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将来を生き抜く教育 ~世界視点生きる私が学んできたこと(全2記事)

「日本はかっこよくあることに重きを置いていない」子どもの自己表現を促すために、大人が見せるべき姿

2017年4月22〜23日、天王洲アイルにて「SAMURAI ISLAND EXPO2017」が行われました。当日は世界の最先端テクノロジーと人類の未来をテーマにした各カンファレンスが開かれ、豪華スピーカー陣が会場を盛り上げました。「将来を生き抜く教育 ~世界視点生きる私が学んできたこと」のセッションでは、海外の教育や職場を経験した3人が、教育とテクノロジーについて考えるところを語りました。

日本はかっこよくあることに重きを置いていない

森安康雄氏(以下、森安):ありがとうございます。今のお話でちょっと感じたことがあります。やっぱり教育というのは、ついつい学校教育のことを考えてしまいがちなんですけれども、例えば子どものことを考えると、実は子どもと接してる時間がすごく長いのは親じゃないですか。

つまり、親がどういう態度で子どもたちに接していくか。日本の教育、例えば、学校、あるいは幼稚園でなにかいろんな課題があったとしても、川向さんみたいに親のほうでなにか違う方向に持ち直せば、そんなこともできていくんじゃないかと。

川向正明氏(以下、川向):僕も危機感ありますね。ギュッとこっちに戻していくのは、大事だと思っています。

森安:そういう観点で、家庭での教育において、一般的に感じる課題みたいなものがあれば、それも加えていただければ。子育て中の高岡さん、いかがでしょうか?

高岡美緒氏(以下、高岡):そうですね、とりあえず今すごく気をつけて力を入れているのは「コンフォートゾーン」から離れるという経験を常にさせています。

私はふだん仕事をしているので、いろんなシッターさんや、大人が来てお世話をしてくれるんです。どんな大人と一緒でも、きちっと自分がやるべきことはできるようにする。どんな大人でも、ちゃんと自分の思っていることを伝えられるような子になってほしいと思っております。

長男はいきなり日本の幼稚園からインタースクールに入れたんです。周りはまったく英語ばかりで言葉がわからないというなかで、そこでなんとかやっていました。同じような環境にずっといるのではなくて、いろんな環境、いろんな人と適用できるようすることをすごく気をつけております。

それは、今おっしゃったような、親にしかできないことなのかもしれないと思います。本当に今「そうだな」と思ったんですけど、親の方針である程度学校も決められますし、子どもの習い事も含めて、親の方針の影響はすごく大きいので、ちゃんと考えを持っていなきゃいけないんだと改めて思いました。

森安:澤さんいかがですか?

澤円氏(以下、澤):僕は子どもがいないですけれども、子どもと関わるというと、僕、スキーのインストラクターと空手の指導員をやっているんです。そこで子どもを教えています。

とくにスキーは、最初ぜんぜん滑れない子どもでも、半日もしたらすぐ滑れるようになるんです。最初はなにをするかというと、滑り方を教えるんじゃなくて、死にはしないよと安心感を与えるんです。

転び方を教えて、止まり方を教える。滑り方じゃなくて、まずその2つをちゃんと教えておいて、「これさえやれば、あなたは怪我をしないし、そして楽しめるんだよ」と、まずそこで小さな成功体験を積ませた上で、今度は滑らせる。

そうすると、「滑る」ことに対して、「自分はできた」と、まず成功体験を積ませる。成功体験を積ませると、あとは半日もしたら、もうビュンビュン滑るようになるんです。それが1つ大事であって、まず成功体験を積ませる。

もう1つは、これはちょっと違う話なんですけど、今週の月曜日、フランスに行っていたんです。フランスは最近、テロがあってちょっと怖いところになっちゃいましたけれど、パリでかみさんとカフェで通行人をずっとウォッチしてたんです。

フランスの人って本当にみんなすごいオシャレなんです。それも服がすごい高いとかじゃなくて、体に合ったものを着ていて、見られることを意識して歩いているんです。まず、すごくかっこいいんですね。

プラス、子どもの地位がすごい低いんです。レストランに行っても、ほったらかしなんです。子どもがギャーって泣いてもぜんぜん相手もしないし、シーっとやって大人が会話を楽しむ。だから子どもは自然と早く大人になりたいと思うんです。

