【3行要約】 ・日本の育児支援制度は世界的に充実しているにもかかわらず、最大限活用されていると言えない現実があります。
・杉山サーシャ氏は妊娠を機に「子どもに苦労させたくない」という言葉の裏に、女性の高学歴やキャリア形成を「苦労する道」とみなす価値観が何世代にもわたって継承されていることを指摘します。
・企業や個人は「モテる」文化など無意識に古い規範を強化している要素を認識し、新しい価値観への転換を促す取り組みが求められています。
前回の記事はこちら 配慮のつもりがバッシング……妊娠で直面した価値観の壁
佐藤明氏(以下、佐藤):なるほどね。今のはお子さんができたところだと、サーシャが一番これから(関係があると思う)。「海外出張はどうする?」と聞かれたら?
杉山サーシャ氏(以下、杉山):(笑)。性善説じゃないですけど、たぶん誰かを傷つけたいと思っている人って私も含めてあんまりいないと思っています。みなさん、たぶんよかれと思って、気を使って言っていると思うんです。けれども、その個人の価値観が無意識のうちに、「女性は家庭を大事にする。男性はお仕事」(という)けっこう古い規範に則したものなのかなって。
私は人生の半分以上をヨーロッパで過ごしているので、逆に日本の価値観であまり生きてこなかったからこそ、妊娠してすごくショックが大きかった。私は働く気満々で、育休が取れたらいいけど、別に取らなくても回る環境を整備すればいい(と考えていた)。それで、「いかに環境を整備するか」に集中したら、同性からのバッシングのほうが多かった。それはけっこう対応できなかった。
「やっぱりそうだよな」って(笑)。みなさんの無意識にある女性は大変で、「自分の身を投じて」「自分の手で」「自分の時間で」子どもを育てるっていうのが、たぶん根底にあるんだろうなと思いながら聞いていました。
日本の育児支援制度は世界的にも整っている
杉山:私は「子どもにも愛情を受ける人権はあるから、その人権を守るためにどういう仕組みが必要か?」って、仕組みで考えちゃうんですよね。そこは日本の女性社会参与が次のステップに上がる上で、すごく重要な点が見えたというか。
COTENで2年間調べてきたリサーチの一部なんですけど、私が衝撃的だったのが、日本って制度で言うとグローバル社会でトップクラスに整っているんですよ。調査の結果を読んでいた時、確かにそうだなと思ったんです。補助金とかも、制度はしっかりいろいろとある。
イギリスなんてぜんぜんないんですよ。本当にない。ないけど、そもそも家族形態として、男性が専業主夫をやるのがけっこうあたりまえなんです。なので、そもそも家族に対する考え方がぜんぜん違うところがあって、(充実した制度が)なくてもある程度は機能しているのが現状。
(日本は)確かに制度はあるけど、それが動いていないということは、違うところに課題がある。COTENの結論だけお話ししちゃうと「規範のあり方」に行き着いたんです。確かにと思って(笑)。
これってすごく難しい。仕組みじゃないから、考えても答えは出ない。変わらないと答えが出てこないみたいな。でも、その変わるきっかけをどう作るか、誰から作るか。個人に任せていたら、たぶん先ほどの篠田さんの(話)と一緒で動かないので、個人の規範はなかなか変わらない。
篠田真貴子氏(以下、篠田):私1人が変わってもねって。
(会場笑)
手厚い育休と、遠のく現場復帰のジレンマ
杉山:そうそう、そうなんですよ(笑)。
栢原紫野氏(以下、栢原):しかも30年どころじゃないですよね。えらく昔からこのままなんですよね。
篠田:そうなんですよ。
白木夏子氏(以下、白木):私自身は2回出産して、自分で起業しているから育休制度は使えないけれど、従業員も産休を取っています。その中で、私もイギリスに住んでいたことがあるので、イギリスやアメリカのことを調べたりすると、「日本はちょっと手厚過ぎない?」って思うこともある。
佐藤:制度がね。
白木:そう。ここまで育休制度が整っている国は珍しいかと。それはもちろんありがたいんだけれども、1回社会を離れちゃうとなかなか戻れない。
休みたければ休めばいいと思うんだけれども、自分自身が働ける環境をしっかり整えてもらわないと。休むよりも、働きながらいかに育児もしてという環境を整えてもらわないといけない。これは男女共に言えることで、女性だけが長く休んで家事や育児を主体的にやることが習慣になっては良くないと思うんです。
「子どもに苦労させたくない」という声
杉山:社内で研究するに当たって、女性社会参与とか女性の立場からのディスカッションをけっこうやったんです。その時にすごくおもしろかったのが、社内のディスカッションの中で「女性社会参与は大事だとわかっているけど、実際に生活している時に、どうしても子どもに苦労してほしくないから」っていう言葉が出たのは女性からのほうが多かったんです。「子どもに苦労させたくないから」。
篠田:「から」、何?
