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【Re-Communication Challenge】学ぶ楽しさで地域とキャリアを変える(全5記事)

ハーバード大から世界を巡り20代で市長に当選 現芦屋市長のキャリアの原点 [2/2]

中学受験のチャレンジで起こった変化

司会者:へ~。じゃあそこから小学校、中学校、高校、大学になるじゃないですか。それこそ私が知っているキャリアでいくと、公立に上がってなんとなく受験して、みたいな感じで進んできたんですけど。髙島さんはどういう感じで(進路を)選択されてきたんですか。

髙島:小学校は公立だったんですよ。小学校4年の時に同級生が「中学受験する」と言い出して、「そんなんあり?」と思って。

みんな仲が良かったので、別に地元でよかったんです。でも受験してみようかーと思って。灘(中学校)という学校があることを知って、文化祭に行ったんですよ。そうしたら図書館がめっちゃ広かったんですよ。「めっちゃえぇやん」と。

(一同笑)

灘を受験しようと思って。ただ、私は体がすごく弱かったので「中学受験したい」と言い出したら、親は反対というか「えっ、なんで」みたいになって。

小児喘息だったので、「喘息の発作が1回でも起こったらやめる」という約束で中学受験をしました。それまではけっこうマラソンとかもできないぐらいやったんですけど、小5から2年間、1回も発作が出なかったんですよ。

だから結果論ですけど、「自分でやりたいと思ってやってることはいけるんやな」というのが、もしかしたら原体験にあるかもしれないですね。

結果ではなく、プロセスを褒められていた

司会者:そのあたりの受験とかも「やっぱり諦めよう」とか、そういうことにはならなかったんですかね。

髙島:普通に楽しかったですね。確かになんでなんやろうね?

司会者:(笑)。

髙島:すごく思うのは、私はめちゃくちゃ褒められて育ってきたんですよ。ただの親バカだと思うんですけど。褒められたのは結果じゃなくてプロセスだったんですよね。

だからその結果がうまくいった、うまくいかない、あるじゃないですか。じゃなくて、やった過程を「お! よくがんばったね」とか「良かったね」と褒めてもらえたのは、すごく大きかったんじゃないですかね。なので、学ぶ過程が楽しいとかプロセスが好きとなっていったんだと思います。

司会者:ちなみに、また話が戻るんですけど。髙島さんを、僕のほうで調査するにあたって……。

髙島:(笑)。

司会者:もう調査しています。切っても切り離せないのが、どの(記事の)タイトルでもハーバード大学みたいな。すごく有名な大学で……。

髙島:わかりやすいですからね。

ハーバード生の自信に衝撃を受ける

司会者:わかりやすいじゃないですか。ハーバード大学になんとなくで進学するのはないのかなと思っているんです。何かをやりたいという思いがあって進まれたのかなと思うんですけど、どうやって選択されたんですか。

髙島:高校2年生の冬まで、「いや、ハーバードはアメリカ人が行くもんだ」「日本の大学に行こう」と思っていたんですけど。

2つ上の先輩が「髙島、アメリカの大学に行ったほうがいいんちゃう」と言ってくれて。「え、日本人でも行く可能性あんの?」って。でも、私はずっと大阪だったので、「さすがに英語は無理やわ」という。

「それは縁がない話やと思いますよ」と言ったら、その先輩がハーバードだったので、「とりあえず見に来い」と言われて。高校2年の冬に、実際に見に行ったんです。

千葉:現地に行って、そのイメージを見てきた?

髙島:そうです。授業に入れてもらったり、クラブ活動に入れてもらったり、寮に入れてもらったりして。そうしたら、みんなすっごく楽しそうやったんですよ。何が楽しそうって、学ぶのが楽しそうで、かつ自分が学んでいることにめちゃくちゃ自信と誇りを持っている子たちが多くて。「あぁ、こういうところで勉強したら楽しいやろな。じゃあ目指してみようかな」と。そんな感じですね。

