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『対立の炎にとどまる』出版記念オンラインセミナー〜対立のエネルギーを力にする「戦略的組織開発」(全5記事)

組織変革が起こりかけても「いやいや無理です」と元に戻る リーダーのビジョン達成の邪魔をする「サイクリング」の構造

バランスト・グロース・コンサルティング株式会社が監訳したアーノルド・ミンデルの名著『対立の炎にとどまる』の出版記念イベントが開催されました。翻訳を務めた西田徹氏より、アーノルド・ミンデルによって創り出された心理学「プロセスワーク」をビジネスに活用する方法について解説されました。本記事では、プロセスワークを活用した、2通りの組織変革の打ち手を解説しました。

慣れ親しんだ場所に居続けることを「邪魔」する存在

西田徹氏ここまで理論パートでした。3つのコペルニクス的転回と、「コダックはしっかり対立できなかったよね。主流派と非主流派の対立ができなかった、残念だね」っていう話となります。IBMの事例はは、通常なかなか戦略が実行されない場面で、「組織ファースト」をやったことによりV字回復したという、そんなお話をさせていただきました。

ここからいよいよプロセスワークっぽい話がガンガン出てまいります。話題は2つに枝分かれしておりまして、まずは「リーダーへのアプローチ」のプロセスワークコーチング、それに続きまして今度は「組織へのアプローチ」、プロセスワークを活用した組織開発ワークショップということで、進めていきたいと思います。

プロセスワークをご存知の方には、1次プロセス、2次プロセスといったお話ですけど、初めて聞く方もいらっしゃると思うので(説明します)。

プロセスワークのベーシックなコンセプトを我々も活用しています。これはプロセスワークのビジネス活用を教えてくれた、スティーブン・スクートボーダー博士がよく使われているもので、『三匹のヤギのがらがらどん』を使った、1次プロセスと2次プロセスの図です。この話を少しして、これをもとにプロセスワークコーチングのお話をしていきたいと思います。

まず「1次プロセス」というのは、ふだんの心地良い、よく知っている、慣れ親しんでいるものです。この3匹のヤギたちはある場所に住んでいて、その場に慣れ親しんで、楽しく過ごしていました。

そこに「ディスターバー」、妨害が現れました。この3匹のヤギの話で言うと、ご飯となる牧草がなんらかの理由で枯れてなくなってしまった。つまり1次プロセスに居続けること、慣れ親しんだ場所に居続けることを邪魔するものが起きます。「変革」というものは大抵の場合、そのようにできています。

変革が起こりかけても元に戻ってしまう「サイクリング」の構造

そうしますと、川にかかっている橋の向こうのあまりよく知らない、慣れていない土地にはおいしそうな牧草が茂っている。これが「2次プロセス」になります。Emergeという動詞は「現れ出る」という意味を持ちます。現れ出ようとしているものが2次プロセスです。

ところが、ことはそう簡単にいきません。慣れ親しんだものと現れ出ようとしてるものの間には、この絵で言うと川が流れているところに「目に見えない壁」があって、渡ろうとするものを邪魔する、トロルがいる。トロルが、渡ろうとしてるヤギちゃんに「お前たちを食ってやるぞ」と言うので、「怖い怖い」と言って元の場所に戻ってしまいます。

このように変革が起こりかけても元に戻ってしまうことを「サイクリング」という言い方をします。1次プロセスから2次プロセスに変わろうとするんだけど「やっぱり戻ろう」と、これはどんなことにおいても起きます。このような構造が存在することを理解しておきましょう。

プロセスワークコーチングを行う際に、専門のトレーニングを受けたコーチはこのことをわかってます。例えばこんな佐藤専務の例があります。私がプロセスワークコーチングを教える側、ファカルティとしてオブザーブしていたものですね。

実際の「サイクリング」が起こる例

個人のプライバシーが毀損しないようにかなりの脚色を入れてますけれども(笑)、本当に起きたことを例にして脚色してます。こんなふうなコーチングの見立てをしながら、コーチングをしていくわけですね。

1次プロセスとしては、お父さんである社長がある会議の司会していましたが、だらだら続く中期経営計画会議を彼は「困ったなあ」と長らくずっと思っていました。この「困ったなあ」は非常に慣れ親しんだ状態ですね。なのでこれをコーチングのテーマに持ってきました。

で、ディスターバー。この場所に居続けることを邪魔するものとしては、本当に時間のムダだし、いつも矢面に立たされて社長から怒られる社員がかわいそう。なんとかせにゃいかんと強く思われて、2次プロセスに移行しようとするようなコーチングでした。2次プロセスは「ご自身が司会する効率の良い中期経営計画会議」ということですね。

あとはビジョンとしてはアトラクターと言われるもの、魅惑するものですね。さらにビジョンとしては、中期的には自分がお父さまの跡を継いで社長に就任なさるということもありましたけども、そこを邪魔するトロル、あるいはエッジがありました。

具体的には、これは多少脚色してますけど、このようなことをコーチングの中でおっしゃってましたね。「じゃああなたは次回の会議から中期経営計画の司会をなさるんですか」とコーチが聞いたところ「いやいや、それは無理です」と。「私は、製造担当なので中期経営計画に直接関係ないんですよね」って言って、サイクリングして戻っちゃいましたと。

