2024.10.10
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自分たちの存在目的を問う「哲学の時間」を持とう( 『ティール組織』推薦者 佐宗邦威さんインタビュー)(全1記事)
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―― 『ティール組織』発売から1年半経ちました。日本の社会に変化を感じますか?
※『ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』 Amazonページより引用
佐宗邦威氏(以下、佐宗):「オレンジ(達成型)」の仕組みの中で経済活動を効率的に回している仕組みが眼の前にありながら、裏側にはそれを下支えするネットワークや新しく生まれているコミュニティが併存し、少しずつオレンジ型組織を溶かしていっている。
そんな状況の中で、「ティール(進化型)」というのが、「ネットワーク社会によって自由になった人が、ネットワークとつながりながら自律性を持って集団でも動く群れ方」の共通言語として広がってきたんじゃないかな、と感じています。
僕のお客さんの中でも比較的先進的な考え方をされる感度の高いリーダーは、「課題はビジネス上の方法論でもないしテーマでもない。人と組織だ。いい人が集まり、いい作り方をすれば、いい結果になる」と気づいています。
「個人の自律性と創造性を最大に高める群れをつくる」という意味で、経営や人事に関わる方々がもともと関心を抱いていた、人の力を引き出す環境デザインやタレントマネジメントといったテーマとの接続が起こっています。
一方で、「若い人がやめてしまう」「そもそもなぜこの事業をやるのかと社員に問われて、どう答えればいいかわからない」と悩んでいる経営者の方もいます。
従来型の企業で多いと感じるんですが、そういう会社では、現場の人たちには『ティール組織』がすごく刺さっていて、「もっと意義を持って働きたい」「会社は本気で意義に向かっているようには思えない」といった声が聞こえてきます。
経営者も現場の人々も、双方の思いは近いのですが、考え方のギャップが大きいとも感じています。従来の組織構造の中でずっと働いてきた人と、インターネットが出てきて自由度が上がった世界で制約なく考えている人と、両者のギャップがものすごく顕在化してきた1年だったな、と思います。
―― これまでのパラダイムと新しい世界観の衝突が起きているけれど、実はどちらも同じ方向を向いているのかもしれないということですか?
佐宗:その可能性はありますが、経済合理性かパーパス(組織の存在目的)か、最後にどちらを優先するかというところで意思決定が変わってきちゃう。
もし誰かがパーパスに則ったアイデアを会社に提案しても、それを受けた上司や経営者が「俺はパ―パスが大事だと思ってるんだけど、(経済合理性を考えると)できないんだよね」となった瞬間に、どうしても価値観の衝突が起きてしまいます。
最終的には、公開企業だと株主の意思を考えて意思決定をする必要があるので、組織全体の意思決定を変えたいと願うなら、ガバナンスのあり方にまで踏み込まないと、大きな会社で本質的な変化を起こすのは難しいでしょうね。実際に、この本質をわかっている経営者は、一時的に無理に株価を上げようとせず、株主構成を見直すなどで対処しようとしています。
―― チーム単位では自律的にやっているけれど会社全体はそうでない、というダブルスタンダード問題がいろいろなところで起きていますね。
佐宗:経済学の世界では、資本主義的な価値だけでなくNPOやコミュニティなどが生み出す非営利的な価値も含めて経済社会を捉えようとするトークンエコノミーなどの動きもあります。尺度が複数あればダブルスタンダードの問題も起こらないんですよね。
ただ、複数の尺度があると複雑だから群れにくくなるという問題もある。多元主義的な形での群れ方をどうつくるか、という問いにつながります。
佐宗:BIOTOPEでは、評価指標を多元化しながらOKRを導入しつつ、一人ひとりのゴール設定をお互いがどう支援し合えるかということを合宿で議論するような場を定期的につくっています。また、メンバーとの定期的な1-on-1の対話の場では、それまでを振り返りつつ、次のビジョンを議論しながら設定していっています。
多元主義的な群れ方をどうつくるか、という観点では、SDGsによって企業に新しい文脈が生まれています。というのは、SDGsは多様な観点で目標を掲げているため、企業は必然的に社会的インパクトのあるゴールを複数設定し、複雑性のある課題に対処せざるを得ないからです。
それまでは経済合理性というひとつの尺度しかなかった意思決定プロセスが、SDGsによってさまざまな尺度で意思決定するように組織が変わっていけば、企業の変化も促進されるのではないかと期待しています。
―― ご自身の会社の経営には、変化がありましたか?
