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HQ Unleash 2024~個の力を解き放つ経営~(全4記事)

篠田真貴子氏が大企業の充実した社内制度を見て覚えた違和感 「よかれと思って」作られた制度で浮かび上がる組織の問題

本イベントは、「多様性を事業の力に変える組織経営」をテーマに、組織経営に関わるビジネスパーソンに向けて開催されました。エール株式会社取締役の篠田真貴子氏とLINEヤフー株式会社上級執行役員CEO室長兼人事総務グループ長の稲垣あゆみ氏が登壇。本記事では、篠田氏が大企業の充実した社内制度を見て覚えた違和感について語りました。

前回の記事はこちら

意思決定のための会議はあまりしなかった

坂本祥二氏(以下、坂本):LINEスタンプで確固たる基盤を築かれましたが、先ほどの話では女子高生しか盛り上がってない状況で、会議はどうやって通ったんでしょうか?

当時を思い出すと、IT企業がさも合理的な「通話量無料」とかお得なキャンペーンで、「札束をバーン!」みたいな感じで攻めてきてたと思いますが。そんな中で「LINEスタンプで感情が~」という話をできるのは、どういう組織の雰囲気があったんでしょうか。

稲垣あゆみ氏(以下、稲垣):雰囲気……そんな会議がなかったですね(笑)。

(会場笑)

稲垣:確かにその頃と今との大きな違いだと思うのは、当時あんまり会議をした記憶がないんです。それぞれの席に行ってみんなで話すようなノリが強くて。

篠田真貴子氏(以下、篠田):立ち話ですか。

稲垣:「これについて意思決定をする会議をします」みたいなのは、たぶんそんなになかったかもしれないです。本当にずっとLINE上で、みんなで話しながら進んでいった感覚がありますね。あとは既読の機能もそうだったんですけど、軽かったのかもしれないですね。

いったん既読の機能もこういうふうに決めてやるけど、もしユーザーが「これならLINE使わないよ」とか「スタンプでこういうスタンプ作ってほしい」というのがあったら、それを入れればいいと。「いったんこっちで進めよう」みたいなかたちだったので、「A案、B案、C案のどれでやりますか?」みたいな感じの会議があんまりなかったですね。

正解を当てにいくより、6~7割でどんどん出していく

坂本:「正解を当ててやろう」みたいな雰囲気はあんまりなかったんですか?

稲垣:そうですね。自分たちが全部の答えを知っているわけではなく、「ユーザーが決めるものだ」って感覚が強かったんです。自分たちの中で、6~7割「これでいいんじゃない」って思ったものをどんどん出していって、実際のユーザーのリアクションを見ていく。

当時は「無料通話です」っていうので、ベッキーさんのCMを打ったんですよね。やはり広告代理店さんから提案されるのも「(通話が)無料なんですよ」と。みんな通話量にお金がかかってるから、そこがタダになるのが一番刺さるって話だったんですけど。

もちろんTwitter(現X)とかで、「無料通話のアプリが」って話はばーっと出たんですが、じわじわきたのは「うちの旦那があのクマに似てる」みたいな話とか(笑)。

(会場笑)

稲垣:そういうスタンプについてお勧めしてくださる声がずっと続いてたのが、結局一番ありますね。経済的な合理性よりも、みなさんに響いたんだなって思ってます。

坂本:じゃあ他国籍でいろんな意見がある中で、あんまり「制御してやろう」っていうよりは、「よくわかんないし、まずやってみよう」みたいな。

稲垣:ああ、そっちのほうが強いと思いますね。もちろんその中でも一定決めて、「まずやってみよう」とならなきゃいけないんですけど。いろんな意見が出てくるのが当たり前ですし、みんな「意見を言わないといる意味ない」って感じでやってたと思いますね。

頭で判断するのと、実際に使うのではけっこう差がある

篠田:その時の場の雰囲気を、今一生懸命想像しようと思ってて(笑)。ちょっとうかがってもいいですか? 例えば私がさっき、「初めて見た時思わずぎょっとしました」って言った、あのデザインを出された方は、韓国の方だとおっしゃってましたけど。

例えば「いや、韓国ではこれが受け入れられるんです」みたいな論拠があったわけでもないんですか?

稲垣:ないです。アーティストっぽい方なんですけど、ぜんぜん根拠はないですね。

篠田:(そのスタンプを)見た時の、立ち話的な社内でのミーティングでの反応も、多様だったんですか?

