2024.12.19
システムの穴を運用でカバーしようとしてミス多発… バグが大量発生、決算が合わない状態から業務効率化を実現するまで
株式会社ヒューマノーム研究所 代表取締役CEO 瀬々潤 氏(全1記事)
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アマテラス:はじめに、瀬々さんの生い立ちや、現在の仕事に繋がるような原体験などについてお聞かせいただけますか?
瀬々潤氏(以下、瀬々):クレヨンしんちゃんで有名になった埼玉県春日部市出身です。学校から帰ったらランドセルを放り投げて遊びに行くような子供でした。
父はコピー機を修理する仕事をしており、いつも手を真っ黒にしてメカを触っている姿を見ていました。私が機械好きなのは、父の影響だと思います。
原体験として思い出すのは、小学生高学年の頃に親からもらったMSXというパソコンとの出会いです。プログラムを打ち込み動かすというおもしろさに夢中になりました。
中学時代はハマり過ぎて他のことが手につかなくなり、「パソコンを取るのか、勉強を取るのか」と親に迫られる状況に。その頃から凝り性で、ものづくりが大好きな子どもだったのだと思います。
大学に入学したのは1995年、まさにインターネット元年というタイミングでした。
インターネットが世の中に急速に広がり、コミュニケーションツールがポケベルからPHS、そして携帯電話と変わって行く様を目の当たりにし、「大きな技術はこんなにも世の中を変えるのか」と感嘆したことを覚えています。
瀬々:学生時代は複数のベンチャー企業でアルバイトをし、プロジェクトを運営しました。ベンチャーが市民権を得る遥か前、まだYahooでさえ黎明期でしたが、起業した先輩を手伝ったりしながら「会社ってこんなふうにスタートするのか」と学ばせてもらいました。
新しい事業がスタートするときの「行くぞ」という高揚感や、ベンチャーならではのワクワクするおもしろさを経験できたことは、間違いなく現在の仕事に繋がっています。
アマテラス:かなり早い段階でベンチャーの世界を経験されていますが、そのチャレンジ志向はご家庭の教育方針などが影響しているのでしょうか。
瀬々:両親は逆に安定志向が強く、東京大学に入学する際も「東大より医学部に行って欲しい」と言われたくらいなので、教育方針等の影響はなかったと思います。
振り返って「ここがターニングポイントだったかもしれない」と思うのは、高校時代に参加した「数理の翼」のセミナーです。
フィールズ賞を受賞した数学者・広中平祐先生が始めた、数学が好きな高校生や大学生が集まり著名な研究者の講義を受けたり研究発表を行ったりする合宿セミナーです。
そこで出会った天才的な才能の持ち主たちに衝撃を受け、それと同時に「このおもしろい人たちが能力を発揮できるような場所、才能を融合できるような場所を作ってみたい」という思いが芽生えました。
アマテラス:大学卒業後はアカデミアの世界に進まれたのですね。
瀬々:ベンチャー起業も考えたのですが、研究も同じくらいおもしろいと感じたので、ひとまず研究の道に進んでみることにしました。
多くの人が、アカデミアとベンチャーを別物として話をしますが、私の中では割と近い存在で、研究室の運営とベンチャーの経営に大きな違いはないと感じています。
ベンチャーで働く楽しさを知ったことで、大企業に就職するイメージはまったく湧かず、安定を望む親の期待には応えられませんでした。
博士課程では機械学習アルゴリズムの開発と生命科学分野での共同研究を行い、修了後はお茶の水女子大学や東工大でPI(Principal Investigator:研究室の主宰者、研究責任者)、産業総合研究所で研究チーム長などを務めました。
いずれも、そこに私自身の強い意志があったというよりは、恩師や先輩、友人などに背中を押されて決まったもので、周囲の人に助けられて順調にキャリアを積めたことに感謝しています。
アマテラス:ヒューマノーム研究所の起業に至る経緯を教えてください。
瀬々:アカデミアにいると、「新しい技術を作って論文を書く」こと、いわば「研究を継続するための論文」が日常となり、新技術の影響範囲がアカデミアの世界に留まってしまうことがありました。
研究と実社会がどんどん乖離し、自分が社会と関係のないところで動いている怖さを感じるようになりました。そんな日常を脱却し、「このおもしろい技術を世の中に広め、人々の役に立ちたい」と思ったことが起業の1つのきっかけです。
世の中の流れに後れを取らないスピード感で研究がしたいと考えたことも、大きな理由です。
データサイエンスの盛り上がりやインターネット・IoTの発展により、研究の主戦場は大学から企業に移りつつあります。
生命科学でも次世代シーケンサー(数千~数百万ものDNA分子の同時配列決定を可能とする基盤技術)や、シングルセル解析(1つの細胞に含まれる全遺伝子の発現量を定量解析する手法)等の機器に代表されるように、研究が企業発の新機材に支配され始めました。
私が東工大から産総研に移ったのも、「より自由度の高い研究を」という思いが理由でしたが、世の中の流れは想像以上に速く、「同じスピードで研究するなら起業するしかない」という結論に至りました。
アマテラス:産総研で研究を続ければ資金面での心配はありません。そういう面で、迷いはありませんでしたか?
