2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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佐藤等氏(以下、佐藤):それから、ドラッカーの『マネジメント』の中巻の34章に、人事の評価手法に絡めて、何によって方向づけを間違えるのかという事例がいくつか載っています。その中に、「報酬による方向づけの間違い」というものがあるんですよ。報酬は非常に強烈なメッセージなので、それによって働いている人が方向づけを間違っている可能性があると書いてあります。
目標管理と報酬の問題はいったん整理しないといけないという気はするんですよね。
坪谷邦生氏(以下、坪谷):はい、まさしくそこだと私も思います。今、多くの会社が目標管理を人事評価制度・賃金制度に組み入れて使う中で、目標の達成度によって評価が決まり、それによって給料が決まるという紐づけをしています。
それによって目標を低く設定しようという圧力がかかったり、後付けで書くためだけに目標設定シートが運用されてしまったり、という歪みが発生する。運用すればするほど、間違った方向づけがされるという悲しい状況になっているように見えます。
最近、新しい手法としてOKRが流行している背景には、もともとOKRを始めたインテル社のアンディ・グローブ元CEOが「報酬と結びつけるな」と言っていて、それが今の日本企業に響いていてるんじゃないか、と思っています。
しかし多くの日本企業の人事の方は、MBOを「目標管理」と翻訳して、人事制度に組み入れてきました。ですので、結びつけるなと言われても「じゃあ、どうやって給料を決めるんだ?」と感じてもいます。その前提で長い間、制度を走らせてしまっているので、表面だけ理解してOKRを導入した企業はかなり苦労すると思います。
佐藤:でも、実はまったく違うツールなんですよね。だから、企業・組織として方向づけと、自己成長のためのツールという部分を取り戻さない限りは機能しないですよね。まさにOKRというか、KPIの話にも非常に通じてるんじゃないかなと思います。何を測るかという問題なので、ここがMBOの肝だと思うんですね。
だから、ツールとしてのMBOの問題は、「何に意識を向けるか」ということだけで、もう半分ぐらいは解決してるはずなんですね。ドラッカーは「測るだけ」でそこに意識がいき、意識が変わるといいました。本当にすごいことで、発明だなと思ってるくらいです。
坪谷:そうですよね。
佐藤:意識できることには限界があります。だから、あまり測るべき目標の数も多くないほうがよいといえます。KPIの話になりますが、私は中尾隆一郎さんのご著書『最高の結果を出すKPIマネジメント』が非常にいいなと思っています。クリティカル・サクセス・ファクターを特定し、それをもとにKPIを決めるのが1つのポイントじゃないかなと思います。
坪谷:中尾さんのKPIは、いわゆるバランス・スコアカードのKPIのように35個立てましょうという話ではなく、1個に絞らなければならないと言い切ってるところがすごいですよね。
私も、中尾さんが「何を測るか、それこそが戦略なのでそこが決まってなければ機能しない」と言っているように受け止めていました。
佐藤:私の本業は会計事務所なので、何かを測ったり集計したり報告するのは得意なんですね。それで仕事に関することで何を測るかを決めて、定期的に報告することを仕事にしようと考えています。
そこでまずは自分たちで率先して行おうということでキー・サクセス・ファクターを「面談」と仮説して「面談を測定」しようと考えました。会計事務所の仕事において価値が大きく変わるのは、やっぱり経営者と面談の瞬間なんですよね。どのように測るかという点では、回数や質などさまざまな面があるんですけど、とりあえず仮説としてどのように測るか決め、始めています。
私は「測ろう」と言っただけなんですが、彼らはもう面談に意識が向くわけですよ。それまで面談はいろいろなプロセスの1つで個性に支えられていたんですけれども、今は「どうやったらいい面談ができるか」というところに強く意識が向くようになっていますね。
たぶん、いい面談をすることを目標に置かないと、自分たちの活動を変えられないんだと思うんですよね。実はドラッカーの本の中には、売り上げ目標という言葉がないんですよ。
坪谷:え! そうなんですね!
