2024.10.10
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堀内勉氏(以下、堀内):こんな感じが私の人生の振り返りになります。自分の人生の振り返りばかりしていてもしょうがないので、もう少し前向きにものを考えていったらどうなるかということで、『読書大全』に絡んだお話に入っていきたいと思います。
紀元前4世紀の哲学者アリストテレスは、『形而上学』の中で、「すべての人間は、生まれつき、知ることを欲す」ということをすでに書いています。それから、フランスの画家でタヒチに移住したポール・ゴーギャン。有名な「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」というのが、ゴーギャンのこの絵のタイトルなんですね。これが人類の普遍的な問いだろうと。
立命館アジア太平洋(大学)の学長の出口治明さんが『哲学と宗教全史』の中で書いていますが、彼もゴーギャンの絵を引用して、これが根源的な問いなんじゃないかと言っていて。それを要約すると次の2つだと言っています。「世界はどうしてできたのか? 世界は何でできているのか?」。それからもう1つは、「人間はどこから来てどこへ行くのか? 何のために生きているのか?」と。
これをもう少し自然科学的な視点で整理すると、「宇宙の始まりと終わりはどうなっているのか?」「人間の心や意識はどこから来るのか?」ということなのかなと思っています。
結局この「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか?」という、根源的な問いに対して、どうやって答えていくかというのが学問の発展だったと私は理解して、『読書大全』の中で整理しました。
堀内:最初は「宗教」があり、そしてそれを説明する「神話」があった。それは「自然」と「人間」の両方を大きな物語として説明するものであり、その物語を信じなさいということですね。
そして、その中から哲学というものが分かれていきます。ただ与えられた物語をアプリオリ(前提として疑わず)に信じなさいと言われても、なかなか論理的に納得できないところもある。そのためできるだけものごとを論理的に説明しようとします。ただ、もちろん宗教的な部分は残るということで、宗教は残りそこから哲学が分かれる。このように古代ギリシアで哲学が発生するのが、紀元前の8世紀から6世紀ぐらいのことです。
それは自然哲学と呼ばれていて、さっき言った我々人間を取り巻く環境の問題と、我々人間自身の問題の両方を含んでいたんですね。それが17世紀に、いわゆるニュートンなどの科学革命の時代に、科学が哲学から切り離されていきます。哲学は自然の問題と人間の問題の両方をやっていたんですけど、自然の問題は科学が実験によってものごとを論理的に説明し、証明するというかたちで分離していきます。
そうすると、世の中を説明する仕組みとしては、宗教と哲学と科学という3つに分離することになります。そして、擬似科学と私は呼んでいますが、社会を科学的に説明しましょうということで、「経済学」が分離する。
1776年にアダム・スミスの『国富論』が出版されますが、その後、いわゆる近代経済学という名の限界革命が起きた19世紀から、相対的に見れば非常に新しい学問として、社会を説明するものとして経済学が独立します。
このように、学問は、宗教・哲学・科学・経済学の4つに分離します。その過程で、宗教の大きな物語性は説得力を失い、科学の説明する領域が大きくなるに連れて、哲学が説明する領域も非常に小さくなっていく。科学が巨大に膨れ上がり、それにくっついている経済学が世の中を説明するようになる。こんな感じで学問は発展していきます。
堀内:私が『読書大全』を書いた背景と、その内容についてちょっとお話しします。『読書大全』の概要は本を読んでいただければわかるので、あんまり詳しくは説明しませんけど、300冊をピックアップして、そのうち200冊の書評を書きました。12人ぐらいの識者の方たちと議論して、とにかく人類の歴史に残るノンフィクションって何かね? ということでピックアップしたので、かなり厳選されていると思います。
ただ、本の紹介だけだと、みなさんも読んだ時に文脈がわからないでしょうから、今申し上げた人類の知の進化とか、学問の体系とか、それぞれの横の関連性について100ページぐらいの解説を書きました。それを読んでから各書評を読むと、各本が人類の知の歴史の中でどのように位置づけられてるのかがわかるようにした、ということです。
