【3行要約】
・優秀な人材でも採用されない新時代――AI技術の進歩が企業の人材選別基準を劇的に変化させています。
・『世界標準の採用』著者の小野壮彦氏は、記憶力や情報処理能力重視の採用から、独自視点と適応力を評価する採用へと転換していると分析。
・求職者は自分らしい視点を言語化し、既存の正解に疑問を持つ「アーティスト的精神」を身につけることが重要です。
名門でも就活は苦戦…“優秀なら採用”が崩れる
吉田善幸氏(以下、吉田):我々ウイングアークはITの会社ですが、今、世間で一番大きなバズワードといえば「AI」だと思います。小野さん、まず採用や人事全般でもいいのですが、この世界にAIがどう入ってきて、何が変わっていくのかについて、どのようにお考えですか。
小野壮彦氏(以下、小野):僕が衝撃を受けたのは、今年の4月にサンフランシスコに行った時のことです。そこで、スタンフォード大学コンピュータサイエンス専攻の4年生の就職状況が極めて悪いという話を聞きました。スタンフォードのコンピュータサイエンスといえば、人類史上もっとも恵まれた立場にいると言っても過言ではない人たちのはずなのですが。
新卒で2,000万円のオファーを得る人もいるような方々です。それにもかかわらず、彼らの内定率が半分を切っている状態だったといいます。これは卒業直前の話です。その状況にまず衝撃を受けました。
この事実が何を意味しているかというと、1つは「頭数がいらなくなっている」ということです。アメリカは自由競争の採用市場なので、「人数が必要だから採っておく」という発想ではないということです。そしてもう1つは、「優秀だからといっても、もはや必ず採用される時代ではない」というメッセージでもあると感じました。
60代でもAIを“使い倒す人”が主戦力になる現場
小野:もう1つ、まったく違うアングルから似たような話もあります。ラクスルの創業者・松本恭攝さんからうかがった話です。松本さんは経営への全面的なAI導入におけるアーリーアダプターの1人ですが、「60代のグローバル法務のプロフェッショナルが、誰よりも嬉々としてAIを使い倒している」とおっしゃっていました。その方が大活躍されているというのです。
これは年齢の話ではない、ということですよね。要するにAIに適応しやすい人とそうでない人がいて、世の中ではその差がはっきりしていくのではないか。
例えるなら、ガンダムを操縦できるニュータイプとできないオールドタイプの違いに近い。あるいは地球にいる人と宇宙にいる人のように、職種や年齢、業種ではなく、人としての種族のようなレベルの「何か別の軸」で適応の差が起こるのではないかということです。
こうなると頭数を揃える採用は相対的に重要性が減っていくはずです。AIによるオートメーションによって労働力確保の要素が強い採用は、マッチングエンジンによって超効率化されていきます。ほぼ自動マッチングのような世界になるので、この種の人の採用に関わる工数は大きく減っていくと考えられます。
未言語の資質を引き出して希少人材を見極める
小野:一方で、AI活用に適応できるような希少人材を採用する場面は、むしろ徹底的にヒューマンな世界に寄っていくと思います。その時に「AIにできないことは何か?」と考えると、まだデータ化されていないことをきちんとデータにする作業です。
具体的に言うと、例えば20代の吉田さんがここに居たと仮定しましょう。社会人として5年ほど仕事をしていたとしても、自分が何者かをきちんと語るのは難しいと思います。一方で、ここにいらっしゃる今の吉田さんなら「吉田さんという人を言語化してください」と言われれば情報がバーッと出てくるでしょう。
でも25歳くらいの吉田さんであれば「とりあえずがんばります」「おもしろいことをやりたいです」といった程度しかなく、LLMに入力できる情報がほとんどない状態です。つまり「ほとんどの成長途上の人は、たとえ優秀であっても自分のことを言語化できない」という問題がここにあるわけです。AIに食べてもらうデータが不十分であれば、AIマッチングの最適化は望みが薄い。
そうすると「人間がやることは何か?」という問いに行き着きます。私はそれは、「個々人が自分自身を理解することを、手伝うこと」なのではと考えています。そうすると実は産業自体がカウンセリング的な要素を強く帯びてくると思うのです。
その人が言葉にできていないことを引き出せるかどうかが勝負になる。だからこそAIが進めば進むほど、AI-readyな人材を採るために、よりヒューマンタッチな要素が求められる世界が立ち上がってくる気がしています。
若手ほど“自己言語化”が不足
吉田:小野さん、最初に「スタンフォードのコンピューターサイエンスの学生がかなり大変な状況にある」とおっしゃいましたよね。「優秀だから採用されるわけではない」という話も少しありました。
そうなると、彼らも当然選別されるわけですが、あの最先端アカデミアの“勝ち組”とされる人たちの中で、残れた人とそうでなかった人の分かれ目は何だったのでしょうか。
小野:今のスタンフォードの詳細な状況について、一次情報として語れるわけではないのですが、いろんな話を咀嚼して僕が持っている仮説があります。それは「情報処理能力で勝ってきた人たちが弱くなっている」ということです。
これまで高学歴で優秀な人たちは、記憶力や努力する力があって、大量の情報を取り込み、それを処理してアウトプットする能力に長けていました。論文執筆にしても、背景情報を大量にインプットして整理し、出力する。その処理能力の高さが強みで、評価されてきた。要するに学習能力が高く、記憶力に長けていて、答えがある問題を解く力の高い人たちが強かったわけです。
しかし、そういう人たちが今は相対的に弱くなっています。むしろ重要になっているのは、「これってなぜなんですか?」「そもそも前提は正しいんですか?」「先生の言っていることは本当ですか?」といった角度から物事を問う目線を持てるかどうか。つまり、他の人と違う視点を提示できる人です。こうした人たちは、これからの世界でも大きく生き残っていく気がしています。
面接の焦点は“独立思考”と前提を問う視点
吉田:本当の意味での地頭の良さというのは、問題意識を持ち、表面に見えるものの背後にある真相を掘り下げていける力、そういうことなんでしょうか。
小野:そうですね。地頭がいいこと自体は前提としてあると思うんですが、そこに加えてこれからの時代特に大事なのは思考の独立性です。つまり「世の中がこうだから」「公式見解はこうらしいから」といったものを素直に受け止めて、そのまま正解を出そうとするように訓練され過ぎた人は弱い。
むしろ「みんながこう言っているけど、本当か?」「自分は違う視点を持っているんだ」と考えられる人。パンクやロック、あるいはヒップホップ的な精神と言ってもいいかもしれません。アーティストのように自分らしい視点や表現を模索してきた人は強いと思います。
司会者:スタンスを取るということでもあるんですかね。世の中の正解をなぞるのではなく、それを批判的に見て、自分の中でリスクを取ってでも異なるポジションを持つ、そういう姿勢のことなのかなと。
小野:おっしゃるとおりです。そこには勇気も必要ですし、人に嫌われても大丈夫というマインドも含まれている気がします。