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指揮者のリーダーシップ&マネジメント-鈴木優人のオーケストラ組織論- 第47回パイオニアセミナー(全5記事)

オーケストラと指揮者の間の「マネジメント」と「ガバナンス」 “いろんな人がいる組織”をまとめる、経営者との共通点

さまざまなバックボーンを持ち寄る社員を、1つの組織としてまとめあげる経営者と、さまざまな楽器や演奏家の個性をまとめあげ、楽曲を完成させるオーケストラの指揮者。組織の指揮を取るという点で類似している両者ですが、実際にはどのような共通点があるのでしょうか。「オーケストラ指揮者のリーダーシップとマネジメント」をテーマに、世界的指揮者であり「バッハ・コレギウム・ジャパン」の経営者である鈴木優人氏が講演を行いました。最終回の本記事では、参加者からの質問に鈴木氏が答えました。

オーケストラには、指揮者を律する「ガバナンス」もある

鈴木優人氏(以下、鈴木):ちょっと僕、喋りすぎて暑いんですけど(笑)。質疑応答の時間にしましょう。

司会者:ありがとうございます。こちらでいったん区切らせていただきまして、これから質疑応答の時間を取りたいと思います。

質問者1:今日はリーダーシップとかマネジメントとかというよりも、指揮者の音楽会における役割ということを聞きたくて参加しました。

お聞きしながら、非常にふだん思っていることと共通していました。問題意識を持ったのは「リーダーシップとマネジメント」というタイトルですけれども、指揮者に対する「ガバナンス」についてです。リーダーが律する「マネジメント」と、リーダーを律すべき「ガバナンス」という、2つの要素があると思います。

今日のお話の中でもコンサートマスターの対応であるとか、楽団員の反応であるとか、指揮者が頂点にいてすべてをマネージするのではなく、指揮者を律するガバナンスのような視点も、経営と共通するようなところがあるのかと思いました。

今日のお話の中で、そういう視点で捉えられる要素があるのか。あるいはそうではなくて、例えば社長を律するガバナンスという考え方は、指揮者の場合には当てはまらないのか。この点についてどうお考えでしょうか。

鈴木:ありがとうございます。非常に素晴らしい視点だと思います。ガバナンス、存在しています。

例えば、クラリネットの2人が吹いていて、1番の奏者の音程がずっと高いとします。いきなり全体に影響を及ぼすこともあるかもしれませんが、まずはそのクラリネットパートの中で(律するという)ガバナンスというのが存在しています。

「リスペクト」と「ガバナンス」の両立

鈴木:さらにそれが木管全体のヒエラルキーの中で、それぞれのレベルのガバナンスがオーケストラにも存在していますし、それから指揮者が逆にガバナンスを発揮すべき場面もありまして。例えばオーケストラの譜面の読み方、あるいはソリストの方の譜面の読み方があまりにも違う場合ですね。

それはもちろん指摘をしなければいけないこともあると思いますけれども、その指揮者という立場で、リハーサルで一方的にみんなに提案をできる。そういう場所にいるからこそ、そのガバナンスあってのポジションなんですよね。

「よいコンサートマスター」を定義しようと思ったら、もう2時間しゃべらないといけないんですけど(笑)、この「よいコンサートマスター」の存在なくしては、「よい指揮者」の存在はあり得ないと思っているんです。その能力の重要なものの1つが、ガバナンスです。なのでおっしゃる通り、まさに当てはまることかなと思いますね。

質問者1:安心しました。これから音楽を聴く1つの切り口になるのかなと思います。

鈴木:そうですね。「リスペクト」と「ガバナンス」の両立なんですよね。よくコメントや感想とかで「今日はオケが不機嫌そうだ」とか(いただくんです)。みなさん思われるとおりに書かれていいんですけど、そう単純でもないかもしれないですよね。「この指揮者は嫌いだけど、いい音楽だな」とか、けっこうmixed feelingsで演奏していることも多いんじゃないかなと思います。

「決める能力」を育てる、音楽教育の作曲のススメ

質問者2:小学・中学・高校の音楽教育で、絵画とか作文は習う機会があるんですけど、作曲はほとんど機会がなくて。私は今NHKオンラインの作曲講座を受講していて、いかに作曲が難しいかを痛感しています。

現代の分業社会の中で、自分1人で全部組み立てなくちゃいけない難しさとおもしろさを感じたところで、音楽教育でその作曲をどうやって取り入れていけばいいか、問題意識を持っています。

鈴木:非常に素晴らしいポイントですね。子どもたちだからこそ自由に作曲できると思いますので、私はどんどんやるべきだと思っています。作曲のレッスンを、集団でリードする先生の難しさも想像できるので、それはある種のコツがいるかもしれません。

その作曲の前段階として、例えば「1個音を選んでみましょう」みたいなね。ポンとピアノを弾いて、「次の音はこれにしましょうか? これにしましょうか?」とすると、メロディーが生まれるわけですね。こういう発見を誘導してあげられるような授業はぜひしてほしいなと思います。

あと、メロディがあってそれに伴奏するんですが、その伴奏の自由さというところも、1つぜひ教えていただきたいです。僕は子どもたちとプロジェクトをするのが本当に大好きです。

