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スタートアップを世界へ:多国籍チームと共に乗り越える挑戦と喜び(全3記事)

スーツケース2つで渡米、「海藻の和菓子」をヒットさせた目のつけどころ 三木アリッサ氏が語る、起業の経緯と成功への突破口

スタートアップ業界におけるダイバーシティとインクルージョンを推進することを目的として開催された本イベント。第一線で活躍するスタートアップ起業家が登壇し、多様なバックグラウンドを持つ起業家たちが直面する課題に光を当て、解決策を模索しました。本記事では、海藻を使ったフードテック事業を展開する三木アリッサ氏が、起業の経緯や海藻に目をつけたきっかけを語ります。

世界で戦う日本人スタートアップ経営者

湯浅エムレ秀和氏(以下、湯浅):みなさんこんにちは。「スタートアップを世界へ」というテーマで、今日は実際に世界で戦っている御三方をお迎えして、このセッションをやっていきたいと思います。

全体で45分とうかがっていますので、30分ぐらいいろいろ議論した後に、Q&Aの時間も作れればなと思っているので、「こんなことを聞きたい」というのがあれば、ぜひ後ほど聞いていただければと思います。

まず、それぞれ自己紹介をしていきたいと思います。私は今、グロービス・キャピタル・パートナーズという日本の東京にベースがあるベンチャーキャピタルのパートナーをやっています。グロービス自体は26年間、日本のスタートアップに投資していまして、私は10年目というかたちです。

自分自身は主にはBtoB SaaSとかが多いかなと思いますけど、ファンドとしてはコンシューマーやディープテックもやっていますし、特に最近は700億円の大きなファンドを作りました。やはり日本だけだとユニコーンを超えていくデカコーンはなかなか作れないということで、ファンドとしても日本を越えていく会社に投資していきたいと思っています。

また、海外でやっていて、グローバルを目指している会社にも、ぜひ投資をしていきたいと思っています。今日のテーマはまさに、僕らが日々考え、悩んで、一緒にやっていることになっています。

サブスクモデルで日本のお菓子を海外に販売するICHIGO

湯浅:では、ここから3分ずつぐらいの持ち時間で、各登壇者の自己紹介・事業紹介をお願いできればと思います。まず近本さん、お願いします。

近本あゆみ氏(以下、近本):株式会社ICHIGOの近本と申します。私は2015年に会社を作り、一貫して海外向けにビジネスをやっております。やっていることのメインとしては越境ECで、サブスクモデルで日本のお菓子を海外に売っております。

オリジナルのボックスの中に、日本のお菓子やお茶、ジュースを詰め合わせて日本から海外に住んでいらっしゃるコンシューマーの方に、エアー便でお送りすることを約10年間やっております。今は徐々に自分たちのブランド、プロダクトが増えていきまして、全部で自社ブランドを7つやっております。

うちは海外市場しかやっていなくて、お客さまの100パーセントが海外にいらっしゃいます。メインの市場としては、だいたい7割ぐらいがアメリカの方になっております。今、プロダクトを英語のみで展開をしている関係もありまして、アメリカ以外でも英語を話される国のお客さまが多くなっています。

イギリスやオーストラリア、ニュージーランド、その他のヨーロッパの国も多く、事業全体の9割ぐらいを、欧米の国が占めている感じです。残りの1割でアジア、アフリカ、中東にお客さまがいらっしゃいまして、現在だいたい185ぐらいの国と地域にお客さまがいらっしゃるかたちです。

チームとしては、こういう越境ECにしてはけっこう珍しいかなと思うんですけども、現状は東京だけになっています。一部のチームでは、海外でリモートでやっている人はいるんですけども、基本的には日本だけでチームを作って、海外向けにビジネスをやっています。本日はどうぞよろしくお願いいたします。

アメリカでスマートホームの技術開発・提供を行う本間毅氏

湯浅:ありがとうございます。では続けて、本間さん、お願いいたします。

本間毅氏(以下、本間):こんにちは、本間と申します。私はスマートホームの技術開発と提供をしている会社を、シリコンバレーで創業しました。現在もチームの95パーセント、売上の100パーセントはアメリカです。

ただ、他のみなさんと恐らく違うと思うのは、私自身が鳥取生まれ育ち、地方出身で、初めてアメリカへ行ったのが33歳の時です。ソニーの駐在員として行った後で、現地でアメリカに住んだまま楽天に転職をして、そこから2016年にこの会社を作ったという経緯なので、大変ドメスティックな経歴です。なので海外で活躍する日本人を増やせるように、自分もがんばろうと思って始めました。

現在はチームも全部アメリカにいるんですけど、なぜアメリカで始めたかと言うと、すべてのITのトレンドがほぼアメリカからできている。今日もChatGPTの新しい発表がありましたけど、さまざまな国やバックグラウンドの人たちをカバーできるプロダクトとして作られています。

特に住宅のような、国によっていろんな生活習慣が違うものについては、アメリカでスタートして世界に広げるというセオリーがいいんじゃないかと考えて、現在は自分たちで作ったスマートホームのテクノロジーを、マンションデベロッパーさんとかに提供しています。

物件の家賃や価値を高めることを武器にしながら、住宅の中の照明やエアコンやセキュリティを全部自動化するシステム。Alexaとかアプリを使わなくても、家中に張り巡らされたセンサーネットワークが、人間の動きを感知して、すべてを自動で取り扱ってくれるような、住んでいるだけで快適で省エネになるような仕組みを作っています。

