2024.10.10
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安藤昭子氏(以下、安藤):あらためまして、こんにちは。編集工学研究所の安藤と申します。本日はみなさん、お忙しい中でお運びいただき、ありがとうございます。
ただいま鈴木さんからご案内がありましたように、編集工学シリーズと名付けているのですが、今日でもう5回目なんですね。これまでに4回、月に1回ぐらいのペースでやらせていただきましたが、実は今日で一旦の最終回となります。
今回は、変化を味方につける創発型チームの作り方というタイトルでお送りいたします。
チーム作りや組織開発といったお話は、あまり概念的なことばかり交わしていても、なかなかピンとこないところもありますので、今日は半分以上の時間をワークショップで使いたいと思っております。
みなさんに何かしら体感をしていただくことで、明日から試してみようと思っていただける2時間にしたいと思っています。参加型ですから、よろしくお願いします。
私たちは編集工学研究所と申しまして、こちらが世田谷区豪徳寺にあるオフィスなのですが、こういった感じに本で埋め尽くされているような、少し変わった空間でいつも仕事をしています。
この場所を「本楼」と言いまして、本の楼閣というように書くのですが、ここにも表れているように、日頃から本を扱うことが多く、今日のワークショップも、本と関わることをやっていきたいと思っています。普段は「編集工学」という方法論を通して企業や自治体や教育機関等の活動をご支援したり、編集工学を学ぶ学校を運営したりしています。
安藤:ところで、編集工学という言葉を聞いたことがある方はいらっしゃいますか?
(会場挙手)
半分ぐらいいらっしゃいますね。松岡正剛という者がこの編集工学という考え方を創始しまして、同時に編集工学研究所を創設しました。編集というとだいたい職業的な編集を思い浮かべられる方が多いと思いますが、私たち編集を非常に広義な意味で捉えています。私たちを取り囲むものはすべて情報でできていて、その情報を取り扱う営みはすべて編集だと考えています。
その編集の仕組みを明らかにし、社会に適応していける技術として構造化し、体系化していったものを編集工学と呼んでいます。
言ってみれば一つの思考の技術ですね。ソフトウェアとも言えると思います。この編集工学という技術を使って、さまざまな活動をしているということです。
この編集工学シリーズでは、私たちが普段仕事の中で実際に使っている方法論や直面している問題意識を切り出すようなかたちでみなさんとシェアし、一緒に考えていただくというスタイルのものです。
安藤:今日のテーマに入る前に、これまでの4回で何をしてきたかというところだけ、かんたんに振り返りたいと思います。
まず第1回は7月にあったのですが、このときは、最初「読書術」から始めました。
「ビジネス思考力を鍛える探求型読書のすすめ」と書いてあります。これを今日みなさんにも、後半でやっていただきますね。普通に読書を楽しむというのとはまたちょっと違うスタンスで、サブタイトルにあるように、思考力を鍛えたり、自分の考えを前に進めたりするために、どうやって本を活用すればいいのだろうかというところを、2時間かけてみなさんとワークショップをした1回目でした。
2回目は「アナロジカル・シンキング」と名付けました。「ロジカル・シンキング」というものはよく聞きますし、ロジックを鍛えていらっしゃる方もこの中にもたくさんいらっしゃると思いますが、昨今そのロジカル・シンキングだけでは乗り越えられないようなことがいろいろと起こってきています。
そのときに、この柔らかい思考といいますか、アナロジーの力というものが非常に重要になってきているのではないかと思います。これは私たちも日頃、いろいろなクライアントさんとお話をしていて痛感しているところではあるのですが、この「アナロジカル・シンキング」の力をどうやって鍛えていけばいいのか、というところに、非常に注目が集まっていますね。
そこをトレーニングする方法はあるのかと。いろいろなお客さまから聞かれることなのですが、これは実際にあるんですね。それを2回目は2時間のギュッと圧縮バージョンでやらせていただいたというところです。
安藤:このアナロジカル・シンキングの一種と言ってもいいのですが、アブダクションという方法論があります。まだアブダクションという言葉自体があまり知られていないと思いますが、これは簡単に言うと、推論の方法なんですね。
推論というのは、演繹的推論、帰納的推論といったものは聞かれたことがある方も多くいらっしゃると思いますが、それを第3の推論方法ということで、日本語で言えば仮説的推論といった言い方をします。仮説思考ですね。最近注目され始めている思考方法ですが、仮説を先行させるような推論をアブダクションと言い、第3回目はこれについてやりました。
前半では、このアブダクションというものは一体何だ? どういう考え方なんだ? ということを見ていきまして、後半1時間は、人間とAIの違いと書いてありますが、AIの研究者の方をゲストでお招きし、AIにアブダクションはできるのでしょうか、というような話を対談形式でさせていただきました。
その後の10月は、「『物語』という方法」と題してお話しました。物語というのは、私たちが子どもの頃から身近にあるものではありますが、人類が2000年以上持って活用してきた、情報を格納したり伝えたりするための非常に優秀なフォーマットでもあるんですね。
この物語というフォーマットや方法を、個人が例えばビジョンを描くため、組織がビジョンを描くために使っていく。自分自身のメッセージをだれかに伝えるといったように、どうやって活用していけばいいのかということを、実際に物語編集力を体験するワークショップを交えて考えていただいたのが前回でした。
安藤:ここまでは、だいたい個人の思考方法に焦点を当ててきました。今回は最終回ということで、これまでの方法をギュッと圧縮して、組織を考える会にしたいと思います。
創発型チームというものをどうやって作っていけばいいのかということを、今までの4回分のメソッドも入れながらやっていきます。
では、さっそく中身に入っていきます。まず、今日のタイトルにもなっている創発型のチームというのは、どんなものかお聞きしてみたいのですが、創発型チームと言われて、あ、ちょっと目があったので、(参加者に)どんなものを思い浮かべます?
