2024.12.19
システムの穴を運用でカバーしようとしてミス多発… バグが大量発生、決算が合わない状態から業務効率化を実現するまで
「人とパーパス」を本気で大切にするリーダーシップ(ユベール・ジョリー&平井一夫&矢野陽一朗)──『THE HEART OF BUSINESS(ハート・オブ・ビジネス)』出版記念オンラインセミナー(全5記事)
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矢野陽一朗氏(以下、矢野):次に、ユベールさんが取り組まれた「ベスト・バイの再生」について、少しお話をしていきたいと思います。ご存知ない方もいらっしゃると思いますので、私のほうでかいつまんでどういう状況だったかを、少しお話ししたいと思います。
まずベスト・バイは、1966年に創業されたアメリカの家電量販店です。本社はミネソタ州ミネアポリスにあります。現在の従業員数は、今年1月末の数字になりますが10万5,000人。お店は1,144店舗で、アメリカ国内・国外にあります。そして売上高は日本円で7兆円ぐらいです。日本の家電量販店最大手はヤマダ電機さんですが、従業員数と売上高ではほぼ4倍になります。ですから非常に大きな会社だということですね。
ところが2005年頃から、Amazonをはじめとするインターネットの通販業者との競争が激化し、経営が悪化してしまいました。この記事は2012年3月のものですが、直前の四半期で17億ドル。日本円で約2,300億円もの赤字を出して、5パーセントもの店舗を閉鎖する計画だという、非常にネガティブなニュースが報じられたわけです。
これを受けて、株価も急激に下がり、一時は60ドル近くあったものが、11ドル台まで下落しました。ユベールさんがCEOになられたのは、2012年の9月からです。CEOになられたあとも少し回復するのには時間がかかったのかなと思います。
こちらの記事は、ユベールさんがCEOに就任された最初の日ですね。その日に「CEO研修中」というバッジを着けて、ユベールさんご自身が売り場に立ってお客さまの声を聞くという、素晴らしい行動をされたんですね。
そしてリニュー・ブルー(Renew Blue)という再生計画を立てて、コスト削減や売り場の改革を行われた。ただし、店舗の削減や人員の整理は一切やらなかったのが、大きな特徴かと思います。経営再建の際に、通常経営者がやるような手段を一切取らずに、会社を再生させたという意味で称賛をされております。
それから先ほど平井さんからもお話がありましたが、再生計画の一環で店舗内にブランドのミニショップを作るという取り組みをされた。こちらはベスト・バイの中にあるソニーの店舗の写真ですが、こういった改革もされた。
これにより、5年後には株価が7倍まで回復し、非常に素晴らしい再生だったという結論になっております。
以上が、ユベールさんのベスト・バイ再生の取り組みになります。
矢野:ユベールさんにまずおうかがいしたいのは、ベスト・バイのCEOになられた経緯です。普通であれば、ここから会社の再建は非常に難しいと思いますし、ユベールさんは実は小売業のご経験がなかったわけなんですよね。どうしてCEOを引き受けられたのか。ここからちょっとお話いただけますでしょうか。
ユベール・ジョリー氏(以下、ユベール):当時ミネアポリスで、私がこの仕事に就くことについて、「頭がおかしい」と言った人はたくさんいました。ベスト・バイというのは実は「死ぬ」と思われていましたから。しかしジム・シトリンという友人が「やってみたらどうか」と言ったわけです。
素晴らしい会社だったベスト・バイが、今まさに滅亡の危機にある。「そんな会社のCEOになるとはどういうことだ」と私は言ったわけです。「あなたには再生の経験があるし、新たな示唆をもたらすような人がほしい。なのでぜひ考えてくれ」と彼は言いました。
取締役会の人と会う前に、いくつかのことをやってみました。メディア報道には、信じられないこともありますよね。なので自分で汗をかいて調べなくてはなりません。1つ目は「世界はベスト・バイを必要としていた」ということでした。お客さまはベスト・バイの店舗で、実際にその商品を触って質問するということを必要としていました。
2点目は平井さんも言っていましたが、ベンダーのみなさんは素晴らしい商品を持っていながらAmazonやウォルマートで箱に入ったまま売る。ただそれだけではやはり素晴らしい商品を見せることができません。そういった意味では、ベスト・バイは商品を見せることができます。
問題もありました。例えば価格が高すぎるとかお客さまの体験がよくないとか、出荷が遅いとか。でもそれらの問題はベスト・バイ自身の問題なので、自分たちで修正できる。なので、いいニュースだと思ったわけです。
ベスト・バイは十分な資産もありますし、アメリカの象徴的な会社です。私はベスト・バイのチームと一緒に再生ができると思いました。十数万の人たちが働いている会社ですし、ベンダーも含めるとかなりの規模の関係者になります。そういったところを一緒に再生できるのは楽しいと思いましたし、大きな影響があると思ったので引き受けました。
矢野:平井さんは当時のベスト・バイをどのようにご覧になっていましたか?
