゲットじゃなくフォーカス顧客という言葉ですが、「誰に、どのようなブランド価値を」という、いわゆるマーケティングの観点でとらえる。

そのあとに、その人たちとどういうコミュニケーションをとっていくのかというコミュニケーション戦略を考えた上で、実行と管理をしていきましょうと。


田中洋『ブランド戦略論』より

私の理解では、この全体がブランド戦略で、その中に1つの機能としてマーケティングが入っているという理解をしたんですが、合っていますか?

田中:はい、それで合ってますね。

自社のブランド戦略を考える時の出発点

田中:ブランドを作るうえで、マーケティングはもちろんとても大事なんだけど、それ以外に経営ももちろん大事だし、経営以前の問題もあるし、あるいはコミュニケーションという問題もあります。

マーケティングの中にブランドが入るという理解も可能ですし、この図式で言うとブランドという大きなものがあって、その中にマーケティングがあると考えてもいいんです。

坪谷:売る側と買う側の利害を一致させるためのマーケティングの中に、消費者が選ぶ手がかりとして置かれるブランドって、「結果論としてのブランド」だと思うんです。

田中:なるほど。

坪谷:私は、ブランドを作りにいく戦略を考える時には、マーケティングの要素が入ってくるととらえていました。そうすると、お互いネストしていても矛盾はないかなと。

「マックに行こうか」と言った時に「いいね」となるのは、すでにあるマクドナルドというブランドが寄与して、売る側と買う側の一致が起きる。でも、マクドナルドがこれからブランド戦略を本気で考えようという議論をする時は、当然マーケティング要素も考えるようになるという。

田中:それでいいと思うんですけどね。要するに「売る・買う」という流れがある世界において、マーケティングもブランディングもあるということなんですね。だけど、「ブランドを作りたい」という時は、一応経営やマーケティングのことから考えて作ったほうがいいよと。

坪谷:そうですね、とてもよくわかりました。本当にこの何ヶ月か、ずっと2人で悩んできてまして。

秋山:半年以上悩んできたので(笑)。

(一同笑)

秋山:これは採用担当者が自社の採用ブランドを考える際に、今あるブランドを「結果として捉える」のか、それとも「これからブランドを作り上げていく」のかによって、出発点が全く異なりますよね。その切り分けや考え方が、すごくすっきりしました。

リクルートの事例から見る「仲介者」の役割

坪谷:私はもともとリクルートにいたんですけど、売る側と買う側の間に仲介者を置くという解決策は、採用においてリクルートがやってきたことにすごく近いなという感覚があります。

田中:それはまさにおっしゃるとおりで、リクルートが真ん中に立ってやっていたので、うまく仲介できたのですね。

坪谷:リクルートの中では「リボン図(リボンモデル)」という言い方をしていました。頭につけるようなリボンの絵を描いて、職を求めている人と人がほしい企業を結ぶという構図です。

田中:なるほど、そうですね。

坪谷:振り返ってみれば、マーケティングはリクルートでやってきたことそのものだった……。

(一同笑)

坪谷:流通機能がまだ発達していない国においては、売る側が工夫し始めて流通機能が発達するというお話も、採用に置き換えてみると理解しやすいですね。

田中:リクルートさんができる前は、採用も原始の世界だったから(笑)。僕が大学を卒業したのは1975年で、当時ももちろんリクルートさんはありました。『企業への招待』という分厚い冊子(注:リクルートが1962年に創刊した大学生への求人情報だけを集めた就職情報誌)を見て企業選びをしていた覚えがあります。

それはそれで役に立つんだけど、今みたいに転職から何からオンラインでできちゃうような世界はまったくなかったですね。

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