得意なことと目的は遠慮せず具体的に言葉にする
ベクテル:次に“得意なこと”です。何を褒められますか。人はあなたのことを、陰でどんなふうに前向きに語っていますか。面と向かっては何と言っていますか。ここでは、遠慮は不要です。
「彼は場を明るくする」。そう、私は場を明るくします。「彼女は定量分析がすごく得意」「私は数字に強い」そういうことでいいんです。

他人があなたに貼るラベルだけでなく、自分だけが知っている静かな強みも書いてください。「私はこれがすごく得意なんだ」と、遠慮せずに書いてください。この項目のコツは、謙遜しすぎないこと。大きくいくことです。
3つ目、“目的”についてのアドバイスはこうです。世界をまるごと煮詰めるような、きれいごとのアピールはやめましょう。

もちろん、ガンも飢餓も戦争もない世界がいい。私だってそうです。それは冗談でも皮肉でもありません。大事なのは、その大きな理想を、自分が行動できる範囲まで引き寄せることです。例えば「自分の地域がもっと金融リテラシーの高い場所になってほしい」とか。
うちの息子は、なんとこのツールを自分のフラタニティの家全体で使っています。なかなかすごい光景なんですが、その中で彼が書いたことの1つが、「世の中が今より少し競争的でなくなって、もっと穏やかになればいいのに」というものでした。システムはそれを見事に活かして、いい結果を出していました。見ていて本当によかったです。
利益は夢想ではなく制約から考えたほうがいい
ベクテル:さて、“利益”のところになると、ここでみんな一気に脱線します。たいていここで話がおかしくなる。なぜなら、この問いをすると、人の姿勢も脳の使い方も一変するからです。自己実現モードから、「投資銀行かな」「プロスポーツかな」「ユーチューバーかな」みたいな思考に急に切り替わってしまう。

私たちは、「おもしろいこと」と「稼げること」は交わらない、と刷り込まれているんです。そこで私がここで得た大きな気づきは、お金についてはブレインストーミングしないほうがいい、ということでした。むしろ、自分の制約について率直に考えるべきなんです。

どういう意味か。(スライドを示して)ここにいる2人が誰かわかりますか?
会場:エミネム。
ベクテル:私にはポイズンのブレット・マイケルズにも見えるんですが、本当はキッド・ロックです。
この2人、表面的には似たような話に見えます。2000年代初頭、デトロイトから成功した白人男性ラッパーです。同じ人みたいに見える。でも違う。
エミネムの話は、映画『8 Mile』やポップカルチャーで広く知られています。ゼロから成功へ。文字どおり失うものが何もなかった人の物語。ラップでそこから抜け出すしかなかった。起業家的、YOLO(You Only Live Once 人生は一度きり)、そんな物語です。
一方、キッド・ロックの話はあまり知られていません。彼は高級車ディーラーをいくつも持つ家の後継者でした。何不自由なく育ちました。ある日、家族のリンゴ園にいて、「自動車会社を継ぐのは面倒くさそうだな。ラッパーでもやってみようかな」と思ったわけです。
なぜこれが大事かというと、ここにまさに本質があるからです。キッド・ロックは、比喩的に言えば「失うものがない」と感じやすい立場にいました。私が長年見てきてわかったのは、お金がない人か、逆に十分にある人か、そのどちらかはYOLOで一気に踏み出しやすいということです。失っても落ちる先がそれほどないか、あるいは十分なクッションがあるからです。
でも、私たちの大半はその真ん中にいる。そこそこ安定していて、失うものがたくさんあると感じている。これまで積み上げてきたものがある。だから、「ここまでがんばってきたのに、思いつきで全部台無しにしたくない」と思う。

でも、それは悪いことではありません。現実です。
しかも、30代前半でベンチャーキャピタリストなど向いてもいない仕事をしていた私が学んだことがあるとすれば、それは、自分の“天井”について正直に向き合う必要があるということです。自分にとって成功とは何か。
口には出さなくていいですが、この会場の誰かは、「億万長者になれなければ意味がない」「世代を超える資産を築きたい」と思っているかもしれません。若い人たちはこの“世代を超える資産”という言葉が好きですよね。いいでしょう。それも立派です。
でも別の人は、「60歳で引退できるくらい稼げれば十分です」と思っているかもしれない。
そして“床”も大事です。どこまで下がれるのか。私には郊外に住む中流家庭があって、養わなければならなかった。だから30代、40代の私にYOLOは無理でした。でも今ならできます。以前より自分に正直になれたからです。

そういうことを機械に入れていく。
保守的な道か創造的な道かを自分で選ぶ
ベクテル:そして最後に、おまけとしてロバート・フロスト的な質問も加えました。「母親に話しても安心されるような、保守的でよく知られた道を勧めてほしいですか。それとも、もっと刺激を強めて、とんでもなく変で創造的な案を出してほしいですか。ぶっ飛んだやつをください、おもしろくしてください、でいきますか」。

ここはSXSWだし、会場には起業家もいるので、もう1つ意外な3つ目の選択肢も用意しました。中には「私は“仕事”なんていらない。これから向かう場所に、仕事なんて要らない。ビジネスを作るんだ。アートを作るんだ。文化を作るんだ」という人もいますよね。そういう人は3つ目を選びます。

このツールは完璧でしょうか。いいえ。究極的には、これは“雰囲気でコードを書いた”ような代物ですから。では、役に立つか。役に立ちます。なぜなら、本当に大事な問いについて考えるきっかけになるからです。そして、その後の人生を通じて、自分の好きなツールと対話を続けていくための会話の出発点になるからです。
私が学んだことがあるとすれば、こういうものには逆らうのではなく、協力したほうがいい、ということです。デジタル世界のジョーンズ家や、ジェットパック、ロボットへの恐怖に対する最良の解毒剤は、実際にその中に入り込み、そのツールを自分のために使うということです。