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セブン・イレブンの生みの親が、「わざわざ」経営の原点(全2記事)

山の上の“パンと日用品だけの店”に来客が絶えない理由 「わざわざ」代表が語る、ブランドづくりの意外な“教科書”

経営者、事業責任者、マーケターからPRパーソン、デザイナーまで、業界業種を問わず、企画職の誰もが頭を悩ます「ブランディング」をテーマに、じっくり向き合う音声番組「本音茶会じっくりブランディング学」。今回のゲストは、長野県にあるパンと日用品の店「わざわざ」代表取締役社長の平田はる香氏。第一部の後半となる本記事では、「わざわざ」のブランドづくりの参考となった“意外な一冊”をひもときます。

前回の記事はこちら

借り入れはせず、店舗は自分たちでハーフビルド

工藤拓真氏(以下、工藤):工藤:わざマートさんの取り組みも、(鈴木敏文氏の著書『変わる力』に)大いに影響を受けてる部分があると聞きました。

平田はる香氏(以下、平田):最初に影響を受けたのはスクラップアンドビルドです。2009年にわざわざを始めた当初は、移動販売をしてたんですよね。そのあと自宅の中に店舗を作った。

そのあとに、震災をきっかけに自宅の外に新しく店舗を作ったんですが、当時私が資金を600万円しか持ってなかったんです。その600万円では到底家なんか建てられないけれども、これしか持ってない。

最初に開業のきっかけとして「できることだけでやる」と決めていたので、その当時は、借り入れするというリスクを取る気がまったくなかったんですよ。借りたものを返せる自信がなかったので。

600万円でできる範囲で家を建てたら、大工さんが棟上げして、屋根をかけて、壁を貼るところで引き渡しされたんですよ。何にもない(笑)。途中から自分で作ることになって。

10ヶ月間、自分でハーフビルドして、壁も屋根も天井も床も全部自分で貼って、家具も作ってオープンさせたんです。だからその時は、2階はあるけれども2階に行く階段を作れなかったんですよ(笑)。

工藤:そこに(部屋は)あるけどっていう(笑)。

平田:あるけど行けないよねって(笑)。お客さんに「あそこはどういうスペースなんですか?」と言われて、「いずれ2階になる場所です」という感じで。(当時は)まだこの本を読んでなかったんですが、お金が貯まったら階段をかけようって思っていたんですね。

店舗リニューアルの度にお客さんが訪れるように

平田:そうやってお金が貯まる度にリニューアルしていったら、その度に人が訪れるようになるんですよね。うちは日用品って定番商品しか取り扱っていなくて、季節商品で何かがドバッて入荷するとかもないので、いつもパンと日用品が置いてあるだけで、新しいブランドが時々入るぐらいで変化が少ない店なんですよ。

(お店に)1回行ったけれども、「行ったからもういいや」って気持ちがあるじゃないですか。(店内をリニューアルして)2階に行けるようになったとか、1つ部屋ができたとか、そういったことを繰り返していくうちに、その人たちが再来店するっていうことが何度も目の前で起こっていって。

セブンの鈴木さんの本を2014年に読んで、「これを私はやってたんだ」って認識できて、それからはそういうふうに考えてやってました。

工藤:なるほど。おもしろい。

平田:2017年までに15回から20回ぐらいリノベーションして。わざわざというお店は、忍者屋敷のように入り組んだすごくちっちゃいお店なんですけど。

工藤:改築、改築。

平田:改築を繰り返したので、階段の横から階段が生えていて(そこから)降りるとか、もう作りがめちゃくちゃなんですよ。違法建築ではないぐらいの範囲では済ませてるんですが、その敷地まんぱんに建てちゃったので、もう建てられないってなって。それで「問 tou」を作ってるんです。

それで今度はドミナント出店になるわけですよね。スクラップアンドビルドの時代が終わって、集中的に東御市に出店していく。

工藤:そこのエリアに行くと、なんか目に入るっていう状態を作っていく。

平田:そうですね。だから、鈴木さんの言うドミナント出店と、私が言っているドミナント出店は別物だとは思うんですが、私的には鈴木さんに影響を受けて東御市内にドミナント出店をしている。