でもまた「このままだとヤバいんですよ、ダメなんですよ」とかっておっしゃるので、またコーチが「ではいよいよ中継計画会議の司会をなさる決意をなさったんですか」とか聞いたところ「いやいや無理です」と。「自分がしゃしゃり出たら父親である社長の顔が潰れますので、そんなことはできません」みたいなことでサイクリングしていくわけですね。

プロセスワークコーチングのアプローチ

プロセスワークコーチングのコーチとしてはいろんなやり方があります。ディスターバーという1次プロセスの中に居続けることを邪魔するものを増幅して、例えば「社員Aさんがかわいそうとおっしゃいましたけど、そのかわいそう具合をもっと教えていただけますか」というところで増幅する手もありますし、「効率の良い会議が起きると具体的にはこの会社はどんなふうになるんでしょう」っていう、2次プロセスにあるアトラクターの部分を増幅することができますし。

あるいはご自身が社長を継いだ10年後を想像してもらって、このアトラクターの部分、あるいは2次プロセスをありありと味わってもらうやり方もありますし。「社長の顔を潰すことになるのはどうしてそんなにイヤなんでしょうか」と、エッジそのものについてワークすることもできます。

プロセスワークコーチングのトレーニングを受けたコーチというのはそのように、プロセスワークの構造をしっかり理解した上で、さまざまな部分をその瞬間その瞬間に、「ここにアプローチすることが適切である」と判断したところにコーチングの流れを持っていきます。これさえも、Taoの流れが勝手にそういったところに導いてくれたりします。

エッジのトンネルを潜り抜けるコーチングのミニデモもしようかと思ったんですが、時間の関係でたぶん次へ進むことのほうが重要かな、あるいは最後のほうでみなさんとの議論をすることのほうが重要かなと思いますので、これは一旦飛ばしていきましょう。

ヒラリー・クリントンの例から考える「対立」の扱い方

1つ、生々しい体験もみなさんにしていただきたいと思います。今回この書籍は『対立の炎にとどまる』ということですので、プロセスワークコーチングの中で実は「対立」を扱うという大事な場面もあります。

『対立の炎にとどまる――自他のあらゆる側面と向き合い、未来を共に変えるエルダーシップ』(英治出版)

対立だけを扱っているわけではないんですけども、そこをなんとプロセスワーク創設者のアーノルド・ミンデル本人が対立をテーマにデモンストレーションしているものがありますので、そこに入っていきたいと思います。ミンデル本人によるロールスイッチを見ていただきます。

(映像再生)

例を挙げて説明しましょう。アメリカ合衆国の大統領選挙に立候補したヒラリー・クリントンの例です。彼女はすばらしい女性です。そしてBLM運動(黒人の命は大切だ)のリーダーです。彼もすばらしい男性です。

インターネット上でヒラリーとその男性が会話をしました。ヒラリーは言います。「今日はどんなことを考えていますか?」。黒人男性は言います。「私の考えは、黒人の命は大切だということです。白人は、わかってない! 白人の黒人に対する扱いを見ていると、奴隷制度は今も存在しています」。我々は変化をもたらせねばならない。ほかのさまざまなことと共に、心の変化を起こさねばならない。すばらしい話ですね。

ヒラリーがこう言います。「心は大切だけど、我々には法律が必要です! 法律を作る。それを今すぐやらねばなりません」。法律は変化をもたらし人々を助けます。すばらしい考え方です。

「ううう。白人はいつも黒人に対して、あれをしろ、これをしろと指図する。痛い! なんてこった!」ヒラリーは言います。「我々には法律が必要です。心は重要ではありません」。

もしワールドワークの知識があったとしたら、ヒラリーはこうしたでしょう。こう言ったでしょう。「あなたが歴史に関するなにかをコメントしたのを聞きました。アメリカ合衆国の奴隷制度に関するなにかです」。これがロールです。どこかにあるゴーストロールです。

「エンプティーチェアー」の考え方

ヒラリーが言います。「少しの間、あなたの立場に立ってみてもいいでしょうか? 私は白人だし、女性としてはたくさん苦しんできたけど、うまくできるとも思えないのですけど。白人だからうまくできないと思うけど、あなたの立場に立ったらどんな気持ちになるか、試させてください」(ヒラリーは黒人男性ロールに入る)。

「奴隷制度……ヒラリー、あなたは想像できますか? 誰が好んでやるでしょう。このゴーストロールに入りたいと思う人なんて誰もいません。落とされ、傷つけられ……」これ以上の詳細はやめておきますが、そしてヒラリーは元の場所に戻って言います(相手の側の気持ちから洞察を得て)。

「確かに私が言ったように法律は必要です。でも心の変化も必要なのがわかります。より多くの人たちが、あなたたち黒人が経験してきたことを感じられることが必要です。あなたたちが体験したことは、我々の歴史の中にあることです。その時に初めて、我々は全体として変化できるのです」。

