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みんなが豊かになる人的資本経営(全4記事)

日本人全員が豊かになるカギは、中小企業の生産性向上 伝説のアナリストが語る、「賃上げ」のインパクトと実現への課題

社会の大変動に対抗し、新時代の組織づくりと経営戦略の本質を掴むヒントをお届けすべく開催されたSmartHR Next 2023。本記事では、株式会社小西美術工藝社 代表取締役社長/元ゴールドマン・サックス証券金融調査室長のデービッド・アトキンソン氏、株式会社SmartHR取締役COOの倉橋隆文氏、株式会社We Are The People 代表取締役の安田雅彦氏が、日本経済における問題点や賃上げの重要性を解説します。

人類の歴史から見れば、本来給料は増える一方

安田雅彦氏(以下、安田):続いてのセッションのテーマは「みんなが豊かになる人的資本経営」です。1人目のゲストは、株式会社小西美術工藝社 代表取締役社長 デービッド・アトキンソンさんです。よろしくお願いします。

デービッド・アトキンソン氏(以下、アトキンソン):よろしくお願いいたします。

安田:そして2人目、株式会社SmartHR 取締役COO 倉橋隆文さんです。

倉橋隆文氏(以下、倉橋):どうぞよろしくお願いいたします。

安田:このセッションでは、インフレが進み実質賃金の低下が続いている中、この時代に従業員、そして世の中が豊かになる「人的資本経営」が何かということについて、語り合っていただきます。まず最初にアトキンソンさん、「人的資本経営」というタイトルがついていますけど、「豊かになる経営」とはいったいどんなことでしょうか?

アトキンソン:単純なことなんですけど、基本的に人が豊かになるというのは給料が増えることです。例えば平安時代の1人当たりの給料と、今現在の日本人の給料は天文学的に違いますよね。明治に比べても何百倍も増えているわけなので、人類の歴史を見れば、増える一方のものなんですね。

ただ、日本は1990年あたりからずっと横ばいになっていて、これはおかしいです。豊かになるということは給料の話で、必ずしもGDPが増えるとかそういうことではないです。

給料を増やすためには原資が要りますよね。それは何なのかと言ったら付加価値です。生産性とよく言われますけども、要するに売上から仕入コストを引いたものが付加価値なので、そこから給料を払っています。だいたい60パーセントぐらいの付加価値が人の給料になります。

日本の労働生産性の低さは「先進国ぎりぎり」

アトキンソン:日本人の賃金が低い、韓国に抜かれたなどとよく言われます。なぜ低いのかと言ったら、それは生産性が低いからです。ここの図表にあるように36位まで下がっています。これは購買力調整済みなので、為替や物価の影響を全部なくしたものになっています。ですから、これが要するに実体に近いものなんですね。

これはGDPを全国民で割ったものなんですけども、もう1つはGDPを労働者だけで割ったものもあります。これももっと低いです。実は2023年は、残念なことにブルガリアに抜かれました。衝撃的な事実だと思いますけども、労働生産性で見ると、日本はもう先進国ぎりぎりの線まで下がっちゃっています。ここの問題としてあるわけなんですけど、逆にこれはチャンスでもあります。

安田:そうですね。

アトキンソン:あまりにもひどいので(笑)。

倉橋:(笑)。

安田:もうこれ以上落ちないと。

アトキンソン:落ちないです。落ちてほしくないですよね。それが1つとしてあります。もう1つ、先ほど六本一丁目のビルに入った時に思ったことがあります。会社は三田にありますけど、あのへんはもう中小企業だらけになっていて、そこで実感する経済と、こういう六本木の一等地の大企業が入っているすばらしいビルの中で実感する経済とは、ぜんぜん違うんですよね。

何が違うか。この図表は日本とドイツの比較ですが、大企業と中堅企業と小規模事業者の生産性を見てみますと、実は日本の大企業は、(ドイツと)そんなに大きくは変わらないんですよね。ただ、中堅企業を見てみますと、ドイツの6割ぐらいしかない。小規模事業者も、やはり同じようにものすごく低い。

ですから、大企業はそれなりにがんばって、実体はいい方向にいっていますけども、中小企業はそうなっていない。例えばアメリカでは、労働者の60パーセントぐらいの人は大企業に勤めています。Amazonとか、すごい人数じゃないですか。

それから私が昔銀行アナリストをやっていた時は、日本の一番大きい銀行と言ったら5〜6万人ぐらいでしたが、(アメリカは)50万人います。巨大企業ですよね。ディズニーもそうですし。

日本人全員が豊かになるカギは、中小企業の生産性向上

アトキンソン:それに比べて日本の場合は、大企業に勤めている人はたった3割。だから70パーセントは中小企業なので、3割の人の生産性は海外とそんなに大きくは変わらない。7割の人たちは海外の中小企業の賃金に対して半分ぐらいしかない。それを考えると、やはり中小企業にがんばってもらわないと、日本人全員が豊かにはならないんですよね。

安田:そうすると、基本的には日本企業の生産性が低いというのは、中小企業の生産性が低いこととニアリーイコールということですね。

アトキンソン:そうですね。そこでよく、「いや、製造業とか建設業とか大企業にいじめられていて価格転嫁ができない」と言われるじゃないですか。価格転嫁ができないとかいじめられているという事実は一部にはあると思いますけども。

日本でよくある問題なんですけど、その下請けいじめの事実と中小企業の生産性が低いという事実は、実は因果関係はほとんどないんです。実際には、日本は消費者に近くなればなるほど生産性が低くて、遠くなるほど生産性が高いです。