佐宗:ティール組織というのは、マルクスの資本論のような一種のユートピアの提示だと思っているので、実践していくのは「道は長いなあ」という一言に尽きますね。
端的に言うと、リーダーはもちろん、メンバーの「柔らかさ・しなやかさ」を育んでいくこと大事ではないかと感じています。たとえば、個人の自律性や組織のパーパスは答えのないものですから、それを問うための場を常につくる。あるいは、対話で出てきた意見やその文脈に応じて、組織の形やアクションを少しずつ調整していく、といったことです。これらは、土壌のようなものだと思っています。
佐宗:それと、『ティール組織』を読みながら、インフラでの下支えが大事だと感じていたので、最近は社内通貨のようなものを試しています。「感謝のコインを渡し合う」という単純な制度を導入してみたのですが、ある程度組織の土壌、つまり信頼のベースが整ったうえに、ティール的なルールを担保する仕組みやインフラを入れるというのはとても効果的だと実感しています。
―― ベースが整っていることが条件なんですね。
佐宗:信頼のベースができていない状態で自由度を上げると、空中分解してしまいますからね。
―― 信頼のベースをつくるために気をつけていることはありますか?
佐宗:この1年、定期的にオフサイトミーティングなどをやりながら、今会社で起きている事象を絵にして可視化する、それを見て自分たちの今を考える、というようなことをやっています。いわゆる「センスメイキング」、つまり、集団で複雑なものを見て、それに対する行動を見出していく場です。
その際、生態系について研究感度の高い小林泰竑が考えた「栄養の循環モデル」というフレームを使って議論しているのですが、これがかなり良かったんです。
栄養というのは個人のモチベーションを指すのですが、モチベーションを高める要素は知識を得ることであったり自分らしさや意志を表現できることであったり、人によって違いますよね。
まずは一人ひとりの栄養になるもの、栄養を奪う天敵のようなものは何かを洗い出します。そのうえで、全体の栄養が今どうなっているのか、栄養の循環を良くするには何をしたらいいか、ということを議論しています。
これをやると、個人を中心にしながら全体を良くするにはどうすればよいかについて、考えることができます。いきなり会社の方向性を話し合ったりするよりもはるかに効果的で、みんなが元気になるんです。
―― 『ティール組織』が、海外と比較しても日本でよく読まれているのはなぜだと思いますか?
佐宗:日本ではコミュニティ価値が一番失われてきているからだ、という気がしますね。
僕が教えている至善館という社会人大学院の社会学の講義があって、「中国や韓国ではコミュニティがなくなった結果キリスト教徒が増えるが、日本はそうじゃない」という議論を聞いてハッとしたんです。
日本には宗教コミュニティは薄く、戦後の日本人にとっては、会社が重要なコミュニティのひとつだったのですが、「働き方改革」は、会社が戦後モデルのコミュニティであるということを完全に終わらせよう、という宣言なのだと思います。
結果として社員は会社にいる時間が少なくなっていき、どのコミュニティに属せばいいかわからない状態になっていったのではないかと思うんです。それがコミュニティの不足感につながったのではないかと。
―― なるほど。
佐宗:社会学の講義の中で面白かったのが、昔の日本は縁側というものがあって、子どもが隣の家でご飯をごちそうになってくるようなことが起こっていたんですよね。
その後、高度経済成長期になると、仕事のために東京などの都会に移り住み、団地ができて核家族化した結果、一緒にご飯を食べるのは家族だけになった。そして1980年代になると、テレビが「一家に一台」から「一部屋に一台」に置かれるようになり、個人で過ごす時間が増えてくる。パーソナライゼーションなんて言葉が出てきましたよね。
今となっては、パーソナライゼーションが加速して、同じ空間にいてもそれぞれがスマホを見ていて、別の生活をしているわけです。
その延長で起きたのが、あらゆるものを全部サービス化するということです。お金を払って何かをしてもらうとき、それを誰がやってくれるのかは関係ない、誰でもいい、ということになったんです。
佐宗:たとえば「一緒に食事をする」というコミュニティを象徴するものがなくなっていき、結果としてそこに自分がいる必要性のある活動というものがほとんどなくなった。それでも、誰かからそれなりの評価を得られている人はいいのですが、評価を得る機会がなくなると、自分に存在価値がないと感じられて不安が大きくなってしまうのです。