プラス、親はオシャレなわけです。だから、親御さんがたぶん完全なロールモデルになっていて、大人はかっこいいものであるという刷り込みです。

日本のことを考えたときに、かみさんと言っていたのは、もしかしたら日本は、かっこよくあること、きれいであることにあまり重きを置いていない。自分がかっこよくロールモデルになろうじゃないかっていう気持ちが少し足りないという気がしているんです。

かっこよく生きる大人が増えると、自然とロールモデルになって、子どもたちは自己表現に対して恐れを抱かなくなる。それが小さい成功体験になって、最終的にはかっこいい大人にそれぞれがなっていく。この流れができるとちょっと変わってくるのかなと。

地域で広がるTEDx

森安:すばらしく印象的なお話だったと思います。学校教育の課題でも、みなさんいろいろ考えているところを持ちながら、今の家庭教育の話聞くと、なにか希望があるんじゃないかと。こういう未来があるとわかっている親、大人が、なにか提供していけば、子どもも変わっていけるんじゃないかと、そういう希望もあるんじゃないかと私は感じました。

そういう意味で、地域で活動されている川向さんのTEDxの動きとか、加えていただければありがたいです。

川向:TEDってご存じの方、いらっしゃいますか?

(会場挙手)

けっこういらっしゃいますね。プレゼンをやるんです。アメリカで始まって、もう33年目なんですけど。(雑誌を見せながら)こういうロゴで、赤の絨毯の上に立って、18分とか10分ぐらいでしゃべらはるんです。これはライセンス申請をして今、世界中でできるんですね。

でもTEDというのは本部でしか開催できない。だから僕らはその後ろに「x」をつけて「TEDx」。「x = independent organize TED event」という、ちょっと長い英語の字面があるんですけど、英語がわかる人はすっと入ってくるんです。どういうことかというと、TEDからライセンスをもらって独自に開催するTEDみたいなイベント。なので、TEDはもう「ライセンス与えたから、お前らで勝手にやってな」と。

でも、ここで大事なのは、普通の講演会だと、先生がしゃべりました、終わりました、名刺交換しましたで終わっちゃうんですけど、向こうってアイデアがすべてなんです。

TEDの理念って「Ideas、worth、spreading」って、この3つの単語しかないんです。世の中を変えたいアイデアを持っている人が観客で聴きに来て、話をする人も、世の中を変えたいと思っている人しか来ないんですよ。

だから、そこに行ったらどうなるかというと、来ている人同士も「いや、お前なにしてるん?」って言ったら、「俺、こんなことしているんだよ」とか、そういうものすごいポジティブなスパイラルができるので、自分の国に持って帰ってやりたいよなって始まったのがTEDxなんですね。

実は2009年に東京で始まっています。僕は2012年に京都の立ち上げからやって、去年と今年は、僕、今、富山県の氷見市という、寒ブリの有名なところがあるんですけど、そこで「TEDxHimi」を去年と今年とはじめてやりました。

田舎にいると、情報の伝達が、東京を1回経由して、世界から1回東京を経由して田舎に来ると思ってしまうんですけど、「いや、違うよ」と。ローカルを極めて、自分たちの足元にしか文化はもうないんだから、もう1回自分たちの歴史とか文化を再発見する。それそのままTEDxにのせれば世界中の人が見ているんですよね。そのイベントを地元の人たちと巻き込んでできたのは、僕はすごく意味があったと思います。

僕らは、職業も性別も年齢もまったく関係ない。僕もボランティアなので、実際イベントをやる経費しか出ないわけです。誰もお金もらっていない。やっぱり楽しいからやっている。

僕らが楽しくてワクワクしてると、そうやって寄ってくるんです。その人たちがまたこうやって来る。だから、スタッフの子どももぜんぜんミーティングに来るし、そこらで走り回ってる。僕が誰か話していて、子どもが「あ、ちょっとこれ、臭いな」と言えば、おむつ替えてあげたりね。そんなことを僕らがやってあげて、一緒にやっている。

