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学校の“当たり前”を問い直す生徒と先生の挑戦〜『この校則はなぜ必要?』身近な"ギモン"を学びに変える対話的ルールメイキングの現在地とこれから〜(全2記事)

親や先生から与えられたのは「問う」ではなく「解く」だった 教育の専門家が考える、「校則の見直し」がもたらす学びの本質

認定NPO法人カタリバが運営する「みんなのルールメイキングプロジェクト」は、学校の校則・ルールの対話的な見直しを通じて、みんなが主体的に関われる学校をつくっていく取り組みです。今回は、全国の生徒・先生と共に「ルールメイキング宣言」作成に取り組んできた、有識者サポーター4名(NEWYOUTH若新雄純氏、教育哲学者苫野一徳氏、経済産業省浅野大介氏、カタリバ今村久美氏)が登壇したトークセッションの模様を公開します。本記事では、本来学びの出発点である「疑問」を持つことが現在の学校教育であまり注力されていない理由や、「ルールメイキング」がもたらす学びについて語られました。

親や先生から与えられたのは、「問う」ではなく「解く」だった

司会者:それではオープニングセッションへ移ってまいります。「なぜ今、ルールメイキングが必要なのか?」というテーマで、20分ほどお話をしていただきます。ここからは、若新さんにファシリテートをバトンタッチしたいと思います。若新さん、よろしくお願いいたします。

若新雄純氏(以下、若新):よろしくお願いします。みなさん、こんにちは。あらためまして若新と申します。今日は「みんなのルールメイキングプロジェクト」の活動でいろいろみなさんが取り組みをされてきた中で、一度途中で立ち止まって深堀りをしようという、大事な時間かなと思っています。

僕は「ルールメイキング」という言葉が、これからすごく盛り上がってくると思います。僕自身も、地元福井県の教育委員会のみなさんと取り組みを始めています。当然、ルールメイキングという活動の中で、「校則を見直す」というところが1つの入り口になっていますが、「校則をどうするか」がちょっと一人歩きしがちです。

その中で今日は校則うんぬんの前に、「ルールメイキングって何なんだろう?」ということ、そしてそれは10代の若者もしくは僕たちにとって、どんな学びの意味があるんだろうということを、ゆっくり立ち止まって、みなさんと深堀りできればなと思っています。

今日のイベントタイトルの中に、すごく素敵な、大事なキーワードが入っていると思っています。それはルールでもメイキングでも校則でもなく、「ギモン」という言葉だと思うんですよね。この疑問が、これからの学びにおいてどれだけの意味を持つものなのか。

なんでかというと、僕の両親が学校の先生だったんですけど、基本的に「問い」は、親や学校の先生から与えられて、そしてどっちかというと「問う」ではなくて「解き続ける」ものでした。でも今回は「解く」のではなくて「問う」、この変化がどういうものなのかということを、みなさんで話せたらと思っています。

「○」をたくさん集める学びから、「!」や「?」を通して学ぶ時代に

若新:イベントの後半でも、苫野先生から「ルールメイキング宣言」を発表していただくんですけど、僕にも(事前に資料を)送っていただいたところ、1ページの中におもしろい部分があって。ちょっと画面共有します。

これが今回発表していただく「ルールメイキング宣言」の一部なんですけど、途中で「!」と「?」というマークが入っていたんですね。エクスクラメーションマークとクエスチョンマークじゃないですか。もう驚きまして。これ、僕が人生で上から数えて何番目ぐらいに好きなマークなんです。できればTシャツとかにも全部「!」「?」と付けておきたいぐらいです。

なんでこんなに「!」「?」が好きかというと、田舎の山奥で、学校の先生の家の長男として生まれたので、ひたすら「○と◎をたくさん集めなさい」という教育を受けてきました。それで思春期ぐらいにイライラするするわけです。

もちろん結果的に「○」が増えたほうがいいし、「△」や「×」よりは「○」のほうがみんなもうれしいと思うんですが、僕はまさに今、その「○」をたくさん集めようというところから、「!」「?」を通して学んでいく時代がついに来たんだと考えています。

今日はこのエクスクラメーションマークとクエスチョンマークが、学びにおいてどんな意味があるのかについて深めていきたいと思います。

もう1つ、今日のサブタイトルに「ギモン」と入っているんですけど。疑問だったらクエスチョンマーク、「?」だけでいいんじゃないかとなりがちだと思うんです。でもこの「!」が入っていることがすごく大事だと思うんですよ。

疑問を持つ前に、疑問の入り口になる「なにこれ」とか「どうして」とか、「おかしいんじゃねえの」とか、「言ってることちょっとよくわかないぞ」とか、「気になって仕方ない」とか、そういうことがあって初めて僕らの疑問は深まっていくと思っているんですね。

それを大人にぶつけるだけとか、イライラしてるだけでは、従来では「非行に走っている」とか「グレてる」「ズレてる」って思われてしまうわけなんですけど。そうじゃなくて、「それこそが新しい学びなんだ」というところを議論してけたらなと思っています。

疑問から始まる「ルールメイキング」は、最高の探究活動

若新:先ほど資料を見て、「!」「?」が入っていて、これは苫野先生が監修されたと思うんですけど、僕はもうめちゃめちゃテンションが高まってるんです。このエクスクラメーションマークとクエスチョンマークは、あまり意識せずになんとなく入れただけですか? どうですか?

