2024.10.10
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〈普通の仕事〉にこそ、心理的安全性:篠田真貴子(エール株式会社取締役)(全1記事)
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──ここ数週間、本のタイトルを悩んでいたんです。「心理的安全性」という言葉を使うか、それとも原題の「The Fearless Organization」を踏襲するか。数日前にようやく『恐れのない組織』に決まりました。
篠田真貴子氏(以下、篠田):noteにも書きましたが、心理的安全性はかなり誤解されていると私は感じています。うっかり心理的安全性と言ってしまうと、「あんなものは」と否定的に思っている方に届かない。心理的安全性を肯定的に思っている方も「私が思っていたのと違う」と多分がっかりする。
本の中で書かれているように、アメリカでも誤解されているようですね。著者のエイミー・エドモンドソンさんが動画の中で、「心理的安全性が大切だ」とGoogleが言い始めたことに勇気づけられたと言っていましたが、それ故の誤解もあるようです。
ですから、『恐れのない組織』はいいタイトルだなあと思います。自分が「恐れている」と自覚している人は多くないかもしれないけど、この本を少し読めば、無意識に「恐れている」ことにみんな思い当たるはずです。
──人々が恐れから自分の行動を変えたり、マネジャーが恐れを用いて人を動かそうとしたりする事例が第3章に出てきますね。篠田さんはこの「恐れ」をどう捉えていらっしゃいますか?
篠田:エイミーさんが言われているように、「恐れがデフォルト」なのだと思います。みんな恥をかきたくないですから。ばかだと思われたくない。私もそのことに駆動されて仕事をしている面があると思います。
たとえば、相手の意に沿わないことって、なかなか言えないじゃないですか。よほどの決意があるか、自分のほうにパワーがあると勝手に思っていないと、相手の反応を読んで言わない。しかもそれは無意識の行為だから、「言いたいのに」とも思わないんですよね。ミーティングが終わって、ちょっと振り返って大事なことを思い出したら、後で「すいません、さっき言い忘れたんですけど」ってメールを書いたりして。
それぐらい「恐れ」は働く人にとって自然な状態だと思うんです。だから「恐れのない組織」、つまり心理的安全性はほっといたら絶対生まれない。かなり意識的に、人為的に取り組まないといけない。これは私もすっかり誤解していました。この本からの発見の1つです。
──篠田さんは以前『ティール組織』に関するインタビューの中で「(不安や大変さを軽減するには)職場が人間としての全体性を受け入れてくれるという感覚を持てるかどうかで、大きく違う」と話されていました。あえて言うとしたら、ティール組織と心理的安全性にはどのようなつながりがあると思いますか?
篠田:ティール組織と心理的安全性……いま初めてそれを考えているのですが(笑)、組織の発達段階がティールであれオレンジであれ、心理的に安全な環境は成立するんだと思います。
私の理解では、心理的安全性は、患者さんを助けるとか、ある目標に貢献することが何より重視されると自分も仲間も信じている状態で初めて発動されるものです。その共通認識がないと、自分の評価が下がるような失敗をだれも報告しようと思わないですよね。
本の中にトヨタの事例が登場しますが、心理的安全性がないと成立しない「かんばん方式」(トヨタ生産システムにおいてジャスト・イン・タイムを実現するための手法)ってティール組織でいえばオレンジ的だと思うんです。ですから、目的志向の組織であれば、発達段階がなんであれ心理的安全性は重要な考え方なのではないでしょうか。
──確かにこの本を読むと、トヨタの他に福島第二原発やピクサーなど多様な組織で心理的安全性が活きていることがわかりますね。「恐れがデフォルト」が気づきの1つだったと先ほど言われていましたが、他にもこの本からの発見はありましたか?
篠田:いっぱいあるのでメモを見返しますね(笑)。……そうそう、心理的安全性はイノベーションが求められる組織に必要だと捉えていたんですよね。でもそれだけではなかった。心理的安全性をエイミーさんが見出すきっかけになった医療現場では、基本的にイノベーションはしないと思うんです。だって実験されたら患者さんは困ってしまいます。
篠田:私が心理的安全性を知ったのはGoogleの研究だったので、0から1を生む状況に必要なものと狭く理解していました。でも、よほど機械的な仕事とか、独りぼっちでやる仕事でもない限り、普通の仕事、普通の職場だったら必ず心理的安全性が必要である。これが目から鱗でした。
──私自身は、心理的安全性には2つの場面があると思っていました。1つはイノベーション、もう1つはリスク管理。篠田さんはその2つというよりも、「普通の仕事」においてこそ心理的安全性が重要なんじゃないか。そういうお話ですか?
