2025年に出版予定の書籍『図解 採用入門 「理論と実践」100のツボ(仮)』。その出版を前に、坪谷邦生氏と秋山紘樹氏が、人事のプロである曽和利光氏と入社寄与率を上げるポイントを探ります。本記事では、採用力の差別化を図るためのヒントを探ります。
リクルートが“自社に興味がない人”を採用のターゲットにした理由
坪谷邦生氏(以下、坪谷):組織全体をどうしていくかという話になるのですが、実際に変えていくには、誰とどう話しながら変えていけば良いのでしょうか。
曽和利光氏(以下、曽和):やはりそこはもう、人事部長以上ぐらいの人との話かなと思いますね。例えば、僕も「『リクルートなんかどうでもいい』という、興味ない人ばっかりを狙え」と言われていたのが、最初はわからなかったんですよ。
先輩たちが多少理屈を言うんですけど、「そういうもんか」ぐらいに思っていたんですけど、やはりいろいろ理由がありまして。リクルートには「徹底したポテンシャル採用」というのがあって……今の離職の話で言うと「志望度の低い人」。
当時の採用は資料請求ハガキの時代だったので、普通に考えたら見込み客として一番いいリストじゃないですか。資料請求してきた人から採用をすると思ったら、先輩が「いやいや、今のうちみたいな会社に資料請求してくるようなやつなんて、ダメなやつや」みたいなことを言われました。
坪谷:(笑)。
曽和:僕も「え、マジすか?」とびっくりして。なぜかというと、「リクルートなんかどうの」という志望度が低い人は、自己効力感が高いんです。
以前、ある人事部長に「迷ったらどうしているんですか?」と聞いた時に、「潔いやつを採る」と言われたんですね。潔い人を採るというのは、要は「自分と会社が違うな」と思ったら、もう自然に離脱していく。
最初はフィットしていたとしても、個人も会社も変わっていくじゃないですか。そうすると、時間が経つにつれてフィットしなくなるなんてことは、一定数絶対あるわけですよね。それ自体は自然現象なので、どんな会社でもあるはずです。
その時に「なんか知らんけどずっといる」ということを選ばざるを得ない、もしくはそれを選ばせている会社なのか。僕は、これが「じゃあ俺はやめた」と出ていくのかどうかを分けていたんじゃないかと思ったんですよね。このベースなくして、あのリクルートのぐるぐる循環していく状態が作れたかというと、たぶん無理だろうなと。
坪谷:なるほど。
曽和:ここはあまり強調されないんですけど、採用の実務上ではめちゃくちゃ大事な話で。
採用体制における“戦闘力担当”と“参謀担当”
曽和:会社のファンがいてくれるのはいいんだけども、そんなには採らないというのも、最初はよく分かっていなかったですね。
リクルートで採用をしていても、これが人材マネジメント全体に対してどんな影響があるのかは、結局僕自身もいろいろ経験して振り返って、ようやく「ああ、そうだ」と思ったぐらいなので、なかなか難しいと思うんですよね。
坪谷:やっぱり、終身雇用と職能中心の当時の日本企業からすると、リクルートはずば抜けているというか、珍しいですよね。
曽和:そうですね。戦略的に人材フローやポートフォリオのことを考えてやっていたところは、当時はほぼなかったんじゃないかと思うんですね。社歴60年を超えていて、平均年齢がまだ30代前半みたいな会社ってあんまりない。
しかもリストラで、いわゆる整理解雇をしたことはないというんですかね。リクルートエージェントがリーマンショックの時に初めて1回やって、大事件みたいな感じでしたけど。
リクルートはかなり苦しい状況だったんですけど、(かつては)1回もやったことがなくて、その上で人材が循環しているのは、世界的にも珍しいと言っていたような気がしています。日本だとなおさらですよね。リクルートは、動的人材ポートフォリオという言葉が出てくる前から「あ、そういうものなんだ」という感じでやっていた気がします。