そういう楽しい姿を、先ほど澤さんがおっしゃったように、かっこよくあることがすごく大事。僕はもう楽しく仕事をしたいと思っていて、それはやっぱり子どもが見てると思うからです。

今年の春休みも「World Peace Game」について話したTED Talkがあるんです。もし興味があったら見てください。ジョン・ハンターという人がしゃべっているんですけど、毎日3時間、5日間で4つの国のチームに分かれて、世界の課題を解決していくゲームです。

今年、息子をそこに放り込みましたけど、午後からのゲームで、午前は時間があるので、僕のミーティングにも連れて行ったんです。Yahoo!のLODGE(注:Yahoo! JAPANのオフィス内に誕生した日本最大級のコワーキング スペース)のあのかっこいいところに行くと、まんざらでもないみたいな顔して喜んでいるんですね。

そんなところに連れて行って「お父さんは今まで、こんなすてきな人が周りにいるから、こうやって仕事ができるんだよ」と見せてあげると、子どもは見てくれます。僕は楽しく仕事をしてると、子どもに見せようと常に心がけています。

テクノロジーを使ってなにを発信していくか

森安:ありがとうございます。学校教育だけじゃなく、家庭の教育や、地域の教育で、未来にはなにか可能性があるんじゃないかと少し元気になりました。

今日、澤さんがいらしているので、次に今後テクノロジーが教育をどう変えていくかをお話しいただければと思います。

:また会場にご質問したいのですが、テクノロジー関係の仕事をしている人はどれぐらいいらっしゃいます? IT関係の仕事をしている人?

(会場挙手)

やっぱり多いですね。ありがとうございます。じゃあ、ITを選ぶときに、自分は世の中を変えたいと思ってITの仕事を選んだ人はどれぐらいいます?

(会場挙手)

あれ、意外と少ない。でも、ぼちぼちいますね。ありがとうございます。テクノロジーって、たぶん、世の中変える上では一番手っ取り早いものなんですよね。

僕は文系出身ですけれども、僕の世代だと、どこかの会社に入るというのが就職なんですよね。会社の名前という、その名称をもらいにいくのが就職だったんですけど、それがしっくりこなくて、なにかになりたいなって思ったんです。なんでもいいですよ。プロレスラーでもパイロットでもなんでもいいんですけど。

なにかになりたいというときに、SEという言葉があって。「SEか。かっこいいな。なにをするか知らないけど」って調べていくと、コンピュータエンジニアリングをしている。そうすると、世の中を変えられるんじゃないかというところに近いと気づいたんです。「あ、これすばらしいな」って。

「コンピュータはこれからたぶん……」、その当時、まだWindowsが出るか出ないかぐらいの時だったので、「あ、これ来るな」って思っていたら、案の定、世の中にITがわーっと浸透していき、誰もがスマートフォンを使うようになって、誰もが情報の発信者になってきた。

ちなみに、世の中にある電子データの90パーセントは、この3年間で生まれていますからね。それぐらい今データって爆発的に増えてるんですよ。なぜかというと、テクノロジーの進化と、みなさんがデータの生産者になったということなんです。

ということは、テクノロジーは、もはや社会のなかでは、水や空気と同じようにインフラ化している。生きるための1つの手段として、もうアフリカの原住民ですら、原住民って言っちゃいけないな、アフリカのローカルの人たちですら携帯電話を持つ時代になってるんです。テクノロジーはもう浸透している。あとはどうやって使っていくのか。

テクノロジー、インフラに関してはもう整っているので、その上に乗っかってくるものが次の勝負になっているんです。それが先ほど川向さんがおっしゃっていた、アイデアだったり、コンテンツであったり、なにかを表現していくということになる。

ですので、テクノロジーは、関わっていくという意味で、もうインフラとして整っているので、あとはどう使っていく、どう発信していくのかになる。そうすると、さっきから言っているように、正解はもうないので、どうやってそれを自分からクリエイトしていくのかになるんですね。

ツールの使い方、プログラミングの手法を学ぶというのは一手段で、全体からすると非常に小さいポーションでしかない。もっと考えなきゃいけないことは、発信力だったり、クリエイティブなものを作っていくことを後押しするような体制だったり、そういった正解がないものをどうやって生み出していくか、いかに支援するかがポイントになってくるかなと。