佐藤:びっくりしますよね。不思議だなぁと思ってたら、ドラッカーの『マネジメント(中)』に、「方向づけは、人の知覚をとおしてはじめて行動に結びつく」という言葉があるんです。管理手段によって得られた情報が行動につながるには、その情報が別の種類の情報、つまり知覚に翻訳されなければならない。
実は、売り上げ目標というのは知覚的に翻訳不能で、売り上げを直接的に上げるための活動というものはないんですよね。
売り上げを上げるために面談回数を増やすことなどが、知覚的、体感的な情報で、そこを目標に据えない限りは、現場は動かないんですね。売り上げ目標を自分で知覚可能な別の情報に翻訳できる人もいますが、大半はできていないと思うんです。
だから「何を測るか」というところに、目標を絞って知覚できるところまで翻訳するという要素を入れておかないと、たぶん機能しないですね。またKPIが多すぎると人の意識が散漫になって動けないということも言えますね。
坪谷:確かに。そう思うと、中尾さんのKPIで設定するのは「新規取引先を5社開拓する」とかでしたから、知覚できますね。
佐藤:そうですね。
坪谷:KPIを考えているときに、ドラッカーの言葉でずっと引っかかっている言葉があるんです。「社会的実証の中で真に重要なことは定量化に馴染まない」、そして「測定と定量化に成功するほどそれらを定量化したものに注目してしまうと。よく管理されているように見えるほど、管理していないという危機がある」と『マネジメント』に書かれているんです。
『現代の経営』の中でも、定量化できないものの中にこそ本質があって、定量化できたものはその後の話だという扱いをしているように読めます。
佐藤:言ってみると、変化しているものは定量できない。新しい現実を定量化できないということだと思うんですね。定量化できる状況になった時は、もうみんなが知っている状態で、やや古い現実になっている。
だから、定量化できるものはもう、古い現実をキーにして目標を立てているということ。もちろん、売り上げや利益は組織の基本目標としてあると思いますが、何を見て定量化していくかということはやっぱり常に変わります。
新しいところを捉えるためには質をちゃんと捉える必要がある。例えば、ドラッカーの言葉で「予期せぬ成功」というものがありますが、これは「知覚の外にあった」という意味だと思うんですね。
たとえば、ノンカスタマーに聞くというドラッカーの知見を活かしたアクションがあります。顧客に聞けということで既存顧客の声ばかりを聴いていたという話は割と多いと思います。
私の著書(『実践するドラッカー[事業編]』)の中で紹介していますが、十勝バスではノンカスタマーの戸別訪問を行い、バスに乗らない理由を聞いて回り、具体的なアクションに反映させていきました。戸別訪問が千戸を超えたあたりから業績が飛躍的に上がり出し、業界の常識を覆しました。これなどは、まさに定量化されていない情報の最たるものです。
坪谷:なるほど。おもしろいです。
佐藤:「これはなんだろうな」と思う兆候のようなものを測ったり、あるいは最初は測れないけれども情報を集めていって、それが集まってきたら分析し、アクションに変えられるかもしれないという意味ですよね。先ほどの十勝バスの例はこれです。
坪谷:数値として定量化できるものはマーケティングに活かし、質を見て新しいものを知覚するものはイノベーションに使う、という捉え方でいいでしょうか。
佐藤:いいと思いますね。マーケティングとイノベーションってあんまり境界線がないということはあるかもしれませんね。
佐藤:主体と客体のところに話を戻すと、ドラッカーは組織が主人になる場合と、人が主人になる場合のことを「組織を目的意識と責任を持って利用することである。この責任とそこに伴う意思決定から逃げるならば、組織が主人となる。逆にこの責任を引き受けるならば、われわれが自由となり主人となる」と言っています。
ドラッカーは、働く人がどうやって組織を使うかについて、「自らの目的を達成するための道具として組織を使う」と明言しています。MBOもそのための道具として機能させるべきだということですね。
またドラッカーは、「貢献というかたちで目標設定はしなさい」と言っているので、そのためには働く人が組織の方向づけをちゃんと理解している必要があります。
坪谷:「貢献」は大切なキーワードですね。
佐藤:「組織の成果を上げるためにどのような貢献ができるか」ということが切断されているので、結果として組織に使われてしまう。やっぱり、お金をもらいにいく場だと思っている人たちが少なからずいるわけですよね。
坪谷:自分のために、客体(オブジェクティブ)をうまく使って、主体(サブジェクティブ)として関わることができれば、自己実現ができる。
佐藤:そうです。もちろん、お金をいただくことも自らの目的に入っていますが、そこにとどまってしまうと組織に使われているという意識になりやすいですね。組織として方向づけされている中で、自分はどんな貢献ができるかという意識を持てない限りは、そこがつながらないと思います。
