【3行要約】・短時間労働の先進国デンマークが注目されていますが、多くの日本人は「効率が高いから」と単純に理解し、本質を見落としています。
・デンマークは1990年代から労働改革を進め、現在は男女共に働き家事育児も分担する社会システムが、週37時間労働を合理的にしています。
・企業は少人数チームで若手に責任を与え、個人は仕事の本質的価値を見極めて優先順位をつける働き方改革が求められます。
前回の記事はこちら 「労働時間」と「企業競争力」を分けて考える
井上陽子氏:もう1つは、労働時間と企業競争力は別の話だということです。最初に言ったように「短時間労働なのに豊か」って言うと、「めちゃくちゃ無駄がなくって何たら」って表面的に切り取りがちなんですが。
ちょっと歴史を振り返ると、今のデンマークって週37時間労働で、短時間労働というのは要するに「残業していない」という話です。37時間は働いています。
フルタイムが37時間になったのって1990年なんですよね。だからもう35年ぐらい経っているんです。さっきおっしゃっていたように、1990年代の頃のデンマークって貧しかったらしいんですよね。
まだコペンハーゲンのマンションのけっこうな数にシャワーもなかったし、なんならトイレもなかったらしいんですよ(笑)。そういうレベルの時に週37時間労働を入れているわけです。
そのあと(アナス・フォー・)ラスムセンっていう人が1993年に首相になるんですけど、この人が労働市場改革をやるんですね。要するにすごく失業者が多いと。それはやはり福祉国家だからなんですよ。
失業手当が当時はほとんど無期限で受けられていたのを、この人たちをアクティベーションと言って、アクティブに活用しなきゃいけないということで、失業手当てをもらうにはすごく積極的に職探しとかをやらなきゃいけないって、条件をすごく厳しくして手当も短くしたんですね。そういう改革が始まったのがこのあと、1990年代半ばの話です。
デンマークの稼ぐ仕組み
私はこっちがむしろポイントだと思っているんですけど、このあと産業がだんだん変わっていくんですね。今先頭を走っている稼ぎ頭が製薬、それから再生可能エネルギー、IT、デジタル分野とか。いわゆる知識集約型の産業に急速に移行していくのが2000年代以降なんです。
ここの人たちが稼ぎ頭となって、どんどんGDPが上がっていくんですよね。で、豊かな国になっていくわけなんです。デンマークの取材しがいがあって「これ連載になるな」と思ったのは、ここなんですよね。

要するに彼らはすごく正攻法で稼いでいる。タックスヘイブンみたいなことをやっているわけでもないし、天然資源で……ノルウェーとかそうなんですけど、あれは完全にオイルマネーなので、あんまり日本は真似できないじゃないですか。
でもこれだったら真似できるというか、同じですよね。天然資源がない国で、人に投資するしかない。その国が何を考えたかっていうモデルが参考になると私は思ったんです。
で、さっき言ったように簡単な話で、まず1番は男性も女性も、できるだけ多くの人を働かせる。で、定年がもうすでに67歳です。けっこう上ですよね。デンマークの定年って人口構成によって自動的に上がる仕組みになっているので、今の40代が定年するのは70歳と言われています。
やはり社会的に「それはさすがに年じゃないの?」っていう議論はありますけど、自動的に問答無用で上がるようになっているんですよ(笑)。だからそうやっていろんな人が働けるようにするためには、取りこぼしができないんですよね。
「解雇」も「倒産」も多いデンマーク企業
長時間労働ってやはり取りこぼしをしちゃうシステムだと思うんですよ。フルタイムで転勤も含めてコミットできる、献身できる人以外を排除していっちゃいますよね。排除して非正規雇用とかになっちゃうわけで、短時間労働がフルタイムだったら、要するに商社のバリバリの人でも37時間となれば、排除しないんですよ。
そういうふうに、できるだけ多くの人を働かせる。で、多さだけじゃなくて、その人たちの人材の質を高めるということですね。
日本と違ってびっくりするのは、やはり大学院まで無料であること。無料どころかSU(Statens Uddannelsesstøtte)っていうお金をもらえるんですよ。だいたい15万円ぐらいですかね……すいません、本に書いたので読んでください(笑)。
SUっていうお金をもらって学生をやっているんですよ。すごくないですか? アメリカとか、みんなすごい負債を負って卒業するじゃないですか。でも人材の質を高めるのを国の仕事だと思っているから、勉強する気のある人を取りこぼさないところが大事ですよね。
だからどういう貧しい家に……貧しいって、そんな貧富の格差はないんですけど。どういうバックグラウンドの家に生まれたとしても、やる気がある人、学ぶ気がある人は勉強できる。そういうことをやっている。
もう1つは、じゃあわかりました、人が多い、質を高めた。でもその人たちが斜陽産業にいたら力を発揮できないんですよね。その人たちに競争力のある企業で力を発揮してもらわなきゃいけないわけで、そのためにはやはり産業の新陳代謝が良くなきゃいけないんです。
