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なぜ「対立を歓迎するリーダーシップ」が今求められるのか?(全3記事)

現場に「組織のがん」と呼ばれた社長を変えたのは、“対立を歓迎する場” 見せかけの「仲の良さ」がもたらす本当のリスク

“葛藤解決”のバイブルと評されるアーノルド・ミンデルの書籍『The Leader as Martial Artist』の訳書『対立を歓迎するリーダーシップ』の出版記念イベントに、翻訳者の松村憲氏と西田徹氏が登壇。イベントを主催したバランストグロース・コンサルティング株式会社の取締役でもある両氏が、今「対立を歓迎するリーダーシップ」が必要とされる理由や、見えない対立を表面化し自覚させることのメリットなどを語っています。

「対立を歓迎するリーダーシップ」が必要とされている

松村憲氏(以下、松村):みなさん、よろしくお願いいたします。『対立を歓迎するリーダーシップ』(アーノルド・ミンデル氏著、松村憲氏・西田徹氏訳)という本を昨年末に出版させていただきました。我々は組織開発の観点で、プロセスワークを応用していますが、体験的にこの「対立を歓迎するリーダーシップ」を必要とするシーンが非常に多いなと感じています。

今日はこの本の中身に触れながら、ビジネス応用事例もご紹介していきます。松村と西田の2人で進めていきますが、まずはアーノルド・ミンデル(Arnold Mindell)の動画のご紹介からスタートしたいと思います。

【動画再生】

Q:心理学の「アート+サイエンス」とはどういう意味ですか?

アーノルド・ミンデル(以下、ミンデル):すごくシンプルにお答えします。我々はカリフォルニアの結婚・家庭セラピストの集まりにいました。彼らが理解していたのは心理学や心理療法であり、さまざまな手法でのセラピー、ファシリテーション・ワークといったサイエンス(科学)です。詳細を追いかけ、誰かの動く様を観察し、彼らの目を見て、声のトーンに耳を傾け...…。これが経験則に基づく測定可能なサイエンスです。

見過ごされがちですが、たとえサイエンスを実行している時でも、そこにはアートがあります。非常に緊張感の高い状況においては、アートが現れる必要があります。サイエンスは重要ですし、必要です。しかし、ベストなかたちで物事をワークさせるには、(アートのように)最も深い自分自身とつながる必要があるのです。

集団が激しく罵倒し合う場のファシリテート

Q:グループをファシリテーションする際に、『アート+サイエンス』を活用した例を挙げてください。

ミンデル:何年か前にアイルランドで、北と南の対立というテーマでワークしました。そこでは200~300人の人たちが互いに叫びあっていました。「お前たちが我々の仲間を殺した! いや、お前たちこそ、我々の仲間を殺した!」。すぐに気づきました。

これは「ゴーストロール」(語られているが、それを象徴するロールが会話や場に明示的に現れていないこと)です。死はどこにある? 死をここに持ち込んでみたらどうだろうか? 

でも非常に高いテンションだったので、私は自分のサイエンスを使うことができませんでした。私がやったのは、しばらくの間心を落ち着かせることでした。怖かったので、叫びの真ん中でエイミーと私は互いの手を握り合っていました。

しばらくして目を開けると、ある人の首の横に、非常に赤いマークが見えました。私は「大きな赤いマークがあなたの首の横にある。それは何ですか?」と聞きました。彼が言ったことは、もちろん「死」でした。「私は心臓発作を起こしたところです。主治医はここに来てはいけない」と言っていました。

話を少し省略しますが、別の男性がこう言いました。「お前は心臓発作か? 俺は極度の高血圧だ。医者からは、ここに来るならお前の命はそれまでだと言われた」。彼らはお互いを見て、ゆっくり、ゆっくりと近づいて行きました。そして、ハグし合ったのです。それは投票により、アイルランドに和平協定が結ばれる直前の出来事でした。

