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斉藤徹✕八子知礼トークイベント 「愛のある組織変革」は実現可能か? 〜「人間性」と「デジタル化」を両立する組織トランスフォーメーション〜(全6記事)

自分の知識を教えると「損した気分」になるのはなぜ? 相手への「Give」が「自分の幸せ」になる仕組みの作り方

代官山 蔦屋書店にて開催された、『だから僕たちは、組織を変えていける』著者・斉藤徹氏と『DX CX SX』著者・八子知礼氏による対談の模様を公開します。テーマは「『愛のある組織変革』は実現可能か? 〜『人間性』と『デジタル化』を両立する組織トランスフォーメーション〜」。DX推進をする上での問題点を「人」の視点でひもといていきます。本記事では、「自分の知識を出したくない」問題について、その背景と対策が議論されました。

「組織のナレッジ」ではなく「俺のナレッジ」で終わってしまう問題

斉藤徹氏(以下、斉藤)「自分の知識を出したくない」問題、これはどういうことがありましたか? 熟練している人ですよね。

八子知礼氏(以下、八子):そうなんですよ。2年ほど前です。製造業の本部長の方がいて、特に金属加工の領域において非常によくご存知の方なんですよね。ですが、非常によくご存知であるがゆえに、現場の都合や機微なんかも全部わかっちゃうんですよね。だからほかの会社の方々からもいろいろアドバイスを求められるわけなんですけど、持っている知識はすべて、自分の組織の中に囲いこんじゃうんですよね。

では、自分の組織の中でそこそこうまくいっているのか? というと、わかるがゆえに現場に対しても指導しているわけですから、そうすると指導し過ぎて現場が萎縮しちゃうということが起こる。すると、委縮した現場からは情報が外に出なくなってしまい、恐らくあのまま、積み上げたノウハウがシナジーを起こせないままで終わっちゃうんじゃないかな、と。

斉藤:なるほどね。暗黙知がすごいですよね。

八子:「俺の経験はこうだ」という話をされるんですけど、それがなかなか外では使われないままになってしまって、「組織のナレッジ」ではなくて「俺のナレッジ」で終わってしまう。リタイアして組織のナレッジを残したい、自分がその場にいたことを証明したいのであれば、現場を訪問する時は「俺のナレッジ」じゃなくて、組織にちょっと貢献する、もしくは業界に貢献してよと。

斉藤:経営者とか、はたから見るとそう思いますよね。

八子:実は、すごく尊敬すべき方なんですけどね。

「形式知化」と「暗黙知の可視化」

斉藤:これもなかなか難しい問題ですよね。これは例えば、DXでアプローチする方法のひとつは、八子さんの本でも勉強しましたけど、デジタルツールでその人のノウハウをなんらかのかたちで……。

『DX CX SX ―― 挑戦するすべての企業に爆発的な成長をもたらす経営の思考法 ―― 』(クロスメディア・パブリッシング(インプレス) )

八子:形式知化ですね。

斉藤:そう、形式知化して、ナレッジデータベースを作るのがひとつの方法ですよね。もう一つは、暗黙知のままじゃないとなかなか難しいようなものに関しては、「Who knows What」……つまり、誰がどういう情報を知っているかを可視化することが重要です。

八子:エキスパートエンジニアのようなことですね。その人はどこの領域に尖っているか。そして、それが周知されているか。

斉藤:そうですね。そのどちらかですね。形式知化するか、誰がこの暗黙知を知っているかを全社的にぱっとわかるようにする。でもその時は、その人がちゃんと答えてあげないとダメですよね。

八子:そうですね。

斉藤:今は知識社会で、企業においては知識こそがひとつのコア・コンピタンス=他社に真似できない核となる能力なわけですよね。

八子:情報格差でビジネスをされる方々もたくさんいらっしゃいますからね。

経済的に一番成功確率が高いのは「主体性を持つギバー」

斉藤:この問題、どうしましょうか。まずはギブする(知識を与える)という行為は一体どうなのか。ギブだけしていると損している感覚がありますよね。ちなみに僕はないですよ。僕はすごくたくさん情報を出していますよ。

