2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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田中弦氏(以下、田中):これを頭に入れていただいて。今日は日本と海外の(人的資本開示の)1番いい事例を持ってきたので、これからお話しする1番いい事例を見ていただけると思っています。
課題というと「ネガティブなことを話さなきゃいけない」と思いがちなんですが、そうじゃないです。「これが回復したら企業価値が上がるよね」ということを言えばいいわけですよね。
「何の課題を解くんですか?」と言うと、2つの課題があります。ちなみにこれは個別じゃなくて、2つともあると思います。まずは「企業独自の事業課題を人的資本投資でどう解くか」という話です。
もう1つは社会課題です。先ほど言った、少子化といった「社会課題起因の事業課題をどうやって人的資本投資で解くか」という話です。
まず、事業課題をどうやって解くのか。もう少しかみ砕いて言うと、「戦略実行の説明変数として、人的資本はちゃんと説明変数になっていますか?」と(いうことです)。やったことリストだと説明できないです。
投資してその結果得られた「KPIはこうでした」というのが「説明変数」になるので、そうなってくると、経営戦略の蓋然性を高めるようになります。これは後から実際の例を見ながらご説明したいと思います。
まずラクスルさんの話です。ラクスルさんは、統合報告書の人的資本に関するところの1番最初に課題が出てきます。全部は読みませんが、例えば「アーリーフェーズの事業組織ゆえのハイコンテクスト文化が課題である」と言っています。
要はベンチャー企業なので、創業時はツーカーな仲の人だけで、「あれどう?」と言ったら「あれですね」と。「いい感じかな?」と言ったら、「やっておきましたから」というのが通用する、ハイコンテクスト文化なんです。
ラクスルさんは(スライドに)書いてあるとおり、今484名なので、もうすぐ500名。これから600名、700名となる拡大期を迎えています。そうすると、人材も多様化しているので、ハイコンテクスト文化はダメなんですよ。ハイコンテクスト文化が逆に課題になってしまうんですね。
そうすると、彼らが出しているオンボーディングサーベイのオンボーディング指標が非常に大事になってくるわけですね。入ってくる時に、どれだけラクスルさんの特殊なカルチャーになれるかというのが、76.7パーセントうまくいっているという。
そういう指標を出すと、「そうか、ラクスルさんはこれから拡大期に向かうんだね。拡大期に向かう時に、人的資本に対してこうやって投資をしているから、こういうKPIを追いかけていけば、うまくいきそうだね」というように、ストーリーがスッと入ってきますよね。
スギホールディングスさんは、この間見つけて大興奮しました。たぶんみなさんもスギ薬局の店舗に行ったことがあると思うんですけど、ここの会社はすごくおもしろい開示をしています。
「内部通報制度」というと、普通は制度の紹介じゃないですか。(スギホールディングスさんの資料では)、実は僕にはそう思えなかったです。どうしてかというと、「仕事の悩みとか相談をしている件数がめちゃくちゃ増えていますよ」という開示をしているんです。
私は心理的安全性に関しても知見があるので、これがすごく重要なことだと感じます。要は重大な事故が起こってから相談したら遅いわけですね。心理的安全性の高い組織では、「ちょっと不安だな」とか、「ちょっと、ここはおかしいな」と思った時に相談する件数が増えれば増えるほど、実は重大なミスが減るという研究結果が出ています。
つまり小売ですので、めちゃくちゃオペレーショナル・エクセレンスなわけですよ。かつスギ薬局さんですから、人の命を預かるような重大なことをやられているわけですよね。となると、明らかに心理的安全性が高くて、さらに(スライドの)右側をよく見るとワークエンゲージメントが高い社員の方がいる店舗のほうが、10パーセントくらい売上が上がると出しているんです。
要は「心理的安全性が非常に高い環境で重大な事故を防ぎつつ、ワークエンゲージメントを高めていけば、スギ薬局さんの企業価値が上がっていきますよね」と、高らかに宣言しているわけです。
もちろん、それぞれの事業のタイプによると思います。特に小売だとこういった開示は効きますし、いわゆる同質性の非常に高い組織であれば、こういったかたちの開示は効くでしょう。それぞれぜんぜん違う人的資本表現、コミュニケーションの仕方があるはずです。
今度は社会課題の話をします。非常におもしろい例を出しているのがPALTACさんという、卸の倉庫といったものをやられている会社です。(スライドを)見ていただくと、下のほうに「従来モデルのみでは人員生産性の向上に限界があります」と、はっきり課題が書いてあります。
どうしてかというと、「ドライバー2024年問題」。もしかしたらご存じの方もいらっしゃると思うんですけど、要はドライバーの人たちの働く時間に法律で規制が入りますと。そうすると何が起こるのか?
