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執念とこだわりで社会を変える あるプロダクトマネージャーの試行錯誤(全2記事)

この国に希望がないのは、“プロダクト愛”がないからーー及川卓也氏が明かす「Google日本語入力」に込められたエモさ

2019年9月13〜14日の2日間、渋谷ヒカリエで「BIT VALLEY 2019」が開催されました。“モノづくりは、新たな領域へ”をテーマに、クリエイティブ・ビジネスに関わるすべての人々に向けて、テクノロジー・発想方法・働き方など多様な切り口でトークセッションが行われた本イベント。この記事では、Tably株式会社の及川卓也氏が登壇した「執念とこだわりで社会を変える あるプロダクトマネージャーの試行錯誤」のセッションの模様をお届けします。

「JISキーボードを作れ」 27歳の青年に特命が下る

及川卓也氏(以下、及川):もう13分しかなくなってしまいました。ここからは私のエモい経験を話します。急に自分の経験談になるのですが、私が新卒で入ったのは今はもうなくなってしまったDEC、Digital Equipment Corporationという会社です。

当時世界第2位のコンピューターメーカーです。IBMが1位でそれを抜くと言われていたのですが、IBMの背中が見える前に景気悪化で買収されてしまいました。

おもしろいのは、私がそこに入って2~3年経った頃、そこそこ日本にも市場を持っていて官公庁などにも納品できるようになっていたのにもかかわらず、JISキーボードと言われるものを持っていなかったんですよ。

ASCIIキーボードと呼ばれる英語のキーボードの上になんちゃって仮名刻印をして、それで日本語も打てますと言って。実際にはローマ字変換ばかりしているので、JISキーボードである必要はあんまりなかったのですが、ご存じのとおりASCIIとJISは記号の配置が違います。JISに慣れている人はものすごく使いにくかったんです。

よくあんなので売れたなと思うのですが、景気が傾いているのにもかかわらずJISキーを作れと特命が下り、なぜか27歳くらいの私がリーダーをやれと言われて。

なのでキーボードの金型を作り、キーボードだけではだめなのでドライバーに相当するものを自社製のOSにも組み込み、UNIX系のOSと自社の独自OSの日本語処理体系がバラバラなのでそれを統一することもやりました。ですがサムダウンしていることからもわかるように、自分では今振り返っても、よくやったとは言えないんです。

やったのは全体の工程管理 プロダクトマネジメントではなかった

先ほども言ったように、ゴールはキーボードのユーザビリティを上げることです。でも私は金型ができた段階で専門の部署に任せてしまったんです。彼らがユーザビリティテストを行って、私はその結果さえ知りません。

他にも、日本語処理体系を研究開発部で専門にやってくれている人たちに、「今はバラバラなので統一しましょう」という働きかけはしました。でも自分自身が中をしっかり把握し、デザインに対して口出しすることはしませんでした。

つまりこの時の私は、「やれ」と言われたことを言われたとおりにやっただけ。私がしていたのは単なる全体の工程管理で、プロダクトマネジメントではなかったんです。

これで結果はどうなったかというと、完成間近で「これは誰がコストを負担するのか云々」と、一番最初に考えないといけないようなところが出てきて。20半ばの若造でなにもできなかった私は、上司に泣きついて助けてもらったかたちになったんです。

キーボードを作ったのはいい経験になりました。しかし同時に、プロジェクトマネジメントを担っていたとしても、自分の意思がなければ結局自分ではなにもドライブできないということを痛感したのです。

マイクロソフトの米国本社へ派遣、Windowsの日本語版のリーダーに

その後数年して私はDECにいながらマイクロソフトの米国本社に派遣され、そこでWindowsNTという、今のWindowsのもとになる最初のバージョンの日本語版に携わりました。

(スライドを指して)ここにAlphaと書いてあるのはディスクプロセッサです。CISC、RISCというようなアーキテクチャーの違いがあるのですが、そのRISCプロセッサのところを64bit。当時、64bitプロセッサはそんなになかったんです。

こういった潰れかけている会社は大体「起死回生、危機一髪」と考えて失敗するんですけど、この会社も失敗しました。いずれにしろ、起死回生するような、エンジニアの夢の塊みたいな世界最高速の64bitプロセッサをつくり、UNIXと自社OSに載せましたが、これだけではだめなんです。

当時、マイクロソフトは本格的にエンタープライズで使えるWindowsを開発し始めていました。Alphaにも対応してもらおうということで、マイクロソフトと共同プロジェクトになり、そこに私が日本語版のリーダーで行くことになったんです。

