CLOSE

老舗企業に学ぶ、変化への適応力(全2記事)

零細企業の文房具屋が、コロナ禍で年商3倍に 創業100年超の長寿企業に共通する「逆境力」

日本では2013年のダボス会議から知られるようになった「レジリエンス」。復元力や逆境力とも呼ばれ、経済やビジネスなどさまざまな場面で耳にするようになりました。環境の変化が激しい現代は、企業の寿命が人の寿命よりも短くなったと言われて久しいですが、創業100年を超えるような歴史ある企業は、さまざまな苦境を乗り越えて存続しうる「しなやかさ」を持っていると考えられます。本記事では、『長寿企業のリスクマネジメント〜生き残るためのDNA〜』の著者の後藤俊夫氏に、現代のSDGsとも重なる長寿企業の生存戦略についてうかがいました。

前編はこちら

長寿企業の伝統は「革新し続けること」

ーー長寿企業のリスクマネジメントについておうかがいしましたが、今は商品やサービスでの差別化が難しいと言われるようになり、多くの企業がコミュニティや顧客とのつながりを重視しています。一周回って、限られたお客さまとの「質の高い関係性」へと回帰しているような気がします。

後藤俊夫氏(以下、後藤):長寿企業は、それを長年ブレないでやってきているという強みがありますよね。意外に思うかもしれませんが、実は長寿企業も初めはベンチャーなんです。限られた地域の限られたお客さまに向けて、限られた事業を営んできたと。

その中でも、お客さまとの質の高い関係性を志向してやってきた。そして、100年も経てばマーケットが変わるのでイノベーションも必要です。それらを積み重ねてきたから、長寿企業になったわけです。

ーーよく「日本はイノベーションが起きない」と言われていますが、長寿企業を見ているとまったくそんなことはないと思います。著書で、江戸時代の刻みたばこの卸業が、たばこを包むための油紙から雨具を考案して、ビニール傘を開発したという事例を拝見しました。今のホワイトローズ株式会社さんですね。

後藤:実は「長寿企業の伝統とは革新の連続である」と、500年続く和菓子屋さんの17代目が言っています。私たちも仲間で2000年に出版した『老舗企業の研究−100年企業に学ぶ伝統と革新』を2012年に増補改訂した際、『老舗企業の研究―100年企業に学ぶ革新と創造の連続』という副題に改めました。

日本ではイノベーションを「技術革新」と言いますが、正確には「革新」なんですよね。だからマーケティングのイノベーションもあるし、もっと大事なのは経営のイノベーションです。

100年企業を見てみると、商品や技術のイノベーションだけじゃなく、マーケティングや経営のイノベーションも、いろいろと地道にやっているんですね。大事なのは革新を続けることであり、それが伝統だということなんです。

世界最古の企業、金剛組が陥った危機

ーーなるほど。事業を立ち上げて、数百年も継続していくだけでも本当に難度の高いことだと思うんですが、さらに長期的に業界トップの企業もありますよね。一般的な長寿企業と、その中でもさらにトップを走り続ける長寿企業には、何か違いがあるんでしょうか?

後藤:2つあると思います。まず1つは、無理をして対象のマーケット・事業の範囲を広げないことです。意識的に「自分の強い分野はどこなのか」を見定めて、そこに資源を集中すること。

中小企業はお金も人も莫大にあるわけではないけれども、限られた事業範囲に集中すれば、相対的には強いですよね。限られたマーケットでシェア7割を維持する方が、ビジネスとして手堅く、リスクにも強い。そして、お客さまとの強い関係性を維持するという意識があるかどうかだと思います。

世界で一番古い企業と言われているのは金剛組です。2006年に危機を迎え、今は髙松建設の完全子会社として続いています。なぜ危機を迎えたかというと、ずっと木造建築で手堅くやってきたところを、鉄筋コンクリートにも手を広げたんですね。

金剛組のお客さまはお寺さんですけれども、「コンクリートでやらなくちゃいかん」というので、対応せざるを得なかった。そこからが大変で、「せっかく鉄筋コンクリートの技術があるんだから、それを活かしてマンションに進出しよう」と。

でも、マンションをやっている建築会社はごまんとあるわけですね。やむを得ない事情はあったんだけれども、そこに突っ込んだことで、10年間で厳しい状況になってしまったんです。

だから、自分の強みと弱みを知って、強いものを強いマーケットに集中する。そうやって事業をだんだん広げていくというやり方を取るか取らないか。それは経営側の基本的な考え方ですよね。

零細企業の文房具屋が、コロナ禍で年商3倍になった理由

後藤:それから2つ目の違いは、やっぱり「マーケットが変わっていく」ということに対する認識です。これが弱ければ伝統にあぐらを組むことになるので、今日明日はいいかもしれないけど、明後日はもう続かないわけです。

今お話しした2つの部分は、やはり経営者の認識に寄る部分が大きいと思いますが、これがあるかどうかでずいぶん違うと思いますね。

ーーなるほど。シンプルなようでいて、ブレずに続けていくのは本当に難しいですよね。今は変化が激しいので、1つのことをやり続けるだけでなく、多角経営なども増えていると思うんですけれども.……。

後藤:我々の研究会で今年、ある文房具屋さんの話を聞いたんですよ。コロナ禍の中で年商が3倍になったという、信じられない実話です。そこは町の文房具屋さんなんですが、自社製品として万年筆のインクを出したんです。