工藤:おもしろい。

目指したのは「良い店がある町」

平田:同じ店じゃなくて、違う店があればいい。別に「わざわざ」が運営するなんてことはどうでもいいので、私にとっては店舗形態が違うというのが大事です。同一市内に、少なくとも4店舗以上は良い店がある。そうすると東御市に行く理由が増えて、行きたくなる。だから、良い店がある町にみんなは行きたくなる。

統計でも見ると、「町に良い店がある」っていうのが、移住者の移住地の選択理由として全世代で1位なんですよね。「病院や学校がある」を超えて1位なんです。それも最近調べていて知ったことなんですが、そういうのは鈴木さんにすごく影響を受けました。

工藤:そういうところをお調べになる感じとかが、もうおもしろいですね。

平田:だんだんですけどね。初期の頃のリノベーションは、単純にお金がなかったから。この本で気づきを得て、故意にやり続けていったら、自分なりの答えみたいなものがやっと見えてきて。「東御市に移住者を増やすためにドミナント出店するんだ」みたいに、あとで言語化してるだけなんですけど。

工藤:そうやってすることで、また精度が上がっていったりするわけですよね。

平田:そうですね。明らかに何かを改装する、建てる度に、売上高は跳ね上がっていったので、間違いなく戦略が効いたんだとは思います。

工藤:おもしろい。ありがとうございます。

ブランディングの“教科書”になった意外な一冊

工藤:そんな中、まったく系統が違うもう1冊が見え隠れしてるんですが、『陰翳礼讃』。デザイナーの方だったり、それこそ僕もそうですが、クリエイティブ界隈でもよく取り上げられる本かなと思うんですけど、これはどういう文脈で選ばれたんですか?

平田:私、谷崎潤一郎が中学生の時に大好きで。

工藤:そういうことか。

平田:めちゃくちゃ好きだったんですよ。この人、色恋のことをめちゃくちゃ書くんですよ。

工藤:めちゃくちゃですよね(笑)。

平田:めちゃくちゃな色恋を書くんですよ。私、中学生時代に本当にドキドキして読んでいて。

工藤:なるほど(笑)。

平田:すごく本が好きで、文学少女だったんですよね。日本の美しい文学の第一人者とは言わないですが、川端康成さんとか、谷崎潤一郎さんとか、三島由紀夫とか、数々のいろんな人の名前が入っていて、私はそれを教科書とかで目にして「谷崎潤一郎の本だ」と思って図書館で借りたら、基本的にピンクの本なんですよね。

工藤:どピンクですね。

平田:この人の本、どピンクなんですよ。すごくドキドキしていつも読んでいて。でも、『陰翳礼讃』だけは別。ぜんぜん違うんですよね。でも、やっぱめんどくさいおじさんだなと思って、その当時は読んでたんですよ。

日本古来の風習と利便性の間で揺れる心

平田:大人になって、日本の文化とか、お茶とか、いろんなことに興味関心が増えていって、「確か谷崎さんもそんなことを言っていた気がする」みたいな感じで、もう1回振り返って読んだら、その当時はぜんぜん感じたことのない気持ちがしたんですね。

工藤:ピンクおじさんのものではなくて(笑)。

平田:そう。すごく美しい日本古来の情景を書いていて。この『陰翳礼讃』は、影と光とを書き綴ったような本に感じるんですけど、私が一番おもしろかったのは、谷崎さんはこれを書いている時に家を建てていたんですよね。

工藤:確かにそうですね。「どんな家建てよっかな?」本ですよね。

平田:そう! ただ単純にこの人は「自分の家、どんな家を建てよっかな?」っていうエッセイを綴ってるだけなんですよね。

その時にトイレが西洋化していて、当時の日本は西洋式トイレになろうとしてたんですよね。それまでは和式の、それも陶器ではない木のトイレだったものが、陶器のトイレになっていくっていうのを谷崎さんは憂いてるんですよね。