そのためのツール、テクノロジーはどんどん進化していくので、いくらでも充実していきますから、あとはそれをいかにして安全に、安心して、なおかつ、表現を自由にしていってもらうかがポイントになると思います。これが僕の考えですね。

ジョブズのテクノロジーに対する想い

森安:ありがとうございます。日本で2020年から始めるプログラミング教育という議論は、今、澤さんのおっしゃった気をつけなきゃいけないところに陥りやすいので、そこは留意していきたいと考えました。

最後に、まとめの時間になりますけれども、今までの議論を踏まえて、みなさんお1人お1人に、次の世代に渡したい世界と、それを実現するために教育がどう関わっていくのか、そのお話を聞きたいと思います。自身のご経験や子育てのご経験、もちろんお仕事も踏まえて、まとめてメッセージを会場のみなさんに送っていただければありがたいです。高岡さん、いかがですか?

高岡:現役子育て世代として(笑)。今後なにが起きるかわからない、そういう時代なので親自身も不安になりますけど、それって子どもにも影響を及ぼしていくと思っているなかで、希望を持ってほしいと思っております。なにがあってもなんとか自分で切り開いていけるという自信を持ってほしい。

それは、さっき澤さんがおっしゃっていた、成功体験の積み重ねであったり、なにを目指したいのか、そういうビジョンを作り出す力を意識しながら教育していきたいと思います。

そういったなかで、地域や、身近なコミュニティや、もうちょっと広く、国全体にもなんらかのいい影響を与えられる子どもたちになってほしいと願っています。

森安:ありがとうございます。川向さん、いかがですか?

川向:僕、けっこうスピリチュアル系も好きなんですけど(笑)、この次の世代に関してネイティブアメリカンの言葉で、「地球の環境は7代先の子孫から預かってるんですよ」という言葉を聞いたことがあります。

結局、ものすごく、むだや浪費など、高度経済にいたっても、やっぱり頭打ちになりましたね。じゃあ、今度どうするんだと言えばいろんなところで問題がある。働き方も行き詰まっている。「地球は2つぐらいないと本当はダメだ」と言われているけど、結局そういう環境問題を解決する、未来に明るい地球を残していくとなったときに、テクノロジーは、使うことが目的じゃないですよね? よくするためにこれをどうやって使うかって、あくまでも手段です。

日本の教育を見てると、使うことが目的化、手段が目的化している感じがすごくあるので、僕はそこを非常に気にして、そこは気をつけたいなと思っています。

僕、リベラルアーツ・カレッジを出ているんですけれども、リベラルアーツとテクノロジーって、実はスティーブ・ジョブズが言ったんです。彼は、こういうものを作ったときにも、AppleのDNAはテクノロジーだけじゃダメだと言っているんです。

つまり、テクノロジーを使うのはあくまでも手段なので、これを使う人がどんな人で、どんなライフスタイルで、どこに喜びを感じているかを見ている。

彼は、テクノロジーだけではダメだと。それはリベラルアーツと、ヒューマニティと一緒にならないと、これは単なる道具になる。だから、テクノロジーはリベラルアーツとヒューマニティと結びついてこそ、僕たちの心がワクワクするようなプロダクトになる。こう言っているんです。

だから、今、プログラミング教育がすごく言われているけども、なかには「もう歴史とか国語とか勉強せんでええんだ!」っていう風潮が出ている。そうじゃなくて、僕は教育者の人にはもう一度、原点といいますか、見つめてほしいと思います。

森安:ありがとうございます。今のお話、指導要領の改訂と関連して言うと、学力、つまり教科の学力はきちんとやれと。でも、学び方、例えばアクティブ・ラーニングが最近すごく言葉に出てきていると思うんですが、そういう学び方で自主的に主体的に深めて、対話的に学んでいく、こういう姿勢を作っていこうじゃないと。

今日お話しいただいたような像を目指しているのは間違いないんですが、それをどう本当に次世代に伝えていくか、伝える接点になる先生方とか、そこに課題もある気はします。そういう全体含めて、澤さん。

チャレンジをすることを、いかにして邪魔しないか

:はい。ではですね、ちょっと2枚写真を持ってきたので。これ、どこだかパッとわかる人ってどのぐらいいらっしゃいますか。「あそこ」って、わかる人?