稲垣:けっこういろいろなリアクションがありましたね。日本の若い子で「こんなの絶対はやんない」みたいな意見を言ってる子もいましたし。みなさんに提供する前に、自分たちで使えるような試しのアプリを作っていくんですけど。実際自分たちで使うと、自分のお気に入りのスタンプが出てくるんですよね。

篠田:まず自分たちを実験台にしたんですね。

稲垣:けっこうそこがフィット感があったというか。会話してる中で楽しい感じを出すのに、このウサギがふわーってやってるのをやたら送ってくるエンジニアがいたり(笑)。みんな「これは誰々っぽいね」みたいな話でけっこう盛り上がっていました。

やはり絵だけで見てる時と、実際に会話の中で使ってる感覚の差がありました。もちろん、「なんでこんなよくわかんない絵なの?」みたいな話もあったんですけど。

使っていく中で、意外と違和感はなくなってきたんで、このまま(案を)出したんですが、けっこう燃えたのが、ウサギの耳をつかんでるクマのスタンプ。「なんでわざわざこんな激しいの出したの?」「本当にこれがいいの?」とか言われましたけど(笑)。多様なシチュエーションのものがあったので、最初は傑作だったというか、使いやすかったなぁって思いますね。

篠田:頭で判断するのと、実際やることでけっこう差があると社内で感じられていたから、調査で女子高生しかいいって言わなくても、「まぁ一回出そうか」ってなったんですよね。

稲垣:そうですね。

篠田:おもしろい。ありがとうございます。

大企業の充実した社内制度を見て覚えた違和感

坂本:ありがとうございます。稲垣さんのお話を通じて、多様性を体現することのリアルが垣間見えたかなと思います。LINEさまの事例も見た上で、ここからは、多様性というテーマに実際に関わられてきた篠田さんのお話もおうかがいできればなと思います。

D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)と言うと、私もつい制度充実というか仕組みをまず作ろうと考えちゃうタイプでした。でも篠田さんの、多様性の本質をついてるお話を先日拝見する機会があったのと。「ダイバーシティー&インクルージョンの制度充実の落とし穴」という、非常に有名なnoteの記事も拝見しました。

こちらの内容を手がかりに、多様性の本質を掘り下げていければと思います。まず篠田さんのほうから簡単に、概要をご説明いただければと思います。

篠田:ありがとうございます。このnoteを書いたきっかけは、ある著名な、非常に立派な大企業の人事の方とお話をしたことでした。

D&Iがテーマで、誇らしそうに、「当社はD&Iに力を入れています。この制度もあの制度もあるので、見てください」と。本当にスライド資料数ページにわたって、さまざまな制度が書かれていたんです。その時に、正直けっこう強烈な違和感を覚えたんですが。その違和感がその場では今一つ言語化できず、「複雑ですね。どうなんだろう?」みたいな感想をもらしました。

それでちょっと考えてみて、「あっ」て思ったのが……。当然その会社の方はよかれと思ってやってるんですけど、なんでそんなに制度の数が多くなるかって言うと、女性や、身体的・精神的に、一般的には障害とされる特徴がある方。働き方に時間の制約・場所の制約がある方を取り上げては、それにまつわる仕組みを作ることを繰り返しているわけです。

それで結果的に浮かび上がってくるのは、その会社において、旧来どおりの「フルタイムで会社の命に従える男性」がマジョリティであると。そうじゃないマイノリティを細かく定義づけしては、それに対するお手当てをしている。

制度が多様になることで浮かび上がる無意識の組織観

篠田:つまり、絵で影を描くと、結果としてその主題が浮かび上がるかのごとく、制度が多様にあることで、結果、「マジョリティはこれだ」と。「あなたは子育てしてるから、あなたはジェンダーが違うからマイノリティです」と、むしろメインストリームの人材像の定義をクリアにしてるように見えたんですよ。

その方々は論理的にはまったく意図してないんだけど、半ば無意識のうちに、そういう社員に対する人間観と、「マジョリティで組織を作るべきである」という組織観が出てきてるんだなと、怖いなと思ったんですよね。

だから、そこを起点にいくつか考えたことを書きました。ダイバーシティは認めてると思うんですけど、少なくともインクルーシブではまったくない。その制度の裏にある、無意識にある基本思想。すなわち風土みたいなものは、私から見るとまったくインクルーシブではないし、ましてやエクイティ(公平)ではないと。

例えば、日本全国の統計でも、育児を理由にする時短って、別に性別の縛りはないわけですよね。だけど、実態として時短を取得している従業員の8割が女性なんですよ。なんでですかと。みなさんの職場がどうかわかりませんけれど、私がお話を聞くと、運用の結果、職場によっては「育休後復職してくる女性は時短が義務だから」ぐらいになっちゃってる職場がある。

逆に「男性が時短をとれるって知らなかった」とか。つまり、それは組織風土なんですよね。無意識に持っている人間観や組織観が、実はめちゃくちゃこういう制度に現れるんだなって思ったんです。D&Iって、制度がないと進まないけど、制度を入れたからってぜんぜん進まないんだなと思ったという話です。