余談ですけれども、この間の調布の音楽祭で、栗コーダーカルテットのみなさんが、「調布に児童合唱団があったら一緒にやりたい」とおっしゃったので、探したところ、すぐに歌を歌えるような児童合唱団がなかったんですよね。なので作っちゃったんですよ。

作ってみたら本当に素晴らしくて、子どもたちの可能性の幅広さに針が振り切れた状態でした。でも、すごく繊細に音楽を捉えていて非常に感動しました。そういうスポンジのような状態の時に、作曲を教えてあげるのはすごくいいと思います。

あと能力的にも、例えばヤマハのスクールなんかありますけれども、エレクトーンでの作曲を小さい頃に学んでいた方に共通する特徴が、私はあるような気がしていて。なぜか、みんなとんでもなく有能なオーラを纏っていますね。

非常に処理能力が速い印象を持つ人が多いです。作曲も意思決定ですので。どの音符にしようと決めなきゃいけないので、決める能力が関係しているのかなと思います。

指揮者にとって大切なことは「ビジョン」を示すこと

質問者3:鈴木さんはさまざまなオーケストラで指揮を振られていると思うんですけど、特に歴史あるプロオーケストラで振られる時に、おそらく今までこういう演奏をしてきたという「伝統」があると思うんですね。

その中で、鈴木さんのアプローチをお伝えして、それを受け入れてもらう。そのプロセスのコツだとか、気を付けていることとかはありますか。

鈴木:先ほど申し上げた、オケの中のガバナンスでもって、だいたいの問題点は解決されています。

もしかしたら若い頃は、指揮者が何でもかんでも直さなきゃいけないって思って、口を出してしまいがちかもしれませんけれども。組織の自浄能力が存在していますので、それを信頼する。

大事なことはビジョンを示すことです。「ここが悪かったからこうしてください」という指示は、わりとしやすいんですよね。

ビジョンを示した上で「そうじゃなくてこうです」というのはいいんですけれども、示してないのに自分のやりたい方向性に修正しようとして、コミュニケーションがうまくいかなくなるというのは、若い頃によく経験しました。未だに経験するかもしれません。僕はまだ指揮者としては発展途上の途中なので。

その中で、やはり大事なことは1つ。「道を示すこと」だなと思いますね。アイデアもいろんな状況があって、例えばよく慣れたシンフォニーでしたら、やる前から「こういうテーマでやりたいと思います」と提示してもいい。

でも例えば、(有名曲で、オーケストラも何度も演奏している)ドボルザークの9番だったらできると思いますけど、(あまり知られていない)ドボルザークの3番をやるんだったら「まずは音を出してみましょう」って、やっぱりみんなの興味が違うわけですよね。そこはある程度汲み取ってあげる必要はあるかなと思います。

世界的指揮者が、理想とする指揮者

司会者:オンライン参加者空の質問で「理想とされている指揮者はいらっしゃいますでしょうか」とのことです。

鈴木:自分では絶対できないけど1つ理想だなと思うのが、チェリビダッケさんと、バルビローリさんですね。バルビローリさんは特に有名な動画がYouTubeにあるので、みなさん「バルビローリ ブルックナー7番」で検索してください。

「ドロロントントン、はい、違う違う。こうじゃなくて」「トロロントントン」「違う違う」と、何回も何回も出だしをやり直させるんです。よくオーケストラは怒らないなと思うんですが、でもそれだけの彼へのリスペクトがあったんだろうと思います。

もう1人のチェリビダッケさんは、極端に言うと20日間くらいのリハーサルも厭わない、長いリハーサルをする人です。特にイギリスにおいてリハーサルは超短期化していまして、3日間リハーサルすることはもうほとんどないと言います。逆に現代人は長いリハーサルができなくなっているという言い方もできるのかなと思います。そういうところで、チェリビダッケの深さは1つの理想だなと思います。

レベルの低い奏者をクビにすることも、組織の質を高めるには必要かもしれない

司会者:これは感想ですかね。「ドイツを旅した時に、いわゆる地方の無名のオーケストラを聴いたんですが、まるで歌っているような感じがしました。日本のプロオケに比べて、明らかにテクニックが劣っていても、音楽の本質の違いを感じました」とのことです。

鈴木:そうですね......。歌うこと自体がテクニックですから。「テクニックが劣っている」という言葉の定義も難しいところです。例えば縦線合わせることとか、一見、整然と音が鳴ることをテクニックと呼ぶ場合、確かにそれも1つの技法であり、それが1つの美しさです。

でも「歌っている」ように感じられたということは、まさにそれはそのオケが、その時に歌っていたということですよね。それはわかります。

ヴァイオリンの上手い・下手と、オーケストラとしてのパートの上手い・下手はまったく違うものです。そういう意味で、ジャック・ウェルチさんのように、レベルの低いCプレイヤーのクビを切ることが、会社の質を高めるという理論があります。

