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ティールを広げるためには「国家レベルのデザイン」が求められる(早稲田大学ビジネススクール・入山章栄さんインタビュー)(全1記事)

経営戦略の最初の一歩は「何を捨てるのか」を決めること メガベンチャー創出も平等化も、全部やりたがる日本の矛盾

気鋭の経営学者としてビジネスパーソンから支持されている早稲田大学大学院経営管理研究科(早稲田大学ビジネススクール)の入山章栄教授。国内外問わず、さまざまな企業の経営戦略や組織のあり方を見てきた同氏は、これから多くの企業が「ティール組織」に向かっていくことは必然と主張します。その理由や条件などを伺いました。 ※このログは英治出版オンラインの記事を転載したものに、ログミー編集部でタイトルなどを追加して作成しています。

経営学において、組織の原動力は「パワー・効率性・認知・ネットワーク」

--『ティール組織』の発売からもうすぐ2年(※2019年末のインタビュー当時)、さまざまな反響がありました。入山さんはこれをどうとらえていますか?

入山章栄氏(以下、入山):僕自身はものすごい影響を受けましたよ。実際、「これからの組織はティールです」といろいろなところでも言って回っているほどです。

経営学において、組織のドライビングフォース(原動力)は、「パワー」「効率性」「認知」「ネットワーク」の4つです。どれも重要だけど、時代に合わせてその濃淡は変わっているはず。その変化と『ティール組織』は見事なくらい符合しているのです。

中世のような封建時代は「パワー」が重要でした。パワーのある人が農民を守り、その代わりに農民は年貢を納めるという関係が成り立っていたのです。『ティール組織』の考え方で言えば、特定の個人の力によって支配的に運営する「レッド(衝動型)」の組織です。

それから資本主義や株式市場が発明されて、「効率性(エフィシェンシー)」が力を持つようになっていきました。そうして、ヒエラルキーがありながらも、成果を上げた社員が評価されて出世する「オレンジ(達成型)」の組織が生まれます。今の資本主義の世界では、日本も含めて多くはこの型です。

世の中の変化がますます激しくなってくると、経営においてもこれまでにない新しい発想やアイデア、つまりイノベーションが求められるようになりました。その実現の鍵となるのが「認知(コグニション)」です。イーロン・マスク氏や孫正義氏のようなイノベーティブでカリスマ的なトップがビジョンを語り、そのビジョンを広く認知させ、共感して集まった人たちがそれぞれに主体的に変化を起こしていくのです。そうなると、個々人の主体性が尊重される「グリーン(多元型)」の組織に向かっていくと考えられます。

グリーン組織では、ビジョンに共感した人と人とがつながってはいるけれど、そのつながりは求心力のあるカリスマを中心として形成されています。これはあくまで「エゴセントリックネットワーク」、すなわち、ある特定の人から派生するネットワークなのです。

今後、人々がより自由に動く時代になるのは間違いありません。すると、どうなるか。人々が有機的につながっていき、結果的に中心がなくなるはずです。まさに自律分散型の組織となるでしょう。こういう時代には、エゴセントリックではない形のネットワークが重要で、それが「ティール(進化型)」だと考えています。

仕事がより「プロジェクトベース」になっていくと、一番厄介なのが株式会社

入山:ただ、日本ではまだ多くの会社はオレンジ、もっと言えばオレンジにすらなっていない会社も少なくないのが現状です。ティールはまだまだ理想形であり、「時代の先の先」くらいにあるものでしょう。でも、ちょっとずつそれらしい会社や組織は出てきています。これから間違いなく世の中はそうなっていくはずだし、実際にそれを求めている人々が多いと感じます。

その一例として、ビジョンベースあるいはバリューベースで何となくつながり、プロジェクト型で組織を形成するケースが増えつつあります。そしてプロジェクトが終わったら解散していくのです。

例えば、クックパッドが「世界中のすべての家庭において、毎日の料理が楽しみになった時、当会社は解散する」と定款で言っています。こういう感覚はティールに近いでしょう。解散したら、人々はまた別のところへ動くのです。

こうして仕事がより「プロジェクトベース」になっていくと、一番厄介なのが株式会社なんです。

--と言いますと?

入山:株式会社には「ゴーイングコンサーン(継続企業の前提)」という謎の仕掛けがあります。未来永劫、組織を永続させて、しかも大きくし、企業価値を高めてステークホルダーに利益をリターンしなければなりません。

ところが、ティールは組織を「生命体」としてとらえています。生命って、要するに「死ぬ」ということなんです。死ぬべき運命なら、死ななきゃいけないんです。これまで機能してきた株式資本主義は「組織を死なせない仕組み」になっています。会社という箱を残すために、無理して延命させている状態です。

例えば、デジタルトランスフォーメーションを推進する電機メーカーがありますが、今さらデジタルなんてやらなくてもいいのです。そのプロジェクトは、得意としているグーグルに任せなさいと。けれども、自分たちの会社が生き延びようと考えると、無理矢理にでも新たな事業領域を確保するために企業そのものを改造しようとするのです。

これはよく考えると、生命体としては根本的に無理がありますよね。ドーピングして、外科手術して、無理にでも肥大化させて、なんとか生き長らえさせようとしているのです。まるで人造人間みたいです。そうして創業当初のミッションも失ってしまうようであれば、そこまで生き残らせる意味はあるのでしょうか。

