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経営課題としてのエンゲージメント(全3記事)

同じ会社の環境のまま、社員エンゲージメントを高める仕組み 7つのSで考える「組織の価値観」と「個人の価値観」のすり合わせ方

年間1万セッション以上の1on1を提供する「YeLL」では、その知見をもとに組織作りに関するセミナーを開催しています。今回は「経営課題としてのエンゲージメント」をテーマに、取締役の篠田真貴子氏が講演を行いました。「従業員エンゲージメント」は、経営層が扱うべき課題と訴える篠田氏。最終回の本記事では、従業員エンゲージメントを高めるために、経営層ができる仕組み作りのポイントと、逆に従業員一人ひとりができることについて解説されました。

従業員エンゲージメント改善のための「組織の7S」

篠田真貴子氏:あらためて、先ほどの従業員エンゲージメントの定義をもう1回見てみましょうか。会社が目指す方向に関して、社員が自分自身でそれを評価するものであり、組織というシステムの状態を表す。

このシステムに対して社員が主観とか感情を持つんですけど、これってどう理解すればいいのか(笑)。ちょっと「えっ?」という感じになりませんか。ましてやどう手を打てばいいのかと。複雑なのはわかったけど、複雑だと手を打ちづらいですよね。

ここに関して私は、この「組織の7S」というフレームワークが、一見複雑なんですけどけっこう便利だなと思っています。こちらは組織の戦略と、組織の構成要素のつながりを明らかにしたものです。

7つの構成要素の頭文字を全部英語のSで揃えているので「7S」と呼ばれています。グレーのところがハードのS、つまり組織の構造に関する3つの要素。黄色いところがソフトのS、主により定性的なところに関する要素です。

これに照らすと、例えば人材版伊藤レポートで出てきた事例なんかも、わりと構造がわかりやすくなるんですね。ソニーさんの例をちょっとお話しすると、まず「価値観」のところで、パーパスの定義をしました。加えて一人ひとり、個の人材と会社の関係も定義して、これを価値観に置いています。

その上で戦略の一環として、人材戦略のフレームワークとして「Attract」「Develop」「Engage」。エンゲージメントもこのフレームワークに入って、これを各事業会社共通の物差しにしました。

さらに仕組みとしては、この従業員エンゲージメントのスコアを経営幹部の報酬の1つの指標にも組み込んでいます。その上で社員に対する、組織能力を高める新しい成長支援の場を作ったり、ベテランやシニア層には新たなスキル習得や学びなおしをサポートするような金銭補助をやったりと。これは全部、一貫しているんですよね。

組織の力の源泉は「均一性」から「多様性」へ

先ほどの図で、7つの要素の間に線がわーっとある意図は、全部の要素の方向性が揃うように整合させる。ここにポイントがあります。ソニーさんはそれをやっていらっしゃるということですよね。

私も実務に当たっていて、真ん中のこの「価値観」というのがなかなか扱いづらいなと、感じるんですけど。こういうふうに分けて考えています。ここにおける価値観というのは、パーパスというものだけだとちょっと抽象度が高すぎるので。

「社会から期待される事業観」「人間観」「組織観」「人と組織の関係」という、4つの観点が自社においてどうなのかということを言葉にしてみることが、全体を整理していく時に有効かなと考えています。

今日ここでは詳しく入りませんけれども、大きく言うと、特に歴史の長い組織は、この左側の世界で生きてきて、それが今、右に移りつつあります。特に企業価値が問われる今の世界においての事業、その中核となる価値観を、どちらかというと右寄りにしていく必要があるんじゃないのかなと考えています。

ざっくり言うと、今までの良い会社とか組織というのは、やっぱり製造業の工場のイメージ。固定資産とか財務資本が大事だし、業務において再現性とか連続性がすごく大切な価値観とされてきたんですよね。そうすると人間観としては、人を「機能」として見るし、実際、再現性の高い行動が取れているのかということを問いたくなる。組織観としても「均一性」が力の源になっていました。

