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成長限界突破の鍵はストーリーにあった!「成長企業のための、ストーリーによる経営戦略」(全4記事)

ソニー時代から知られた「人と違ったものを開発する」姿勢 夏の現場を変えた、「空調服」創業者がジャカルタで得た気づき

「ストーリーによる経営戦略」をテーマとするクロスメディアグループ主催のイベントに、『ブランド戦略論』の著者で中央大学名誉教授の田中洋氏と、「空調服」の開発、製造・販売を行う株式会社セフト研究所の元取締役・西村統行氏が登壇。本記事では、空調服を世に送り出したセフト研究所会長の市ヶ谷弘司氏のエピソードや、空調服に施された技術的な工夫などが語られました。

夏の過酷な現場でも涼しく着れる作業服

鈴木愛氏(以下、鈴木):田中先生、ありがとうございました。続いて、田中先生と西村さまの対談に移らせていただきます。

工事現場や屋外作業で使われている、着ることで温度調節ができる空調服ですが、みなさまも1度は見たことがあるのではないでしょうか。

今回、空調服の開発会社であるセフト研究所の西村さまをお迎えして、ワンワードやストーリーが企業にもたらすものや、株式会社空調服が掲げていらっしゃる「FANtastic COOL LIFE」がどのようなものかをお話しいただきたいと思います。それでは、田中先生、西村さま、よろしくお願いいたします。

田中洋氏(以下、田中):西村さん、今日はよろしくお願いいたします。

西村統行氏(以下、西村):よろしくお願いいたします。

田中:今日は空調服について、西村さんに存分に語っていただこうと思っています。我々としては、その背景にどんなことがあったかを知りたいのですが、まず最初に、空調服をまだご存じない方もいらっしゃるかもしれませんので、空調服とはどういうものかについてご説明いただければありがたいです。

西村:空調服という名前は、株式会社セフト研究所の商標で、今でも開発の中心にいます創業者の市ヶ谷弘司が考えたキーワードでもあります。世の中的には、ファン付き作業ウェア、作業服と言われています。

ご存じのとおり、建築現場や屋外の作業は、冬はいいのですが、夏はものすごく暑くなります。熱中症や汗のかきすぎによって脱水症状になったりするリスクがあります。

そういった過酷な作業現場にあっても、ファンで風を起こすことで非常に涼しく着れる作業服なんですね。作業現場はさまざまな物があるので夏でも長袖で、建設現場はめちゃめちゃ大変でした。

発売は2002年ですが、特に東日本大震災以降、少しずつ伸びていって、ここ5年くらいは建築現場やフォークリフトの作業現場や、倉庫の作業についても、ファン付き作業ウェアである空調服の着用がほぼ標準になっています。

体感温度を下げる「生理クーラー理論」

田中:ある意味、夢のような商品ですね。今おっしゃったように、ファンが中で回っていて、空気がこの中を循環しているイメージですか?

西村:そうです。当社のブランドイメージのストーリーのコアでもあるのですが、当社の会長で開発者でもある市ヶ谷弘司が考えた、生理クーラー理論と名付けた理論を元にしています。

人間は変温動物ではなく恒温動物なので、体温調節は汗でやっているんですね。汗を気化する時に熱が奪われます。要は人間の体温調節機能を使いながら、効率よく汗を気化するための風力を生み出すのが空調服なんです。

「平行風」と言いますが、体に扇風機を当てるというより、風が平行に移動する仕組みによって汗を気化する仕組みになります。

田中:ということは、例えば家庭用のエアコンとは違う。

西村:まったく違いますね。

田中:我々が自然に備える体を冷やす汗。体を気化熱で冷やす機能をうまく利用しているというか、促進しているんですね?

西村:そうですね。市ヶ谷弘司がよく言うのですが、例えばみなさんが37度のお風呂に入った時は「ぬるいな」と思うじゃないですか。でも、気温が37度の時はものすごく暑いじゃないですか。

要は、人間が感じる体表面の温度と気化熱をうまくコントロールすることで、人間の五感をうまく使いながら体感温度を下げることができるというのが、市ヶ谷弘司が考えた生理クーラー理論です。

ソニー時代から「人と違ったものを開発する変わった人」

田中:お名前の出た市ヶ谷弘司さんのことにも触れていただければありがたいです。

西村:先ほど先生が(お話ししたとおり)、スティーブ・ジョブス、井深さん、本田さんとか、創業者はやっぱり独特の人間性というかストーリーを持っています。

うちの市ヶ谷弘司会長は、ちょっと語弊があるけど、奇人と言いますか、ちょっと変わっているんですね。彼は、人間の発想でモノを豊かにしたり、世界を変えていきたいと本気で、真面目に考えている人です。

人間の力でより良くするためのアイデアや発想にすごくこだわる人で、空調服も彼のアイデアを商品にしたら非常にヒットしました。

ストーリーというか、市ヶ谷弘司のブランドのコアである、アイデアや世界を変えていくというメッセージをお伝えしたいなと思います。

田中:市ヶ谷弘司さんのやってきたことについては、空調服の本(『空調服を生み出した 市ヶ谷弘司の思考実験』『世界が変わる 空調服』)にいろいろ詳しく書いてありますが、(市ヶ谷弘司さんは)もともとテクノロジーというか技術者であった。

西村:ソニーに入社して、それこそ当時の井深さんの下とかでやっていました。これは聞いた話ですが、やっぱりソニーに入っても変わり者で、例えば「トリニトロン」を開発するよりも、人と違ったものを開発する変わった人ということで、井深さんとかから目をかけられていたようでです。