「日本古来の良い風習、トイレというものは家の中のどこどこにあって、なんとかっていう木があって、そこの鹿威しがカッコンッていって水が流れていて……」ってすごく書いてあるのに、西洋式の利便性に心が揺られて、谷崎さんがどんどん流されてくんですよ。

最終的にトイレをどういう選択にするかっていうのはずっと悩んでいて、確か結論は書いてなかったと思うんですけど。

工藤:そう言われると、確かにそうですね。結論は出てなさそうな気がしますね。

平田:確か書いてなかった記憶があるんです。

文豪にも、自分と同じような“人間臭さ”がある

平田:さんざん日本の文化を賞賛し、すばらしいと言いながら、西洋の便器に心揺さぶられ、最終的に意思決定も書いておらず。たぶんこの感じだと、谷崎さんは新しい家に西洋便器を入れたんじゃないかなって(笑)。その後のお家を調べてはないんですが、それがいいなって思ったんですよ。

工藤:その谷崎さんの感じが?

平田:そうです。いいもの、美しいものは自分の心の中で決まっているのに、利便性に心が揺さぶられていて。

工藤:ちゃんとそういうものも見てるという。めちゃくちゃおもしろいですね。

平田:そこがすごく最高だなと思って。文豪も人だし、自分とすごく近い気持ちになったんです。悪いことじゃないなって思ったんですよ。「ほら、やっぱり西洋便器入れてる」っていうことじゃなくて、もしこれで谷崎さんが西洋便器を入れてたらかっこいいと思うんですよ。

工藤:なるほど(笑)。

平田:選択として、絶対に木の便器よりも陶器の便器のほうが衛生的にもすごく良いと思いますし、たぶん今は木のトイレなんて日本にほとんどないですよね。淘汰されてると思うんですが、それはみんながそう選択してきたから。(谷崎さんは)先人だと思うんですよね。そういうところが、人としてなんかすごくいいなぁって。

工藤:なるほど、おもしろい。

『陰翳礼讃』から感じた「ブランド力」の強さ

工藤:(平田氏が)文学少女だったというお話もありますが、谷崎さんもちゃんと1人の人間として、「日本いい」とか言いつつ、日本がいいと言っても限界があるのわかってるから、めちゃくちゃ言い訳をどんどん並べる感じになっていって。

平田:(言い訳を)並べて。

工藤:「でもなあ」っていう感じになってきたりとか。

平田:流されていく感じ。なんでブランド作りの教科書になったかっていうのは……でも、この本ってそういう文脈で語られることはほとんどなくて、これをすてきだって言うとその人の格が上がるような本に感じるんです。

「『陰翳礼讃』好きなんですか?」「私も好きです」って、ちょっと賢そうに見えたり、「この感じがわかる人って『わかる人』だな」と思われたり。

それは谷崎さんのブランド力なのか、今までずっとやってきたことの経歴の蓄積が谷崎さんのブランド力となっている。トイレをどっちにするかで悩んでいて、家を何にしよう? って言ってるだけなのに、そうやってブランド力が高められてる。確かに文章がすごくすばらしいし、おもしろいんですけど。

工藤:そっか、そういう視点なんだ。めちゃくちゃおもしろいですね。

平田:おもしろい。「ブランド力ってこういうことか」みたいな(笑)。

工藤:「ブランド力があったら、こんな与太話もこんなに良い本だとか言われちゃうんや」みたいな。

平田:言われちゃう(笑)。

工藤:めちゃくちゃおもしろいですね(笑)。

平田:でも、実際に本当に文章は良くて。あと、日本の情景が本当に目に浮かぶ。すばらしいと思うんですよ。だけど、書いてあることはそういうことだと。

工藤:その視点がきっと平田さんなんですよね。

平田:そうなんですかね。

工藤:めちゃくちゃおもしろい。ありがとうございます。この2冊もどんどん深掘りたいんですが、いったんここで幕引きします。次はチャプター2ということで、著書を中心にいろいろ話をうかがえればと思っております。ということで、今日のゲストは平田はる香さんでした。平田さん、ありがとうございました。

平田:ありがとうございました。

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