坪谷:これは、自分たちが何をすべきかを考えていったから自然とそうなってきたというか。
曽和:いやぁ、どうかな。意外とリクルートって、現場の戦闘力を担当している人と参謀が分かれているような気がします。
僕が採用マネージャーだった頃は、現場の軍曹みたいな人間だったんですね。人事部のグループの中で、一応幹部の一員として全体を見ていましたけど、最前線の人とか社員にはまったくわからないレベルのことを、実はめちゃくちゃ戦略的に考えている人がいました。
例えば当時で言うと、池内(省五)さんみたいな人ですね。池内さんとか村井(満)さんなど何人かだけで考えている感じで、僕が『定着と離職のマネジメント』で書いたようなことを理解している人は、たぶんあんまりいなかったと思うんですよね。
坪谷:なるほど、なるほど。
曽和:「人事部の幹部としての僕」はまた別なんですけど、担当は現場の軍曹だったので、(戦略と戦術が)決まったら「うるせー。これだけのレベルの300人の新卒をこの額で絶対採ってこい。以上」と言うのは、また別の話というんですかね。
採用担当者同士はオープンに情報共有できるわけ
坪谷:採用というテーマでは多くの人が「戦術」の話をしがちですけど、肝になっているのは実は「戦闘」だし、それを担う人とはまったく別の人たちが「戦略」を考えているというお話かなと思いました。
曽和:そうですね。採用の戦略・戦術は、どういうことをやっているかが表に出ているので真似しやすいですし、差別化もしにくいんですよね。
しかもおもしろいのが、人事はコミュニティがすごく多くて、特に採用の人はみんな仲良しで。本当は敵のはずなのに、「何やっているの?」「うちはこうやっているよ」とか「しんどいわー」って。
坪谷:確かに(笑)。
曽和:花王とP&Gのマーケティング担当ならしないような話をしてるわけですよね。それは、訳がわからないから戦略を明かしているわけじゃなくて、「どうせバレているし」というところもあれば、そこが重要じゃないとみんなわかっているからだとも思うんですよね。リクルートの話もいろいろなところでしてきましたけど、単に聞いただけでは絶対できないんです。
例えば内定者が1人いたら、リファラルでだいたい10倍会えるという法則がありました。1人あたりだいたい3つぐらいコミュニティがあるので、そこのハブ人材が3人いるわけで、そこから2人だけもう1回次へ行ければ、だいたい3×3=9で10倍ぐらいの計算になりますよね。
だから、100人内定者がいたら、1,000人~2,000人ぐらいはリファラルで会っていたんですね。実際に他の会社とかでも手ほどきさせていただくと、だいたいそれぐらいはいけるんですけど、戦術として決めたらすぐできるわけではなくて。
本当に差がつくのは、戦術の実現能力みたいなところなんです。これは結局、採用担当者の戦闘力を高める「育成方法」まで述べないとダメなんですよね。「マネジャーは採用担当者をどう育てたら、それができるようになるんだ?」という、最後の問いが難しいんですよ。
スカウトメディアの反応率は10%にも満たない
曽和:採用で「面接時の目線を揃えましょう」と言ったり、ズレを示したら揃うかと言ったら、そんなことないですよね。口説き力も同じで、「動機形成をがんばりましょう」と言ってもできるようにはならないわけです。そこをどうするかという話は、他の人事もそうかもしれないですけど、採用担当者の育成方法が本当のコアですよね。
坪谷:その通りですね。これも少しつながるかもしれないんですが、『人事と採用のセオリー』の中で、ペルソナのことを「みずみずしい人物像」と書かれていて。それが肝だなと直観しました。具体的にはどう動けば良いでしょうか。
曽和:さっきの例で言うと、スカウトメディアの反応率がどんどん落ちているわけですよね。例えば何年か前だったら、3割も4割も返ってくるような入れ食い状態だったわけですけど、今は10パーセントにも満たないのが普通になっています。
