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大学教育への幻想〜大学を変えたら社会も変わるか?(全9記事)

“社会からの要請”に応えていないのは、大学か社会か? 「日本の大学バカだ論」に振り回される現場の叫び

2017年9月2日、下北沢B&Bにて「大学教育への幻想〜大学を変えたら社会も変わるか?」『「大学改革」という病』刊行記念のトークイベントが開催されました。イベントには、著者で徳島大学総合科学部、准教授の山口裕之氏と、千葉商科大学国際教養学部、専任講師の常見陽平氏が登場し、日本の大学が抱えるさまざまな問題について語り尽くします。改革の旗印のもとで多様な取り組みが行われる日本の大学。社会から“要請”と向き合う大学教員の苦悩と、あるべき大学の姿について語ります。

「教育」と「人材育成」の違い

山口裕之氏(以下、山口):ところで、先ほどの朝日新聞の世論調査を見てみると、いろんなデータがあります。大学に求める役割というのが、「幅広い教養を身につける」48パーセント、「職業直結」47パーセント。ほぼ半々。

常見陽平氏(以下、常見):拮抗してますね。

山口:拮抗してるんですね。だから、例えば、「大学は企業が社会が求める人材を育てていない」と言ったって、別にそれは大学の機能だと思ってない人が半分いるということでしょ?

常見:そうそう、そういうこと。この本でも書かれていた秀逸な指摘なんですね。ここでみなさんにも前提として確認したいのが、「教育」と「人材育成」の違いです。教育が必要だと言うんだけれども、教育と人材育成って大きく違うんですね。

「教育」というのは、先ほど僕が冒頭に言った、次の社会をつくるために民主主義だとか今でいう資本主義をちゃんとワークさせるためのものです。要するに、どこかの会社の社訓みたいだけれど、「よく生きる」ということをいかにするかということ。そういった意味で教育が必要、教養というものが必要なんですね。

「人材育成」というのは、企業に合った人を育てるという側面があるわけです。そもそも人材という言葉は残酷な言葉で、それは人を資源として見ているんですね。素材とか木材と一緒じゃないですか。材というのがつくから。

まさに飯吉先生の研究でもそうなんだけれども、ずっと起こっているのは人材育成のアウトソーシングなんですよ。ただし、ここに大いなる矛盾があって、結局そういうことをやれよと言っても、企業がどこまで本当に期待しているのかという問題がある。一部の、明らかな「手に職」系、例えば歯医者さんやお医者さん。

山口:獣医さんとか?

常見:獣医さんとか。そういう仕事は別として、国家公務員ですらも、大学ではすべての力は身につかないんじゃないかということなんです。やっぱり、オン・ザ・ジョブ・トレーニングみたいなものが大事だし、いわゆる企業特殊的熟練というものが必要なんじゃないかという話なんですね。

社会的要請に応えていないのは、政府ではないのか?

山口:さらに世論調査を見てみると、「政府は教育予算を増やすべきだ」が、90パーセント近いんですね。これまた教育関係者の間では有名な話なんですけれど、日本の政府の教育負担率って、OECD諸国最低ランクなんですね。

常見:そう、これも大事な事実ですね。だから『教育劣位社会』というような本も出てたような気がします。

教育劣位社会――教育費をめぐる世論の社会学

山口:ということは、社会的要請に応えていないのは大学か? 政府だろう!

常見:教育予算ということも曖昧で。それは学生の負担を減らすという話なのか、研究を充実させるという話なのか。これもまた曖昧ですよね。

山口:両方ですよね。あと、世界ランキング下位といっても、『タイムズ・ハイアー・エデュケーション』のランキングは評判のファクターが多いんですね。評判というと、あまり客観的じゃない。

客観的な数字で見ると、OECDの調査。よくPISAとかやってるでしょ、中学生の数学とか科学の成績で、読解力が下がったとかなんとか。実は、大卒の成人の学力検査もやってるんです。日本、世界最高ランクなんです。

常見:これ、大事な事実ですね。だから一部の印象で「バカだ、バカだ」って。だいたい大人だってスマホで漢字が書けなくなってるのに、若者は漢字が書けないとか言っちゃうわけですよ。