篠田:その2つで言えば、リスク管理のほうですね。多くの職場では、0から1を生むようなイノベーションって、そこまで期待されていない。この水準で仕事をやってくださいね、に対して、いろんな理由でミスが起きる。そのミスがないように修正し、未然に防ぐのが仕事の基本姿勢だと思うんですよね。
そういうミスの修正や予防に不可欠なのが心理的安全性だと私は捉えています。つまりパフォーマンスに直結する要素です。これは誤解の1つだと思うのですが、心理的安全性はぬるい、ゆるい、やさしいとは真逆で、実際はタフで厳しい世界。
心理的安全性に怪訝な顔をされている方には、「ミスが早く分かり、その解決策を一緒に考えて、仕事のパフォーマンスを上げていくのに必要なんです」と伝えたら、きっと誤解が晴れると思います。
──ここからは篠田さんご自身の経験を教えてください。篠田さんが所属されていた組織の心理的安全性は、いま振り返るといかがでしたか?
篠田:あくまで私が在籍していた時の話ですが、心理的安全性に欠けていた職場のほうが多かったと思います。困っていること、まずいことをなかなか言い出せない。特に営業部門は、個人の成績とボーナス(インセンティブ)が連動しているので、心理的安全性が育ちづらい環境だったと思います。
嫌なことや恐れを乗り越えて、事業や組織の目標のために個人にとってまずい情報も出して学び合いましょう、というのが心理的安全性の考え方です。目標や成果が個人に紐づくと、どうしても隠し事や不正を呼んでしまう。
本に登場する、滑走路で飛行機同士が衝突した事故が最たる例ですよね。滑走路に別の飛行機がいるのを副操縦士は認識していたのに、それを見落としてスピードを上げ続ける機長を止められなかった。このままでは明らかに自分は死ぬって分かっていても機長には言えない。
恐れを打ち崩すような目標設定とか評価体系にしないと、人間の行動はなかなか変わらないのではないでしょうか。
──では一方で、心理的安全性に近いものを感じられたチーム、組織の経験はありますでしょうか?
篠田:まず思い浮かぶのは、マッキンゼーですね。前職が、上を立てて下は黙る風土の日本の金融機関。そこから転職したマッキンゼーでは「なんか発言しろ」と言われて、えらく困りました。そんなことを言われても、まだ私は右も左も分からない。でも上長や同僚からは何でもいいから発言してと言われる。
はじめは不思議だったんですが、上長が改めて教えてくれたことが実に理にかなっていました。曰く、マッキンゼーのコンサルタントは、クライアントのあらゆる質問に答えるのが仕事。さらには、マッキンゼーの人たちがいないところでは、そのクライアントが社内のいろいろな質問に答えなければいけない。新入社員の私の疑問や意見には、そうした様々な質問に準備するための価値があると。
自分の発言がそんなふうに意味づけされると、恥をかきたくない、ばかにされたくないという感情よりも、ここで発言するのは私の責務なんだと理解するようになります。自分が間違ったことを言うかもしれない恐れに対して、その発言にはこういう価値があるんですよとわざわざ言ってくれる。まさに、本に書かれている3つのステップ(土台をつくる、参加を求める、生産的に対応する)ですね。
別の会社ではこんなことがありました。上の方が自ら「自分ができてない」とか「分かんない」と正直に言う。そして、あなたのほうがこの件についてはいっぱい調べているし考えているから、もうあなたが決めていいと意思表示する。これも心理的安全性に近い気がします。
あと、上の方が自分は分からないと言うので、こちらも分からないときは素直に分からないって言いやすいんですよ。逆に知ったかぶりをするのは恥ずかしいと思えるようになりました。組織において環境の基盤をつくるのはやはりリーダーです。あくまで私の経験ですが、リーダーの理解がない状態で心理的安全性を育てるのはかなり厳しいと感じます。
──次は篠田さんの実践について教えてください。最近は、心理的安全性と「聴く」の関係を積極的に発信されていますが、心理的安全性を高めるために篠田さんが意識されていること、工夫されていることはありますか?