でもこれからの組織って、言ってみればGAFAみたいなのがなんとなくみんなの目指すイメージになって、実際あれが成長しているわけなので。そうすると価値の源泉も人的資本であり、そこが生む創造性や独創性である。人への期待も、単に機能として再現性高くやってもらうというよりは、感情とか価値観も含めたその方のオリジナリティということを価値につなげたい。なので均一性ではなくて、人の多様性のほうに着目して、そこを組織の力の源にするような経営をしましょうと。こういう変化の中にいるわけです。

コールセンターの実験でわかる、人の心理の繊細さ

人間観というものを考える時に、この『THE CULTURE CODE』という本がすごく参考になったのでご紹介したいと思います。この中で紹介されていた1つの実験に、この人間観というところの繊細さを感じたところがあります。

アダム・グラントという組織心理学者の論文なんですけれども、あるアメリカの大学で、奨学金への寄付を募るコールセンターの職員を3つのグループに分けました。

1つ目のグループは普通どおり仕事をする。2つ目のグループは「奨学金のおかげで通学できた。ありがとうございます」という学生の手紙を読んで聞かせて、それから仕事をしてもらう。3つ目のグループは「奨学金のおかげで通学できたんです」という学生が実際コールセンターに来て、5分ぐらいおしゃべりをしたんですね。

そうしたら1ヶ月間で、3番目のグループだけ架電時間2.4倍、集めた寄付金額2.7倍。劇的な変化が起きたんです。これぐらい人の心理とか動機づけって繊細なものだということを価値観の中核に置いて、いろんな施策を打つ。こういうイメージなんですよね。

航空自衛隊の、人を意欲的に動かす仕組み

そうすると組織運営として、なにも組織がフラットだったりベンチャーっぽくある必要はないんです。

ここでお示ししているのは航空自衛隊なんですが、このようにかなりヒエラルキーが厳しいような組織においても、実は今申し上げたような考え方を中核に置いて組織運営されていると、私はお見受けしています。

これは一例なんですけれども、上司から部下への伝達を「号令」「命令」「訓令」の3つに分けて定義づけしているんですね。この3つの区別は、「意図を伝えるのか」「行動の指示を伝えるのか」この組み合わせです。号令というのは「回れ右」のように、意図は伝えずに行動だけ伝える。命令は意図と行動、両方しっかり伝えるものです。訓令というのは主に意図を知らしめるもの。

組織の中の定義として「指揮官は幕僚に対して自己の意図を明示してください」ということが言ってあるんですよね。つまり意図がわかると人は判断が上手になるし、意欲的に動くようになるという人間観をもとに、それを組織の仕組みに落とし込んでいるのが航空自衛隊の仕組みだなと思うわけです。

「人間らしさを発揮する」組織の仕組みを作るのは経営者の役目

組織観のもう1つの例として、これは私たちエールが自分たちもこうありたいし、クライアントのみなさまもこういう組織になっていきたいというところだと、私たちがお役に立てるという意味で言語化したものなんですね。これも組織観の1つの例だと思います。

実現したい組織の姿として「社員が自律的に働く」。それを支える信念として下の3つ、「社員の内的な変化を願う」「組織と個人のパーパスは重なる」、そして「一人ひとりに合う仕事を増やす・作る」。こういう感じで、組織の価値観とはどういうものがあるかというのをちょっとお考えいただくと、それが実現している組織って、エンゲージメント上がってきそうだなというイメージが湧くでしょうか。

ここまでお伝えしたポイントは、特に歴史の長い企業だと、もともと会社ができた時代が左側の価値観が強い時代だったので。言ってみれば、それを右にお引っ越しするという経営資源の投下が、エンゲージメントを考える上で大事になってくるのかなという観点でお話をしました。

しつこいですが、あらためてもう1回、ここの定義に戻ってきますね。この従業員エンゲージメントとは、会社が目指す方向性を物差しとして、社員の理解度・共感度・意欲を評価するものです。その組織というシステムの状態と、従業員の「主観」「感情」を捉えているんですけども。