万年筆を使う人はあまり見かけないかもしれませんが、使っている人は使っているわけです。コロナの前に、何十種類ものいろんなインクを作ったら、そういう会社はほとんどないので、日本だけではなくて世界のお客さまも来るわけです。

競合がいないニッチマーケットだったうえに、コロナ禍の巣ごもりも後押しになった。この事例は零細企業なんだけれども、一定のお客さまを確実に捕まえることで、年商3倍になったんですよ。

だから、中小・零細企業のビジネスは何も世界全体を相手にする必要はないし、するべきじゃないんですよね。自分たちが大事だと思うマーケットで、かつ相性が良さそうだと思うところ。その対象を自ら定めて、限られた資源を投じる。

そうすれば、今の話のようなこともあってもおかしくないわけです。私たちは40回以上の研究会の中で、お花屋さんや和菓子屋さんといったさまざまな分野で、そうした事例を見てきているんですよね。

ーーもしその文房具屋さんが最初から海外展開を目指してインクを作っていたら、またちょっと結果が違ったかもしれないですよね。最初に限られたお客さまのために始めたことで、広がったという。

後藤:そうです、そうです。

自社の強みを活かし、新たなマーケットを獲得する老舗企業

後藤:四国にある木材屋さんでも、こんな話があります。そこは竹材に特化した竹屋さんなんだけれども、今現在はグローバルのビジネスになっています。日本には竹で作られた縁台がありますが、フランスに行くと、それがベンチとして人気が出るわけですよ。

ほかにも、岩手県の南部鉄器が黄色など原色系の鉄瓶を海外に向けて販売しています。彼らはずっと良い南部鉄器を作るという伝統があって、新市場に目を向けることはなかったんです。でも、ある日本人のフェラーリのデザイナーが帰国して、その人とコラボして海外展開をしたら、海外で鉄瓶が売れたという事例もあります。

良いものを作り続けるというベースを守りながらも、マーケットの変化や新しいお客さまに対応していく。その中で、思わぬ展開が出てくるんです。

東京都の江東区には船橋屋というくず餅屋さんがありますが、ここもコロナの中で年商が昨年対比で100パーセントを超えました。いろいろな理由がありますが、その1つはコロナ禍で新商品を投入して、それが成功したということです。

くず餅は小麦粉を原料にして作っているんですが、でんぷん質を発酵させるという工程があります。そこに着目したときに、発酵食品が生まれたんですね。くず餅の乳酸菌を使用したスイーツと、その発酵化粧水を活用したトリートメントなんですが。

コロナ禍の真っ最中に、表参道に「BE:SIDE」という新しいお店を出して、これがヒットするわけですよ。新しい商品を出す時は、マーケットに合わせて、昔通りの品物やデザインにすることもあれば、そうでないこともありますが、伝統の中にある自分の強みを活かしていく。

船橋屋も自分の強みと関係ないことをやっているんじゃなくて、200年以上かけてやってきた発酵の技術を活かして、新しいお客さんを獲得しているんですね。

現代のSDGsとも共通する、長寿企業の生き残り戦略

ーー長寿企業は、新しいことをやっているけれども、ブレない軸がしっかりとあることがよく分かります。現代の一般企業が、こうしたレジリエンスの観点で学べることがあるとしたら、どんなことだと思われますか。

後藤:レジリエンスという着眼点で答えるなら、1つしかないと思います。それはやっぱり「助け合う」ということだと思うんです。「自分の社会的な存在の意義は何なのか」を、もう一度見直す。

逆に言うと、言い方は悪いですが、今は「多くの人々に助けられて今の自分がある」ということに気づける、類いまれなチャンスなんです。このチャンスを活かして、「社会との結び付きをさらに広げ、深めていくためにはどうすればいいのか」を真剣に考えることが、今みなさんがやるべきことだと思います。

中小企業であればあるほど、従業員もお客さまも地域の方ですから、その結び付きをもう一度見直す。危機は当たり前のようにやってくるからこそ、周りとの結び付きが大切です。私たちは、それを「コミュニティ・レジリエンス」という言葉でまとめています。

これが非常に成功している事例は、兵庫県の城崎温泉です。地域の温泉旅館はお互いに競合相手なんですが、地元の温泉旅館が助け合う伝統があり、一緒になってコロナに立ち向かっているんです。

自分たちのお客さまをコロナから守り、自分たちの地域からコロナを出してはいけない。それから、自分たちの地域からコロナ禍で倒産する旅館を出してはいけない。この3つに、みんなで一緒に取り組んでいるんですよね。やはり、コミュニティ・レジリエンスを実現するための新しい戦略を考えない限りは、生きていけないと思います。

ーー日本の長寿企業は、100年〜1,000年前からすでにSDGsやパーパス経営を体現していて、それがレジリエンスにつながっているんだなと感じました。お話いただき、ありがとうございました。

続きを読むには会員登録
(無料)が必要です。

会員登録していただくと、すべての記事が制限なく閲覧でき、
著者フォローや記事の保存機能など、便利な機能がご利用いただけます。

無料会員登録

会員の方はこちら

関連タグ:

この記事のスピーカー

同じログの記事

コミュニティ情報

Brand Topics

Brand Topics

  • 日本の約10倍がん患者が殺到し、病院はキャパオーバー ジャパンハートが描く医療の未来と、カンボジアに新病院を作る理由

人気の記事

新着イベント

ログミーBusinessに
記事掲載しませんか?

イベント・インタビュー・対談 etc.

“編集しない編集”で、
スピーカーの「意図をそのまま」お届け!