2024.10.10
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鈴木優人氏:さて、本題である「指揮者の仕事」に話を進めていきたいと思います。まず最初にお話ししたいのは一般的に……今、私が属している楽団の名前だけご紹介したんですけれども。先ほどオルガンコンチェルトを弾いていたアンサンブル金沢は、私が属してるわけではなくて、客演として指揮に行きます。1回いくらというギャラをもらって行くスタイルのお仕事ですよね。
こういった客演指揮というのをしているのが、たぶん全世界の指揮者のほとんどじゃないかと思います。ごくわずかの方は楽団の音楽監督ですとか、先ほどのような首席指揮者とか、そういう称号をもらって深い関係を結びます。ほとんどの客演指揮者の仕事がどんなものか、まずご紹介したいと思います。
まず一番最初に、コンサートのプログラムがあります。これは音楽の内容を決める仕事です。今入ってきた仕事の話は、例えば2023年や2024年、2025年と、けっこう先なんですね。クラシック音楽は不思議と計画がめちゃくちゃ早いんです。特にロンドンはとても早い傾向にあります。
そしてもちろん主催者によって違いますが、例えばアジア圏のコンサートホールはわりと(依頼から開催までの)スピード感が早い。シンガポールとか韓国とか、そういった地域は(7月の現時点で)今年のコンサートの依頼がくる可能性すらある感じです。
日本を含めて、代役とかなにか病気で代わらなきゃいけないケース以外で、今年の指揮の依頼がくることはあまりないかなと思います。テレビはかなり急なので除きます。コンサートの場合はだいたい2〜3年のアドバンスで依頼がきます。
どういうことをやろうかという時に、「あなたのやりたいカルト・ブランシュでどうぞ、やりたいものを言ってください」というケースもあれば、「その前後でベートーベンは9曲全部やるので、ベートーベンはできないです」とか、そういうバッティングを回避してやるというケースもあります。
また「これとこれと指揮してください」と指定されるケースもあります。いろんなパターンがあるんですが、これを受けるか受けないかという判断は、指揮者側にあります。
そして2つ目の仕事はオーケストラの編成。例えばフリーランスのオーケストラの場合は、その曲に合わせてオーケストラを集めなければいけません。
例えば「ここでハープが必要だ、この曲のハープはこの人に頼んでほしい」とか「コンサートマスターは、バロックの曲をやるのでバロックに精通したこの人をゲストで呼んでほしい」とか。オーケストラの「誰がどういうところを弾くのか」について、指揮者が口を出すケースも稀にあります。
続いて(3つ目の仕事は)「オーケストラのリハーサル」ですね。これはいろんなケースがありまして、コンサートの当日に10分だけというケースが、究極に短いケースだとしますと、1週間とか、長々とリハーサルをとるケースもあります。1週間は異例に長いケースです。
例えば演劇やバレエとか、あるいはオペラなど舞台のものに対して、オーケストラのコンサートの場合は準備期間は比較的短いです。ただその背後にはもちろん、多くの長い経験と下準備があるわけですよね。
オーケストラのリハーサルには、例えば楽譜の確認といったところも含まれています。音楽ファンの方は、よく「原典版」という言葉を聞くことがあるかもしれません。
ベートーベンの譜面といっても、ベートーベンの自筆譜はもうぐちゃぐちゃで見てられないので、それでは演奏できないんですね。今は活字で起こされた譜面を見て演奏してもらうんですけども、どんな譜面で演奏するか、そういったところはこのリハーサルまでに決めておかなければいけません。
そして「コンサートの演奏」です。多くの指揮者のドキュメンタリーを見ていただくと、だいたいこういうことを言われてると思います。「オーケストラの指揮者の仕事は、リハーサルでほとんど終わっている」と。これは事実とも言えるし、そうでないとも言えるんですが。
もちろん本番で何やってもいいわけではないんですけれども、リハーサルでオーケストラとその曲や音楽内容に対して、十分な時間と内容を練れたものに関しては、コンサートがより安心してできるというのは事実ですね。
しかし準備が短い仕事がそれほど楽しくないものなのかというと、そうでもなくて。1日しかリハーサルがなくて、とても難しい曲をやる時に、意外と指揮者はチャレンジを感じています。「この時間を使ってこういうふうにリハーサルしよう」と、かえって頭が回るケースもあるのかなと思っています。
あとはちょっと副次的なところで、「ファンとの交流」ですね。これはもう演奏後のお辞儀から、すでにファンとの交流なのかもしれません。それだけではなく、昔はサイン会とかありましたし、あるいは音楽の好きな人たちとのコンサートのあとの交流が常に行われます。