坪谷:客体としてのビジョンやパーパスなど、組織の目的に対して、経営者だけの主体が入っていると捉えてしまうと、使われる構図になってしまう。働く人たちもその客体に自らの主体を関わらせて、その責任を引き受けることができたら、自分が主人になるということですね。
佐藤:はい。だから、経営者にとっても働いてる人にとっても道具だという距離感で組織を見ていかないと、使われているという話になってしまうと思うんです。
坪谷:どうやったら主体として関われるようになるか、という大きな問いですよね。これまでは誤解があったとしても、今後は組織側も目的(オブジェクティブ)をきちんと示して、それにジョイン(参画)したいかどうかを、働く人自身の意志(サブジェクティブ)で決めてもらうことができれば……。
佐藤:サイボウズの代表である青野慶久さんのご著書の『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』は、まさにそこが問題意識なんだと思うんですよね。そういう、なかなか壊しがたい壁をクリアすると、だいぶ物事は進むような気がしてるんですね。
坪谷:私はリクルート・マネジメントソリュージョンズという会社にいたのですが、そこでは、“ルビコン川”という言い方をしていました。マネジメント側に回るのか、働く側でとどまるのか、そのギャップを大きな川に例えて、会社を自分のこととして語るようになると「ルビコン川を越えたね」と言われるんです。越えるとすごく楽で、まさに自由になる感覚がありました。
佐藤:まさにですね。あらためて、目標とゴールズの取り違えという話をすると、私の本で『実践するドラッカー 利益とは何か』にだいぶ転載してるんですけど、もともと『経営者に贈る5つの質問』という本に、ゴールの条件のようなものについて少し書いてあります。
そこには、「ゴール、すなわち長期的な到達地について合意を得ることは容易でない。したがって、ゴールは包括的でありながら、しかも絞り込んだものとしなければならない」というふうに、ゴールの条件のようなものが少し書いてあります。
ミッション→ゴール→目標→アクション・プラン(計画)→予算→評価というループの図になっています。ドラッカーはあえて図を使わなかったんですが、(旧)ドラッカー財団が初めてドラッカー関連で作った図です(笑)。
目標と訳されてしまうゴールと、MBOで使われている短期的なオブジェクティブズとの切り分けができていないなあと。ゴールは、長期的な方向付けのツールであって、短期的な目標は本来ノルマではなく、これも方向付けのツールとして機能させなきゃいけないんじゃないかと思っています。より強力に方向付けをサポートするのは目標ではなくゴールなんですよね。
ゴールについて「長期的かつ包括的でありながら、絞り込んだもの」というふうに、非常に難しい表現をしていますが、ゴールはめったに変わるものじゃないなと思っています。ただ、その辺りの整理も実務の現場ではあまりできていないのではないでしょうか。それは今行っているMBOの誤解の1つの要因ではないかと思っています。
坪谷:それは先生のご著書の中に書かれているんですか。
佐藤:原典は、『参加型マネジメントへのワークブック 非営利組織の「自己評価手法」』ですが、少し整理して、『実践するドラッカー[利益とは何か]』の中に情報を載せました。
佐藤:あと、方向付けには「われわれにとっての成果は何か」もとても重要です。実際の現場では、組織の成果からスタートしていないので、ミッションがぽつんとあって、いきなり目標を追えみたいなイメージもあります。成果を中継して原則どおりにやれば、ドラッカーが示していた本来のMBOができるんじゃないかなと思っています。
ちなみにドラッカーがいう成果とは、外の世界、つまり顧客にプラスの変化をもたらすことです。それを明確な形として認識すること、つまり客体化することが先の問いの意味です。
坪谷:そうですよね。これもゴールの話と近いですね。
今日はお話しさせていただいて、いくつもの疑問点がクリアになりました。特に、MBOの主役はマネージャーだけではなく「すべての働く人」であると理解できたことが大きかったです。すでに書きかけていた書籍の構造を、変える必要を感じました。
そして、客体と主体を一致させること。そこに必要なのは「自由」になるために「貢献」によって組織を使うスタンスである。そして報酬・賃金制度との直結ではない位置づけ。このあたりが、MBOの誤解を解く鍵なのではないか、と気づきを得ました。
佐藤:誤解されたMBOの現実を変えるのは、坪谷さんしかいないと大いに期待しています。これからも最大限のエールを送らせていただきます。本日はありがとうございました。
坪谷:佐藤先生にそう言っていただけて、とても心強いです! 今日は本当にありがとうございました。
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