こういうのは何を作るかの定義がすごく難しいでんす。私がやったことは技術的にはおもしろいのですが、やっていることは結構ニッチなんですね。

英語版のWindowsNTのインテル版がまず開発されていました。これを日本のマイクロソフトの人がOEMの人たちと共に英語版から日本語版への移植をやった。今でこそUnicodeがあって移植は簡単なのですが、当時はUnicodeがそんなに一般的ではなくかったので、これを国際化、インターナショナリゼーション、ローカライゼーションするのはめっちゃ大変でしたが、それをやってきました。

一方、私がいたDECではインテル版からAlpha版へポーティングをしていました。私がやるのはその両方を掛け合わせたものです。英語から日本語にしているものとインテルからAlphaにしているものと、うまく両方のいいところをとって動かすことです。

なので目的としては非常に簡単で、日本語版WindowsNTをAlpha版で動かすことだけです。当時はそんなことを考えていませんでしたが、私はこの経験から、プロジェクトを成功させて終わるだけでなく、実際にWindowsNT日本語版Alphaはどういう存在にならないといけないかを考えてみました。

「潰れかけているけど、すごいことをやっている」をミッションに

それは当然日本版WindowsNTインテル版よりもより速くなければいけません。なのでそこをゴールにセットしました。当時はWindowsの展示会がたくさんあって、開発中のWindowsNTも展示してありました。

そこで、富士通さんとかNECさんとかが出している中に、Alphaということで私たちの価値も出すわけです。ここでベンチマークが来た時、圧倒的に違いが出せることをゴールにしていました。

インテルとAlphaだと、性能差が一番出るのが浮動小数点演算です。ちょうどマイクロソフトが作ったデモで綺麗なマンデルブロ曲線を描くものがありました。画面が描画されるんですが、インテルだとトロトロだけどAlphaだとサーっと描画されるんす。

当然日本語版だと若干遅くなるのですが、それをできるだけ抑え圧倒的なパフォーマンスを見せて、「DECって潰れかけてるけど、すごいことをやっている」と思わせる、それを我々のミッションにしたんです。

結果うまくいき、そのあと数年ですが、そこそこWindowsNTのAlpha版は売れました。この経験から、ミッションを掲げ、チームで共有することの重要性を意識するようになりました。

空気のような日本語入力 「Google日本語入力」で定めた“あるべき姿”

(スライドを指して)時間がないのでちょっと飛ばします。IMEは私がGoogle時代の半ばくらいにやったやつで「Google日本語入力」というものがあります。これはもともと20パーセントプロジェクトで2人のエンジニアからスタートしたものです。

このプロダクトも世に出すまでには様々なことがありました。開発途中でミッションを定義したのですが、その結果、開発途中だったものであっても方向性が異なるものであれば排除してもらうこともありました。エンジニアは実際に自分が作ったコードが抜かれるって悲しいじゃないですか。でも我々が何を作りたいのかを再度議論し、あるべき姿を考えました。

その時我々はメッセージを考えました。ビジョンメッセージです。それが「空気のような日本語入力」です。空気の存在は英語では言いにくかったので後で変えたのですが、要は我々は余計なUIが入ることで入力作業の効率が悪くて仕方がないという経験をしているんです。だからそれを感じさせないぐらいのものにしようと。

そして、ついにリリースの日を迎えました。午前中にアナウンスブログを出した途端にみんなが一気にダウンロードしはじめて、すごい反響だったことを覚えています。本当に小さな一歩だったのですが、世界を変えたなと思いました。

現在スマートフォンは入力が主戦場になっているのですが、その原点の1つがここにあると思っています。

分業制を極めるのではなく、全員がプロダクトの価値を高める

さて、もともと認知が低かったプロダクトマネージャーの認知を高めたいと思ってこういう講演などやってきまして、結果、プロダクトマネージャーの認知はだんだん上がってきて嬉しいことです。

ただ問題も起きています。ある企業に行って「うちもプロダクトマネージャーを置かないといけないと言われたので置きました。うちのプロダクトマネージャーのメンタリングをしてください」と言われたんですよ。

それで話を聞くと、「事業側からはこう言われて、開発の人にそれを伝えても『なんでこんなことをやらないといけないのか』と言われて、間に入ってつらい」と。なので僕は「それはプロダクトマネージャーではなくプロジェクトマネージャーだ」と言いました。

要は、雑な企画がぶわーっと出てきて、「開発、わかんないけどこれ頼むわ」と言われて、「これ、本当にやるんですか?」となって、開発をなんとかなだめすかして……ということをやってしまっているんですね。

これではいけません。こういうことは対等な関係にならなければなりません。先ほど5W1Hでプロダクトマネージャーの役割を言いましたが、分業制を極めるのではなく全員がプロダクトの価値を高めるんです。

希望がないのは、“プロダクト愛”がないから

「ユーザーにはどういった価値を提供できているのか」「本当にこれは課題を解決できているのか」ということを常に考えるようなチームになっていくことが大事であり、プロダクトマネージャーはその中心的な存在になってほしいと考えているんです。