ただ、株式会社は人間が勝手に作った仕組みですから、絶対的でも普遍的でもないのです。僕はいずれ株式会社は崩壊すると考えています。

役目を終えた組織から出ていった人たちが別のものに共感すれば、また新しくて面白いものが生まれるのです。現に今の金融の世界で活躍している人の一部は、かつての山一證券と日本長期信用銀行(長銀)の出身者なんです。これらの会社もあのときに倒産していなければ、きっと大きな組織になって腐っていたのではないでしょうか。

メガベンチャー創出も平等化も、全部やろうとしている日本の矛盾

--会社がつぶれても他の組織で活躍できる人であれば良いのですが、アテも自信もない人もいます。労働者の社会保障はどうするんだといった問題も出てきそうです。

入山:その問題解決になるようなヒントが先日訪れたデンマークにありました。これは現地の大学教授から聞いた話です。

大学のある職員の能力が低く、このままだと給料を払えないとなりました。仲間たちはその彼を救うために、最も優秀で、一番高い給料をもらっている研究者の元へ行き、「おれたちはあいつを救いたいから、あなたの給料を下げてくれないか」と頼んだそうです。

驚くべきことに、実際にその研究者の給料を下げて、その分を窮地にあった職員に補てんしてあげたのです。デンマークはそういう世界なんだそうです。このように生活の安定がある程度確保される環境があれば、会社がつぶれて行くアテがない人たちも保障されるでしょう。

僕はベーシックインカム賛成派で、日本でもそういう制度ができれば良いと思います。そうすれば組織にしがみつく必要が薄れ、自律分散の意味においてティール化が加速する要素になるかもしれません。

でも一方で、先ほどの大学教授は「デンマークからグーグルやアマゾンのようなメガベンチャーは出てきませんよ」と断言していました。ベーシックインカム的な感覚を持つ福祉国家だからです。確かにそのように守られる世界では、メガベンチャーが生まれづらいことにもうなずけます。彼らにとってはメガベンチャーの創出よりも、一人一人の生活保障に価値があるのでしょう。

かたや日本はどうでしょうか。「なぜ日本からグーグルは生まれないのか」と問題視しながら、一方で「不平等を直そう」と言っています。メガベンチャー創出も平等化も、全部やろうとしているように思えます。これって矛盾しますよね。

経営戦略で最初に言うのは、「何を捨てるのか」を決めること。日本も何かを捨てないとダメなのではないでしょうか。ティール組織みたいなものを生み出したい場合も、それによって伴う障壁を避けることは諦めるべきです。日本は国全体でそういったデザインが弱いのかなと思いますね。

--これは組織の経営にも言えることですか?

入山:はい、絶対に言えます。ティールのように共感で人が集まる組織は、ありたい姿を重視して、別の何かを捨てているはずです。

国語、算数、理科、社会と科目を分けるのが、今の教育の問題点?

--日本の企業や組織が変わるためには、教育も関係してくるように思います。

入山:そうですね。日本はティールにおいて重要な「共感」や「存在目的」といったものを大事にしない傾向があるように思えます。例えば、小学生のときには学校で将来の夢を書くのに、中学生や高校生になるとそうしたことはしなくなりますよね。

それよりも、「偏差値」が将来を決める基準や目的になっています。多くの人は「どの学部に入りたい」ということよりも、「偏差値の高い大学に入りたい」と思います。実際、僕もそうでした。合格した中で一番偏差値が高かったのが慶應義塾大学の経済学部だっただけです。

就職もそうですよね。有名な会社、人気ランキングで上位の会社に入りたがる傾向があります。これが良いか悪いかは別として、存在目的に共感するというティールの世界とは合っていません。

加えて、今の教育で問題だと感じるのは、国語、算数、理科、社会と科目を分けることです。幼稚園までそんなものはなかったのに、小学校に入った瞬間、科目に分類されます。文系、理系と分けるのも同じです。

これにはあまり意味を感じません。例えば、大人になっていろいろな問題に直面したときに、「これは社会科の問題だよな」「あれは理科だよな」という風には考えません。全体を包括的にとらえて考えることが必要です。

科学に代表されるように、全体のメカニズムを解き明かすために、1つ1つバラバラに分解する「要素還元主義」が広がっています。要素還元主義の前提は「バラバラにしたものをすべて組み合わせたら機能する」というものですが、実際には機能しないでしょう。

ビジネスも同じで、財務、マーケティング、人事、ITなどパーツに分解しがちです。しかし、それぞれのメカニズムを完璧に理解して、組み合わせたら最高の会社になるかというと、多分そうはなりません。

そういった意味で、ティール的な組織というのは、メカニズムを知るために要素分解するものではなく、全体をとらえて考えるようなものです。なぜなら、ティール組織で重要な「共感」というのは本当に心の底から湧き上がってくるもので、分解・言語化して説明するようなものではないからです。

--今でもティール組織に関するイベントは数多く開催され、9月(※インタビュー当時)には著者来日も実現しました。入山さんは、今後どんな動きが生まれてくることを期待しますか?

入山:今後は「ティールっぽい」組織がどんどん生まれてくることが期待できますし、実際にそうなると思います。特に今の20代以下の若い方の中には、バリューベースで物事を考える方が間違いなく増えていると感じます。

若い方だけではありません。我々団塊ジュニア世代よりも上の、偏差値教育の申し子でバリューや共感を教えられなかった年齢層が、それらを生き方に取り戻していくことにすごく期待したいですね。そういう大人も増えている印象ですし。

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