平井一夫氏(以下、平井):私は2012年に社長になりましたが、実はソニーもだいたい同じタイミングで苦しい時代がありました。当時のアメリカでは苦境に立たされ始めた家電量販店さんが多く、全国展開していたチェーン店がどんどん去ってしまいました。店頭で商品を楽しんでいただいたり、試していただくことは、ソニーが自力ではできませんから、非常に大きな危機感がありました。
その中でベスト・バイがかなり苦しい状況に置かれていたのを見て、ベスト・バイもなくなってしまったら、私たちはどうやって実際に商品を体験してもらうのかという非常に大きなチャレンジがありました。
当時ユベールさんがCEOになられて、いろんな改革を始めたり、初日に「CEO in Training」というバッジをつけて店頭に立ったり(笑)。それを見て、もしかしたらユベールさんが舵取りをするベスト・バイは、うまいかたちで改革してくれるんじゃないかと、私は早い段階で感じていました。できれば再生していただいて、ソニーの再生の良き協力者になってもらえないかと、かなり強く願っていたのを覚えています。
先ほど申し上げたショップ・イン・ショップも含めて見事にパートナーシップを組めたので、お互いにお互いを助け合って両社の再生につなげることができたんじゃないかと思います。そういう意味では、ユベールさんがベスト・バイのトップになられたタイミングといい、まさしくユベールさんだったことがソニーにとっても非常に大きなターニングポイントになったのではないかと思います。
矢野:再生の経緯は本書の中に詳しく書かれていますが、ユベールさんがベスト・バイを再生することができた一番の成功要因は何でしょうか?
ユベール:いろいろと学ぶことがありました。私は元マッキンゼーとして、まずWhatを注視します。価格は競争優位性があるか、オンラインショッピングの経験、出荷も即日・翌日など早くできるようにする、エクスペリエンスも良くする。
これらはとても興味深いことではありましたが、大事なのはHowです。私は考え方をHowに集中させました。となると、人が中心にきます。カット、カットと削減するのではなくて、前線で働く人たちの声に耳を傾けることが大事でした。
私はミネアポリスで1週間店舗に立ち、前線で働く人に「何がうまくいっているのか」「何がうまくいっていないのか」「何が必要なのか」の3つの質問をしました。前線にいる人たちは全部の答えを持っていました。私の仕事は簡単で、質問を3つして、耳を傾け、ノートをとって、チームと一緒にそれをやっていくことでした。
つまり、計画を作るということですね。完璧な計画ではありません。はじめから全部完璧でなくても、そこそこ良いものであればそれでスタートして、共同で作っていく。新しいCEOの計画ではありません。以前のことを知らないCEOなので、チームで共に作って新たにやっていきました。
2つの車輪ということです。自転車は動かさなければ倒れます。でも、動かしていればモメンタムができてくる。方向が間違っていたら方向転換すればいいわけです。なので、それで早く勝利を収めることができました。
矢野さんとも一緒にプロジェクトをやりました。最初は上手くいかないこともあったでしょう。でも、やはり人を中心に据えて、謙虚に、透明性をもってやっていくことが大事だと思います。
物理ではエネルギーを作ることはできないと言われました。でも、人間の組織の中ではそのエネルギーを作ることができます。リーダーの大きな役割は、組織の中にあるエネルギーを解き放つことです。
10万人以上の人たちを前に進めていき、お客さまにフォーカスを当てていく。そして、成功がどんどん積み重なっていきます。この本はまさにそのHowを共有するものです。人を中心に据えることを完全にやっていくのが大事だと思っています。
矢野:平井さんもソニーの再建に取り組まれましたが、ご自身の経験と比べて共通点や違いがありましたらぜひお聞かせください。
平井:表現の方法は違うかもしれませんが、根底に流れている考え方は驚くほど同じです。今ユベールさんがベスト・バイを分析して、「ほとんどが自ら作ってしまった問題やチャレンジなので、自ら直すことができる」とおっしゃっていました。
それには何をしなければいけないかという戦術・戦略が出てきましたが、ユベールさんが言ったことですごく大事なのは、ユベールさんが十数万人の社員から「この人のためにがんばろう」とリスペクトされているリーダーだったからこそ、ユベールさんとマネジメントチームの「こっちの方向に進みますよ」という戦略に腹落ちして、それに向けて貢献しようと1つのチームになれたことです。
ユベールさんやマネジメントチームがどんなにすばらしい戦略を説明したとしても、ユベールさん自身、もしくはマネジメントチームがリスペクトされていなかったら、社員のみなさんは日本語で言うサラリーマンですからそれなりのがんばりはすると思いますが、ユベールさんがやろうとしていることが腹に落ちて、120パーセントの力を出してがんばるんだと言える組織にはなっていなかった。
ユベールさんもおっしゃっていましたが、「情熱のマグマ」みたいなものを、いかにうまいかたちで持っていくかがすごく大事だと思います。まさしくソニーも私1人では何もできません。私はゲームと音楽がメインの仕事をしていた人間ですから、例えばエレクトロニクスや映画とか、ソニーの中でも私が体験・経験したことのないビジネスはいっぱいありました。
やはり自分ですべて決めることは絶対にできないし、当然実行するのも現場ですから、現場もしくはマネジメントチームが「このマネジメントチームもしくは平井のためにがんばろう」と思ってくれる環境をいかに作るかがすごく大事だったと思います。
ベスト・バイはだいたい10万人の社員がいるとお話がありましたが、ソニーもだいたいそれくらいです。120パーセントやろうという社員が10万人いるのと、「8割がんばればいいや」という社員が10万人いるのでは、どっちのほうが成功して、どっちのほうがだんだんと疲弊していくかは、単純に掛け算すればわかる話です。
みなさんにいかに120パーセントがんばっていただくかという環境作りは、リーダーシップとして必要です。それをするのは肩書きではありません。みなさんはCEOだからリスペクトしているんじゃないんです。ユベールさんだからリスペクトしているんです。それが大事だと、私は常日頃思っています。
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