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「好き嫌い」の復権(全3記事)

一橋大学教授・楠木建氏が語る「好き嫌い」を経営戦略にすべき理由

2018年2月21日、株式会社あしたのチームが主催する「あしたの人事クラブ発足記念パーティ」&『あしたの履歴書』出版記念イベントの一環として、特別講演が催されました。一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授の楠木氏が登壇し、「好き嫌いの復権」をテーマに、これからの組織のあり方や個人の働き方について提言を行いました。本パートでは、ビジネスにおいては見過ごされがちだった「好き嫌い」という観点の重要性を説きます。

「好き嫌い」を経営戦略にすべき理由

司会者:特別講演に移らせていただきます。

特別ゲストは、経営書としては異例の20万部を発刊した、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』の著者である、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授の楠木健先生にお越しいただきました。

本日は“好き嫌いの復権”についてお話をいただきます。

それでは、楠木先生、よろしくおねがいいたします。

(会場拍手)

楠木建氏(以下、楠木):楠木と申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます。

僕の考えを聞いていただきたいのですが。

こういうことです。こうした傾向がある方が、もう少し好き嫌いという切り口が全面に出てくるような経営戦略にするべきではないかということです。「好き嫌い」というものは、「良し悪し」ではないものですね。

これは、どういうことかと言いますと、「良し悪し」と「好き嫌い」は、どちらも価値観ですね。ただ、良し悪しというのは、水面上に出ている、社会的にコンセンサスがとれている普遍的な価値基準です。ウソをついてはいけない、時間に遅れてはいけないといったことです。

もっと言うと、法律で規定されている人を殺してはいけないといったものは、良し悪しですね。いくら好き嫌いが大切だといっても、「おれは人殺しが大好きで昨日3人殺ってきたんだけどさ」などと、これは良くない。

ところが、水面下にはもっと大きな好き嫌いの評価があり、これは価値観なのですが、局所的な立場からだということです。

極端な場合、「あなたは天丼とカツ丼ではどちらが好きですか?」ということですね。私はカツ丼が好き。いやいや、僕は天丼が好き。これは、その人に局所化された良し悪しです。これも好き嫌いでもあります。

組織でもあると思います。まったく違った会社があって、ある会社ではそれはよいとされている。ところが、うちの会社ではそれはよくない。これが局所化、組織に局所化されている会社です。

相手との違いを作ることが戦略

こうした意味で、連続になりますが、好き嫌いと良し悪しを対立していかないとダメなのですが、僕は競争の戦略という分野で仕事をしております。気が向いたら読んでいただきたいのですが、競争戦略の観点から、どうして好き嫌いが重要なのかという話でして。これはどうしてかというと、非常に単純な理屈で、違いがあるからやられると。

競争の中で、競争相手に対して違いを作るのが戦略だということでございます。

そもそも、マイケル・ポーターというこの競争戦略という理論を作った方がおりまして、この方が思いついたロジックですが、「違い」には、違いがあるということなのです。その2つの違いの作り方があるという話で、1つは、頭文字を取ってOEと言います。

これは、どちらがベターですか? というタイプかもしれません。つまり、ものさしがあるということです。人間で言うと、身長、体重、視力や足の速さなどですね。そうしたものさしを当てて、Aさんの方がBさんよりもより背が高いとか、足が速いといったことです。そうした違い。これをOE(Operational Effectiveness)と言っています。

もう1つは、SP(Strategic Positioning)。頭文字をとって戦略的な位置取りと言います。これはディファレントというタイプの違いなのです。つまり、ものさしがないということです。人間で言えば、男と女ということですね。要するにディファレント。ものさしがない。「違い」の違い、お分かりいただけると思いますが。

どうしてこの区別が大切なのかというと、戦略とは一言で言って“違いを作る”ということだからです。それはディファレントになるということでありまして、ベターかどうかは二の次だと。他社よりベターであったとしても、それは必ずしも戦略ではないということがあります。

つまり、これは戦略があるというイメージで、足が速いことは大切なのですが、それ以前に、ディファレントになっていると。違いを作るというのは、理屈としてはトレードオフを作るということであります。

男であるのと同時に、女ではあれないですよね。だから、どちらがベターなの? というイタチごっこになりがちなので、それよりもよりはっきりした違いが出ると思っているという。ですから、こんなこと言っていてもしょうがないので、戦略的な意思決定というのはこちらなのですね。

なにをしないか決めるのがSPを作るということであり、すなわち違いを作るということであり、すなわち戦略的な意思決定である。こういうことです。

無印良品の「その先を追わない」戦略

などと言っていましたら、僕のお友達で良品計画、無印良品をやっている人が「お前がそんなことを言うからついにMUJIの戦略を発揮した」と言うのですね。それはなんだろうと聞くと、「サントリーは南アルプス、わが社は北側」だと。

これにはかなりウケたのですが。「これ、お前を笑わせるためだけに作った商品だから」などと言っていて。それは冗談なのですが。

例で言うと、(ベビー用品メーカーのピジョンは)非常に儲かっているわけですが、どうして儲かっているのか。世界で一番良い哺乳瓶だからということなのです。それだけではよくある物作りの力という話で、残念ながら物作りだけだとサッパリ儲かっていない会社が多いからしょうがないですね。