苫野一徳氏(以下、苫野):これはデザインの過程(で入ったもの)ですよね(笑)。

今村久美氏(以下、今村):そうですね。デザイナーの方が私たちの意図を汲んで入れてくれました。

若新:なるほど。デザイナーさんはきっとこの宣言から、クエスチョンマークとエクスクラメーションマークが浮かんできたと思うんですけど。

僕はずっと「○をたくさん集めなさい」「できれば、あんたは学校の先生の家の子なんだから◎を取りなさい」という教育を受けてきたわけです。

そこからやはり「!」「?」にいけるという希望を感じているんですけど、人間の学びの歴史の中では、どっちが先だったんですかね? 正解を集めることが大事だったのか、疑問を持つことが大事だったのか。学びの歴史ってどうだったんですか?

苫野:もちろん、探究は「問い」から始まりますもんね。確かにその観点でいうと、若新さんがおっしゃった「!」「?」って、ルールメイキングの1つの醍醐味ですよね。

「なんでこんなルールがあるのかな?」とか、「どうしていけばもっといい学校になるのかな?」とか。こういう疑問から考えていくという意味では、ルールメイキングこそ最高のプロジェクトであり、最高の探究活動だと思います。

学びの出発点である「疑問」が学校教育で出てこない理由

若新:「疑問」が学びの出発点としてもあったわけですよね。いきなり正解から始まったわけじゃなくて、疑問から始まったわけじゃないですか。でもなぜ僕らの、少なくとも僕がこれまで中学高校で受けてきた学びの中には、「疑問」というキーワードがそんなに頻繁に出てこなかったんでしょうか?

苫野:公教育の歴史を話し始めると2、3時間必要なんですが(笑)。公教育が始まった時、本当は「みんなが自由になるために教育を作っていこう」というのが、哲学者たちの最初の出発点だったんです。

でも近代公教育が始まった時に、その目的がちょっとずれて、いわゆる「富国強兵」と「殖産興業」の道具としての学校教育がどんどん進展していってしまうんですよね。

そうすると、まずは大量の知識を子どもたちに注入していくことが、国を強くすることだという方向になったので、自分たちで問いを立てて学んでいくことより、「まずは国民の教育レベルをここまで一気に上げるんだ」というところに注力された。これが150年間続いてきたことです。これからはその点を変えていこうということですね。

若新:なるほど。この150年に限定した話でいえば、「これが大事なんじゃないの」ということが先に決まっていたので、「じゃあこれが○だよね」という話になったけど、今はその変わり目に来ているんですね。

もともと出発点も疑問から始まっていたんだから、僕らがもう1回疑問を持ち直すことは、ある意味、最先端というより「学びの本質」に立ち戻ることでもあるかもしれないわけですよね。

苫野:まったく(そのとおりです)。

大人生活は「問い」からはじまる

若新:ありがとうございます。次に浅野さんにお聞きしたいんですけれども。今回のこの事業は、経済産業省さんと一緒に取り組まれている。僕が初めて聞いた時、「これは文科省じゃなくて経産省なんだ」っていう印象があったんですけど。

でも、いわゆる若い世代の子たちが学んでいく・育っていくことを、必ず「教育」という文脈だけで捉える必要はないと思っていて。僕らはありとあらゆるところで「学びのかたち」を捉えていくべきだと思うんです。

もう1つ言うと、国が経済を動かしていく中で、今回のサブテーマである「疑問」を持てるようになろうとか、「疑問」を深めていけるようになろうということは、どれぐらいの意味を持って変化してきたのか。なぜ今、経済産業省の方たちの間でも「疑問」がこれだけ注目されているのか。

逆にいうと、それまでは「疑問」はそんなに大事ではなかったのか。浅野さん、「疑問」についてどうお考えですか?