なぜなら、結局検索力の勝負になってきているんです。どの採用担当者も検索力が欠如しているわけですね。スカウトメディアには学生さんが20万人とか25万人とかいるのに、スカウトメールの偏在というか、特定の人に集中してしまう。
つまり「どんな人が欲しいですか?」と言ったら、みんな「コミュニケーション力が高くて、地頭が良くて、ストレス耐性の強いやつ」という、めちゃくちゃふわっとしたペルソナになってしまう。
でも、コミュニケーション能力にもいろいろありますよね。表現力なのか、論理的に話せることなのか、空気を読めるのか、人と仲良くなれるのかは全部違う能力なはずですし。挑戦心にしたって新しいものに飛びつく好奇心なのか、目標達成意欲みたいなことを言っているのか。
「求める人物像」の抽象度が高すぎる問題
曽和:みずみずしい人物像は、「じゃあそういう条件の人ってどんな人?」というのを、めちゃくちゃみんなで妄想し合うんです。そうすると、検索のキーワードが出てくるんですよ。
例えば「『将棋』というキーワードでやったら出てくるんじゃないのか?」とか。スタバで働いているのか、それとも家庭教師をやっているのか。家庭教師だったら、トライとかで働いているのか、それとも自分で見つけてきているのかとか。そういうところを考えていく中で、人物像を見つけるわけです。
それは昔だと面接の目線合わせだったり、広告を作る時のイメージングくらいだったんですけど、今はスカウトメディアの反応力を上げる時とかにものすごく大事です。でも今は、スカウトメディアのフリーワード検索がぜんぜん使われていない。
フリーワード検索で学生にたどり着く人があんまりいないんですよね。それは結局、求める人物像がすごく抽象度が高くて、「そういう人って誰なの?」という時にイメージが浮かんでこないんです。
求める人物像について、「例えばどんなバイトをしていると思いますか?」と聞かれた時に、「そんなのわからないよね」じゃなくて。「たぶん、スタバはみんな行くから嫌がるんじゃないの? 逆に上島珈琲ぐらいひねって行ってるんじゃない?」とか。
それぐらいのイメージができるのが、本当に求める人物像がわかってるってことだと思うんですよね。だから、こういうしょうもない話をいっぱいしていたんですよ。僕は「人物データベース」という話をよくするんですけど、採用担当にとって、たくさん人に会ったりとか、世の中にどんな人がいるのかを知っておくことはすごく大事だと思いますね。
秋山紘樹氏(以下、秋山):なるほど。
採用条件の「神様スペック」化
秋山:お話を聞いていて、みずみずしいペルソナは、想像上の存在であるところが非常に優れているなと思いました。事実ではないからこそ、想像力をかき立てるものだと思いますし、もっと各社が具体的にイメージできると違った結果になってくるのかなと。
曽和:そうですよね。要はキャラクター化すると、人間の頭の中で自動的にそのキャラが動いていくというんですかね。
例えば、のび太が道端に落ちていた1,000円を拾ったらどうするかと考えてみると。のび太はキョロキョロしながら、最初は1,000円を拾って懐に入れてしまうんだけど、帰ったらなんとなく罪悪感が出てきて、ドラえもんに「どうしたらいい?」と泣きつくみたいな。
勝手にイメージが湧くような感じで、キャラクターとして成立する像を作ると、能動的に想像できるようになって、「こういう施策を打ったらどう行動するんだろう?」とか、だんだんいろんなことがわかってくると思うんですよね。
それがうまくいかないのは、ありもしない要素の組み合わせでキャラを作っている場合ですね。何十年も生きていれば、僕らも頭の中にいろんな人のパターンができてくるじゃないですか。例えば、めちゃくちゃ好奇心旺盛なんだけど、ルーチンワークをずっとやり続けることも得意な人とか。「え? 本当にそんな人いる?」みたいな。
