明治期からの人事の歴史をたどる
吉田:今日のメインですね。「人事の歴史から見て、キャリアオーナーシップの意味ってどんなものがあるんだろう?」というところに入っていきたいなと思っています。
2024年にふと「人事の歴史についてたどってみたい」と思ったんですね。「歴史は繰り返す」というか、けっこう歴の長い人事の方に(人事の課題について)聞くと「あ、なんか似たようなテーマがまた来たな」みたいなことを言われるんです。
「それってどういうことなんですかね?」みたいなことを知りたくて、我々で「明治期や大正期とか戦前・戦後はどうだったのか? 高度経済成長期、バブル経済期ってどうだったのか?」を調査してみました。
明治に、我々(の住む日本は)開国をしたんですね、鎖国からオープンにしましたと。なんでオープンにしたかというと、黒い船に乗ったペリーさんっていう人が来たわけですよね。ここで「ヤバい。海外の列強に(比べて)明らかに我々は武力で負けているから、仕方なく開国しなければいけない」と思ったんですよ。
開国をして何をまず狙うかというと、「海外列強に絶対負けない国になりたい」と思うわけですよね。なので、明治期に我々が開国してからは海外列強に追いつくように、とにかく列強がやっていることを日本国内に持ってきて、それを模倣して最短距離で追いつくということを必死にやっていました。
この時はめちゃめちゃパワフルなやり方で経済成長していますね。海外の工場をそのまま日本に持ってくるみたいな感じでやっていたりしました。でも、工場ができても人がいないわけですよね。なぜならば、江戸時代にはそんな大規模に何百人も働くなんていうことはなかったんですよ。「限られた面積の工場に大量の人員が必要です」みたいなものがなかったところにバンと作ったので、人がいない。
新卒一括採用から労働環境改善まで
吉田:じゃあ、何をするかっていうと、「新卒一括採用だ」みたいなことになってくる。「(学校を)卒業した人をまとめて持ってきたらいいじゃん」みたいなことが起こっていった。ここで日本型の新卒一括採用が形作られていくというのが明治期にあったりします。
なので、ここで相当パワフルな動きをやっているんですよね。で、大正や昭和になると、それがもうかたちとして成立していく時代になっていきます。
近代的な人事もここでスタートしていきます。当時、最初にできた働き方改革的なところでいくと、「労働時間を1日12時間以下にしましょう」「13歳未満は雇用しないようにしましょうね」ということを言われました。
なので、今の我々の(労働時間は)8時間になっていますけど、これも先人たちがだいぶ勝ち取って8時間に落ち着いてきています。今働くとなると、少なくとも15歳とか16歳以上にしましょうとなっています。
(けれども、)もともとは12歳以下で働いている人たちが一定いたんですよね。子どもたちが12時間以上働くのがわりと当たり前だったところから相当改善してきている。(こういった労働基準に関する決まり)というのもこのあたりでどんどん成立をしていきましたというのが我々の歴史です。
戦後の「所得倍増計画」を支えたもの
吉田:で、今度は昭和後期に戦争に負けました。これも開国とちょっと似たようなところなんですけども、戦争に負けたということは、我々は経済的にもボロボロになっているんですよね。当時でいくと成人男性の数がめちゃくちゃ減ったんですよ。
働き手がいない状態でどうしていくかといった時に、「とにかくこの国を安心安全に暮らせる、いい国にしていきたい。もっと安心して働きたいし、生活も不自由なくやっていきたい」とみんな思ったわけですね。
(そのために)いろいろなことが(施策として)走っていきました。例えば戦後だいぶ経ってからですけど、「所得倍増計画」も出てきます。今これを掲げたら「いや、それは無理じゃない?」みたいな反応になると思うんですけど、この時代って成し遂げているんですよね。実際に「所得が倍増しています」みたいなことを実現した。
これはやはり国が示したからうまくいったというレベルではなくて、国民の多くが「みんなで所得倍増していこうぜ」と賛成したからうまくいったところもあります。
明治期とか昭和の後期までは、わりと「目指せ海外列強」みたいなことがはっきりしていたんですよね。「あそこに追いついたら負けない」「少なくとも今よりよっぽど良くなる」みたいなことがはっきりしている時代でした。
じゃあ、戦後はどうだったかというと、国の政策や経済団体の方針を実現していけば国が豊かになることがほぼほぼ確信できていて、実際にそうなっていった時代でした。
「しっくりこないモデル」の時代へ