(スライドを)見ていただくと、「ドライバーの需給予測で25パーセントの人が不足します。4回に1回物が運べないです」と(いうことです)。倉庫の会社で4回に1回物が運べなかったら、売上が25パーセント下がっちゃいますよね。
「じゃあどうするんだ」ということを、今度は人的資本経営の観点でいろいろなことを書いています。ロボットを入れたり、いろいろな業務改革をしたり。例えばここに出てくるのは、入庫予約システムを活用することによって、54分の待ち時間を18分にしますと。こうすると25パーセント減っても大丈夫ですよねと。これは非常に力強い言い方をしていると思います。
つまり人的資本経営というと、エンゲージメントレートや従業員満足度といったことが非常に多く出てきますが、本当にそうなんでしょうか? いろいろ見てみると、その会社のビジネスに即した人的資本があります。それをどうやって表現するのかが重要なポイントなんじゃないかなと考えます。
これをまとめてきました。人的資本開示は「株主の人たちにアピールすることです」となってしまいがちなんです。
しかし言っていることとやっていることが違うと、エンゲージメントスコアとか、社長や経営陣への信頼度が下がります。
何のためにやっているんだという話ですよね。なので、ちゃんと社員と株主の両方を見て社員に向き合わないと、人的資本経営にはならないと思っています。
海外の事例を300社見ました。先ほどのスギ薬局さんの例をちょっと思い出していただきたいんです。普通、内部通報制度というと、みなさんどう思われますか? 社長が「すみませんでした」と謝っている図が思い浮かぶ方がすごくいらっしゃると思うんですよね。
でもよくよく考えると、「何か相談できる」、若い人たちから「これおかしいじゃないか」と言えるのは当たり前ではないでしょうか。
僕は海外の事例を見て、「Speak up culture」と書いてあるのを発見したんですよ。「内部通報制度」じゃないんですよ。「Speak up culture」なんですよ。つまり、「全員で作るものだ」とちゃんと言っています。
Smithというイギリスの医療機器メーカーを見ていただくと、95パーセントの社員は、「私は倫理に反するビジネス行為を見かけたら通報することができます」と書いています。
おもしろいのは、Speak Outというところに179件と書いてありますが、実は前年は88件だったんですね。88件から179件に増えたら、日本だと速攻で謝っていますよね。もしくは(株価が)ストップ安になりますけど、そうじゃないんです。(この会社は)「179件に急増したことをうれしく思っています」と統合報告書に書いています。
もう1つはFresnillo(フレスニヨ)というメキシコの鉱山の開発会社です。こんな会社もリサーチしてみました。だいたい想像がつきますよね、いわゆる非常に男臭い業界です。しかも基本的には山が富を生むので、極端に言うと人的資本に本当はあまり興味がないはずなんです。
これ(スライド)を見ると、赤い線が相談とか通報の件数です。年々どんどん増えています。一方で青いのは実際の処分の件数です。年々減っていますよね。これが人的資本、心理的安全性の正しい使い方です。
要は相談件数も増えないのに、勝手に社員が意見を言ってくれる環境には絶対にならないです。相談のしやすさもちゃんと設計されていると思います。
アストラゼネカさんも、「我々の強みは何だ」という人的資本開示に、2021年「パフォーマンス」というところに書かれています。83パーセントの従業員は「アストラゼネカには素直に発言できる」と。「Speak up cultureがあると感じています」と言っています。
当然ながら、アストラゼネカさんはメーカーなので、事件・事故が起こったら本当にマズいわけですよね。事件・事故を起こさないためにも、こういった社員が多いんです。だからこそ、戦略が実行可能な可能性が、普通のところよりも高いです。「100パーセントじゃないのか?」というところは置いておいて、少なくともという話です。
申し上げたいのは、スピークアップ「カルチャー」なんです。人的資本経営も人的資本開示もいろいろありますけど、重要なのは土台であるカルチャーが崩れると、そこにいくらスキル投資をしても、やっぱり崩れちゃうと思うんですよね。
Unipos社のまとめです。「風土があって文化があって能力があります」と人的開示をするわけです。人的資本の向上になるわけですけど、風土と文化、セットで組織能力を高めていかないといけない。