私が本を書くに至った経緯は、「後世に何かを残したい」と考えたからです。この本を書き始めたのが59歳の時で、今は61歳です。還暦を迎えるにあたって、何かを残したかった。ただ、自分の経験談だけを闇雲に語るのでは、おやじの説教になってしまうので、説得力のあるかたちで何か本を書きたかったんです。
それからもう1つは、自分の頭の整理をしておきたかったからです。さっき申し上げた、東大にしてもハーバード大学にしても、ISLにしても、東大EMPにしても、だいたいラフに言うと10年に1回ぐらい頭の中身、つまりOSの書き換えをしてきまして。自分の頭の整理のために60歳で何かをやりたいと思ったということですね。
これは参考としてなんですけど、『読書大全』でも紹介している、内村鑑三の『後世への最大遺物』という本の中で、「勇ましい高尚なる生涯」が後世への最大遺物になると書いてある。要は、「自分の生き様が後世への最大遺物だ」と書いている本です。私もこんな気持ちでこの本を書いたんです。想定する読者層は、30代から40代ぐらいの若手起業家。ただ、大企業のサラリーマンにも読めるように書きました。
堀内:ちょっと時間もタイトなので、読書の意味というところに入っていきます。これ『読書大全』のまえがきにも書いていますけど、超一流のビジネスパーソンの読書ということで、「A great leader is a great reader」、「良き指導者は良き読書家である」っていうことわざがあって。ビル・ゲイツとか孫正義さんが読書家であるのはよく知られた話です。
特に古典を紹介しようと意識したわけではないですが、私がここにピックアップしたものは古典が多くなっています。それは、やはり古典には人類の英知が凝縮されていること。それから、今までの歴史の批判にも耐えて生き残ってきたものであるということで、優れた本に出会える可能性が高いからです。
ニュートンが友人に宛てた書簡の中で、「私がかなたを見渡せたのだとしたら、それは巨人の肩の上に乗っていたからだ」というようなことを言っています。要は、人類の知というのは積み上げでここまで来ているので、その中で名作と言われたものはやはり読むに値するだろうと。
今ニュートンに会いたいと言っても、まあ死んでいるから会えないですし、もしニュートンが今生きていたとしても、読書以外の方法でニュートンに会いに行けるかというと、現実的にはあり得ないでしょうということで。本というのは非常に効率的な、著名人との対話の手法であると思います。
これも出口さんの受け売りなんですけど、人間を形成する重要な経験として、「本」と「人」と「旅」と出口さんは言っています。結局これは経験の積み上げだと思うんですけど。また内村鑑三の『後世への最大遺物』に戻りますと、要は人が人に与える影響力の大きさだと思うんですね。
ここ(スライド)に書いてあるように、「あの人はこの世の中に生きている間は、真面目なる生涯を送った人であると言われるだけのことを、後世の人に遺したいと思います」と。要は、本にしても人にしても旅にしても、人に出会うことによって感化を受けると。私もまったくそういうことで本を読んでまして、自分の生き方の参考になるような本(=著者)との出会い、対話の相手を求めているということです。
堀内:『読書大全』の中では「リベラルアーツとは何か?」という説明をしています。「教養とは何か?」ということを書こうと思ったんですけど、これは実はすごく大きなトピックで、それだけで1冊の本になってしまうような話だと思いまして。それで『読書大全』では省いていますけど、最近、この問題について考えています。
そもそも、教養の定義があまりちゃんとしてないのです。あの人は教養があるとかないとか言いますけど、古典をたくさん読むとか博覧強記だとか、リベラルアーツを学んでることはおそらく違うだろうなと私は思っています。そういう意味で(スライドでは)バツをつけています。
「リベラルアーツとは何か?」については、本に書いてありますから時間の関係でちょっとはしょります。要は、自由民である市民と奴隷の身分がはっきり分かれていた時代に、自由民として求められる素養がリベラルアーツだったということです。それが、中世に「自由七科」というかたちで体系立てられました。
ここからが私が考える教養の中身になります。我々を束縛している2つの制約というものがあります。我々はいろんなものに制約されて生きていますが、大きく分けると、外的な「制度」という制約、それから内的な自分自身の「思い込み」という制約の2つに絡め取られて生きてるんじゃないかなと。