この組織というシステムを、この「7つのS」というフレームワークで捉えると、これからの組織の体質というのはやっぱり、先ほどの表の左で示した機械のような組織から、人間らしさを発揮する右のような組織であると。この「人間らしさ」と言う時は、感情というのは欠かせないんですよね。人の感情を前提にした人間観とか組織観を真ん中に置いて、7Sをすべて整合させていく。そういう組織というシステムを経営者が作りますと。

従業員側は「一人ひとりがじっくり自分の話をする」

でも、それだけでいいのか。エンゲージメントって、その「組織の7S」を、今度は従業員一人ひとりがどう受け止めるかが問題なわけですよね。組織側の都合だけじゃなくて、従業員側も必要になる。じゃあこの従業員側は何をしたらいいのか、というのが最後に残った課題になります。

ここに関しては、自分の知識とこれまでの自分の経験からしか申し上げられないので、これだけが正解と言うつもりはないんですが。エールで業務もやってきて、データも見たりすると、やっぱり「一人ひとりがじっくり自分の話をする」ということで、従業員エンゲージメントは上がっていきます。

なぜならば、自分の話をして少しずつ自分の価値観がわかることで、「組織の7S」を通して従業員が感じる組織の価値観と、初めてすり合わせができるから。自分のことがわからないうちって、やっぱりすり合わせができないので、エンゲージメントはなかなか上がりづらいんですよ。

自己認識が変わるだけでも、エンゲージメントは上がる

「それってちょっと概念的じゃない?」と思うかもしれないんですけど、データがございまして(笑)。これはあるクライアントさんのデータを共有させていただいたものです。約230人の部署の中で、47名に我々の「YeLL」を使っていただいた。残り180名は使っていらっしゃいません。使った47人がこの黄色の線、茶色のほうが未利用分です。

こちらの会社はWevoxというエンゲージメントツールを使っていて、9つの項目がまず出てくるんですけれども。ご覧いただいてわかるように、全項目でYeLLを使った人たちの点数のほうが上がっているんですね。ここで示しているのはビフォーアフターの差分です。

さらに、9項目の下にそれぞれ細目があるんですけど、特に変化量が多かった細目を見ると「仕事量が適切である」「使命や目標が明示されている」「成果に対する承認がある」「挑戦する風土がある」、このスコアが上がっているんですよ。

同じ部署ですから、使命とか目標の明示度合いとか風土が、その人たちだけ変わるということはまったくない。しかも3ヶ月間のわずかな期間なので。そういった客観状況は何も変わっていない中で、本人たちの自己認識とか主観が変わったことでエンゲージメントのスコアが上がったんです。

これは1つの会社だけなので、エール全体で申し上げると……ちょっとエンゲージメントは各社によって測り方が違うので統一指標がなく、代わりに「幸福度」というものをお示しをしています。先ほど、パーソルさんがおっしゃっていたように、ご本人が幸せだと思うことと会社への主観的なエンゲージメントというのは相関性があるんですね。

水色がYeLLを受ける前、紺がYeLLを受けたあとの、幸せに関するさまざまな指標を取ったものです。これで見るとすべて上がっているんですね。ということは、YeLLを受けると幸福度が上がるということは、その方の組織・所属・職位に関わらず、全般の傾向として言えるということがわかってきました。

自分の感情を整理できる「聴かれる」機会

あらためて「YeLLって何をしているの?」というと、社外人材が週1回30分、1on1をする。これがサービスの基本です。この機会でじっくり自分のことを話す、聴かれるという機会が繰り返される。それだけっちゃそれだけなんですよね。ですけど、この中で何が起きているかということをちょっとご紹介していこうと思います。

「それだけ」と申し上げたんですけど、例えばトヨタさんとかですと、1on1をただベタッとやるだけではなくて。その間に『トヨタイムズ』のような経営の思想・指針がわかるコンテンツをあらためて視聴していただいて、YeLLの1on1セッションを行うということを繰り返す、というやり方をされたところもあります。でもそうじゃない、YeLLを普通にずっと受け続けるという会社もあります。

そんな中で、例えばこういう変化があったということを、ある1人の方の事例でご紹介していきます。30代のリーダーの方ですね。初めは「まぁ内容自体は深くないけど」というライトな感じ。何回かして「自分自身の感情の話を中心にやって、自分の説明をすることであらためて自分の感情の整理をすることができた」。

