2024.10.21
お互い疑心暗鬼になりがちな、経営企画と事業部の壁 組織に「分断」が生まれる要因と打開策
人的資本開示を企業価値向上につなげる(全1記事)
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香川憲昭氏(以下、香川):HRテクノロジーコンソーシアムの代表理事の香川と申します。本日は、『経営戦略としての人的資本開示』の出版記念ということで、「人的資本開示を企業価値向上につなげる」と少し大上段に構えたタイトルですが、プレゼンテーションさせていただきます。
まず本日の内容ですが、日本における人的資本開示の「元年」ということで、政府から意欲的に情報が開示されていますので、その内容をご紹介したいと思います。そして、「人的資本経営と人的資本開示の関係性」を考え、人的資本経営がこれまでの経営とどう違うのかや、投資家がどこを見ているかについて整理したいと思います。
さらに、「実際にどうやって書けばいいんだ」と悩み始めている方も多くいらっしゃると思いますので、有価証券報告書にも記載義務が課された「人材育成方針」の開示に向けたマテリアルもご用意しています。
では、最初のアジェンダですね。人的資本の開示が「法定開示」と「任意開示」の2つが同時にルール新設・変更されることは、世界的に見ても実質初めての試みといえる大きな特徴です。最初に(スライドの)左側の「法定開示」についてコメントさせていただきますと、上場企業は法律に則って有価証券報告書を開示しないといけませんが、そこに投資家にとって重要な材料と位置付けられる「人的資本」の記載が義務付けられました。2022年夏に改正となります。
一方、「任意開示」に関しては、名前はソフトですが、敢えて軽く考えていただきたくないと思い、(スライドの)右下に私の造語「ESG die-vestment」を置かせていただきました。(投資先・融資先からの株式売却や融資の引き上げを指す)ダイベストメント(divestment)という言葉がありますが、わかりやすく「死ぬ」を意味するdieを当て字で入れました。開示をしないとESG投資家からダイベストメントされますよ、と。
「人的資本の開示」はESG投資家が非常に重視するSの要素ですので、開示が進まない企業には、怖くて投資できないというスタンスになります。投資家からしっかり信任を得て、投資対象として選んでもらおうということですね。ESG die-vestmentの対象とならないように、「任意開示を積極的にやっていきましょう」という方向性が、国家として示されたと理解する必要があります。
日本において、非財務情報をまとめた統合報告書を出される企業の数は3桁を超え4桁に届くほどに増え、アニュアルレポート(年次報告書)を伝統的に出されている上場企業も多くあります。ここに新しく「人的資本」に特化した人的資本レポートを出す企業が日本でも出始めていますが、そういう企業がどんどん増えることを、投資家は期待していると言えると思います。
「法定開示」は基本的に本年7月改正後即施行となっており、日本に多い3月末決算の会社ですと、今年の7月時点を含む事業年度から、「人的資本と多様性に関する情報を開示すべし」という義務が法律によって課されます。
「人的資本」については、「人材育成方針」と「社内環境整備」の2つの項目に分かれます。一方の「多様性」は、「女性管理職比率」「男性の育児休業取得率」「男女の賃金差異」の3つの項目で、いずれも数値で開示することが大きなポイントです。「男女の賃金差異」については、「ホールディングスのほうも開示をしてください」ということが、政府発表資料に補足としてありますので、付記しています。
世界で見ても法的義務を課す指標に、これだけのバラエティを入れてきたのは、かなり意欲的と言えると思います。この5つのツリー構造をぜひ持ち帰っていただければと思います。
一方で、「任意開示のポイント」を少し補足しますと、『サスティナブル経営とコーポレートガバナンスの進化』という非常に素晴らしい著作を出版されている東京都立大学松田千恵子教授のチャートをちょっとアレンジさせていただきました。「過去」の経済的な価値の部分だけに基づく企業活動をまとめて発行していたのが、これまでの有価証券報告書です。
それに対し、非財務であっても「人的資本」は重要な情報なので積極的に開示して、企業の「未来」の姿をよりビビッドに見せてほしいというリクエストが社内外から強まり、開示の流れになったという背景があります。
また、サスティナブル全盛時代で、人類みなで30のSDGsのゴールを達成するために「経済的価値」と「社会的価値」の両方を同時に高められるような「“統合化された”事業活動を行えていますか」というのがESG投資家さんの基本的なスタンスです。
事業活動を通じて経済的利益の創出と併せて、社会的価値をどう生み出して行くのか。レポートの中で、このあたりを投資家に向けてアピールをする時に重要になるポイントとして、(スライドの)縦軸に2つの価値を並べています。
今、申し上げた「法定開示」も含めて、「人的資本の開示」がいよいよ日本でも始まりますが、大切なポイントとして申し上げておきたいのが、「人的資本経営」と「人的資本開示」の関係です。