ちょっと今アメリカの不動産市場が若干弱くなっているので、予定を前倒しして、アメリカから日本へ、日本から東南アジアへと、我々の目から見たグローバル展開を始めたところでございます。今日はよろしくお願いいたします。

海藻のバイオテックの事業を行う三木アリッサ氏

湯浅:ありがとうございます。それでは、海外からアリッサさん、お願いいたします。

三木アリッサ氏(以下、三木):みなさんこんにちは。ロサンゼルスでAqua Theonという海藻のバイオテックのスタートアップをやっております、三木アリッサと申します。私自身はニューヨークで生まれて、9歳で帰ってきてから27歳まで日本に住んでおりました。

「日本の伝統を世界に」ということを夢見て、本当に友だちも家族もいないまま、スーツケース2つで「えいやー」と来たのが4年半前になります。現在ロサンゼルスで海藻のバイオテックをやっているんですが、もともとは海藻の和菓子ブランド「Misaky.Tokyo」を立ち上げました。TikTokで140万人のフォロワーがいたり、キム・カーダシアンとコラボレーションをしたりしてきました。

現在では、医療用のカプセルやプラスチックの代わりとなるような技術を展開しています)。こちらは国際特許も取っておりまして、どんどんBtoB事業も行っています。また、2024年の夏はアメリカで初めてジュースとして海藻を飲めるようにした「OoMee(ウーミー)」も展開してまいりますので、いつか日本に逆輸入できたらなぁと思っております。

先ほども申し上げたとおり、友だちや家族もいないロサンゼルスで事業を始めて、最初は80パーセントが日本人とか日系人のチームだったんですが、今ではもう日系人比率は約10パーセント、90パーセントがアメリカ人のチームとなっています。

なので、もともと日本人っぽかった組織をどうアメリカナイズしていったのか、本当に苦労話がいっぱいあるので、そのあたりをぜひみなさまにシェアできたらなと思います。本日はどうぞよろしくお願いいたします。

「スーツケース2つでアメリカに行った」三木氏の起業の経緯

湯浅:アリッサさん、真夜中のLAからありがとうございます。それではここからディスカッションに入っていきたいと思います。時間の許す限り、大きく3つのことをおうかがいしたいと思っています。

1つが、今日はスタートアップの方も多いんじゃないかなと思うんですけど、「最初の一回しをどうやったの?」という話です。初期の事業ができるまでのさまざまな苦労をどう乗り越えていったのか。

もう1つが、組織の話ですね。今回はグローバルで戦っているスタートアップが多いと思うので、単一国だけとは違う、いろんな工夫や苦労をおうかがいしたいと思います。3つ目が、グローバルである意義や醍醐味、おもしろさみたいなところをお聞きしていきたいと思います。

まず最初に、一回しをどうしたのかをお聞きしたいんですが、先ほどアリッサさんから「スーツケース2つでアメリカに行った」というパワーワードが出てきたので、どういうふうに突破口を作っていったのかを教えていただけないでしょうか。

三木:事業を選ぶという部分に当たっては、もともと和菓子事業を始める前、実は19歳ぐらいから、「グローバルに進出できないかな」と考えていました。

例えば二十歳の頃は、文章なんてぜんぜん書けないくせに「かわいい」に特化した英語のブロガーになってみようとか、ブロックチェーンが流行り始めた頃には、「世界中の愛をつなげるブロックチェーンを作ってみようぜ」みたいなこともやってました。

いろいろ失敗したんですが、24歳ぐらいで「日本の強みって何かな?」と考えた時に、やはり世界で一番進んでいるのは「食」であると。「日本は技術もセンスも世界で一番進んでいるな」と気がついたので、食にいこうと(考えました)。

和菓子に目をつけたきっかけ

三木:その中でも、すでにラーメンや日本酒はプレイヤーがいろいろいるので、せっかくやるならファーストペンギンになりたいと。当時はヴィーガンやグルテンフリーがものすごく盛り上がっていましたから、「和菓子がいいんじゃないか」と考えました。

「和菓子の中でも輸送が可能なものは何だろう? あ、琥珀糖だ」ということで、琥珀糖に目をつけ、まずはオーストラリアでちょっとしたテストを行いました。すごく反応も良く、ブランドを立ち上げて半年ぐらいで、いきなりけっこうな売上が取れました。「これはもしかしたらアメリカでもいけるかもしれないな」ということで、この事業に振り切ろうと決めました。

湯浅:ありがとうございます。オーストラリアの後、アメリカへ行っていきなり成功した感じですか? それともそこでブレイクスルーした瞬間があったんでしょうか。

三木:正直、Misaky.Tokyoはアメリカでけっこうすぐに成功しました。と言うのも、渡米して半年後にコロナがあったんですが、コロナの直前まではウェディング部門や高級レストランに飛び込み営業をしまくって、けっこう獲得していたんですね。

コロナになった瞬間にも、もともとオンラインやTikTokの準備もしていたので、そのまんまあれよあれよと成功していったのは、すごくラッキーだったかなと思っています。

もう1つは、もともとTikTokの前から「動画で何か映えるものを作んなきゃいけないな」と思っていたので、商品もUGCが高まるような動画映えするものを作っていました。こうした戦略も相まって、けっこう跳ねていったのはすごくラッキーでした。

ただ苦しかったのは、Misaky.Tokyoがある程度売上がすぽーんと上がった時に、そこから第2弾、第3弾がしばらく作れなかったんですね。その間にいろんな特許や技術を作っていって、なんとか別のビジネスモデルも開発していったのが本音ではあります。

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