八子さんもものすごいギバー(Giver:与える人)なんだけど、いろいろ思うところがありますよね。本当は自分の持っているものを与えたいと思う方がギバーであったらいいわけですよね。

八子:そうですね。

斉藤:でも、その人は本当はもしかしたらテイカー(Taker:受け取る人)かもしれないし、マッチャー(matchar:バランスを取る人)かもしれないし、「このお客さんを紹介してくれたらこれを教えてあげるけど」みたいな感じかもしれないし。ここらへんはビジネスにおいて損得勘定がすごく働きますよね。

八子:働きますね。

斉藤:基本はどうしてもテイカーかマッチャーになってしまうんですよね。特にマッチャーになりがちなんですよね。

八子:なりがちですよね。

斉藤:ただ、アダム・グラントの研究では、経済的に一番成功確率が低いのが滅私奉公型のギバーです。自分を殺してでもギブしちゃう人はやっぱりどこかで疲れてダウンしちゃうんですよ。精神的にも参ってしまう。

テイカーとかマッチャーが真ん中ぐらいで、一番実は成功確率が高いのは主体性を持つギバーなんだと言います。主体性を持つギバーというのは、マッチャーのような感じよりも、ギブしたほうが自分にとってもメリットがあるんですよ。それが伝わるといいですよね。

すべての人にすべてをギブすることはできない

斉藤:滅私奉公型のギバーと主体性を持つギバーの一番の違いですが、自分の時間とか精神的・心理的エネルギーには限界があるじゃないですか。時間は24時間しかなくて限られているから、すべての人にすべてをギブすることはできないわけです。

八子:限界がありますからね。

斉藤:それでは本当に疲れ果てちゃうんですね。特に相手がテイカーだった時に、ギブし続けるとめちゃくちゃつらいと思うんですね。

八子:ええ、つらいと思います。

斉藤:主体性を持つギバーになるためには、ギブは基本なんだけれども、自分の時間とか心理的エネルギーは限られているから、どういうケース、どういう人にギブをするのかは自分で主体的に考える必要があります。

その時、自分の中の信念と美学に照らし合わせて、「これはこうするんだ」ってやればいいと思うんですけども。先ほど八子さんが話されていた製造業の本部長の方も、本当は主体性を持つギバーになれたらもっと幸せになるんじゃないかなと思っていて。

八子:そうですね。

斉藤:感謝する人がわーっと出てきて、「あの人は本当に素晴らしい人だよな」みたいに会社の中心のようになれると思います。

「誰にギブするか」の考え方

八子:今のお話の中で言うと、主体的なギバーの場合は、ギブする相手を決めていいわけですものね。誰にでもできるわけじゃないわけですよね。

斉藤:そうですね。自分の持ち時間は24時間以上はあり得ないですからね。

八子:例えば我々の会社の場合、本当にチャレンジする、挑戦する人とか、もしくは情熱のある人にはどんどん貢献しよう、ギブしようと思っているわけですけど。

でも例えば学ばないとか、向上心がなかなか出てこない人にも、愛情を注がないといけないのかもしれません。実際はその方々たちになかなかギブしてやれないという問題が、あるにはあるんですけども。

斉藤:そうですね。なかなか難しい問題だと思います。まずはその人は、人生の主人公として生きているわけなので、そういう行動をしているには背景、理由があるわけです。

八子:ありますね。

斉藤:まずそれを対話、傾聴して、その人の抱えている問題や不安を理解してあげる。そのプロセスはやっぱりとても大切かなと思います。

八子:そうですね。

斉藤:ただ、時間にも限りがあるから、やっぱりその際は「自分の時間には限度があってあれなんだけれども、できればこういうふうになってほしいな」みたいなことをお伝えして。

八子:そうですよね。

熟練者に「役割と名誉」を与えることで回るサイクル

斉藤:今のビジネスはどうしてもギバーよりマッチャーになるようなシステムになっているんですよね。外発的動機付けがされていて、評価されて給料もかなり出る。もうマッチャーになる仕組みができている。