心理的安全性の話を少しだけ申し上げると、結局、沈黙を選んだほうが出世に得なんですね。例えば上司を1段階飛び越えて意見を言って、あとからその上司に「お前ふざけんなよ。俺のメンツを潰す気か」と言って詰められたら、「この会社は黙っておいたほうが得なんだな」と学習していきます。
この学習が何十年も続くと、「なんか意見ある?」と言っても、「いえなにも」という風土なるのは明白ですよね。なので、みんな「どっちが軽い、どっちが重い」という計算を絶対にしていますから、それを直していかない限り、人的資本に関して投資をしても、なかなかうまくいかないと思います。
あともう1つ、これもエンゲージメントサーベイの開示手法がぜんぜん違いました。海外300社、日本1,000社の開示を読んだらわかったんです。非常におもしろいなと思ったのでシェアします。何が違うかというと、欧米では主語が従業員なんですね。先ほどのアストラゼネカさんもそうでしたよね。「従業員の85パーセントがこう思っています」と。「確かに。だったら御社はうまくいきそうですね」とコミュニケーションできるんですけど、日本の場合だと、主語が会社なんです。
「我が社のエンゲージメントスコアは4.2でした」とか、「我が社は、ランキングで表彰されました」といったものばかり出てくるんです。別にどっちが悪いという話じゃないんです。表現の仕方なんです。でも(スライド)左側は、明らかに「その会社の戦略の確からしさ、企業価値をちゃんと伸ばすために」という説明変数に使っていますよね。説明変数に使うか使わないかの話だけで、別にどっちがダメだと言っているわけじゃないです。
僕は今3月末決算の会社が2,300社のうち数百社の有価証券報告書をよんでいます。現実として、まず日本ではエンゲージメントスコアとか従業員満足度を開示している会社は10パーセントくらいです。さらにこの説明変数に使われている会社は1パーセントもないと思います。
という感じなので、いかに従業員に対して向き合って、従業員がどういう環境でどういう状況かを開示していないのかは、おわかりいただけるかなと思います。
第一生命さんは、実は1年前に不祥事を起こしているんです。それもあって組織風土が変わってきていると感じている社員の割合が39パーセントです。39パーセントが高いのか低いのかじゃないです。これが高まっていけば高まっていくほど、投資家からの質問、社員からの質問に答えられますよね。
みんながそう思っているんだよねと。社長が思っているんじゃないですよ。社長が「うちはうまくいっている」と思っていたって、それはわからないですよね。
SUBARUさんも似たように、「思っています」という開示をしています。ダイバーシティに関してもそうですね。「会社はダイバーシティ&インクルージョンに関してコミットしてくれると私は感じています」という人が84パーセントいるとか、「このチームでは声を上げても大丈夫だと信じています、感じていますという人が何パーセントです」といった開示がめちゃくちゃ出てきます。
僕だったらこれを開示したいなと思ったんですけど、「自分の仕事が戦略実現にどのように寄与しているか知っていると感じている、わかっている」と。たぶんみなさんの会社でも、それはわかっていてほしいですよね。なので学びでいいと思うんですけど、欧米がすごいという話じゃないです。
ちなみに欧米でも、300社以外のランダムで見た開示でいうと、人的資本開示はほとんど出ていないです。ちゃんとその指数に採用されている会社だと、やっぱりちゃんとこういうふうに開示されているところが多いです。
なので「コミュニケーション上、有意義なものになっていますか?」と。我が社自慢じゃなくて、課題克服や経営戦略の実現可能性を高める説明変数になっているかを見ていただきたいんですね。
僕が見ている統合報告書ではなくて、有価証券報告書だと、例えば「ダイバーシティ&インクルージョンはあります。非常に大事だと思っています。女性管理職比率は何パーセントにします」と。これがほぼ9割の方たちのスタイルです。
本当にそれでいいんでしょうか? 別に女性活躍だけじゃないですよね。例えば「人がこれくらい減ります。そのために女性に活躍してもらわないといけないんです。だからこそこれだけやっています」だったらわかるんですけど、いきなり「女性管理職比率何パーセントです」という目標だと、それはわからないと思っています。
榎本:田中さま、ありがとうございました。
(会場拍手)
田中:ありがとうございます。
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