堀内:システム(制度)は、例えば近代官僚制について、社会学者のマックス・ウェーバーが言った言葉で、「近代的官僚制は、形式合理性の論理に従う」というものがあります。要は、中身じゃなくて形式に従うというのが近代官僚制の特徴である、これをウェーバーは「鉄の檻」と呼んでいます。
我々を取り巻く枠組みは無数にあると思います。会社員であったり、お父さんやお母さん、息子・娘、男性・女性など、みなさんを規定する枠組みもいくらでもあると思うんですね。大きなものとしては、社会や国家を取り込むかたちで資本主義・世界がある。いろんな立場や枠組みにとらわれて生きていると思います。
例えば、国家についていうと、「絶対的な権力は絶対的に腐敗する」という、(ジョン・)アクトン卿が言った有名な言葉があります。結局、そのシステムを管理してる権力者の側は、絶対的な力を持つと絶対的に腐敗していく。
次に、自由の獲得というのをここ(スライド)にあげています。みなさん、自由が重要であることはよくおわかりだと思いますが。これがはっきりと概念として認識されるのは、フランスの人権宣言ですね。
それで、日本国憲法19条の中にも「思想および良心の自由は、これを侵してはならない」と記載されています。自由というのは非常に重要であり、このシステムの制約から逃れて、我々が自由になるというのが、教養の1つの役割だと思います。
堀内:制約には外的な制約と、内的な制約があり、後者は先ほど申し上げた思い込みということなんですね。例えば、学歴、肩書、出自、容姿、性差、人種、いろいろあると思いますけど、我々は何かの思い込みにとらわれて生きていると。
スライドに出ているのは、民権運動で戦ったキング牧師ですね。右下が、ブラック・ライブズ・マターのきっかけになった亡くなった人たちの名前が入ったマスクをしている大坂なおみです。
ここ(キング牧師)から70年経ってるんですけど、引き続き人権、人種差別問題は、なくならずに残っている。なかなかこの我々の思い込みというのが払拭できないでいるということです。
そう考えると、「教養とは何か?」というのは、さっき言った3つのバツではなく、私が考えているのは(スライドの)下の2つです。「我々を捕らえている歴史的・制度的な枠組みにどれだけ自覚的になれるか? そこからどれだけ自由になれるか?」。もう1つは、「自分を捕らえている思い込みの制約から逃れ、いかに善く生きるか? いかに人類の進歩に貢献するか?」。これが教養の役割なんじゃないかなと思っています。
ですから本を読む意味も、いわゆる教養、リベラルアーツを学ぶ意味も、ここにあるのではないかというのが、今私が考えていることです。短く言うと、「我々は、どうしたら幸せになれるのか?」。つまり、「どうしたらより善く生きられるのか?」「どうしたらより善い世界を築けるのか?」という問いに正面から向きあっていくことが、教養かと思ってます。
堀内:その問いに正面から向き合っていった人たちを例示すると、哲学者の市井三郎。ちょっと文章が難しいんですけど、「不条理な苦痛の不平等、ここから人類を解放することが歴史の進歩である」ということを言っています。
それについて、多摩大学学長の寺島実郎さんが、『何のために働くのか 自分を創る生き方』という本で、この市井三郎の本を引用しています。「『歴史の進歩とは、自らの責任を問われる必要のないことで負わされる不条理な苦痛を減らすことだ』という主旨のことを述べている」と言っていまして。私もこれには非常に感銘を受けました。
それから、『国富論』で有名なアダム・スミス。彼は『道徳感情論』という倫理学の本で、人間の「共感、同感」というものを観察によって見出して、社会がホッブスが言う「万人の万人に対する闘争」の状態にならないのは、人間が共感を持っているからだと考えました。その「共感」を社会秩序の前提に置いて考えたということなんですね。
似たような視点で、渋沢栄一の「道徳経済合一説」と、宇沢弘文の「社会的共通資本」。この辺りも時間がないのではしょりますが、みなさんも渋沢栄一のことはよくご存知だと思います。『論語と算盤』の中で、経済と倫理を両立させましょうと言っているわけですね。
宇沢弘文は、人間を幸せにする経済学ということを考えて、「社会的共通資本」という概念を提示します。それは今、国連で提示された「持続可能な開発目標(SDGs)」につながるものがあると、私は理解しています。
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