安田:BtoCのほうが低いと。

アトキンソン:低いです。BtoCって強烈に低い。具体的に言うと、一番低いのは宿泊・飲食。あと小売業または生活関連、国関係も。教育とか介護とかですね。こういう業種はものすごく低いんですよね。製造業はわりと高いんです。

製造業の生産性とそこで働いている人たちの人数を基準に計算すると、だいたい日本全体の生産性を48万円ぐらい上げています。問題は、宿泊・飲食はものすごく人が多くて、ほとんど最低賃金なので、48万円に対してここのマイナス影響が47万円ありますので、製造業ががんばってすばらしい成果を上げている寄与度を、ほぼ宿泊・飲食で消しています。

安田:そのへんの産業構造の問題もあるということですね。これはよくアトキンソンさんがおっしゃる、「現実を見る」というところだと思いますが、このあたり倉橋さんはいかがでしょう?

倉橋:そうですね。日本の生産性が低いとよく聞くこともあったんですけど、まず、36位とかブルガリアに負けそうとか、先進国ぎりぎりになっているというのは、けっこう衝撃的な事実だったなと思います。

今賃金を上げなきゃいけないという話は世論としてもすごく上がっている中で、生産性を上げないとそもそも賃金を上げられないという現実は、いよいよ深刻になっているのかなとすごく感じましたね。

賃上げが日本経済にとって死活問題になる理由

安田:そうなってくると、生産性が低い、お給料が低いということで、「じゃあどうしよう? できること、やるべきことは何だろう?」という話になってくると思いますが、このへんはアトキンソンさんはいかがですか。

アトキンソン:その前に、賃金を上げなきゃいけないというのは経営層の反発が強いんですよね。ただ、なぜそれをやらなきゃいけないのかを考える必要があって。

普通の国で見ると、人間の数が増加することと、賃金が上がっていくこと、つまり生産性が上がっていくことの2つの要素で経済成長が構成されています。歴史的に見るとだいたい半々ぐらいですね。

言うまでもないんですけど、人間の数が増えると、それは1日3回食べますし、住む場所が要りますし、車を買いますし、服も買いますし、冷蔵庫とか家電とかいろんなものが要りますので、人が増えることによっての経済成長のプラスがありますね。

あとは、人口増加以外の経済成長は賃金です。ですから、賃金が上がらなくても人が増えればGDPは増えますが、日本は生産年齢人口と言って、現役世代、働いている世代がずっと減っていて、1995年から2022年までで1,400万人減っているんですね。これは台湾の労働者とほとんど一緒なんです。

安田:ちょっとした国ぐらいですね。

アトキンソン:働ける人たちが減っていて、なおかつこの人たちは消費者なので、消費者が減っているんですね。そうするとやはり生産性を上げていって、賃金を上げていかないと、日本のGDPって増えないんですよ。

今は労働参加率が大きく上昇しています。女性と高齢者にどんどん労働市場に参加してもらうことによって、GDPをなんとか横ばいに持ってこられて維持したんですけど、生産年齢人口ってずっと減ってきていますので。

労働参加率を高めてGDPは横ばいで維持してきたんですが、就業者数は生産年齢人口減少という天井によってもうそろそろ押し下げられていきます。大きな問題を抱えているのは、あと2年ぐらいだと思います。

そうすると、残されているのは何なのかと言うと。「人間の数×賃金=個人消費」ということになります。個人消費を守る中で人間の数が減るのであれば、賃金を上げていろいろ使ってもらわないと、日本経済は縮小しますよね。だから、なぜ賃金を上げなきゃいけないのかと言ったら、これはもう日本経済にとって死活問題だからなんです。

経営者として感じる賃上げのプレッシャー

アトキンソン:そこでやはり、「賃金を上げるのは経営者としては大変だ」とか「減税すればいいじゃないの」とか他人任せみたいなことをやろうとしている人がいるんですけど、そうじゃなくて。ずっと大昔から続いている持続的な賃上げをすることが、ますます重要性を増していると思います。

安田:だから賃上げの意味とインパクトをそろそろ考えなければいけないと。倉橋さん、このあたりはいかがでしょうか。

倉橋:まさに労働力人口はこれ以上上げられないのは見えてきていますし、だからこそ生産性を上げなきゃいけないというのも見えてきています。そういう必要性もわかりますが、一方で私はイチ経営者ではありますので、経営者の目線から見た時、いよいよプレッシャーを感じています。賃金を上げる、正しく言うと、正しい人に正しく(賃金を)上げる必要が高まってきているかなと思っております。

これは私たちの会社に限ったことではないんですけど、私は前提としてスタートアップ枠で経済同友会の人材活性化委員というところに入らせていただいて、名だたる大企業の経営者の方と一緒に議論させていただいているんですけど。やはり日本の大企業ですら、若手が辞め始めているし、退職率が上がっているというのがあって。

まさに労働力人口が減っているから、いわゆる働く人、従業員側のほうがパワーを持っていて、働く場所を選べるようになってきているんですね。すると、転職もどんどん増えてくると思います。

そうなってくると、経営者としては日本のために賃金を上げなきゃいけないという大義もありますけど。自分の会社の必要な人員を確保するためには、特にハイパフォーマーには賃金を上げざるを得ないというプレッシャーがかかり始めているのかなという気がしています。

安田:そもそも(従業員側に)選ばれなくなっちゃうということですね。

倉橋:そういう時代が来ているのかなと思っています。

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