時短制度がジェンダーロールを固定するケースも

坂本:ありがとうございます。ダイバーシティはおもしろいですよね。制度を作れば作るほど、逆にマジョリティの価値観がくっきり浮かび上がる。

篠田:そう。本当にこのトラップは怖いですよね。むしろ価値観を固定するほうにいくんですよ。結果として復職はするんだけど、時短制度がジェンダーロールを固定するほうに作用するケースがあるってことですよね。

烙印をばーんと押しているということですよ。制度を充実させることが、むしろ逆回転を起こすことも普通に起きるんだなって。実際その会社は、そうやって制度をいっぱい作って、結局ダイバーシティがぜんぜん進まないというので、「意見交換しましょう」って言われました。

2回目に行った時は、「制度が多すぎるからじゃないですか」って言いました。そもそもその組織のOSをどう変えるかの風土の話であって、「制度が多すぎることが、風土の固定化を招いているように見えますよ」って、この時にはちゃんと言語化してお伝えしました。

よかれと思って作られた制度がキャリアに与える影響

坂本:ちなみに、稲垣さんもご出産を通じて、1回育休を取られているかなと思うんですけれども。振り返った時に、今の話を聞いてご自身はどうでしたか?

稲垣:私が出産したのが2018年なんですけれども、執行役員になった後に出産しました。もうなくなってしまいましたが、会社に保育園があった時期でしたので、私はすごくラッキーでした。妊娠がわかって安定期に入ったら、「戻った時に元に戻れるように保育園に入れさせてください」ってお願いをしまして。出産してから4ヶ月ぐらい休んで、すぐ戻った感じでした。

その時に、社内で同じ保育園を使ってる方たちがいらっしゃったので、社内のママ友・パパ友がけっこうできたんですよね。その時に、女性の社員の方から言われたのが、「あゆみさんは執行役員だから時短とか言われないですけど、私たちは『時短がいいよ』って言われて、時短にさせられちゃうんです」って方も、全員じゃないけどいました。

さっき篠田さんがおっしゃったみたいに、当時よかれと思って作られた、ワークライフバランスを保ちながら戻りやすくするための制度が時短だったんだと思うんですけど。それが本人のキャリアにだいぶ影響を与える選択だっていうのを感じました。

やっぱり戻った時って不安のほうが大きいので。みなさん時短だし「時短のほうがいいですよ」って勧められたら、みんな自然とほぼ時短になっちゃう。やっぱりそれをすると、パートナーとの育児バランスが、「時短なんだから私のほうがより育児・家事しなきゃ」って固定化される。

その後にフルタイムで働きたいって時に、「会社の許可よりも家庭内許可が大変」みたいな話もすごく聞いたので。もうそれから、産休に入る女性メンバーには「時短にするかしないかはよく考えてから決めなさい」という話はするようにしていますね。

坂本:めちゃくちゃリアルなアドバイスですね。

善意の根底にある固定観念の問題

篠田:今のお話のように、周りも「よかれと思って」っていうのがトラップなんですよ。この落とし穴。制度もよかれと思って作ってるし、運用も上長の方や周りの方は「やったほうがいいよ」って言ってるんだけど。その善意の根底にある職業観や人間観、組織観がやばいですっていう話なんですよね。

会社さんによってさまざまな歴史をお持ちではありますけれども、特に歴史が長い会社。私が最初に就職した銀行は、30年も前だから本当に昔ですけど、多様性と真逆なんですよ。

人間って、当たり前ですけどある面から見たらみんな一様で、別の方向から見ると多様じゃないですか。そっちの一様性のほうを強調して、みなが揃うことにすごく会社のリソースを使って鍛え上げる。だから研修もやたら長いし、社宅はあるし、独身寮はあるし、仕事も長時間やって、その後も一緒に飲みに行ってってことで揃えていく。それを組織の力に換えるのを、長年OSとして作りあげてきた。

だからさっきのLINEさんのスタンプ開発の背景にあった、多様な国籍を含めて、ほっといたらまとまらないものをなんとか事業成果に結びつけるOSとは、まったく別なんですよね。

繰り返しますけど、(この固定観念は)けっこう無意識に共有しちゃってるので、意識化、言語化がとても難しいんです。でもこれをやらないことには、いくら制度だけ変えても、さっき言ったような逆噴射をすることになりかねない。

制度そのものよりも、その根底で共有しちゃってる人間観、家庭観、組織観みたいなほうが作用するのかなって思いますね。しかもLINEさんみたいな多様な背景を持つ人たちが集まった会社で時短を勧められたっていうのが、「いやぁ、この根深さよ」って思いますね。

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