(会場挙手)

これけっこう有名な場所なんですけど、マディソン・スクエアなんですよ。1905年の写真で、馬車だらけなんですね。ニューヨークの街角は。

実は車はこの20年前に、もうすでにダイムラー・ベンツが作っていて、特許も取っているんです。ただ、その当時なんて言われていたか? 「悪魔の乗り物」って言われいたんですね。ボンネットのなかで内燃機関があって、要するに火が燃えている。「そんなの危なくてしゃーないよ」という考え方。

あともう1つが、この当時はすべてビジネスモデルは馬車を中心にして回っていたので、全米で作られる穀物の25パーセントって馬用だったんです。これを中心にしていろんな仕事が生まれていて。例えば、馬車をメンテナンスする、馬をつなぎとめておくとか、そういうビジネスがあった。車は、そういった意味で非常に迷惑な存在だった側面もあるんですね。

でも、20年経ったらこうなるんですよ。20年経ったら、もう車って大量生産できる状態になって、そして、すべてのビジネスモデルは自動車のほうにシフトをしました。

馬車を中心に働いていた人たちって全員失業者になったのかというと、そんなことないんですよね。ビジネスモデルが変わっただけで、馬のめんどうをみていた人はガソリンを提供するようなガソリンスタンドをやればいいし、馬をつなぎとめる場所を提供してた人は駐車場をやればいいしということで、ビジネスモデルが変わった。

テクノロジーが進んだら適応すればいいだけの話なんです。頭をやわらかくして、「こんなビジネスができるんじゃないか?」って、いろいろ考えた結果として、アメリカはものすごい繁栄をしたし、いろんな新しいアイデアがどんどん出ていって、それが輸出されるようになっていった。

ですので、テクノロジーを生むというのも、それも1つのやり方なんだけど、ある意味、進化していくものに対して恐れを抱かずに、いち早く取り入れていくと、どんどん変わってくる。結局なにかというと、チャレンジ精神かなと思うんです。

そのチャレンジをすることを、いかにして邪魔しないか、応援してあげるようにするか。最初のうちはリスクがあるかもしれないけど、それを取るということを、いかに我々がロールモデルとしてやっていくか。

自分たちはやらないけど、あなたやってというと、まあやらないですよね。「行ったことないけど、あなた、楽しいそうだから行ってごらん」と言っても、あまりワクワクしないと思うんです。けど、「あそこ行ってみたけれども、楽しかったからあなたも行ってごらん」だったら、まだ行く気になるじゃないですか。

そういったかたちで、自分たちがチャレンジする、そういったことを我々自身が忘れないようにしなければいけない。そのためには新しいテクノロジーももちろん使うし、自分たちがなにかを発信していくことを恐れずにやること、これが僕が一番考えていることです。

森安:ありがとうございました。シリコンバレーに行った日本人でよく聞く話は、日本の人はシリコンバレーに来て、「なにしに来たの?」と問われると「最先端のことを教えてもらいに来ました」と言う。最初にそういうと、「君がなにも与えてくれないのに、なぜ君に教えなきゃいけないの?」みたいな、そういうことを小話としてよく聞きます。

つまり、今、澤さんがおっしゃったような発信力がすごく大切です。自分たちがどんな将来を考えていて、「そこに共感する人ここに集まれ」みたいな、川向さんがやられているような仕事です。

高岡さんの話では、希望があることをちゃんと親が示すことが大切だというお話だったと思います。

正解が1つではないという時代に、もう教科書だけで学ぶ教育だけを考えていたのでは、将来の子どもたちの進路や選択が、そもそも今ない職業に就く子どもたちの選択がすごく限られてしまうんじゃないか。

そこに対して、我々のような大人、先に生きている人たちが、やはり体験してきたこと、経験してきたこと、これから考えることをシェアしていける、そういう態度で次世代の教育を考えていかなきゃいけないんだなと感じました。

今日は短い時間でしたが、以上でこのセッションを終わらせていただきます。スピーカーのみなさん、ありがとうございました。

:ありがとうございました。

(会場拍手)

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