それでソニーを独立して、今の会社のセフト研究所を作ったという経緯になります。

田中:セフト研究所は空調服を作るために作られたわけじゃなくて、ぜんぜん違うBtoBの中間財みたいなものを作ろうとしていた。

西村:そうです。古い方はご存じですが、三原色のブラウン管テレビの発光がきちんとできるかどうかを調べる測定器は、市ヶ谷弘司の発明と聞いてます。この測定器は、テレビの台数と共に非常に伸びたんですね。もともとブラウン管の測定器のアイデアをやるための会社としてセフト研究所を作ったんです。その時は空調服のくの字もない。

ただ、冒頭で申し上げたように、市ヶ谷弘司の「とにかく自分のアイデアで世の中をなんとかしたい」という想いだけで独立した会社です。

出張で訪れたジャカルタの暑さで気づいたこと

田中:そういうことなんですね。お話があったように、ブラウン管の測定器を作っていらっしゃった。ただ、ブラウン管は今は変わっちゃった。ということは、市ヶ谷弘司さんは途中で会社を転換しなきゃいけないという壁にぶちあたられた。

西村:そうですね。ブラウン管の測定器があったので、内々にはテレビがアナログからデジタルに変わる時に、液晶やプラズマの測定器をやればいいじゃないかというのが、市ヶ谷弘司以外の社員の意見だったとうかがっています。

ところが、彼はデジタルブラウン管の測定器に着手することには興味がなく、どうしたら次のアイデアが生まれるかを真面目に考えていたんですね。

ちょうど日本でブラウン管が右肩下がりになっている時でしたが、東南アジアにはまだ需要があったので、ジャカルタやタイ、インドのいわゆる新興国に出張しました。

その時に「なんじゃ、この暑さは」と、ジャカルタの暑さを市ヶ谷弘司は経験したわけです。1990年代だと思いますが、「この暑さはなんとかならないかな」とジャカルタの暑さに触れたのが、彼のアイデアのCPUと言いますか、スイッチが押された瞬間でした。

田中:そうだったんですね。暑さをクールダウンできないだろうかと考えられたんですね。

西村:そうなんですよ。また余談ですが、「こんなに暑かったらクーラーをつけたらいいじゃん」と普通の人は考えるじゃないですか。市ヶ谷弘司は面白くて、「ジャカルタがこんなに暑いのは、赤道に近いから太陽が直角に近い角度で、当たっているからだよなぁ」と考え始めました。

「太陽光パネルじゃないけど、宇宙にこれだけばんばん人工衛星を飛ばしているんだから、巨大なパネルを作って、ジャカルタや赤道直下の太陽の熱の角度を1度変えたら涼しくなるんじゃないか」ということを、真面目に思考し始めるんですよ。

笑い話のような話ですが、彼は、まじめにどうしたらアイデアで温度を下げられるかを考える人なんです。

失敗を経てたどり着いた、シンプルな思考の命題

田中:そのアイデアが服に行き着いたところが非常におもしろいと思います。

西村:そうですね。開発までにはいろんな失敗がありました。最初は「気化熱、いいじゃない」となったら、人間の汗には気づかず、まず水を使って人間の体表面を気化しようと考えたりしました。

もともとは「地球温暖化を解決するにはどうするか」というパネルの話があって、次に「建物全体を冷やすにはどうすればいいか」というアイデアが出た。

でも、「建物よりも人間一人ひとりを冷やす方がいい」と思考がだんだん具体的になり、体表面の気化熱に行きついたんだけど、「水を使ったらいいよな」と体中をチューブで巻いて水を使って気化するという実験もやったそうです。

最後に「あれ、人間って汗かくよな」と気づいて、先ほど紹介した「なぜ37度のお湯がぬるくて、37度の気温が暑いのか」という非常にシンプルな思考の命題になった。「気化の熱をうまくやればいいんじゃないか」ということに行き着いたのが、2000年くらいだということでした。

なんで空調服かというのも、ジャカルタは暑いですから、空調工事をいっぱいやっていたんですよ。それがメタファーになった、と聞いています。

田中:なるほど。空調工事からヒントを得た。

西村:「人間の生理クーラーである、汗の発刊システムを空調に活かせばいいじゃないか。だから空調服……」と、社内の共通語だった言葉が商品になっちゃったということです。

空調服に施された技術的な工夫

田中:空調服の技術的な面をおうかがいしたいのですが、単に空気が通っているだけじゃなくて、空気の通るスピードや風量は、相当計算されたんですね。

西村:計算しました。申し上げられないこともありますが、先ほどの平行風で熱を取るという市ヶ谷の生理クーラー理論があって、扇風機のように直接直角に風を当てるのではなくて、気化熱をどう効率よく作動させるか、という命題があるんですね。

田中:皮膚に向かって平行に風を流す。

西村:そうです。皮膚に当たらないために、蜂の巣にあるようなハニカム構造のスペーサーを体につけて、その間を空気が通るかたちにする。

そして、通常の洋服ですと空気が漏れますよね。だから、漏れを防ぐためのデザインを考える。平行風を体表面でなるべくマキシマムになるように、ファンがどう動くかを検証する。

あとファンもプラスチックですから、建設現場で物にあたって壊れるか壊れないか。それから、バッテリーの重さと駆動時間。みなさん、朝から晩まで仕事されますので、2時間や3時間じゃぜんぜんダメなわけです。

電池だとダメなので、バッテリーの容量、風量、そしていわゆる軽量みたいなことも含めてすべて計算し実証して、今のモデルに行き着いているのが実態です。

田中:そうなんですね。

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