だからデンマークはけっこう非情にも倒産します。それにすっごく人を切ります。しょっちゅう誰かがクビになったっていう話を聞きますから、はっきり言って厳しいです(笑)。でもその代わり福祉国家だから路頭に迷うことはないんですよ。ただ路頭には迷わないけど、やはり1人で支えることは無理ですよね。特にコペンハーゲンみたいな所では。
だからもう単純に専業主婦がなんでいないかって、どっちか1人の収入じゃ支えられないからなんですね。税率が高いので、すごく高収入の人が夫と妻の2人を支えるっていうモデルになっていないんですよ。税制が「まあまあの収入の人が2人いるのが最もリーズナブル」っていう設計になっているから両方働くわけなんですね。
で、組織の生産性の高さとか、私は先見性があるなと思うんですけど、環境でも風力発電でも先端を走っているわけです。そういうのももう1970年代から投資しているので、やはり先見性はあると思います。そのへんはぜひ、この本にも書いているので読んでいただきたいんですが。
「週7時間労働・残業なし」が当たり前
で、さっき(労働時間と企業競争力は)別って言いましたよね。今のが稼ぐ仕組みで、なんでじゃあ短時間でそれができるのって話ですけど。
「短時間労働なのに豊か」って言う時って、「長時間労働だから豊か」という先入観がそこにはありますよね(笑)。でも特に知識集約型産業って頭を使うので、はっきり言ってロボットじゃないから、そんなに長時間働いてもあんまり……意味ないとは言いませんよ。リターンが少ないわけです。
デンマークの短時間労働ってめちゃめちゃシンプルな話で、要するにHowってめちゃくちゃ単純な話なんですよ。もっと大事なのはWhy、なんでやるのかっていう話なんですけど、短時間労働って要するに週7時間労働・残業なし。それが合理的だっていうのが、もう社会全体の共通理解なんですよね。
問答無用の共通理解というか、みんな当たり前だと思っている。それがもちろん良いと思っているから、そうやってWhyが浸透していると、別に新入社員であってもどんな人であっても「この仕事の量は37時間以内に入らないので、それをやってほしいんだったらどれを削りますか?」っていう話ができますよね。
だからHowははっきり言って単純な話で、自分の仕事の本質に合うような価値のある仕事は何かと考えて、重要度の高い順番に自分で並べて、それを37時間に入るようにやっているっていう、それだけ。入らないのはやっていない(笑)。
要するに「37時間で終わらせている」っていう、そっちが重要。お尻が切れていることが重要で、じゃあなんで合理的っていう理解ができているかと考えた時に、やはり日本と大きく違うのが3個あるなと私は思っているんです。
1つは全員がすべてをやる社会だからですよね。というのは男性も女性も同じように働いて、同じように育児も家事もやる。長時間労働ってどっちかにしわ寄せがいっちゃうので、全員が両方やるってなると、みんなが長時間労働をやったら誰が子どもを迎えに行くんだって話になるので。全員がすべてをやると、短時間労働が合理的になる。
で、もう1つはさっき言ったように、むやみに長時間働いても成果が出ないっていうのを、本当にみんな常識みたいに言うんですよね。
日本の上司と部下が「親」と「子」に見える
あと最後に、やはり労働者の国なんですよ。今の(政権を握る)社会民主党は労働者の政党なんですけど、労働組合がすごく強い国なので、誰もが仕事以外の人生を大事にしていいっていうような、すごく健全な権利意識が……権利意識って言っちゃうと、なんとなく嫌なものに日本だと取られがちなんですが、私はすごく健全だと思っているんです。
病気の時は、人間なんだから誰でも病気になると。その時に休むのは当たり前。子どもだって病気になるんだから、子どもの世話をしなきゃいけないから親が休むのも当たり前。それは人間だからっていう話だと思ってるんですよね。
この働き方をするのにじゃあ何が必要かって考えると、やはりチームがすごく少人数なんですよね。年齢とか性別に関わらず、全員を戦力としてフルに活かすって考えると、若手とかもどんどん使っていくわけです。
だから彼らから見ると、日本の上司と部下が親と子に見えるって言いますけど、デンマークのチームはすごく少人数の選抜チームみたいなイメージですよね。そうなると大事なのは人材が自律していることなんですよ。若手でもどんどん自分で動いてもらわないと困るわけなんですよね。
逆にもっと上の人は、けっこう彼らが言うのは、若い人の意見にすごく聞く耳を持つと。「なんで?」って言うと「だって若い人はまだ大学院を出たばっかりってことは、最新の理論を彼らは知っているはずだ」と。
「自分たちの知らない最先端の知識はぜひ吸い込まないと」ということで、すごく若手のアイデアを聞きますよね。だから聞く側もすごく活かそうとしているのが、やはり1つあるなと思いますね。