瀬々:実は10年ほど前から、国からの研究助成金が企業にも支給されるようになりました。
私が産総研で行っていたプロジェクトの一部を今の会社に移管し、研究の所属が産総研からヒューマノーム研究所になったという経緯があり、創業直後は国から助成を得てスタートすることができました。国がベンチャー企業へ研究資金を提供する門戸を開いてくれていたおかげです。
また、当社はスタート時に株式会社リバネスにサポートをいただきました。リバネスCEOの丸幸弘さんとは学生時代からの付き合いです。
リバネス起業後も時折やりとりする中で、「そろそろ自分も会社を作ろうかと思っている」という話をしたところ、ぜひ一緒にやろうとお声がけいただきました。
そういった意味では、ほぼ自己資金とは言え創業段階で国とリバネスから一定のサポートが約束されているという大変恵まれた環境だったと思います。
アマテラス:ヒューマノーム社創業から5年半が経過しましたが、ここに至るまでにさまざまな壁に突き当たってこられたと思います。最も苦労されたのはどんな部分でしたか?
瀬々:事業の立ち上げと拡大には苦労しましたし、今でも難しいと感じています。特に困難を感じたのは、新しいことに一緒にチャレンジしてくれる会社がなかなか見つからなかったことです。
機械学習やノーコード系のプロダクト等の新しい概念に対して「おもしろいね」と言ってくれる人はいても、「お金を出すよ」と言ってくれる人は本当に少なく感じています。
新しいことは、短期的な利益や業務効率化に直結しないことも多いので、メリットを感じていただくことが難しいのだと実感しました。
ある程度予想はしていたものの、正直ここまでとは思わず最初は悩みました。しかし、新しい概念を出しただけではお金は稼げません。
それまでの人の繋がりなどを頼りつつ、受託とプロダクトの中間、お客様のモヤっとした困りごとに対して我々の技術やツールを利用して解決策の提案をするという仕事を始めました。
初めは生物科学系を中心に取り組んでいましたが、最近は建築系など別業種のお客さまから「AIを取り入れて何ができるか?」といった相談を受けたりすることが増えて来て、少しずつ事業立ち上げのハードルを乗り越えつつあるという状況です。
アマテラス:お客様を増やすために、どのような努力をされたのでしょうか。
瀬々:初めは、研究者仲間や付き合いのあった企業さん経由でお話をいただくことが大半でしたが、2年目くらいからは関係先以外からの相談も少しずつ増えて来たので、いろいろな提案をしながら地道にお客様を増やしています。
また、うちのメンバーもすごくがんばって情報発信してくれています。16人という社員数を考えると、ホームページの発信量はかなり多いほうだと思いますし、昨年はニュース記事も平均週1件ペースで配信しました。
「こういうサービスを始めました」「こんなことをやりました」と発表できるものがそれだけあるということ、発信力のあるメンバーが揃っていることを誇りに思っています。
アマテラス:仲間集めの壁に悩む経営者が多い中、そのような優秀なメンバーをどうやって集めたのでしょうか?