これが繰り返されていくと「これは本当に自分がやりたいことなのか? 役職上求められていることなんじゃないか」という問いが湧き上がってくるわけです。さらにセッションをまた1週間後、2週間後と続けていくと、「開始時と比較して自分の強みを正確に認識することができてきた」と、おっしゃるんですね。

「今まで当たり前のように昇格・昇給を基準に仕事を考えていたけど、一歩引いてみてもいいのかな」と。サポーターがそっちに考えを誘導してるということは一切ないんですよ。ただ聴いているだけです。

「自分の役割の捉え直し」でエンゲージメントが上がる

この方はこういうふうにだんだん、自分の強みが正確に認識できたなと。整理していくとさらに「自分は営業マネージャーの立場だったけど、『企業の社長だったらどうする』と捉えたら、いろいろやりたいことが浮かんできた」「自分自身が本当に興味関心があるITによる問題解決、プライベートで大事にしていることを仕事にいかせていない」と。

終盤では「上司の指示に従ってハイパフォーマーの業務を遂行できることはもう自分には求められていない。組織全体をもっと巻き込みながら、みんなが活気を持って働きがいのある組織をどう作っていくかが自分のミッションだ」と捉え直しがなされて、具体的なアクションを取っていくことができた。こういうプロセスなんですよね。

こうしていくと、エンゲージメントは上がりそうだなと。つまり会社の環境は変わっていないんですけれども、そこにおける自分の役割の捉え直しが起きたわけです。ちなみにここの文章は、みなさんにセッションごとに振り返りを簡単にメモをしていただいていて、共有していただく仕組みになっていまして、そこからそのまま拾ってきたご本人の言葉なんですね。

同じように、ほかにも例えば「日々目の前に溜まっている膨大な仕事に追い詰められている感覚があった」という方が、「仕事量は変わらないのに余裕が持てるようになった」と。なぜならば「相手の意図を汲み取り対応できるようになったので、戻りが減りました」とか。

初めは「自分の強みと言えることはない」とおっしゃっていた方が「自分の強みは1から10にしていく思考力と実行力、そして人の感情把握です」と明確に意識できるような、内面の変化がYeLLを通じて起きて。これが先ほどお示しした棒グラフで、実際エンゲージメントが上がっていくということに、数値としてはつながったと私は理解しています。

「感情」を扱うことで、価値観がすり合わせられる仕組みを

最後になりますが、中盤から「人は感情がある」「その感情を大事にする」「感情があるということを価値観の中核に置く」ということを申し上げましたけれども。あらためて確認したいのは、「感情を感情的でなく扱うことができるようになる」ということなんですね。

これは楽天大学の学長の仲山進也さんが作られたスライドです。「感情的に伝える」ことと「感情を伝える」ということはまったく違います。この違いを分けて扱えるようになると、建設的な意見がすり合わせできるようになると言っています。

エンゲージメントというのは個人の感情とかの現れである以上、このように感情を感情的にでなく扱えるような組織になるということが、エンゲージメント向上に直結するかなということも、併せて伝えたいと思いました。

ここまで従業員エンゲージメントについて、「経営視点なんだ」ということをいろんな角度で申し上げてきました。まず1つ目はやっぱり企業価値向上と、人的資本の文脈に位置づけられるというお話。それから2番目は、組織というシステム全体を表しているので、システム全体を扱える立場にある経営者じゃないと手をつけられないんじゃないか、というお話をしました。

その中でも、中心の価値観は人の感情を前提にした事業観・人間観・組織観で構成されるべきである。そしてそれを受け取る従業員サイドも自分の話をして、自分の価値観がわかって、会社の方針とすり合わせられるという仕組みを一緒に入れていく。

「会社は一生懸命いろいろ作ったから、あとはよろしくね」ということだけでは、エンゲージメントはどうも上がらないんじゃないかと。こういうことをここまで申し上げてきました。長い話でしたけど(笑)、聞いてくださってありがとうございました。

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