最初の話に戻ります。「希望だけがない」。なんで希望がないんだろう? 僕はこれはプロダクト愛がないからだと思います。プロダクト愛というのは、自分が作ったものが家族や友人、恋人などが困っていることをきちっと解決できて、「お前がこれを作ったのか、すごいね!」と言われたい。それがプロダクト愛です。自分で作った誇りです。

でも残念ながら、多重下請け構造になっているエンジニアは、それがなんのために使われるのかもわからないのだから、それに対する愛などないわけです。それではいいものが作れるわけもなく、そこに希望などあるわけがないんです。

「お前は一番愛すべきユーザー像だ」 及川氏が電車で出会ったある青年とのエピソード

あと18秒で2つ話さないといけない。大丈夫かな(笑)。これも私の話なのですが、Chromeは今でこそ多くの人に使ってもらっていますが、最初は全然使ってもらえなかったんですよ。

アーリーアダプターや友人は使ってくれていましたけど、展示会では発表者がブラウザでデモをするじゃないですか。そこでChromeを使っている人なんていませんでした。やがてぽつぽつ出始めてうれしいなと思ったりしましたね。

Google日本語入力も一緒だったんです。やっぱり日本人は保守的なので、OSに標準として入っているもの以外は使わないんです。MS-IMEしか使わない時代が長くあった。

そんな時、電車に乗っていると隣のお兄ちゃんがラップトップで仕事をしはじめたんです。見ると、ChromeでGoogle日本語入力を使っていて。「お前は俺の一番愛すべきユーザー像だ!」と抱きしめたくなるくらいで、僕はTwitterでそれをつぶやいたんですけど、こういう思いをいろんなところでできるはずなんです。

それは社会システムの中にもあって、僕は一時期Windowsの組み込み版を作っていたことがあるんですよ。実はスーパーやコンビニでは「DirectXでキレイなグラフィックを出したい」ということで、Windowsを使っていたんです。Windowsかどうかは見てわかるようになります。

DirectXを使った画像や動画からもわかりますし、組み込みはお金掛けられないことも多いのでWindowsの標準のMSゴシックを使っていて、フォントがとても汚いので大体文字を見ただけでWindowsだとわかるようになります。そういうのを見ると愛おしくなります。

同じように小学校でプログラム教育が始まり、プログラム教育のメッカと言われている小学校で公開授業があったので行ってみたんです。そうしたらJavaScriptで勉強できるようなものをやっていて、「お、がんばってるな」と思ってふと見たら、Chromeと書いてあって。

教室を見回すと、子どもたちが使っているマシンは半分がChromebook、半分がWindowsマシンでした。それを見た時に、「もしかしたら俺が作ったChromebookで、この子たちは今、人生で初めてプログラミングを経験しているのかも」と思ったら泣きそうになったんです。最近涙もろいのでね。こういう想いをみんなが持ったならば、世の中も変わってくると思います。

「M$」と揶揄されたマイクロソフト それでも技術が世の中を変えると信じていた

今でこそマイクロソフトはディベロッパーからも愛されていますけど、私がいた時は強すぎる会社だったのでけっこう嫌われていたんです。それでこんな悪口を言うんです。「M$(エムダラー)」。「Redmond OS」と揶揄する言い方もありました。

とくにインターネットの標準的に突っ込みどころもあることをしてしまっていた2000年前半はそんなことばっかり言われていました。

そこで私はインターネット標準に関わる活動に入った時に「マイクロソフトはこういうことをやっています」と日本の研究者や開発者に説明して歩いたんです。

ちゃんと標準に則したものに今変えようとしているという話をすると、ある大学の先生は「I hate Microsoft」というロゴのTシャツの大きな写真を研究室に置いていたのですが、私がそういう活動に加わり、いくつかの標準化関係の委員会などに入ってお話をするようになったらそれがなくなってきました。

これはやはり自分が、よくないところもあるけどMS技術が本当に世の中を変えると思っているからこそなんです。だから「I hate Microsoft」と言われようがそういう場にも行くし、一生懸命自分がいいものを作ろうとしていることを訴えかけます。

誇りと愛を持とう そこに希望がある

すべてはやはり愛と誇りだと思います。1人のエンジニアではなく、「プロダクト=大きい事業」で考えた時に、全員が自分の持っているもの、貢献できるものに対して誇りを持ち、愛を持てば変わると思います。そこに希望があると私は思います。

(スライドを指して)あと、こんな本を来月出します。今話したことが全部書いてあるので、ぜひ買っていただければと思います。時間が延びてしまい申し訳ありませんでした。ありがとうございました。

(会場拍手)

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