カリスマ経営者のスティーブ・ジョブズ亡き後も、アップルは快進撃を続けて成長し、世界で初めて、時価総額3兆ドル企業になりました。本イベントでは、
『最強Appleフレームワーク──ジョブズを失っても、成長し続ける最高・堅実モデル』著者の松村太郎氏と德本昌大氏が登壇。本記事では、Appleでの心理的安全性を高めイノベーションを起こす仕組みづくりについてお伝えします。
前回の記事は
こちら アメリカの起業家養成大学での教え
徳本昌大氏(以下、徳本):ではパーパスにいきましょうか。なにぶん17フレームワークあるので、この時間で全部やるのは不可能なので。(僕たち)2人はずっと一緒に会社のコンサルをやっているんですね。今もN-2やN-1ぐらいのベンチャー企業のコンサルをやっているんですけど、iUの授業の中に比較的近いモデルがあって。
アメリカにシンギュラリティ大学という起業家養成の大学があるんですが、そこにMTP(Massive Transformative Purpose)という考え方があるんですね。「壮大な野望を持ちましょう」というもので、壮大な野望の下にいろいろなことがあると。
例えば「顧客と社員でエンゲージドしている会社は強い」「テクノロジーが強い会社は伸びる」という当たり前のルールが10個ぐらいあるんですけど。その上に「偉大なパーパス、壮大な野望を持ちましょう」と言われています。
その野望のもと10個の項目があって「その要素を4つ実現できれば、とてつもない会社になります」と言っているんですね。学生たちにそれを話すと「壮大なパーパスというのはすごいことになるな」と思ってもらえる。「自分たちのビジネスで、どうやって世の中に貢献していくのかを考えようよ」となるんですね。
IDEASですね。Appleでは「どういうパーパスがあるか」ということはなかなか言わないんですけど、Apple 2030という考え方があって。
みなさん、最近Appleのプロダクトを見るとわかると思うんですけど、パッケージがまったく変わっちゃいましたよね。あと再生系、リペアというかね。パーツもどんどん出てきて、事業として古いiPhoneをリペアして売っていくことで、どんどん伸ばしていっていますよね。
Apple側としては、自分たちが生まれた時よりも良い環境を残すことをやっていこうと決めていて。ちょっとここで、松村さんがリサ・ジャクソンという役員にインタビューしてきた話をしてもらってもいいですか。
人々が使う電力までAppleがまかなう時代に
松村太郎氏(以下、松村):当時オバマ政権で環境保護庁の長官をやっていたリサ・ジャクソンという黒人女性の科学者なんですが、2013年にAppleがBeats ElectronicsとBeats Musicを買収したタイミングで、ティム・クックは彼女をAppleに招き入れたんですね。
(スティーブ・)ジョブズの時代はジョナサン・(ポール・)アイブというプロダクトデザイナーが非常に有名でした。ジョブズとアイブのタッグで、世の中のデバイスに対して「正しい形を与えて、正しい体験を与えていく」ことをひたすらやってきた。
おそらくそれが2010年までのAppleで、そこから先の10年、20年は「何をやっていくんだろう」と考えた時、ティム・クックはリサ・ジャクソンを招き入れたんですね。彼女とタッグを組んで、Appleに限らず、世界中の企業が地球環境に対して、より良いものをどう残していくのか。
サステナビリティというテーマで「どのようにAppleをサステナブルな会社にしていくのか」に、今、ひたすら取り組んでいます。
2030年というゴールの手前でまず「Apple自身がカーボンニュートラルになりましょう」と、巨大で象徴的な建物であるApple Parkを建てました。あそこは17メガワットも発電するソーラーパネルが、屋根に敷き詰められているんですが、周りに電気を売れるぐらいに発電しちゃうという。まあカリフォルニアは天気がいいからね。
また世界中のAppleの拠点で電気を全部クリーンにする。日本でも綱島に拠点を作っていて、ソーラーパネルがあるんです。
でも六本木ヒルズのオフィスや渋谷や銀座のAppleストアには「ソーラーパネルを置けないのでどうしよう」となりますよね。そこでいろいろな建物・ビルの屋根を借りてソーラーパネルを置くことで、電気を調達しています。
日本国内も含めAppleの操業は全部クリーンエネルギーにすると。他人の屋根を借りてまでやるところが、非常におもしろい取り組みだなと思います。
とりあえず自社は全部カーボンニュートラルになったので、次は製造・輸送、そしてパーツを作るパートナー企業。さらに僕らがiPhoneを使う時の電力も含めて、カーボンニュートラルにしないと「(目標が)達成できない」と言うんです。