杉山:要は仕事をがんばるとかって、楽と楽じゃないの境目が……。
佐藤:もっと家にいろ、みたいな話?
杉山:苦労してほしくないから、高学歴やキャリア形成もそこまで言わない。
篠田:すみません、若干ついていけていないんですけど(笑)。苦労させたくないと言っているのは、母親である自身が働いていると、子どもに苦労をかけると思っている?
杉山:子どもが学歴を上げてキャリアを積んだりすることを選択することで「苦労する」と。
篠田:はぁー、なるほど。
祖母の世代から更新されない価値観
杉山:でもそれって、確かに私も祖母にすごく言われたんです。「あなたは苦労する道を選んでいる」って言われていて、何のことかわからなかった。
栢原:私もおばあちゃんに言われました。
佐藤:ちょっと待って。それは「女性だから」ということ?
杉山:そうです。
篠田:女性がお勉強や仕事をがんばると苦労するという。
佐藤:昔からあった価値観がそのまま。
篠田:栢原さんはおばあちゃんに言われたけど、サーシャさんは同世代から出てきた。
杉山:同世代から出てきて……。
篠田:祖母(の時代)からずっと変わっていないという。
(会場笑)
現役世代にも受け継がれるバイアス
栢原:要は変わっていないっていうことですよ(笑)。
篠田:(杉山さんの)同世代が、ご自身の人生選択をその価値観に沿ってやっていらっしゃる。
杉山:私はそれにびっくりしちゃって。「何が苦労なんだろう?」と、それまで祖母の言っている意味がわからなかったんです。私は私の中から問いを取り上げられることが苦労なんです。問いがない人生なんて、私は生きている気がしない。
佐藤:うん、すごく知っている(笑)。
(会場笑)
杉山:(笑)。なので「問いがない」のが私にとっての苦労なんです。
佐藤:人によって違うんですよね。
杉山:そう。だからぜんぜん言っていることがわからなかったんですけど、その時、初めてわかったんです。「あれ? 私は『苦労している人』って見られているんだ」みたいな(笑)。
篠田:自分に投げかけられている言葉の意味が、初めてわかった(笑)。
杉山:だから世代で変わっていないのもそうですし、わかっていても変われていないのもあるし、何なんだろうと思って。
“モテる”という言葉の功罪
杉山:そこから行き着いたのが「モテる」文化だったんですね。(英語圏では)「モテる」ってあんまり言わない。そもそも英語には「モテる」という概念がないんですよ。「popular」は「人気がある」で、ちょっと違うじゃないですか。
「モテる」は自動詞的で、自分からモテないといけない、みたいな。それで「モテる」の起源を調べたら江戸時代までさかのぼっちゃったんですけど。
(会場笑)
篠田:問いが出たからね(笑)。
杉山:すみません、そこはちゃんと調べちゃって(笑)。そこで調べた結果行き着いたのが、子孫を残すためであり、社会的に生き残るための生物学的な生存戦略(でした)。「モテる」が消えないのもそういうことなのかなって。「女性は家庭に入って、守られて」みたいな。そら消えへんな(と思いました)。
「モテる」と言わないほうがいいとか、企業のブランディングで使わないほうがいいとか、そういうところも無意識に取り除けていないんです。何が古い規範を増幅させているのか。意外と気づいてないけど、古い規範を無意識に強化させている何かがあるのかなって、その会話から気づいたというだけの話なんですけど、あれは私の中でけっこう“アハ体験”でした。