八子:仕組みが整ってますものね。

斉藤:その中でも、例えば先ほどの熟練者とか、そういう方が主体的なギバーになっていただけるような仕組みを少しクリエイティブに考えることが大切かなと思いますね。

例えば、熟練者は常に多くの仕事を抱えていて、ギブする時間がないわけなんですよね。熟練者の方の中で仕事をちょっと分析をして、価値の低い仕事、その人がやらなくてもいいような仕事を断捨離してあげる。それを組織として支援してあげる。

八子:そうですね。

斉藤:あとは熟練者さんはギブすることで自分の価値が落ちることを恐れているわけです。だから僕はギバーという役割と名誉を提供することで、主体性を持ってもらいたいわけですよね。こういうことも大切だと思います。

八子:製造業で言うと、フェローという称号を与えたりしますよね。

斉藤:そうそう。

八子:みんなが彼ないしは彼女のことをリスペクトして、いただいた情報やノウハウを使って、もっともっとみんなが上に行けるように貢献しようとして、それでサイクルが回りますものね。

斉藤:感謝をお伝えするのが大切ですね。

八子:そうですね。

熟練者は教えることが苦手

斉藤:あともうひとつ、熟練者は教えることが苦手なんです。これは当然なんですけれども、例えばプロ野球選手は、本当にうまくなってくると、初心者の気持ちがわかんなくなるんですよね。

僕も思い出すと、新卒で日本IBMに入って1年目とかは、会議に出るのもものすごく緊張していたんですね。めっちゃ緊張していました。

八子:意外ですね。

斉藤:そうなんですよ。今はそんなんじゃないんですけどね。この前、人に同じような話をしていて、「自分はね……」って言って、「そうだ、そうだった」とようやく思い出したんですけど、普通は思い出さないじゃないですか。

5年、10年とその仕事をやっていると、本当に何も知らない状態で入ってきた人の気持ちがわからなくなるんです。だから教えるのが下手くそなんですね。面倒くさいんですよ。あまりにも教えなければならないことが膨大だから、「とにかく背中を見て学べ」という感じになっちゃうわけですね。これがひとつ問題です。なので、やはり熟練者には、教え方を伝授してあげて。

八子:なるほど。

斉藤:もしくは教えるだけじゃなくて、学び合うコミュニティを作る。熟練者がいなくても、学んでいる人がみんなで教え合う。学んだ人たちはまさに初心者で人の気持ちがわかるので、とてもいいアドバイスができるわけですよね。

「教える」のではなく「課題を与えて熱中してもらう」

斉藤:熟練者は教えるのが苦手なので、例えば若手や新人が入ってきた時は、ずっと教えるのではなくて、新人に何かポンッと課題を与えて、熱中してもらうのが一番楽じゃないですか。

八子:そうですね。

斉藤:どんどんどんどん熱中して、どんどんどんどん伸びていったら一番楽ですよね。それを実現するのがこの「フローチャネル」なんですよね。夢中を生み出す。こういうことを熟達者、熟練者の方々が学べるといいのかなと思いますね。

これはゲーミフィケーション=ゲーム要素を応用することで、利用者の意欲の向上やロイヤリティーの強化を図ることと同じですね。僕はよくドラゴンクエストで例を言うんですけれども、例えば新人だったら新人のスキルレベルがありますよね。それに対して、ちょうど110パーセントぐらいのちょうどいい内容の課題を出すんです。

八子:ちょっと上の。

斉藤:ちょっとだけ。やり方はあまり教えない。

八子:ドラクエは初めは負けますものね。

斉藤:そうです。そうするとちょっと成長するから、またちょっと上の課題を与える。だからドラクエは熱中するんですよ。

八子:ハマりますよね。

斉藤:最初はスライムが出てくるじゃないですか。最初に1、2匹倒すとレベルアップしますよね。チャチャチャチャッ チャッチャチャーと。

八子:「徹はレベルが上がりました」みたいなね。

斉藤:そうするとめっちゃうれしくなるんですけど、それが1〜2時間ずっと続いていたら、やめますよね。

八子:24時間スライムばっかりだったらね。

斉藤:ずっとスライムだったら、退屈しちゃってやめちゃいます。だからスライムを倒してレベルアップしたら、次はちょっと手ごわいドラキーを出すんです。そうやって成長していって最後にゾーマが出てくる。最初からゾーマが出てきたら、すぐに殺されて超つまんないですよね。こういうふうに、スキルに対して適切な難易度の課題を出すべきなんです。