私が今演じたこのシナリオでは、ヒラリーは黒人男性のロールを取り上げ、ゴーストロールに深く入りました。ゴーストロールとは、背景にある深い夢。決して取り扱われることがなく、その結果、感情の変化が十分には起きないというものです。認識(心)の変化と法律。両方すばらしいです。でもさらになにかが必要です。

(映像終了)

今ミンデルが披露してくれたものは、実は「エンプティーチェアー」と呼ばれるものとして活用されます。これは本当にパワフルなので、少し丁寧にご説明しますね。

違和感を全部吐き出させると、第三者的にものごとを見る余裕が生まれる

私自身もこのエンプティーチェアーのコーチングを受けた時は、本当に目からコンタクトレンズがボロボロと落ちるぐらい、対立してる相手に対する気づきが起き、激しい反省が起きました。その対立している相手とも非常にうまくいくような体験をしました。

仮にAさんとBさんが対立しているとしますね。例えばAさんはあるメーカーの製造の人で、Bさんは営業の人で、「いい加減に売ってくる」とか「むちゃくちゃ短納期」とか「お客さんのわがままやむちゃくちゃを単に聞いてきて、製造に押しつける」等でイライラしてるかもしれません。

あるいはAさんは子会社の方で、親会社から来た役員のBさんに腹が立ってるかもしれません。「あんたどうせ3年経ったら親会社に帰るんでしょ」「あんた本気で経営する気ないよね」みたいに憤ってるかもしれません。本当にさまざま。あるいは若手が課長層に対して憤ってるかもしれません。「あんたは私たち若手が出した意見をことごとくひねり潰して、結局なにもやる気ないじゃん。ひねり潰すだけがあんたの仕事ですか!」みたいに思ってるかもしれません。

このやり方のすばらしいところは、対立している片側の人だけに対してのコーチングです。この場には本当のBさんはいないです。なのでいくつかの例を挙げましたけど、この方が製造の人だとして、営業の人にムカついてるわけです。でも営業の人は実際にはいませんので、営業パーソンのBさんがAさんのいら立ちを聞いて傷ついたり腹が立ったり、関係が悪化するリスクはゼロです。

でもこのAさん、製造の人は営業の人が座っていると仮定した空っぽの椅子に対して腹が立ってることをもう全部言い尽くします。これがエンプティーチェアー。コーチに促されて言いたいこと全部言い尽くして、非常にスッキリする。ミンデルの言うところの「薪を燃やし尽くした状態」になると。

そうすると不思議なもので、当事者として腹が立っていた時はまったく見えなかった、第三者的にものごとを見る余裕が生まれてきます。私自身がこのコーチングを受けた時に……このあとBさんの椅子に座るんですけども、すごく劇的なことが起きたのはなぜなのかなとずっと不思議だったんですが、たぶん薪を燃やし尽くしたからだなと感じます。

相手の立場になってみてわかること

ちょっと話は余談になりますけど、囲碁でも「岡目八目」っていう言葉ありますよね。囲碁を打っている当事者じゃない第三者の人は8目先まで見えるっていう、たぶんそれなんですね。当事者としての憤りが燃やし尽くされてると「俺とBさんとの対立って、実はこんな姿なんだ」っていうのが見えるように、岡目八目状態が生まれたところでスイッチします。

Bさんロールになります。なので製造のAさんは営業マンになりきります、ということですね。うっかり「営業マンの私としてはこんなふうに見えます」みたいなことを言い始めると、コーチが「いやいやそうじゃなくて、本当に営業担当のBさんになってください」っていうことですね。向かいにはもうAさんいませんけども、ここに製造のAさん本人がいると思って「Aさんね、あなたそうおっしゃるけど、このことわかってんの」みたいなことを言うことですね。

薪が燃やし尽くされておりますので、もともとは知っていた情報とかAさんの偏見で解釈していたものが、中立の立場で今、Bさんロールを取っている。営業マンになってみたAさんに一挙に流れ込みます。

劇的な、これは本当に体験なさってみないとわからないところなのですが、これは本当にビックリするような体験ですね。「おお、そうだったのか。Bさんが経験しているのはこんなことだったのか!」というBさん側の気持ちが、非常に深いレベルで理解されます。

何も新しい情報は入っていないんですけれども、中立に情報を咀嚼する余裕ができるのと、場所が持つパワーですね。営業マンの椅子に座ったというパワーが、より非常に深いレベルで理解が起きます。

深い気づきを得たAさんは、またAさんの椅子に戻り、建設的な言葉を語りかけるということです。このAさんは非常に劇的な変容を遂げています。実際に本当にBさんと対面した時に、これは不思議なことで、みんなよく空間がつながっています。いかに何億光年離れようともこっちの物質がくるっと回ったら、こちらもくるっと回るというような量子力学の「非局所性」という理論があるんだそうですけれども、まさにそういうことが起きているなというのを、実感される方も多いです。

製造の人が営業部門の人への深い理解が起きると、おそらくなぜか不思議なことに、営業部門の人もそういう気持ちになっているという、これもぜひ体験してみてください。これだけがプロセスワークコーチングじゃないんですけれども、非常に劇的なものとして1つご紹介いたしました。

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