浅野大介氏(以下、浅野):話しながら、スライドを1枚共有させてください。これから子どもたちが出て行く先の社会は、全部がこの問いなんですよね。

(スライドには)「大人生活」と書きましたけど、例えば大人になって仕事をして、「ありがとう」と言われて、お金をもらえる。自分で「ああいい仕事した、よかった」「僕も少し役に立ったな」と思いながら、財布も温かくなる。それでごはんも食べられるわけだし、生きていけるわけです。

その時に必要になってくることは、結局これなんですよね。

「これ、なんでだっけ?」「課題ってなんなんだろう?」と問い、「今、目の前にある課題ってどうでもいいことだったりしないのか?」とか、「いや、もっともっと本当の本当の課題ってどこ?」と深掘りながら、「じゃあ、これができれば解決じゃん」と、サービスなり、事業なり、何かを作りあげていくこと。

若新:なるほど。

浅野:今の僕たちの周りは、あらゆるものがコンピュータで制御されている社会ですけど、これから人間がやらなきゃいけないのは、この「問い」の繰り返しだと思うんです。

大人も、自分で考えるべき「契約」に無頓着になってしまいがち

浅野:あともうひとつ、大事だなと思っていることがあります。結局僕たちの身の周りって、いろんな「契約」でつながっていて。僕たちはいろんな働き方をしますよね。会社に入るのもいいし、フリーランスもいいし、会社で働きながらフリーランスでもいい。だけど、これも全部誰かと誰かの約束ごとです。

あとは、商売をするにも何をするにも、自分が生きやすい環境を作らないといけない。要するに、何が禁止されてて、何が推奨されているのかというマーケットの中で、どう自分が生きていくのか。

あとは、1人じゃ仕事はできないから、人と人とが一緒に仕事をしないといけない時に、「儲かった時、どうやって分け前しようか?」とか、「失敗した時、どういうことにしようか」とか、いろんなこと決めなきゃいけないじゃないですか。

こういうことを全部自分たちで考えてやってかなきゃいけないけれど、結構そのあたりのことに無頓着になってしまいがちなんですよね。

経済や産業の仕事を多くやっていて思うことですが、日本の企業とか日本の企業で働くサラリーマンのみなさんや、起業してるみなさんでもそうなですが、やはり自分の身を守ったり、「そういう時の契約ってどうしようか?」という話は、無関心だったり、なぜか人任せにしてしまったりすることが少なくないなと。

「自分が力を発揮できるフィールドは誰かが作ってくれる」と思ってしまう。でも実際はそんなこと全然ない。この環境に子どもの時から慣れておくには、やっぱり「校則」って最高の題材なんじゃないかなと思ったんですよね。

疑問を持てなかったのは、組織に守ってもらえていたから

若新:ありがとうございます。浅野さん、ちょうどこのページにも1つ前のページにもちゃんと「?」がついていて、うれしかったですね。

先日コラム寄稿をお願いされた時に、いっぱい「!」と「?」をつけて原稿をお送りしたら、「本文の中に『!』と『?』を直接書いていただくのは問題なんで、『〜でしょうか。』にしていただけないか」と。「いや、『?』と『!』を使わないと、はてな感が伝わらないじゃないですか」って言ったんですけど、使わせてもらえませんでした。

そもそも僕らが大人になった後も、仕事や普通の生活をしてる中で、「なんで?」と思うことはたくさんあります。ただ、浅野さんがおっしゃったように、その時に「疑問をつかめる力」を持っていないと、その疑問を自分でなんとかしようとせずに、そのままボーっとしてしまって置いていかれてしまったり、だまされたり、流れについていけなくなってしまうんですよね。契約したり交渉したりとか、何を買うとか売るとかにおいてもそうです。

もともとのスタートは「なんでだっけ?」「どうしてだっけ?」というところから始まっていた。ふだんの大人生活に「?」はそれだけつきまとうはずなのに、なぜここ数十年はそこまで、社会人になる前に疑問を持てないのでしょうか?

浅野:守ってもらえてたんだと思います。

若新:守ってもらえてた? 疑問を持たなくても?

浅野:そうですね。会社に入ってたら守ってもらえてたし、僕らは1つの会社の1つの働き方しかできなかった。裏を返すと自由じゃなかったとも言えると思います。だけどこれからは、自由になれる時代だと思うんです。

自分がもっと生きやすく生きるには、自分で考えて人と交渉して、「みんなで納得いく環境を作ろうね」と。そうできたらすごく幸せになるよ、ということなんじゃないかなと思うんですよね。

若新:なるほど。大きな会社がたくさんの人を雇って、定年退職するまでずっと同じ場所で働かせてくれるシステムがあった。だから一人ひとりが「なんでそうするのか?」とか「どうしてなのか?」といちいち疑問を持たなくても、組織が交渉をやってくれた。不自由かもしれないけど、だからいちいち疑問を持たなくても仕事はできたんじゃないかと。

浅野:そういうことだと思います。

若新:ありがとうございます。

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