ちょっと不思議じゃないですか? われわれは家に帰って気軽に充電すると思うんですけど、その電力まで(Appleが)面倒をみると言い始めているんですよ。
社会全体を巻き込んでいくAppleのねらい
松村:これはある種プレッシャーになっています。特に日本の場合は、自然エネルギーがぜんぜん流れていないので、日本中のiPhoneの充電をクリーンエネルギー化するためには、Appleは大量のカーボンクレジットを買わないといけなくなるんですよね。
裏を返すと、社会全体がクリーンエネルギーに転換しないと、Appleはひたすらカーボンクレジットを大量に買い続けなければならない。だから「省電力化しましょう」と言って、特に中国で余計に電力開発をし、クリーンエネルギーをどんどん推進している。だからAppleはカーボンクレジットを買わなくても、ユーザーのデバイスを使うためのカーボンフットプリントがゼロに近づいていくわけです。
自社の都合だけではなくて社会全体で実現されていかないと、自社の目標も達成されないという。日本語で言うと一蓮托生じゃないですけれども(笑)。連帯責任という言い方にもなるのかもしれないですが、社会も巻き込んで、パーパスの実現を宣言して進めているところが非常に意欲的です。
リサ・ジャクソンが言っていておもしろかったのは「デザインはパクってほしくないけど、環境対策は世界中の会社にパクってほしい」と(笑)。すごい皮肉でもある。でもそのぐらい社会全体に対して「これが良いことだから、ぜひまねしてほしい」とカッコもつく(笑)、そういう取り組みをしているんですね。
アイデアが思いついたらすぐ役員にメールする社風
徳本:ここでもう1回整理すると「環境を良くしましょう」というゴールに対して、もう1つのルールを設定する。「アイデアを躊躇なくシェアし、対立する問題やジレンマをなくすことによってゴールに近づく」というものです。
「心理的安全性を徹底的に作ろう」ということで、リサ・ジャクソンのところにアイデアが集まる仕組みを作っていったと。
松村:そうなんですよ。彼女が環境保護庁からAppleの環境担当に移った時に「一番興奮していることは、世界中のAppleの社員から毎日のように環境に良いことのアイデアが集まることだ」と言っているんですね。
例えば当時は、まだ象徴的なビニールバッグで商品を持ち帰っていたんですけど、ロンドンのAppleストアの人から「これを紙にしたら、環境に良いんじゃないですか?」というアイデアがきた。すると特許まで取って、今の紙袋のデザインにしたんです。
ひもの部分も濡れても壊れない紙製のひもを開発するという徹底ぶりで、とにかくリサイクル材だけで商品を持って帰らせることを実現しました。
あとはチップの開発者から「こういうチップを採用すれば、Macの電力を思いっきり減らして、カーボンフットプリントの減少に貢献できるんじゃないですか」と言われ、2020年にはAppleシリコンに移行します。それで「省電力なんだけど超高性能」というポジションを取っていくことができたり。
そういうかたちで、世界中のいろいろな部門の人たちから彼女のもとにメールが届く。「そのアイデアを精査して実現していくのが楽しい」と彼女は話しています。
あんなに巨大な会社なんですけど、全社一丸となって環境対策に取り組み、アイデアが思いついたらすぐ役員にメールしちゃう環境は非常に特殊であり、でもそれがモチベーションになっているなと思っています。
Appleは「SDGs」という言葉を一切使わない
徳本:世界中からアイデアが集まってくる。アイデアが集まるところまでは作れるかもしれないですけど、それを行動に移すところ。
それも環境というパーパスの軸のもと、全員が行動に移していって、結局それがコストコントロールやイノベーティブなことになっていく。もしくは顧客をファンにしていくことにつながっていくわけですよね。
それをグローバルでやっていける体制を作っているのがAppleです。でもこれは、今、日本の経営者や会社では、なかなかやれていないと思うんです。さっき松村さんが言っていましたけど、もっと見習ってもいいんじゃないかなと思います。
経営陣の誰もが「環境に優しい」というメッセージは言いたい。「SDGsだ」と言いたいけど、じゃあ裏打ちした時に「何をやっているんでしたっけ?」と聞くと「いやぁ……」となりかねないので(笑)。
松村:そうなんですよね。Appleは投資家向けにESG(持続可能な企業経営や投資活動)という言葉は使うんですが、SDGsという言葉は1回も使ったことがないんですよね。
だいたい自社で基準を持ってやっている会社は、SDGsという言葉を嫌っていたりするんですが、AppleはSDGsとは一言も言わない。「誰かに決めてもらったことじゃなくて、自分で決めて取り組んでいますよ」という姿勢を強くアピールしているのかなと思いました。