篠田:まず前提として、私は全然できているわけではないので、努力の方向としてお話しさせてください(笑)。例えばミーティング中に誰かが意見を言ったとき、自分がどう思うかはいったん脇に置いて、「あ、面白いですね、それ」とまず言っちゃう。なにかを反射的に言いたくなるのを我慢する。
面白いですねとまず言うことで、私のほうが分かっているのに、みたいな自分の間違った思い込みを外すことができます。相手の方も、少なくとも私が前向きな興味を持っているというシグナルを受け取れる。すると、エールが大切にしている「聴き合う組織」に少し近づけるんじゃないかと思っています。
──話を聞いていると、「え、それ面白いのかな」とか「その考え方は違和感がある」って思う瞬間があるじゃないですか。それをいったん保留するということですね。
篠田:そうです。例えば、(インタビュアーの)平野さんは「心理的安全性はイノベーションと強く結び付いている」と思っていて、私は普通の職場で使われる概念なんじゃないかと思っているとします。そのとき、自分の主張の正しさをいかに伝えるかを考えるのではなく、平野さんがなぜイノベーションに結び付くと思っているかを知ろうとする。「なぜそう思ったのか、もうちょっと知りたいんですが」みたいな聴き方をして。
そんな感じで自分自身の正しさとか知識は保留して、相手の話に好奇心を持つ。ごくごく普通のことですが、こういうことが、聴き合う関係づくりに大切なんじゃないかと考えています。
──そうか、この本の中でエイミーさんはリフレーミングの大切さを繰り返されていますが、いま篠田さんが話された工夫は、「その話は面白くない」をリフレーミングする方法の1つだと思いました。
篠田:そうですね。エイミーさんのリフレーミングは会社や組織全体ですが、さっきの話は自分のリフレーミング。だから今日からすぐできます。
そういえば、以前から思っていたんですが、編集者の方はこのリフレーミングがとても上手ですよね。たとえば骨太な研究や理論を一般向けの書籍にするとき、読者にとって何が面白いかは、やっぱり研究者の方にはなかなか想像しづらいと思うんです。
でも編集者の方々は「これが面白い」と核心を突く。研究者の方にとっては「え、そこですか」なんだけど、次第に理解していって企画がぶわーっと組み上がっていく。そういうリフレーミングを、本を作られる方は日常にやっているんだと思います。
ーー言われてみると、著者の想いや業績を書籍として再構成するのが編集者の仕事の1つかもしれませんね。最後にもう1つ質問させてください。
ーー昨年9月に英治出版主催で「心理的安全性ゼミ」を立ち上げて、数名の社外の方々といっしょに普及と活用を目指したプロジェクトを企画しています。このゼミの中で、心理的安全性はあくまで手段であって目的ではないよね、という話がよく交わされるのですが、篠田さんは心理的安全性が目的化されるリスクについてどう思われていますか?
篠田:おっしゃるとおりで、まずチームとして達成したいこと、つまり提供価値を明らかにすることが極めて重要だと思います。この本に登場する医療現場や飛行機のパイロットは、提供価値や目的は議論のしようがないほど明確です。しかしビジネスの現場は、実はそこがぼやっとしている可能性があります。
このチームは、誰にどんな価値を提供するために存在しているかを確認し続ける。マッキンゼーが「クライアント インタレスト ファースト」をしつこく言い続けているのも、この提供価値を組織全体に浸透させるためですね。
──自分たちはなぜ仕事をしているのか。誰のために仕事をしているのか。これを自ら問い続けると。
篠田:仕事をしていると、うまくいかないことのほうが断然多いですよね。その中で少しでも質を上げるために、ミスを未然に防いだり、起きてしまったミスから学んでより良い仕事の仕方を編み出す。これを絶え間なくやるには、そもそも心理的安全性がないと予防や学習の素材が集まってこない。心理的安全性は、そういう仕事の基本に関わるものだと捉えていただくのがよいと思います。
この本はリーダーや管理職の方々にはもちろんですが、個人的には、自分の仕事は、普通の営業だし、普通のオフィスワークだと思う方におすすめしたいです。
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