山口:そうなんですよ。

常見:あと、PISAのデータもちょっと気をつけて読み解かないといけなくて。PISAに限らず世の中の国際比較データで気をつけないといけないのは、「日本は負けた」「〇〇より低い」というときに、小さな国、都市国家が勝つ法則があるんですよね。

山口:間違いないです。

常見:実際、PISAで負けたとか言いつつ、確か香港とか一部の都市が上だと出ていて。

山口:香港、シンガポールですね。上位は。

なぜ、ルクセンブルクは1人当たりのGDPが世界最高なのか

常見:例えば、労働生産性の議論でよく出て来るのが、ルクセンブルク最強論なんですよ。ずっとね。

山口:最強ですね! 20年間1人当たりのGDPが世界最高という。

常見:だけれど、ほんと「ばかやろう」と思うんですけれど。一応専門家として。まずルクセンブルクって人口何万人だと思います?

参加者1:3万人……?

常見:それは少ない(笑)。それはさすがに、限界集落くらいです。

(会場笑)

あのね、60万人なんですよ。60万人って、船橋市、八王子市、鹿児島市と同じくらいなんですね。そこに重工業と金融センターがあるという。しかも、国境を渡って労働者が来ていて、そこはカウントしないというね。それは上になるでしょう、という話です。

山口:まったくですね。

常見:結局、儲かる国って貴金属が出るか、金融センターがあるか、あるいは石油が出るか、とかなんですよね。例えば、ノルウェーで石油が出たから生産性が上がっちゃったんですよ。日本って掘っても油田は出ないけれどお湯は出るっていうね。そういうことなわけですよ。

そこの違いを埋めて、「日本バカだ論」はどうかと思うんですよね。

山口:いろいろ見なくちゃいけないですね。ちなみにルクセンブルクって、1人当たりのGDPも世界最高だけれど、租税負担率も世界最高。90パーセント以上税金で持っていかれるという壮絶な国なんですよ(笑)。

常見:この前おかしかったのが、余談だけれど大事な話でね。ヨーロッパってすごく税金高い国があるじゃないですか。

山口:普通高いです。

常見:とくに福祉国家はそうなんだけれど。一時期デンマークで働いていた人が、20代だか30代で年収が1000万円。手取りいくらでしょう?

山口:300万円!

常見:あ、近い。400万円ですね。

山口:あ~惜しかった~。

常見:凄まじい税金の取られ方ですよね。

2000年以降ノーベル賞をとった日本人は17人

山口:あと有名な話ですけれど、2000年以降ノーベル賞をとった日本人って17人ですね。ただ2人はアメリカ国籍になってますけれど。その2人のうちの1人が徳島大学卒業生なんです。青色発光ダイオードを開発した中村修二さん。

常見:あ、そうでしたね! 僕ね、余談ですけれど、中村修二さんの訴訟を担当した人に取材に行ったことがあるんですよ。

山口:ほぉ!

常見:彼自身も弁護士として訴えられたから、生きるか死ぬかの訴訟をやった人なんですけれども。朝日新聞とか取ってる人はわかると思うんですけれど、たぶん何ヶ月かに1回、「一人一票推進会議」(注:正確には「一人一票実現国民会議」)という意見広告がでるじゃないですか。要は一票の格差ということで。

彼は青色ダイオードのLEDの訴訟で勝って、お金をめちゃめちゃ持っていて、それであの意見広告を出しているんですね。ずっと草の根運動でやっている方なんです。

山口:なるほど、立派な人ですね。

常見:まあ、余談ですけれど。ノーベル賞世界第2位。これ大事な事実ですよ。だから「日本バカだ論」はやめろよって話ですね。

大学改革による予算削減で、人件費が賄えなくなっている

山口:要するに、政界とか財界に行っている人って、単に大学であまり学ばなかったんじゃないの? という気がしますけれどね。

常見:この本にもちょっと触れてたけれど、日経の『私の履歴書』に出て来る経営者はだいたいバカだというね。「東京大学に入ったら、私はずっとラグビーの練習に明け暮れた」みたいな。電通の成田社長とか、成田社長とか、成田社長みたいな『私の履歴書』があるわけですよね。