それから意外と見逃せないのは、「オーケストラのための社交」ですね。「今からスポンサーの方がいらっしゃいます」みたいな時(笑)。でも雇われ指揮者だったりすると、楽団とそのスポンサーとの関係がよくわかってなかったりする。なのでどのぐらいの序列のスポンサーなのかと、意外と知っておかなきゃいけないですね。
指揮者はオーケストラ全体を引っ張っていく旗印というか、オーケストラのためにいろんな人をつないでいます。「このオーケストラにこの人をつなぐと、自分が指揮しない場面であってもおもしろいことが起こるんじゃないのか」「例えばこのバイオリニストは、このオーケストラと出会ったらきっといいことがあるんじゃないか」とか、そういったところを常に考えてます。
私の流儀では、「惜しげもなく紹介する」としています。業界全体として発展したいと思っているからです。そういう「社交」ですね。これは必ずしもディナーとかそういう意味だけではなくて、音楽外のところでもこういった仕事がたくさんあります。
一方で、例えば先ほど演奏したバッハやバロック時代の指揮者の仕事はどうだったのか。このリュリさんっていうのは、名前だけ知っておいてほしいんですけれども。棒を持ってドン、ドン、ドンと杖で床をついていたフランスの作曲家です。ルイ14世の元に雇われていた音楽家でした。
彼はまさにルイ14世の病気が治ったお祝いに『テ・デウム』って曲を書いたんです。この『テ・デウム』をドンドン杖をついて演奏してたら、間違って自分の足を「グサッ」てやっちゃったんです。
そこから本当に……これは全部が真実かはわかりませんが、とにかくこれによって足に壊疽ができ、大きな腫瘍になってしまって、なんとその王様の快復をお祝いした数ヶ月後には自分が死んでしまうという、そういったエピソードから「指揮者の走り」として言われることが多い名前です。
ただこの前の時代の作曲家も、当然楽団がいた時には指揮という立場でした。先ほど私がやっていたように、チェンバロを前にしたりして、演奏しながらリードするという指揮者は必ずあったと思います。そしてバッハもそうですね。バッハは先ほどのオルガン、例えば通奏低音の楽器はちっちゃい楽器ではなくて教会の奥ですから、普通に指揮してても、見える所にいない人もいました。
しかし指揮者の本質というのは、その演奏全体がうまくいくようにオーガナイズすることです。バッハはまず1週間かけて譜面を書いて、そのカンタータを毎週日曜日に教会で演奏して、次の週にも別の曲を書いて、練習して演奏して、また次の週には別の曲を演奏する。この教会カンタータは、現存するだけで200曲あるんですけれども、この作曲過程全体がバッハの音楽的なリーダーシップを象徴しています。
ヘンデルさんはどちらかというと商業主義的な作曲家で、バッハと同い年生まれですが、バッハが今で言うドイツという土地を出たことがないのに対して、ヘンデルはイタリアに勉強に行って、イタリアの歌手を連れてパリを通ってロンドンに行って、ロンドンのオペラハウスで彼らを大活躍させて、自分がオペラを書いて、チケットを自分のヘンデルハウスの目の前で売って……という、そうしてバンバン頭を回して、お金儲けだけではなくて政治も動かしたとも言われている人です。
なぜかというと、彼がもともとハンブルクで勤めていたゲオルクさんという王様(ハノーファー選帝侯)が、ヘンデルがロンドンに行ったあとに、ジョージ2世としてドイツから呼ばれて即位するんですね。
これ、その裏の事実はまったくわかりませんので、「ヘンデルがようやく王様のもとを離れて逃げてイタリアからロンドンに行ったと思ったら、その王様がまたロンドンに来ちゃった」というマイナスな読み方もできますけれども、「もしかするとヘンデルがロンドンに先乗りしていたおかげで、この人が来たんじゃないか」ということを言う方もいらっしゃいます。
歴史好きの方はぜひこのへんでフィクション小説を書いていただきたいなと思ってるんですけれども、非常にアイデアマンなタイプでした。
そしてモーツァルト。彼はピアニストとしてあらゆる王様に気に入られていました。言ってみれば先ほどの社交というところに関して、天性の才能があった人物でもあるかもしれません。例えば彼がプログラミングをしたコンサートというのが残っています。彼も作曲をしながら、ブルク劇場という劇場で3時間以上もかかるコンサートを大成功に導いているんですね。
当時の演奏会は全体的に長かったんですけれども、こういう天才の才能できちんとプログラミングをして、自分のコンチェルト、歌のソロ、バリエーションに富んだプログラムを作ってお客さんを楽しませていました。
そしてメンデルスゾーンは、一説によると指揮棒を初めて使った人ではないかとも言われています。これを私は完全に疑ってかかっていますけれども(笑)。ただこのメンデルスゾーンという人は、バッハの『マタイ受難曲』を復活蘇演した重要な人物であるだけでなく、例えば絵を描かせても一流の風景画が描ける──そういう非常に才能に恵まれた人でした。