Cプレイヤーを切っていくと、またCプレイヤーが生まれるから、残ったメンバーの中でトップ10パーセント、中80パーセント、下10パーセントの構図が生まれる。Cプレイヤーを切ると、自動的にBプレイヤーがCプレイヤーになっていくんで、どんどん切っていくとどんどん良くなるという発想も非常にラショナルで、オーケストラのレベルアップには、必要なものなのかもしれません。

一方で、それとはある意味逆の、「音楽の理想」がたくさんあるということだと思います。

司会者:ありがとうございます。では次の方。

オーケストラの目標は、その時の「目的」によって異なる

質問者4:私は会社員なので、組織人的な立場で仕事をしています。どちらかというと、いろんな条件とか指示があって、その中でそれを叶えるという立場です。(他の人に)指示を出すことでそれを叶えるほうが多いので、どちらかというとオーケストラ団員というよりか(は、指揮者の立場に近いところがあります)。

ただ必ずしも自分の意図どおりになるとは限らないので、(自分も部下も)あまり受け身だと、(その仕事を)エンジョイすることが難しくて、何かしら「楽しむ」というスタンスがないとつらいなと思うんです。

鈴木さんの立場からご覧になって、オーケストラなどで「立場をすごく楽しんでいるな」ということを感じられたような場面がもしあれば、どういう方を見たことがあるか教えていただければと思います。

鈴木:そうですね。やっぱり指揮者だけが楽しいというのは、本当にあり得ない状態だと思っていまして、お客さまが楽しんでいるということが大事なんですね。ただ、どこに目標を設定するかというのは、演奏会やイベントの性質によっても変わってくると思います。

例えば調布の音楽祭のオープニングでしたら、街のイベントのオープニングなので、そこにいる人が盛り上がることが、かなり重要なファクターになってきます。一方で例えばバッハ・コレギウム・ジャパンで来週演奏する『天地創造』という、ハイドンのコンサートにおいては、ハイドンの理想があり、BCJのメンバーにとっても(それが)一番の興味であり、それを通してお客さまにハッピーになって欲しいんです。その「目的」で違ってくると思うんですよね。

楽しいことを求めすぎると、楽しくなくなる

鈴木:ましてやその組織で演奏している一人ひとりにとっては、「全体目標に奉仕しているだけで幸せ」という人もいらっしゃると思いますし、あるいは「今日のリハーサルではこれを達成しよう」というように自分で小さな目標を設定して、それを達成できることによって快感や楽しさを得る(方もいらっしゃる)。(人によっても、目的には)いろんな設定があると思うんですよね。

例えば楽しい上司の方だったら、現場を盛り上げて部下にできるハードルを与えて、しかもちょっとインセンティブを与えてやっていく方法もあると思いますし、そういうのも演奏の楽しさなんですよね。

「このフレーズうまく吹けた」「一緒に合った、うれしい」というのもあります。でももっと壮大な「2時間苦しい気持ちで演奏していたけれども、最後に光を感じて天地が創造された」と思ったら、それはすごくもっと大きなカタルシスになると思います。私はその両方を体験したことがあります。音楽をやっているおかげで、本当に日々幸せな思いをさせてもらっていて、ありがたいんです。

あともう1個、逆説的ですが、全員が楽しい現場もなかなかないので、それを求めすぎないというのも大事かなと思っております。かといって否定し過ぎないというか......(笑)。楽しんでいいんです。でも楽しいことを求めると楽しくなくなるので。これで回答になっていますでしょうか。

大きな夢であればあるほど、お金も付いてくる

質問者5:早稲田大学交響楽団のOBなんですが、この2つの趣味と仕事から思うことがありまして。今、企業にコンサルティングする場合に、「DX」がキーワードになっています。デジタルトランスフォーメーションという意味なんですけれども、もう1つ、多様な人材を結合して企業価値を高めていくことを「オーケストレーション」と言うんです。つまりオーケストラでやっていることを企業経営に活かそうという機運があるんですね。

私はこれは非常にいいことだと思っているんですけれども、逆に音楽家の方々が経済的報酬をもっと得るために、例えばマーケティングとか、企業経営にもっと興味をもっていただいて実践されたらよくなるのではないかと思っていまして。鈴木先生のご意見をちょっとおうかがいしたいなと思います。

鈴木:音楽を見失わない限りは、私はあらゆる音楽家にぜひそうしてほしいと思っています。せめて......と思うことはたくさんあります。でも一方で、音楽だけをやってて幸せという人に、わざわざお金の指標を押し付けるのは、ぜんぜん楽しくないことだと思うんです。

お金の数字が読めるかどうかということよりも、大きな夢を持って音楽に携わっていてほしいなと思いますね。そこが肝かなと。大きな夢であればあるほど、お金も付いてくると思いますね。

質問者5:ありがとうございました。

司会者:どうもありがとうございます。長時間に渡りまして、本日はどうもありがとうございました。今日のご講演はいかがでしたでしょうか。私は「旋律と和声」が「財務諸表とキャッシュフロー」という関係性は、「なるほど」と思いました。具体的な内容で音楽とビジネスを引き合わせていただけて、大変感銘を受けた次第でございます。

本日はどうもありがとうございました。今一度鈴木優人さんに拍手をお願いします。

鈴木:ありがとうございました。

(会場拍手)

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