昔からあったコミュニティを取り戻そう、つまり、人間を人間として受け入れ、誰もがその場に必要とされ、何かをしてくれたら「ありがとう」と言い合えるような関係に戻ろうというのは、『ティール組織』のメッセージとすごく近いと思うんです。
そのようなコミュニティ意識を取り戻せないと、物理的には満たされているけれど、いつまでたっても自分の心が満たされていない感覚はなくならないと思います。今の日本は、まさにそういうフェイズにあるのでしょう。
―― 日本で『ティール組織』が注目されるのはコミュニティが不足しているから、というのは新しい視点ですね。
佐宗:「将来どのくらいの割合の組織がティールになるんでしょうか?」みたいなことを聞かれたりするんです。そんなこと僕にはわかりませんが(笑)、NPO的な活動の割合が増えるほど、ティール的な組織は増えてくると思うんですよ。たとえば、本業は従来型の組織に属していても、副業では自分の存在価値を認めてくれるティール組織に所属してバランスをとる、という形です。
佐宗:お金を稼ぐことだけを目的にすると、必ずしもティール組織のやり方に合うわけではないので、今の資本主義の経済活動とは別の、生活のために稼ぐだけではないコミュニティのようなところに、実はティール組織の可能性がありそうだと考えています。
―― 働き方改革や自動化で労働時間が短くなり、稼ぐこと以外の活動に目を向ける人も増えそうですね。
佐宗:はい。僕は自分の本(『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』)で「(社会の)役に立って生きる現実世界」と「役に立たないけれど自分には大事な地下世界」と表現していますが、役に立たないけれど意味のある活動の時間価値のほうが、役に立つ活動の金銭価値より高くなるということが、多分どこかのタイミングで起きるのではないでしょうか。
意義があると思えることをやっているから自分が生きていると感じられる、夢中になれる、そんな時間を増やしていくことが、今注目されているwell-beingなんじゃないかと思います。意義を感じる活動に時間を使うこと自体が自己効力感を高めるし、コミュニティに属したいという欲求も叶えられる。ある種のコミュニティを運営する方法として、ティール組織はとても完成されていると思います。
ーー佐宗さんの仰る 「役に立つ世界」のただ中にある会社組織が『ティール組織』から学べることがあるとしたら、どんなことでしょう?
佐宗:今、貿易戦争など不安定な国際関係から世界的な不況が起こるのではないか、という兆しが見えていますが、不況期は歴史的に見ても、社会に必要なものと必要ないものの選別が進むんですよね。会社としては、社会に必要ない組織とならないために、今のうちに「哲学の時間」を持つことがすごく大事だと思います。
哲学というのは要するに、「なぜこの活動をやっているのか」「なぜこれが必要なのか」を問うということです。こういうことは時代の変化によっても、会社のフェイズによっても変わっていくので、単に文章にまとめるのではなく、考え続ける場を持つということが、『ティール組織』が言う存在目的(evolutionary purpose)を下支えするのではないでしょうか。
自分たちで哲学をして、会社のビジョンやミッションなどをしっかり再設定できた会社は不況期を経ても残るし、それができなかった会社は、働き方改革をしながらも空中分解していく。この5年でそういうことが起こると思います。だから、「哲学しましょう」と提案したいです。
ーー 『ティール組織』について、「あれは体力のある会社しかできない」と言う人も多いです。
佐宗:それは逆でしょう。リソースがないから信頼ベースで結束できるという要素はすごくあるので、むしろゲリラ戦的な弱者の戦い方でもありますよね。有形資産で戦っていくのが王道だとすると、無形資産でしぶとく残っていく戦い方です。むしろリソースが少ないほうが、ティール的なやり方を選びやすいと思います。
ーー 最後に、9月のカンファレンス(ティール・ジャーニー・キャンパス)にどんなことを期待されているか、教えてください。
佐宗:「哲学する場」であってほしいですね。『ティール組織』が共感を得ている理由のひとつは、本を読むことで、鏡を見ているように自分を振り返ることができる、ということだと思うんです。ノウハウを学んで何かをしましょう、ということではなくて、鏡に映った自分たちを見て、人と組織について考えることが価値だと思うので。
この1年半に、いろいろな人が『ティール組織』をきっかけに考えて、実践した末にたどり着いたものは何なのか? それをみんなで考えてみる機会になったらいいですよね。
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