開示が法律で規定された義務になりましたが、私どもは開示が目的化することは避けていただきたいと考えています。(スライドのような)木に例えるとわかりやすいのですが、「人的資本の開示」は「人的資本経営」の中の1つの有力な枝として位置付けるべきです。「人的資本経営」が幹で、「人的資本の開示」はあくまで枝、手段です。目的と手段を履き違えないようにする必要があるというのが私どもの主張です。
「人的資本の開示は誰のために行うか?」という問いがいただいた質問の中にもありましたが、開示の議論をする際には「ステークホルダー」という言葉がよく使われます。日本語に訳すと「利害関係者」ですね。「利害が関係する人たち」ですから、利害が一致することもあれば、利害が相反する関係性も含みます。
例えば、従業員にとって働きやすい環境は、投資家によっては「儲からない投資」と考えられるというようなことが典型だと思います。従業員の社内環境の整備にどういう福利厚生プログラムを置くのか。そして、それは投資家から見た時にどんな意味合いがあるのか。
「人的資本の開示」を行う時に、投資家に向けて、しっかりナラティブに共感を得られるようにストーリー化できるか。やっぱり、投資家の関心に合わせて開示内容を取捨選択すべきだと思います。
一方で、自社の従業員というステークホルダーもいるわけです。マルチステークホルダー向けの「人的資本開示」として1つのレポートを作れば、投資家向けにも労働市場向けにも、場合によっては採用市場にも同じものが使えると考えられるかもしれませんが、情報に対する関心のありか、つまりニーズが違うので、使い分けが必要になるのではないかというのが現時点での私の考え方です。
なので、マルチステークホルダー向け「人的資本開示」は、誰に何を伝えるかをしっかり戦略的に考えることが重要になると思います。
ここで、「人的資本経営」とこれまでの経営の違いについてお話させていただきます。敢えて対比的に表現しますと、管理職への「昇進」を考えた時、これまではどちらかというとブラックボックス化されたマネジメントシステムの中で、場合によっては好き嫌いで「お前をそろそろ上げたろか」と昇進が決まることがあったかもしれません。
これからは好き嫌いではなく、できればデータに基づいて、マネージャーとして社内外で活躍するスキルと実力を持ち合わせる人材に昇進してもらう。データとHRテクノロジーを活用して、科学的なアプローチで意思決定ができると、世界標準の「人的資本経営」と言えるのかなと思います。そこを目指すと投資家受けも良くなり、そうした姿勢を持つことで、優秀な人材の獲得に効く強みにもなると思います。
投資家向けの人的資本開示内容は投資先の選別に直結してしまうので、非常に残酷な世界でもあります。投資家は同じ市場で戦うA社とB社と比較をして、優劣を付けて「いいな」と思うほうにより多くのお金を投資するのが仕事です。投資家に認めてもらうには、手段としての「人的資本の開示」のやり方、戦略が重要です。このあたりをしっかり準備して、「勝つべくして勝つ」準備をする必要があると思います。
日本企業の多くは、ITシステムの投資が他の先進国に比べ、かなりビハインドしているところが現実です。戦略的に人とITの両方に重点的に投資しながら、無理のないかたちで情報を整備し、できる限り数値でKPIをグイグイ伸ばし、投資家にアピールできるような材料を集めていただきたいと思います。
最後のセクションになりますが、人材育成/開発のメトリクスは、有価証券報告書の中でも重要な5つの法定開示項目として位置付けられましたが、ISOの30414で定められたメトリクスでも重要指標領域として位置付けられています。考え方として、「Development」と「Training」という2つの概念に分けられます。
「Development」は、リーダシップ開発のために脳の使われていない部分をしっかり開拓していくイメージです。新しい自分を見つけるために、トレーニングをして未開発の能力を顕在化させていくための打ち手になります。一方の「Training」は、戦力化のため職業上必要なスキルを身に付けましょうということで、トレーニングプログラムを整備して、スキルを備えた人材を多く集めているかが開示対象となっています。
2020年11月から、日本より一足先にアメリカで任意開示がスタートしていますが、人気項目をランキングしたリサーチサイトがありますので引用しますと、「人材開発/育成」に関しては、投資家も非常に注目しており、ほぼ9割の企業が方針を開示しています。
その中で少しブレイクダウンすると、人材開発の中でも「従業員向けの人材開発プログラム」に関しては、やや定性的な要素が多いと言われていますが、それでも8割の企業が文章や数字を含むレポートでアピールしています。「後継者育成」については、数字の開示までしているのは2割程度なので「まだ様子を見ている段階」と言えそうですが、投資家が注目するメトリクスとして、今後これが広がっていくことを期待したいと思います。
最後のスライドですが、残念ながら財務的に見ると日本は人材の教育投資に及び腰だったという残念な真実があります。これまでは失われた20年だったということかと思います。
なので、岸田首相が「人への投資」を叫ばれ、人的資本が有価証券報告書の開示の中に組み込まれるところまで来ました。
私からの講演内容としては以上になります。ありがとうございました。
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