参加者1:そうですね。個人の発想ではなく、やっぱりいろんな人の発想をうまく集めていって、上の概念を作る、というような。
安藤:あー、なるほどなるほど。そうですよね。個人一人ひとりの発想も、集まることで何か違うものになるという。(前列の参加者に)何か?
参加者2:具体的には、ブレインストーミングといったことを想定します。
安藤:ありがとうございます。アイデアがたくさん出る状態にしたときに起こる、チームの状態ということですね。
今日のテーマは「創発型チーム」ということで、こんなことを目指すのかな? こんなことをやるのかな? といったことを頭の中に想定していらしてくださっている方も多いと思いますが、では創発とは何ですか? と聞かれるとなかなか説明しづらいですよね。ということで、まずは創発とは何だ? というところから入っていきたいと思います。
安藤:創発は英語ではemergenceといいますが、辞書的な定義でいうと、部分の性質の単純な足し算に留まらない特性が、全体に表れるということを創発と言います。今、まさに言っていただいたとおりなのですが、個人個人の振る舞いや能力を超えた創造的な成果を誘発する現象だと言っています。
もともとは生命や自然の中に見られる現象なのですが、それらを転用して組織にメタファーとして当てはめて考えるということが、最近出始めているというところですね。
今日ここに持ってきた絵は「スイミー」ですが、ご存知の方も多いのではないでしょうか。この1匹1匹の魚は誰かが、じゃあきみここね、きみここね、というように誰かが指示しているわけではないのだけれども、みんなでギュッと集まって、大きな1つの魚になりましたよ。そして、やってきた敵の魚を追い返しましたよ、というお話です。レオ=レオニという人の作品ですね。
「部分の性質の単純な足し算に留まらない特性」というイメージを少しざっくりと捉えるとこんな感じかと思います。す。
もうちょっと具体的に、創発というものが何かということをご説明しようと思ったのですが、私がお話するよりも、非常に優秀にコンパクトにまとめている映像がありましたので、これをみなさんに見ていただきたいと思います。
ドイツのクリエイターのチームらしいのですが、7分ぐらいの映像で、すごくわかりやすくサイエンスや歴史についてのアニメーションを発信しているYouTubeチャンネルがあるんですね。
少しスピードが早いので、ちょっと集中して見てみてください。英語ですが、字幕は出ます。いいですかね。
(動画が流れる)
動画の字幕:アリはかなり愚かだ。脳はちっぽけで、意思も計画も持っていない。しかし、たくさん集まれば賢い。アリの巣は複雑な構造だ。カビや家畜を飼うものもいる。戦争をしかけたり、防衛もできる。どうすればそんなことができるのか。愚かなものが集まって、賢い動きをする方法は?