(会場笑)

山口:ブラックな感じですね。というわけで、「日本の大学ダメだ論」というのは非常に根拠薄弱にもかかわらず、めちゃくちゃ暴力的なかたちで大学改革が進められている。何が暴力かって、要するにお金で締め付けるんですよね。予算を削減していって、人件費が賄えないレベルなんですね。

みなさん、国立大学の先生というと、わりとのほほんとしていて、極楽とんぼで給料もよくて、好きなことやってるんでしょみたいに思うでしょ? そうでもないんですよ。僕、32歳で就職して、毎月の給料が10年間ほとんど同じ(笑)。

常見:ほんとうですか!?

山口:あんまり変わってないですよ。あるとき、大学院担当を外れたら、それまでの5年分の昇級分くらいがボコって(下がって)、それからまた寝たきり賃金ですよ。

常見:えぇ~!? 僕は、逆にあまり期待しないで大学に就職したから、今も大学の外の仕事の割合がけっこう大きいんで、まぁそこは賛否を呼んでいますが。意外によくてびっくりしました。

山口:私大はピンキリなんですよ。

ポスドクの金銭事情

山口:というわけで、何でしたっけ。

常見:日本の大学予算ね。

山口:そうなんですよ。だから後任が補充できない。例えば、僕のボスであるところの哲学の先生が今年度いっぱいで退職されるんですけれど、もうすでに削減ポストにリストアップされている。

常見:結局そこもすごく大問題なんですよ。大学院の重点化みたいなことをやっていて、それはポスドク増えるでしょうが!『ホームレス博士』なんていう本も出ています。

ホームレス博士 派遣村・ブラック企業化する大学院 (光文社新書)

自分が院生時代に見たのは、やっぱり貧しくて、それでもずっとやっているポスドクオーバードクターたち。なんとか学振を取れるか競争、みたいなものがある。

山口:今、学振は採択率が……何パーセントくらいですかね。けっこう低いですよね。

常見:そうですよね。学振って、確かに出すのは意味あるんですよ。取ることだけが目的じゃなくて、学振に出すことによって研究がまとまる、みたいなことはあるんです。

山口:そうですね。ちなみに学振というのは、日本学術振興会特別研究員っていうのがありまして。ポストドクラルフェローという枠で応募すると、僕がもらったときで手取りで月々32~33万もらえました。3年間。ボーナスはないから、年収は単に掛ける12です。

それまでは塾講師とか掛け持ちしてもうピーピー。僕、下北沢にずっと住んでいたんですけれど、6畳1間の風呂なし共同便所に15年間くらい住んでいたんです。だからバイトしてそれこそ年収150万という世界で生きていたので、取れてよかった。

常見:あれも確かほとんどのバイトをやめざるを得ないんですよね。教育系非常勤講師とか以外。

山口:あ、そうでしたっけ。

院生だけれどメディアで活躍している人たち

常見:これも余談だけれど、大事な余談で、学振の検索候補に「学振 バイト」って出て来るんですよ。Googleで。要するにどのバイトだったら掛け持ち可能かみたいな。

山口:なるほど。

常見:例えば僕が院生のとき、一橋の院生がすごくメディアに出てる人だらけで。僕がいて、『ブラック企業』などを書いたPOSSEの今野晴貴さんがいて、あと塚越健司さんというよくTBSラジオに出てきてもうレギュラーコメンテーターをやってる人が院生で。あと佐々木隆治さんもぎりぎりいたかな。立教の先生でマルクス研究家なんですけれどね。

当時、一橋大学には大学生協に「うちの院生コーナー」というのがあって。今野さんの本と常見の本が並んでるみたいな。

ということで、大学予算問題ですね。ポスト削減でそのままそれが減るんですよね。何が言いたかったかというと、がんばっても就職できないということ。

山口:しかも人が減るから、僕らの仕事は増える。

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