瀬々:最初のメンバーは産総研の元同僚です。ベンチャーは未経験でしたが、もともととても能力の高い人だったので、新しい環境にもすぐに適応して育ってくれました。
副社長の佐藤(牧人)とは共同研究に取り組んでいた関係で知り合い、「生体計測で人々の生活を幸せにしたい」という思いに共感した縁でジョインしてもらいました。
あとは、私の研究室にいた学生やアマテラス経由でのリクルーティングなど、いろいろな方法でコツコツと採用を進めています。
瀬々:とはいえ、私にとっても仲間集めは創業以来ずっと抱えている課題です。会社にはプロダクトを作る人・運用する人・営業・事務・経理等々あらゆる役割の人が必要で、すべてのピースが揃って初めて経営が回ります。
経営者の立場になって初めて人集めの難しさを理解し、研究者を主宰している時には、研究組織を支えるさまざまな方々のサポートが見えていなかったのだと痛感しています。
また、当社には住民の生体計測の実施など、純粋なITとは少し違った業務があるため、「ITだけではなく、生活に密着した部分にも魅力を感じてくれるITの人」を見つけるのが意外に大変です。
現在のメンバーは生活に密着し、社会に役立つ仕事に魅力を感じて集まって来てくれており、大変心強く感じています。
アマテラス:この激しい競争の中で、どのように技術力の優位性を保っていらっしゃるのでしょうか。
瀬々:私がアカデミア出身のため、国立がん研究センターや医学系大学を含めさまざまな大学との繋がりが今でもあり、共同研究などを通じて最先端の技術や情報に触れながら事業を進めることができています。
一般的には、企業と大学が先端技術の情報交換をするためには契約を結ぶなど、煩雑な手続きを踏むケースが多いですが、研究の勘所を知っているので共同研究をスムーズにスタートできることが、我々の強みだと思っています。
アマテラス:数年にも及ぶコロナ禍に苦しんできた経営者は多いです。ヒューマノーム社ではどのような影響がありましたか?
瀬々:在宅勤務が続いたことで、社員間に距離が生まれたこと、それにより離職者が出てしまったことなど影響は少なからずありましたが、悪いことばかりでもありませんでした。
当社はスタートアップの中ではめずらしく、福利厚生が充実した会社です。能力があればフルタイムで働けなくても活躍できる場所を作りたいという思いから、そういう方にも無理なく働いてもらえるシステム作りを心がけてきました。
現在も、持病を抱えている人や定期的に通院が必要な人、子育て中で時短やリモートで働く人、そういう人たちが大活躍してくれています。早くからリモートで働ける体制を整えていたことで、結果としてコロナ禍にも比較的スムーズに対応できた気がします。
一方で、バリバリ働いてくれているメンバーに業務が集中してしまう局面はどうしても発生するため、その人たちをどのようにサポートしていくかをしっかり考えなければと思っています。
コロナは落ち着いて来ましたが、すべてのメンバーが能力を発揮できるような組織づくりに、引き続き取り組んでいくつもりです。
アマテラス:瀬々さんが描く、ヒューマノーム社の未来像を教えてください。
瀬々:私たちの目指す健康社会の実現のためには、「この会社っていつもおもしろいことやっているよね」と言ってもらえる会社を作ることが何より重要だと考えています。
現在当社は、「プログラミングなしで開発できるノーコードAI解析ツール」や「先端デバイスを用いて生体計測を行い、解析結果をフィードバックするサービス」などを展開しています。
一見まったく違うサービスですが、私にとってこれは表裏一体で、計測データとAI解析技術の両方が揃って、初めて「みんなが健康で幸せになれる世界」が見えてくると考えています。
どちらが欠けても私たちの目指す未来は実現しません。「どっちもおもしろいね」とみなさんに思い続けてもらえる、そういう会社にして行きたいとがんばっているところです。
アマテラス:「おもしろいこと」を継続するには、どんな課題があると感じていらっしゃいますか?