一体なにが違うのか。この会社は非常に戦略がはっきりとしていまして、例えば(生後)18ヶ月以上(の商品)はやらない。これが戦略的な意思決定です。

これはどういうことかというと、人間は18ヶ月を過ぎると、言葉が出てくるわけですよ。言葉は文化そのものなので、喋るようになると文化が出てきて、当然グローバルな製造業だから、いろんな国で展開しているのですが、文化が違う、ライフスタイルが違う、食生活が違う、宗教が違う、親子関係が違うということになります。こちらが手間暇コストをかけて作っても、向こうが良いと思うかどうかはわかんねえじゃねえかということですよね。

ところが、18ヶ月までのセグメントは、言葉がない、文化がない。本当に良い物を作れば、世界中のどこに持っていっても一番良いと思われる。つまり、物作りにかけるコスト。これが、グローバルにベースのセグメントが違う、ベース以下で絶対にその先は追うなということが戦略だということであります。

「ファストファッション」を生んだZARAの戦略

他の例で言うと、優れた戦略について昔の話ですが、ファッション業界に関わる方もいらっしゃるかもしれませんが、わりと競馬のような面がありまして。

年に2回、大きなレースがございます。春夏レースや秋冬レース。これで、もともと会社をパドック大集合で、目利きが次のレースに出る馬をよく見るのですよね。どれが速い馬か、なんて言って。それで賭けるのです。

そして、2018年春夏レースが始まりました。自分が買った馬が1着で入ってくるとボロ儲けです。ところが相手はファッションなので、ギャロップでしばしば外れます。外れるととんでもないことになりますが、ただ救いなのは、すぐ次に2018年秋冬レースが始まることです。またパドックに行って、今度は当てるぞと。この当たり外れを繰り返している業界なのです。

今から30数年前に、スペインの片田舎において、この当たった外れたをやっていた、アマンシオ・オルテガさんという方が、あるとき考えたのですね。「ちくしょう。なんで外れるんだ」と。

この答えがすごかったのですが、「それは、予想するからだ」と。なにが売れるかを予想して作るから外すのだろうと。初めから売れるもの、売れているものを作れば、ぜったいに売れるに違いないと。これは、第3コーナーで馬券を買うという画期的な選択でありまして、これがZARAなのです。

ただ、これは当たるのですが、ものすごくクイックレスポンスをサプライチェーンに送らないといけないので、ZARAは狂ったように安売りチェーンやサプライチェーンに投資してね。その結果、ファストファッション(注:最近の流行を取り入れながら低価格に抑えた衣料品を、短いサイクルで世界的に大量生産・販売するファッションブランドやその業態)という新しいカテゴリーができたと。

商品開発で差をつけたUNIQLOの戦略

柳井さんも考えたと思いますが、それから20~30年遅れてのこのグローバル競争ですね。どういう展開をするのかと。

例えば、こうした世界的に成功した商品(ユニクロのヒートテック)。これは、東レと一緒に素材から作っていったのですが。個別の商品の成功はありますが、もっと大切なのはこうしたものが出てくる範囲に、まったく違った戦略のストーリーがあるということです。

ZARAは第3コーナーで馬券を買う、これがファストファッションの始まりで、15年、20年も経つと、バリエーションが出てまいります。例えば、一番顕著なのが、第3コーナーまで引っ張っちゃうとコースが変わるので、もうバックステージでいいのではないか、またはもっと引っ張っちゃえというところもあり、こうしたグローバルファストファッション競争をやっているわけです。

この中で、UNIQLOのポジショニングが全く違った。ここで僕はやっぱり柳井さんはすごいと思うのですが。世界で初めて牧場に行ったということだったのですね。つまり、絶対に勝てる馬を、時間をかけてでも自分たちで作ることを選んだのです。

その良い例がヒートテックであり、ウルトラライトダウンである。場合によっちゃ、てめえで牧草から選ぶと。ポイントは、勝てる馬しか出走させなければ勝てるだろうということです。つまり、ちょうどファストファッションの逆を突いているわけですね。

これが今、ライフウェア。つまりカジュアルウェアではないと。生活のもっとも優れた部品としての服を作りつつあるわけです。

戦略的にディファレントな経営が勝つ

申しあげたいことは、ZARAはこうした路線でいっているわけですね。

そして、ファーストリテイリング、UNIQLOはこうした路線でいっているわけですよね。どちらも良いのですが、ある1つのものさしの上でどっちが優れているかという話ではない。つまり、この2つは戦略的にディファレントなのです。UNIQLOにとってはこっちにいるのが良いし、ZARAにとってはこっちにいるのが良い。

どっちが良いのかというのは、端的に言って、好き嫌いの問題だということなのです。つまり、良し悪しではなくて、戦略的な意思決定は、その本質からして好き嫌いに関わってきます。

要するに、rightとwrongの選択であれば話は簡単で、良い方を取れば良いのですよ。そうしたことであれば経営者なんていらないので、現実的な戦略的な選択としてはこういうことなのです。だからこそ、経営主体なのですね。

良し悪しに落とし込めない好き嫌いが物を言う。そんなに良いことも、これが成熟するとないわけで。

どんなに上手くいってもこれはそよ風なのですよ。頭の中がまだ高度成長期の人がいても、もうそういうことはございません。ご安心ください。

つまり、昭和の高度成長期だったのですね。(大きな帆船が)でっかい帆を上げて、風が吹いている方向に、追い風を受けてガーッと滑り込む。こうした会社がいい会社。

今求められている経営はこっち(モーターボート)なのです。自分たちの中にエンジンがある。ポイントは、どこに進んでいるかをこっちが選ぶということです。それが良し悪しの問題ではないということなのですね。

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