私の話の要点は、こういうことです。サイエンスが重要でしょうか? 実際に不可能な状況とワークするには、アートが必要なのです」

【動画終了】

西田徹氏(以下、西田):なるほど。

松村:西田さん、今の動画のコメントを少しもらえますか。

西田:そうですね。200~300人が集まって、互いに叫び合うことだけがワールドワークではありませんが、場合によっては叫び合いや攻撃し合うことも起きるということ。そして、そういう場をファシリテートするとはどういうことなのか。少しその片鱗が伝わる動画だったと思います。

松村:ありがとうございます。

正解が複数ある時代だからこそ、対立を健全に扱うことが必要

松村:では、なぜ今「対立を歓迎するリーダーシップ」が求められるのかについて、少しお話しします。

VUCAの時代と言われて久しいですが、私だけでなく多くの方が、正解のあった時代から正解がない時代に本当に入ったと実感されていると思います。逆にこういう状況では、正解は1つではなく、多様な正解が現れます。その時に、対立を健全に扱わないと組織は生き残れないのではないかというのが、我々の問題意識であり、ミンデルが言うところでもあります。

例えば、孫(正義)さんや三木谷(浩史)さんといったカリスマリーダーがいらっしゃいますが、時代はカリスマリーダーを待つ時代でもないでしょう。多様な正解がある中で、異なる立場でどう本音の対話ができるか。あるいは、先ほどの動画は「死」がテーマになるくらいの緊張感のあるワークでしたが、そういった場をどう扱うかが、次に進むために必要だと思っています。

それをファシリテートできたり、対立を回避するのでも、煽るのでもなく、その先に新しい道が開かれることを理解するリーダーが必要だと、ミンデルは言い続けてきました。実際に組織の事例では、どんな対立があるのか。その対立が適切に扱われるとどう変わるのかを少しお話しさせていただきます。

見えない対立を表面化し、自覚させるメリット

松村:例えば、製造メーカーですと、製造部門や営業部門、研究開発部門などがありますが、この3部門が協力的ということはあまりありません。でもお聞きすると「私たちは仲良くやっています」と言われることが多い。しかし、通常この部門間には緊張関係が存在しています。

緊張関係どころか、強い対立があったりすると、物事がうまく進まなかったり、エンゲージメントが低下するなど雰囲気にも現れてきます。それぞれがサイロ化(孤立)する感じですね。対立構図があるけれど、潜在化している状態です。この対立や違いは、対話しない、あるいはできない状態を作りやすい傾向があります。

この緊張関係にしっかり介入し、自覚してワークすることができると、互いの立場を本当の意味で理解できたり、営業サイドの視点だけでなく、製造や研究開発など他サイドの視点でも見られるようになり、つながりや協働関係が現れます。

「私たちは仲良くやっています」ではなく、違いをしっかりと認識し、ある意味緊張感を作り出すステップを踏んだ上で、目的のために一致する状態に移行していきます。ここの対立のファシリテーションが我々の仕事の1つです。

身近なところでは、上司部下の関係みたいな階層間の違いですね。この図はあえて大きさを変えて書いていますが、影響力だと考えてみてください。ポジションパワーという言い方をしますが、組織の上に行くほど、影響力は大きくなりますよね。便宜上、トップ、ミドル、現場とさせていただいています。当然、立場の違いや見え方の違いがありますが、対立構造はこの階層間に生まれやすくなっています。

対立を歓迎するワーク後に、全体に現れた変化

松村:事例を簡単にお伝えしますと、あるメーカーのトップからご相談があり、大きめの事業部に我々がお手伝いに入りました。トップはこの部門に関する非常にビジョナリーな夢を語る方でしたが、現場では問題が多発していました。人間関係もそうですし、就業時間が長過ぎる、業務量が多すぎる、人が辞めてしまうとか、過失による甚大な損失も出ていました。

トップはVUCAの環境変化の中、DXとの掛け算や進化で、この事業部には未来があると直感していました。そこで現場の業務改善や改革が必要という意思決定をし、外部から数十人規模のコンサルタントが入ることになりました。トップは、ミドルとは意思疎通がうまくいっているという認識で、ミドルの方々も「わかりました!トップの思うように動きます!」と応じていました。