司会者:そんな軽い気持ちで。「お菓子、食べよっかな」みたいな(笑)。

髙島:いやいや、お菓子よりは「ディナー食べようかな」みたいな。

司会者:なるほど、なるほど(笑)。

目標先行型ではないタイプ

千葉:意外だったのは、自分でこの目標を定めて「絶対に行くぞ」というところから始まってないんだと思いました。

司会者:確かに。

髙島:いや、周りからどう見られているかわからないんですけど、私はけっこう中長期的な目標を定めて一歩一歩上っていくのがすっごく苦手なタイプなんですよ。

どちらかというと目の前でおもしろそうなことがあったらやってみるタイプなので。中学受験も、同級生の「受験する」という声がなかったら公立の中学校に行っていたと思いますし。大学も、その先輩がいなかったら間違いなく日本の大学に行っていたと思います。でも、海外の大学に行っていなかったら、こんな仕事をしていないですからね。

市長という仕事を知ったきっかけ

司会者:確かに。政治家になるというのは、もうすごく小さい頃からの夢だったとか、そういうわけでも……。

髙島:ぜんぜん、ぜんぜん。まったくなくて。ただ政策には興味があったんですよ。特に地方行政に興味があった。だから、例えば政策だったら官僚というイメージがあると思うんですけど、どちらかというと地方行政、自治体に興味があったんですよね。

なんでかというと、私は大阪の箕面(市)出身なんですけど。箕面の方はいます? 箕面は、おらんかった。

司会者:ピンポイントですね(笑)。

髙島:箕面の方とか、その近くに住んだ方はご存じかもしれないですけど、私が小学校6年生だった2008年に、60代の市長が34歳(の市長)に代わったんですよ。例えば市長が小学校の運動会に来てくれたりとか、街がめっちゃ変わっていったなという感覚が子ども心にもあって。初めてそこで市長という仕事があることを知ったんです。「あ、市長っているんや」と。

子どもながらに「こんなに街が変わるんやな、すごい仕事やなぁ」と思って。その4年後、高校1年生の時に(市長と)話す機会があって。そこでいろんな質問をした時に、「おもしろそうな仕事やなぁ」というのはありました。

司会者:なるほど。

世界を巡り、地域社会の大切さを知る

髙島:でも、そこから市長を目指してやってきたことはぜんぜんなくって。だってそれこそ、海外の大学に行っているので。しかも私は工学部で、理系だったんですよ。だからぜんぜんそういうことを考えずに行って。だけど……これは長くなりますね、ごめんなさい。大学を休学したんですよ。

なんで休学したかというと、目の前の勉強はおもしろい。ただ一方で、これが世の中にどうつながっているのか、ようわからんなぁと思って。

私はエネルギーの勉強をしていたんですけど、エネルギーの仕組みはわかる。発電の仕組みもわかる。おもしろい。けど、これが世の中にどう役立ってんのかなと思って。わからなくなったので、1回大学を休学して、海外のいろんな現場を回ってみたんです。ヨーロッパとかアメリカとかアジアとかを回って、ヨーロッパではホームステイとかもさせてもらったんです。

そう見ると、街によって活気がある・ないってあるじゃないですか。活気がある街は市民がめちゃくちゃまちづくりに関わっているんだなというのをけっこう感じて。

「あ、これはやっぱり地方なんやなぁ。日本のどこかでやってみたいなぁ」と思ったんです。そのあと、いろんな市役所にメールを送ったんです。「私はハーバードの学生なんですけど、インターンをさせてもらえませんか」って。唯一返信がきたのが芦屋市だったんです。

司会者:へ~!

インターンシップを経てつながった縁

千葉:そのおかげで芦屋市長が誕生したようなもんですよね?

髙島:高校がお隣、神戸市の東灘区の灘高校だったので芦屋に縁があったんですけど、返信が来たのが芦屋市だったので。

千葉:そうだったんですね。

髙島:それで芦屋市でインターンシップをして、「やっぱり芦屋はめっちゃおもしろいところやな」と思って。大学で帰って、環境工学だったんですけど、実は環境の研究を芦屋とかでやっていて。という縁があって、卒業して芦屋に帰ってきて、「あ、今のタイミングなんやなぁ」と。

ちょうど25歳を超えたところだったので、「まぁこれも何かの縁やなぁ」と思って。実際にどんどんどんどん人口も減って、厳しくなってきているという話も聞いたので、「やろうかなぁ」ということですね。

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