この現象は創発と呼ばれ、この宇宙の、最も興味深く謎めいた特性だ。要するに、小さなモノが集まってより大きなモノを作り、それが単なる部分の総和とは違う性質を持つことを言う。創発は単純さから生じる複雑さで、それはどこにでもある。
水はそれを構成している水分子とは非常に異なった特徴を持つ。湿り気などだ。湿った布をいくら拡大しても湿り気を見ることはできない。あるのはただ布の原子の間に収まっている分子だけだ。湿り気は水から創発してくる特徴で、たくさんの水分子がかかわったときにだけ出てくる何か新しいモノだ。そういうことだ。
たくさんのモノがある特定の規制のもとで相互作用し、それ自体を超えた何かを作り、別のモノに変わる。この別の特徴は新しいモノであり、さらにまた別のモノと組み合わさって以下同様のプロセスが続く。だんだんと複雑なパーツでできた層が積み重なっているようなものだ。
原子は分子を構成し、分子がタンパクを構成し、タンパクは細胞を作り、細胞は器官を、器官は個人を構成し、個人は社会を構成する。でも、それぞれがその構成要素の総和以上のモノになれるのは何故か? アリがコロニーという集合的な存在を構成するのは、どのようにしてか? それはカオスを通して秩序を生み出す法則に従うことによってだ。
動画の字幕:たとえば、アリの巣が仕事を分配する方法を見てみよう。コロニーに25パーセントの働きアリと、25パーセントの介護アリ、25パーセントの兵士アリと25パーセントの採集アリがいるとする。アリは現在の仕事を化学物質で知らせる。
たとえば、働きアリは常に「私は働きアリ」という科学信号を出している。アリが別のアリに会うと、匂いの情報を交換し、お互いに何をしているか知らせあう。過去に誰と会ったかの記憶もつけている。
さて、採集アリのほとんどがアリクイに食われてしまったとしよう。すぐになんとかしないとコロニーは飢えてしまう。多くの働きアリが仕事を変える必要があるが、何千という働きアリにどうやって知らせる? 簡単だ、知らせなくていい。
働きアリは別のアリに会い続けるが、採集アリにはぜんぜん会わないだろう。採集アリに会う数が少なすぎることがあるところまで続くと、働きアリは仕事を変える。働きアリは採集アリになり、他のアリも以下同様で、それは採集アリが充分な数になるまで続く。そのバランスは自動的に回復する。
個々の個体の行動はランダムで、どのアリがどのアリと会うかを計画することはできない。でも単純なルールの組み合わせは巧妙で、結果的にコロニーの働きの多くが創発されてくる。
もっと根本的なレベルでも、何億という分子が相互作用して、頑丈で驚くべき構造を維持して、命のないパーツの総和とはまったく違った特徴をもたらしている。生命の最小単位、細胞だ。生き物とは何かという明確な定義はないが、それが生きていないものから創発して来ることは分かっている。
動画の字幕:細胞は集まって協働し、専門特化して互いに反応し、我々は徐々に、優れた能力を持つ複雑な生物へと発展してきた。あなたの腕や脚や心臓は、何兆という愚かなモノからなる、超複雑なシステムなのだ。
さらに、我々は息をし、消化をし、YouTube動画を見る。細胞は、何をすべきかをどうやって知るのだろう? 心臓のペースメーカー細胞について考えてみよう。心拍を正しく刻むために、何億もの細胞が、正しい瞬間に信号を送る必要がある。
細胞は、今何をしようとしていて、次に何をするか決めるために、ご近所の細胞と、化学的に情報を交換している。もし周りの細胞がある仕事をしていたら、その細胞も周囲に同期して同じ仕事をする。司令を送る中心的な場所はどこにもなく、お隣と協働している個々の単位があるだけだ。
ヒトの最重要な部分についてはどうだろう? ヒトの意識も脳細胞の創発的な特性なのか? この疑問はあまりにも重要で、そのためにはもう一本の動画が必要だ。ある種の創発は定義が難しい。我々はアリのコロニーではなく、個々のアリにしか触れられない。コロニーには脳も顔も、身体もない。それでもコロニーは世界と相互作用する。
動画の字幕:アリからコロニーが創発するように、人間から創発するものもある。たとえば国のように。実際、国とは何だろう。国とはその国民のことか? 施設や国旗や国歌のようなシンボルだろうか? 都市や領土のような物理的なモノだろうか?
それらはすべて変化する。住民は変化するし、置き換わることもある。施設も変化するし、都市は作られては放棄される。国境は歴史を通じて変化し、シンボルも新しいモノに置き換わる。国には顔も脳も身体もない。
では国は実在しないのか? もちろん実在し、アリのコロニーと同様、世界と相互作用する。景観を変化させ、戦争をし、成長したり衰退したり、存在しなくなったりもする。でも、たくさんのヒトが互いに相互作用することによってのみ国は存在する。
国に限らず我々の周囲の複雑な構造は、すべて我々から創発している。ヒトはそのつもりがない場合でも常に創造している。コミュニティ、会社、都市、社会、これらはみんな元になっているちょっと愚かな猿たちとは根本的に別の特性を持つ存在だ。
これらすべてがどうして起こったのかはわからない。私たちはただそれを観察し、宇宙の根本的な特性だと知る。それは、この宇宙の最も美しく、驚くべき特性かもしれないのだ。
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