瀬々:そもそも、データのおもしろさに気がついている人が世の中にまだまだ少ないということが、大きな課題だと感じています。
アマテラスでも「どんな人が登録しているか」「どんな業種からの求人が多いか」など、日々データ収集されていると思いますが、一般的にはデータの重要性を意識して生活している人は、まだそれほど多くありません。
瀬々:データのおもしろさが浸透すれば、「生体計測をすれば自分の健康に良いことが起こるかも」と、積極的にデータ計測をする人も増えるでしょう。
生体計測の解析結果を見ることにより、みんなが自発的に「今日はちょっと早めに寝てみよう」「もう少し運動しよう」と健康的な生活を送るようになる、そんな世界の実現に向けてお手伝いができればと思っています。
多くのデータが集まれば、さらにみんなにとっておもしろいアイデアが生まれるという好循環も期待できます。この「データっておもしろい!」というワクワク感を感じてくれる人を1人でも増やすことが、私たちのチャレンジだと考えています。
アマテラス:フィンテックスタートアップの方から、「個人の方が支出管理アプリをインストールするだけで、年間30万円以上節約できるケースが多い」と聞きました。データの見える化は、意識の高まりや行動の変化を促すということですね。
瀬々:はい。生体計測の現場でも同様の印象を抱いています。私たちは被験者の日常が知りたいのですが、デバイスを身に付けるとどうしても「計測されている」という意識が芽生えるらしく、行動が健康的になる傾向があります。
以前にがん患者さん達を計測させてもらった時に、SNSを通じて各人の歩数を見える化するという試みを行ったことがあります。
すると、「今日は病院から〇〇まで歩いた」「雨だから歩けなかった」等のコミュニケーションが生まれ、先生から「免疫を高めるために歩きましょう」と言われても効果の実感が薄かった患者さんたちに「歩こう」という共通認識が生まれてがんばれた、という話がありました。素晴らしいデータの使い方の1つですよね。
使い方によっては、楽しくも苦しくもなり得るものですが、苦しい部分も含めて自らデータを知り、幸せに繋げていくことができる大切なものなのだと理解してもらえるよう、遠回りかもしれませんが、今後も地道に努力を続けていこうと思っています。
アマテラス:中長期的な課題についても教えて下さい。
瀬々:現在の当社はまだ事業を立ち上げ、展開することに精一杯という状況ですが、今後はモチベーションの高いメンバーが集まり、みんなでしっかり成長していかなければと感じているところです。
アマテラス:瀬々さんの考える「理想の組織」とは、どのような組織ですか?
瀬々:それぞれが自分の強みや専門性を持ちつつ、お互いを高めていけるような組織です。組織の中で働きながら気づきを得ることで、自分を高めることができる、互いの専門性を生かして相乗効果を生み出せる、そんな組織を理想としています。
研究というと、同じ分野の研究者が集まり専門性を突き詰めて世界トップを目指すといったケースが多いのですが、私の携わっていた研究は、機械学習のコアな部分を研究しながら、医療系・農学系・生態学系などの研究者と共に新しい生命科学を目指してお互いを高め合う場所でした。
そんな中で経験した、異なる分野の専門家が理解しあった瞬間、新しい扉を開いた感覚は、とても新鮮かつ貴重なものでした。うちのメンバーにも、あのワクワクする楽しさをぜひ経験してほしいと思っています。
文化が違うと言葉も違ったりして大変なことはありますが、お互いの努力でその壁を乗り越え、その結果生み出されるプロダクトは、間違いなくこの会社を高めてくれるはずです。
アマテラス:求める人物像についてもお聞かせください。
瀬々:当然、過去の職歴や専門性も確認しますが、それ以上に「相手の話にちゃんと耳を傾けられる人」を求めています。コミュニケーションを大切にし、一緒にチームを作っていける人、今はそういう方が必要だと考えています。
アマテラス:現在の社員数は16名とうかがいましたが、今のタイミングでヒューマノーム社に参画する魅力や働きがいは、どこにあるとお考えですか?
瀬々:今後、我々もさらに拡大していくと思いますが、一方で組織として未熟な部分もあります。先日も社員に匿名のサーベイを行ったところ、いくつもの改善点が見付かりました。現在は、その解決に取り組んでいます。
とはいえ、これは決して悪い話ではなく、社員も組織もまだまだ伸びしろがあるということだと理解しています。この組織を一緒に作り上げ、成長させることに魅力を感じて下さる方にとっては、今の当社はとてもおもしろいタイミングにいるのではないかと思います。
また、当社は大規模な資金調達をせずに問題なく運営できている、なかなか稀有なAIスタートアップです。
一般的にこの規模になると、大規模調達をしてゴールを決め、「そこに向けて走るぞ」「いつまでにIPOを」というスタートアップが多いかと思いますが、当社は目先のゴールに囚われずに事業のグロースに専念できますし、新しい能力が加われば新しい方向性を目指せるという、自由闊達な雰囲気や柔軟性があります。
先ほどもお話ししたように、福利厚生も大変充実しています。私たちも精一杯サポートさせていただきますので、弊社に参加してくださる方々には、思う存分能力を発揮していただけたらと思います。
アマテラス:本日は、大変貴重なお話をうかがうことができました。ありがとうございました。
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