【3行要約】
・AIによるコード生成が進化し、プログラマー不要論が囁かれています。
・「ノリだけ」でコードが書ける時代となり、多くの学生エンジニアが将来への不安を抱えています。
・Rubyの開発者まつもとゆきひろ氏は「AIはプログラミング入門の最高の教師だが、その先に本当の課題がある」と現状を分析します。
Rubyの父・まつもとゆきひろ氏が語る「学生エンジニアの生存戦略」
まつもとゆきひろ氏:「学生エンジニアの生存戦略」というテーマで、みなさんの大先輩にあたる、まつもとゆきひろが話をします。よろしくお願いします。
Rubyを作った人ですけれども、英語圏ではMatzと名乗っています。海外ではファーストネームで呼ぶ習慣があるんですけれども、「YUKIHIRO」とか言われると日本人としてはムズムズするので。それで自分でニックネームを作って「こう呼んで」と言えば、まぁ両方ともハッピーなんです。

「Rubyを作った人」として知られています。おそらく日本で一番有名なプログラマーではないかなと思います。海外とかで「あなた、日本人プログラマーを誰か知ってる?」って聞いた時に、何人か名前が出ると思うんですけども、その中でたぶん一番多いのはMatz、私だと思います。

残念ながら「日本で一番優秀なプログラマー」というわけではない(笑)。私より優秀な人、日本人プログラマーをたくさん知っているので。ですが、有名なのは私ということになりますね。そういう顕著な功績を上げているので、ちょっと恥ずかしいですが、松江市の「名誉市民」をいただいています。
この中継を松江市からしているんですけれども、今日は「学生エンジニアの生存戦略」というテーマで、お話をします。
若い人たちがずっと抱えてきたメンタル的な問題
副題が付いていて「Rubyの父が語るキャリアのヒント」という話の副題になっています。今回は技育祭で、学生エンジニア、エンジニアになりたい学生たちが、主なオーディエンスということで。そこの現代について話します。
過去にも技育祭で同じ「学生エンジニアの生存戦略」というテーマでお話をしているんですけれども、2025年は「だいぶ内容を変えないといけないなぁ」と思いました。

いずれにしても、若い人たちっていうのはいろいろ不安があったり、憂鬱のもとになったりするものがたくさんあるんですね。

学生エンジニアの立場から周りを見渡してみると、世の中にはすごいエンジニアに見える人が、いっぱいいるんですね。
みなさんから見ると、おそらく私もそのように見えるんだと思いますね。Rubyというプログラミング言語を作って、それを世界中に広めて、世界中に自分の作ったソフトウェアのユーザーがいるっていうエンジニアは、まだ若くて、学生で、自分の「これです!」っていうプロダクトをまだ持っていないエンジニア、あるいは学生にとってみると、ものすごく強い人に見えるわけですよね。
まぁ「実際にどのぐらい強いか?」っていうのは置いておいて(笑)。つまり、そう見えるわけですよね。それに比べると、みなさんはキャリアを始めてなかったりとかしますし、例えばオープンソースみたいなかたちでも、自分の代表するようなソフトウェアを持っていらっしゃる人のほうが少ないと思うんですね。
そういう人たちは、いわゆる「かけだし」みたいな感じで、すごく高い壁があるような気がしてしまうんですね。これは若い人たちがずっと抱えてきた課題というか、劣等感というかですね。克服しなくちゃいけないメンタル的な問題です。
AI時代にエンジニアになりたい人はどう立ち回るのが賢いか
現代において、特に近年においてですね、(これが)すごく困るというか。ChatGPTとか、他にもClaudeとか、いろいろありますよね。そういうものの登場によって、プログラミングシーンがものすごい勢いで変化していくのを目の当たりにしているタイミングなわけですよね。このタイミングでこれから社会に出るエンジニアは、それより前の人たちよりも、より深い絶望っていうか(笑)。
「どうしたらいいんだろう」っていう気持ちになるんじゃないかなって思うんです。今まではその心の持ちようみたいな話をもうちょっとメインにしていたんですけれども、2025年は、このAI時代にエンジニアになりたい人、ソフトウェア開発者になりたい人が、どのように立ち回っていくのが賢いかなということをお話していこうかなと思っています。
AIはプログラミング入門のための教師・講師として優秀
AIっていうのは、ものすごく便利なツールで。特にプログラミングをまだ知らない人がプログラミングを学習するのに、これ以上ない優れた教師なんですね。それは間違いないと思います。

AIというのは、「プログラミングとは何ぞや?」というのをまだ知らないような時に質問すると、何でも答えてくれるんですね。
「ここがわからない」とか「この文法がわからない」とか「ここのこのプログラムの意味がわからない」とか。どんな質問をしても、だいたい答えてくれるんですね。
人間の先生からプログラミングを教わる場合にも、そうやって質問をして答えてもらうことはできるわけですけれども、人間の先生は人間なので、同じことを繰り返し質問したりとかすると、なんか機嫌が悪くなったりとか、場合によっては怒ったりするんですね。
そうすると、怒られたくないので「じゃあ自分で勉強しなくちゃいけないなぁ」とか思って、萎縮して、学習が阻害されるみたいなことって、過去に頻繁に起きてきました。けれどもAIは「お前、その質問は前にもしたよね?」みたいなことを言わないで、質問する度にちゃんと答えてくれるんですね。
学習がつまずいているところがあるならば、そこを頻繁に、わかるまで尋ねても、何も文句を言わないんですね。「お前には才能がないから、やめたほうがいい」みたいな暴言をAIは吐くことがないんです。