おそらく彼のもとで弾いていたオーケストラの人たちは、幸せだったに違いありません。彼はオーガナイズも非常にテキパキとできる上流階級の出で、例えばバッハの息子のフリーデマン・バッハみたいな、酒に溺れ、お父さんの楽譜を売り払ってなんとか食いつないでいたような人物と真逆の、本当に優れた人物でした。
もともとはユダヤ人で、お父さんが銀行家だったんですけれども、時代の流れを感じて「この時代にはクリスチャンになっていたほうが良い」ということで改宗をしました。それで信仰心あふれる宗教曲、美しい曲もたくさん書いている人です。
あとはこの時代の指揮者でいうと、リヒャルト・シュトラウスも20世紀の冒頭に活躍しました。
今名前を挙げた人は、全員演奏家でありながら指揮者もします。オーナーソムリエがオーナーシェフのようなものですね。指揮をしながらたまに作曲するというのとは違って、「作曲家である」イコール「指揮者である」ということ。
リヒャルト・シュトラウスの名前を出したのは、特におもしろいエピソードがあるんです。シュトラウスさんは複雑極まる作曲をされます。私が夢としているのが『ばらの騎士』というオペラです。これを指揮するのは私にとって夢なんです。
こういった作品を自分で書いて、しかもオーケストラを指揮しながら、新しいオーケストラに「どういうハードルを課せば、より難しいけれども複雑な音響が可能になるか」を常に考えて、オーケストラの技術を上げていったすばらしい指揮者です。
ただトランプが大好きすぎたので、例えば……『サロメ』だったか何かの曲を指揮してる時に、時計を見て「あっ、友だちとの約束に間に合わない」と、日本で言うと「麻雀の約束に間に合わない、どうしよう」って言って、急にテンポを速く振り始めたっていうエピソードがあるんです(笑)。そういう振り回すリーダーだったかもしれません。しかし作曲家と指揮者という点で、私が本当に尊敬する人物です。
あとはグスタフ・マーラーですね。
この間に紹介すべき、トスカニーニという指揮者がいます。このトスカニーニはまさにこの人たちとは違って、指揮者がメインでした。作曲家としてのトスカニーニは、曲は少しあると思いますが、ほとんど指揮者としてしか活躍していません。
このトスカニーニはマーラーに非常に憤慨しており、このマーラーは、やる曲は全部自分で楽譜を変えるんです。自分が振って納得がいくように、あらかじめ楽譜を変えるんです。
これは言ってみれば、作曲家からすると良くないことなのかもしれません。例えば私がニューヨーク・フィルにオルガンを弾きに行った時にバッハの管弦楽組曲の、マーラーが演奏した時の譜面がありました。それを見ると、ホルンパートがありました。本来はトランペットしかないはずなんです。なのにホルンパート譜が出てくる。これはマーラーが書いたものですね。
そうやってオーケストラの人たちにバッハの音楽を体験させようとしたという意味で、私は非常にポジティブに思いましたし、今やマーラーは非常に有名なので「マーラー版」と呼べばそれで済む話です。楽譜を変えるのはどこまで許されるのかというのは、1つの課題ですね。
今日1つみなさんにお伝えしたかったのは、「リーダーシップ」ってタイトルをつけていただいておきながら、「指揮者というのは真のリーダーなのかどうか」というところを、ちょっと考えなければいけない。
以前にこういうテーマでインタビューを受けた時に私がふと思ったのは、確かに取締役というか社長なのかもしれませんけれども、社長というのも意のままに会社を操れる社長もいれば、(つまり)オーナー社長もいればですね、そうではなくて、親会社がいて、たくさんの株主に気を遣っている社長さんもいらっしゃいますよね。それでも社長は社長で、自分の会社はまとめなければいけない。
そういう意味で指揮者は、実はほとんど中間管理職的に、下をしっかりまとめながらも、作曲家が書いた譜面というまさに動かし難いものと対峙しています。マーラーのように動かしてもいいんですが、動かしたとしてもそこに責任を伴う、言ってみれば会社の命題、会社のスローガンのようなものがあります。こういったところが、作曲家や指揮者を兼任していた人が多い理由です。
私が尊敬する人に、ピエール・ブーレーズですとか、さまざまな作曲と指揮をやる人がいます。そういった人たちは、自分も譜面を書くことによって、つまり自分も他の会社の株主になることによって、株主の気持ちを知って、自分の会社をどうマネージするか考える。これに似ていると思います。
マーラーがバッハの曲を演奏する時に、もしマーラーが一切作曲をできない人だったら、違った演奏家になっていたと思うんです。そういったところでどうしても類似性を感じます。
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