しかし、「現場がぜんぜんうまく動かない。危機意識がないんだよね」とご相談を受けて、我々が介入することになりました。現場の方々にヒアリングをしてみると、トップが考えや事業改革に乗り出している意味が、まったく伝わっていないことがわかりました。

何が行われようとしていて、どうして自分たちが外部コンサルタントと関わるのか。コンサルが関わることで、その時点では無意味と感じる業務量が増え、フラストレーションが高まっているのが現実でした。

この図の赤い点線部分にかなり強めの対立構造があり、我々はその対立を歓迎するワークを全体で行う機会を作りました。その場は緊張感も高く「組織のがんは、トップなんじゃないですか?」と発言をする方も出るくらい、会場の熱は高まりましたが、できる限り安全にファシリテートした結果、潜在化していた問題の多くが表面化し、言語化もされました。

対立について話し合う場面をみんなで目撃する機会になったのは大きな前進でした。見えない雰囲気として現れていた、重い空気が変わる転機となるワークだったと思います。

このワーク後、まずミドルの方々が「俺たちはぜんぜん話を聞けていなかったんじゃないか」「ちゃんと現場に伝えられていなかったね」ということを痛感し、反省と行動変化を起こし始めました。

「がんだ」とまで言われたトップは、誰よりも部門に対し責任を持って考える方でしたが、「自分の影響力が大きすぎる」ことを自覚されて、逆に一歩下がることを決められました。

我々の助言もありましたが、ご自身が前に出るほどにミドルや他のメンバーが受身になる構造を理解されてのことです。引いて関わらないではなく、「ミドルや現場を信頼する」「権限委譲をする」「自分が出過ぎない」を意識されて、実際に行動されました。

「俺たちの間に問題はない! 一蓮托生だ!」と言うほうが怪しい

松村:そういうことが起こり始めたら、今度は現場の方々の理解も進み、「自分たちもがんばらなきゃいけない状況だということが、ようやくわかりました」と動き始めます。これは私たちの介入の意図通りで、ダブルエッジという現象になります。

システムの悪循環パターンは固着して動きにくいのですが、一度どこかで誰かが変化を起こし始めると、自ずとその他のシステムの構成員も変化を強いられることになります。誰かがエッジを超えると、別の誰かも超えざるを得ないということです。

最初は外部コンサルタントに頼る状況でしたが、ミドルと現場が協働して「外部コンサルタントが作ってくれたものを、私たちが引き継いでいかなきゃいけないんですね」と理解された後は、外部に頼んでいたロールを自分たちで引き受けることを真剣に検討され、素晴らしいチームへと変容していきました。

あえて「階層間の対立」と言いますが、視点・意識の違いを肯定するところから始まると思っています。我々は「俺たちの間に問題はない! 一蓮托生だ!」と言うほうが怪しいと思っています。問題に潜在する対立や違いを適切に認識し、扱う。今回の場合は影響力ですね。パワー(役職に伴う権力)がどう影響しているかに気づくことが、鍵になったと思います。

他にも例えばイノベーション領域などで対立は起こりがちです。新しいチャレンジを始めようとすると抵抗を受けることがありますよね。例えば、推進派が新しく何かを進めようとすると、必ず古いものを守ろうとする「役割」が働きます。集団システムを扱うプロセスワークの専門理論から見ると必然のことですが、個人だけの問題ではなく、「役割の影響を受けるから対立が起こる」ということですね。

これをミンデルは『対立を歓迎するリーダーシップ』の中で「フィールド」と呼んでいます。対立構図は一人ひとりの個人の問題だけではなく、フィールドの影響を受けていると。こういう理解ができると対立の扱い方が変わってきます。

フィールドは磁石が砂鉄を引きつけるように、「役割」を組織化していくと考えます。そして、イノベーションをテーマにした瞬間に、(推進派と保守派という)2つの役割が働き始めます。この時にどちらかではなく、双方向に意味があるという専門的な意識を持って我々が介入すると物事が動きます。

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