ティーチングとコーチングの会得が、熟練者を楽にする

斉藤:もうひとつ大切なのは、ティーチングとコーチングですね。何でもかんでもティーチングするのは大変だけど……。ティーチングは答えを教えることなんですが、それに対してコーチングというのは、答えはむしろ相手から引き出すものです。

八子:だいたい持ってますものね。

斉藤:そうなんです。だいたいの人はhowを考える力があるので、これを質問で引き出していく。ただしこれには仕事の難易度と部下の能力で組み合わせがあります。

難易度が低くて部下の能力も低い場合は、ティーチングとコーチングです。それから、能力が低くて難易度が高かったら、やっぱりティーチングですよね。その人のレベルが足りないので。

八子:howがわかりませんからね。

斉藤:そうです。でも能力が高くて仕事が易しいなら任せればいい。難易度も能力も高い人はコーチング中心でやる。こういうフローチャネルとかティーチングとコーチングのようなことを熟達者の方に会得していただくと、熟達者の方がすごく楽になるんですよね。ティーチングだけってすごく疲れるじゃないですか。

八子:そうですね。ずっとこちら側(熟練者側)のアウトプットで、だから「自分のノウハウが取られてしまうんじゃないか」と感じてしまうんですよね。

斉藤:その感覚も疲れさせますよね。加えて、ずっとつきっきりで教えている姿を想像するだけで疲れちゃうんですよね。だからうまくコーチングとか、フローチャネルを使ってほしいなと思います。

人に興味を持ったほうが、自分にとっての幸せになる

八子:となると、相手の能力がどれくらいなのかは非常に正確に把握しておかなければならないですよね。

斉藤:大切だと思います。だからその際には「人に興味を持つ」ことが大切ですよね。

八子:熟練者は人に興味を持つんですか?

斉藤:人に興味を持ったほうが、自分にとっての幸せになる。やっぱり対話をして、そういうことを感じてもらえる部分で。

八子:気付いていただく必要がある。

斉藤:うん。気付いてもらうには、伝える人自らがそういうふうにならなきゃダメ。人に対して興味を持っていないリーダーから「人には興味を持つべきだよ」なんて言われたら、ものすごく腹立ちますよね。で、反射的に「なんだよ、このくそ忙しいのに」となってしまいます。

そうじゃなくて、人に伝えたいことがあるのであれば、まずは自分自身がそうなるべきなのです。その熟練者の人に対して、心から興味を持ち、想像力を働かせてみることです。おせっかいじゃなくて、どうしてそういう発言をするのかを理解してあげるんです。つまり、何事も自分自身が変わるから始めるということです。

肝心なのは、経験を共有できる「仕組み」

八子:そうすると若手も、これから教えなければならない、もしくは今から能力を発揮していただかなければならないメンバーと対話して理解すると同時に、熟練者の方ともかなり対話しなければならないですよね。間に他の誰かが介在したほうがいいことはないですか? その2人の関係性だとなかなか……。

斉藤:そうですね。なので、コミュニティの形にするのがひとつ。

八子:同じような境遇にある彼より、先に経験した方々が、「自分はこういうことをしたよ」と、しかもそれをティーチするのではなくて、経験を共有するだけ。

斉藤:そうですね。大学の部活でもブラザー・シスター制度ってあるじゃないですか。1年上の先輩は1年生の気持ちがわかる。同じような制度なり仕組みが肝心ですよね。

あと、もうひとつ問題がありましたよね……もう8時になっちゃった。

八子:あっという間ですね。

斉藤:これ、あとひとつ大丈夫ですか?

八子:お茶の間のみなさんも、ちょっとお付き合いくださいね。

『だから僕たちは、組織を変えていける ーやる気に満ちた「やさしいチーム」のつくりかた』(クロスメディア・パブリッシング(インプレス) )

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