坪谷:(笑)。
曽和:でも、絶対なさそうなことを2つ一緒に合わせて、1つのキャラに設定している会社はすごく多いんですよね。なんでそんなことになるかと言うと、きっとちゃんと想像してないからだと思うんです。
5つぐらいの要素があった時に、みんな「うちはこの5つでーす」と言うけど、1つの人格の中に押し込めたときに、いない人のスペックを作ってしまう。よく「神様スペック」と言われるやつですね。人間では存在しないようなペルソナができてしまうのも、想像力不足というんですか。
解像度が粗い人は相手をパターン化しがち
秋山:すごく分かります。ペルソナを立てて終わりじゃなくて、そこからがスタートなんですよね。言語化されたものの背景まで、どれだけ解像度高く読み込めるのかがキーであり、戦闘力の1つのポイントだったりするのかなと感じました。
曽和:おっしゃるとおりですね。中途採用でも、前職ってどこがいいんだろうとか。「こういう能力を持っていて、うちの会社の営業ができそうな人。さて、前職が意外なところって何でしょうか?」というふうに、大喜利みたいな感じで。役者とか元ホストを狙おうかとか、そんなふうに広げてみるのがペルソナの話ですね。
坪谷:たくさんの人に会ったほうがいいというのは、先ほどの採用リソースの人数の話や、入社寄与率を上げる施策もそうでしたけど、一見泥臭く見えるところに突っ込んでいく話にもつながりますね。
曽和:そうですね。人に会うこともそうですけど、トレーニングとしてメンバーに読ませていたのは、ノンフィクション系の伝記です。佐野眞一さんの『巨怪伝』とか、猪瀬直樹の『ミカドの肖像』。あるいは『カリスマ』という中内(㓛)さんの話とか、ナベツネ(渡邉恒雄)の話みたいな、生々しい人物伝というんですか。
人事や経営者は、「私の履歴書」みたいにきれいに書かれた自伝じゃなくて、白黒つかないような「全部が善人なわけじゃないし」ということがわかっていないといけないんじゃないかなと。だから、「みずみずしい」というよりは「生々しい」のほうが近いかもしれませんね。
坪谷:人間を見るメッシュが細かい感じでしょうか。
曽和:そうですね。解像度が粗い人は人をパターン化しがちなので、「人をパターン化するな」という話もすごくしていたんです。どのパターンに当てはまるかを考えながら見るんじゃなくて、目の前にいる人を一品物の美術品のように見る感じですね。
ぼっち人事のハードルは高い?採用は「結局チームでやるもの」
曽和:ただ、制度設計上は、それをフレームワークに当てはめて分類することは絶対必要です。ある傾向を見いだして、そこから1つにばーんと決めなきゃいけないことはありますよね。採用の戦略を立てる時とかって、全部そういうことだと思いますし。
戦術も「こういうタイプの人を採りたいから、このスカウトをしなきゃいけない」とか、「待っていればいい」というのが決まってくると思うので、戦略・戦術は傾向を見ていかなきゃいけないと思うんです。
でも戦闘力は、解像度の細かさのほうが大事というか。骨組みで人を見てしまう人は、戦略を考えるのには向いているけど、戦闘力は低かったりするんですね。これを両立させるのが難しいんですよ。
坪谷:確かに。1人でどっちもやれと言われると、ちょっと壁がありそうですね。
曽和:口説きに向いている人と、ジャッジに向いている人は違っていたりもします。だから、「ぼっち人事」ってめちゃくちゃ難しいことをやっているんだなと、今更ながらに思うんですよね。人事制度も作りながら、目の前の人を口説くのは、かなり厳しい仕事だと思うんです(笑)。
それを両方できる人が本当にいるのかという感じですし、だからこそ僕は採用は結局チームでやるものだと思っていますね。
坪谷:本当にそうですね。戦略・戦術・戦闘の流れから、これからの採用の全体像が見えてきたように思います。今日はお時間をいただき、ありがとうございました。