その結果、そのAIというのは「プログラミング入門については非常に最適だ」って言ってもいいと(いうことになると)思うんですね。
実際にプログラミングを知らない、例えば高校生とか中学生とか、大学生もそうですけれども。学生たちがプログラミングを勉強する時に「こういうことをやりたいんだけど」って相談すると「こんなプログラムでできます」と。それで「それをもっと良くしたいんだけど……」みたいな対話によってプログラミングを学習していって。
今までだとつまずいていたような人たちまで、プログラミングができるようになるということを、たくさん目撃しています。そういう意味で、そのプログラミング入門のための教師・講師として、この生成AIってやつは、非常によろしい存在だと思います。

それはいいんですよ。こうやってプログラミングの裾野が広がれば、その中から優れた人たちも当然出てくると思うんですけれども、問題はその先。AIを使って、AIの助けを得て、AIがチューターになって、プログラミングを勉強しました。それで「プログラミングを学ぶことができるようになりました」といった時に、「そのあと、どうやってどの先に進んだらいいだろうか?」ということ。これが現代におけるプログラミング学習曲線で大きな問題点になりつつあるんですね。
ノリだけでコーディングする、「バイブ・コーディング」
世の中にはバイブ・コーディングっていう言葉があって。英語のバイブっていうのはノリっていう意味なんですけど、「ノリでコーディング、ソフトウェアを開発する」っていう単語を考案した人がいて。
どんなプログラムがほしいか、どんなソフトウェアがほしいかを記述して、それをAIに頼むと、AIが「こういうソフトウェアで動きます」みたいなことを出してくれるので、それを実行します。実行してソフトウェアが動いた時に、例えば気に入らないところがあると。
「このメニューは右上じゃなくて、左上にほしい」とか「この色合いは気に入らないから、もうちょっと青っぽくしてほしい」とか。そういう変更、対話を繰り返していくと、最終的にほしいソフトウェアが出来上がります。
そのように「何がほしいか?」「どういうふうにしてほしいか?」っていうことだけを頼むので、実際のプログラミングの「この変数が何か?」とか「このメソッドは何か?」とか、そういうようなことについては、一切触れない。
「何がほしいか?」「どういうふうな外見がいいか?」「どんな機能がほしいか?」ということだけリクエストすると、ノリだけでソフトウェアが出来上がってくる。「ソフトウェアを作りたい!」っていうノリだけでコーディングができちゃう。ソフトウェアが完成するので、バイブ・コーディングっていうんですね。
このAI時代に、エンジニアは不要かどうか?
YouTubeのバイブ・コーディングの例とかを見ていると、実際にうまくいく例があるんですね。例えば「私はテトリスが作りたいです」「ブラウザの中で動かしたいので、JavaScriptでブラウザの中で動くようにしてほしいです」。「このJavaScriptをWebサーバーに配置して、ブラウザで読み込むとそれが実行されるみたいなことがしたいです」って言うと、それでテトリスがうまくいくんですね。そういう意味で言うと、すごくうまくいくケースはあるんですよ。
だから「テトリスを作りたい!」と思った人は、バイブ・コーディングでテトリスを作って。「ちょっと色合いが気に入らないので、この青いブロックは緑にしてほしいです」みたいなことを言うと、色合いだけを変えてくれたりとかね。まさにバイブ・コーディングみたいなことをするんですよ。
(こういったものを)例題として見せられるので、そうすると、いろいろな人が言い始めるんですね。「これだけAIが発達すると、もうソフトウェアを人間が直接する必要はなくて、人間は何がほしいかだけを言えば、ソフトウェアが出てくる。もうエンジニアは不要です」みたいなことを言う人がいるんですね。(自分としては)「そうですか?」みたいになります。

まぁ未来予測っていうのは、だいたい難しいので。何を言ってもだいたい外れるかもしれないので(笑)。
確かに私もプログラミングとAIの関係……。例えばClaude CodeとかGemini CLI、OpenAIのCodexとかのエージェントが出てきて、プログラミングをすごく強く支援するようになるっていうこの現状の未来。2025年の5月ぐらいから始まっているんですが、それを例えば1年前に予測することができたかっていうと、できなかったので。それを言うと「1年後どうなっているか?」って断言するのは、けっこう難しいんですよね。

2024年に比べて驚くほどAIエージェント、エージェントコーディングですかね? AIの助けを借りたコーディングが発展しているので。
「2026年はこれは無理です」みたいなことを言ったら、それはだいたい外れそうな気がする(笑)。未来予測はすごく難しいんですが、少なくとも2025年の秋の現状から、それから現状を踏まえて、「おそらくはこうなるだろうな」っていう、外れるかもしれない未来予測を添えて、「このAI時代にエンジニアは不要かどうか?」っていう質問に対して答えてみたいと思います。