吉田:じゃあ、つい最近、バブル経済期に入ってから……まぁ、「30年前をつい最近って言うなよ」みたいな感じですけど(笑)。このバブル経済期以降はどうかというと、いろんなモデルが模索されて提唱されてきてはいるんですけど、なんだかしっくりこないという状態になっているんですよね。
これにはいろいろな背景があります。昭和の後期ぐらいまでは、当時は主要な産業がやはり工業的な工場だったりとか、いわゆる製造業を中心に動かしていくと、国の大きな部分が共通して動けたりしました。なので、誰かがモデルを指し示したらそのとおりにやれば、大きな部分はまず動き始めるみたいなことがあったんですよ。

ただ、バブル経済期以降って、インターネット(が普及し)、爆発的な(成長を遂げる)ITが出てきたことから、産業がめちゃくちゃ多様化していく時代になった。今までだったら8割ぐらいの企業は幸せになるモデルがあったとしても、今それで幸せになる企業は1、2割ぐらいとか、ほとんどの企業に当てはまらないモデルが示される。
なので、成果主義人事制度も、今でいくと「良くなかったよね」みたいな評価を受けることが多いんです。けれども、一部の会社では成果主義人事制度ってめちゃくちゃパワフルに価値を発揮しているんですよね。ただそれが当てはまる企業が昔ほど多くなかったので、全体的には無理やり入れたら良くなかったよねという評価になる。
選択肢が増えても進む方向性が定まらない現代社会
吉田:こんなところがあるんですけど、一方で働き方の自由度は高まってきたんですね。派遣社員や業務委託(で)働く。産休・育休も昔より取りやすくなっています。なので我々は、選択肢をすごくたくさん持てるようになったんです。
けれども、どの方向に行けばいいかは、昔のように「みんなでこの方向を目指そう」となっていません。なので、「国はこう言っている」「会社はこう言っている」「私はこう思う」みたいなことがすごくバラついた時代を我々は今、生きています。
歴史から見た、これまでの人事の成功パターンみたいなところでいくと、「モデルを設定して、模倣して、改善による自前化」みたいなことは、我々はすごく得意でした。なので、ある方向を指し示して、「(この方向に)いけばいい」となれば力を発揮するんです。
ただ、最近の30年間で共通したモデルって見つかっていないので、トレンドだからとか、海外で周知をされているとか、国が示しているモデルが必ずしも自社に合っているわけではない。
こういうことが起こっているんですけど、我々の力学というのは、今までの「モデルを模倣してやっていく」という力学がすごく残っています。なので、「人事はトレンドを追いかけ過ぎだ」みたいなことを言われたりとか、「流行っているものを取り入れて自社でなんとかしよう」みたいなことがうまくいかなくて、また信頼を失ってしまいがちなんですね。
各社が独自モデルを見つける時代に
吉田:なので、この30年間の取り組みを見ている限り、誰かが新しいモデルや基準を提唱してくれて、それを自社にそのまま入れればとにかくうまくいく可能性は低いと考えたほうがいいんじゃないかと。そういった時に、「じゃあ、人事はどうしたらいいんですか?」というところですね。
ここでいくと、新しいモデルを各社で探す。なので、必ずしも共通したものがいいわけじゃないけれども、使えるものって世の中にたくさんあるので、それを得ていくのは1つの大事な活動かなと思います。
もう一つは、モデルがどうこうじゃなくて、とにかく自分たちで自分たちがありたい姿を作って、それを実現していくことに取り組まなきゃいけない。
なので、「どこかから輸入して、とにかくそれがうまくいく」ということではない解決策が必要なんです。どちらもこれまでの基本パターンではなかったので、ある意味で我々は、そのお題を突きつけられている日本で初めての世代でもあります。もちろん日本にまったくなかったとは言わないですけど、メインストリームにおいてはありませんでした。
ここにキャリアオーナーシップが求められる時代的な背景があるなと思っています。なぜならば、「組織全体や会社はどういうモデルならいいのか?」「何がいい働き方なのか?」「どうすれば我々は願っている姿になっていけるのか?」ということ自体をめちゃくちゃ模索しながら動いている中だからです。
なので、それは働く一人ひとりにも影響してきますよね。「これが幸せですよ」とか「これが成功するモデルですよ」みたいな過去はあって、それを示されて実際にそうだったからみんな信じて動いてこられた。けれども、今は会社もそれを示せていない中で、個人だけがバシッと示せているかというとそうではない。だから会社も模索しますし、個人も模索する。