【3行要約】
・キャリアの納得感を求めて悩む人が増える一方で、失敗を恐れるあまり選択そのものを避ける若者たちの姿が浮き彫りになっています。
・哲学者の谷川嘉浩氏は「選択する行為自体がリスクに見える時代」と分析し、文芸評論家の三宅香帆氏は「予習したがる若者」の心理を情報過多の時代背景と結びつけて解説します。
・全人格を投入して働く価値観に疑問を投げかけ、自分の「嫌なこと」を明確にした上で環境を選ぶという、心を守るためのキャリア戦略が提案されています。
前回の記事はこちら 納得できないキャリアにモヤモヤした時に考えたいこと
林広恵氏(以下、林):会場からの質問を続けます。では、隣の隣の方。
質問者4:今日のテーマに「キャリアの問い直し」とありましたが、何のために問い直すのかと考えた時、いろんな理由があると思います。ただ、私はやはり
先ほど出てきた“納得感”を得るためなのかなと思っていて。
自分にフィットしていない感覚があると、やっぱりキャリアを問い直したくなる。だからこそ、「納得感」というキーワードが印象に残ったんですが、より深く納得するためには、どんな物語や哲学の言葉が役立つのか。あるいは、お二人が「納得感」にどう向き合ってきたのかや、ご自身の言葉や武器で、どんなふうに取り組んでいるかを、もう少しうかがいたいです。
谷川嘉浩氏(以下、谷川):たぶん世の中的には、納得と後悔って同じ軸に乗っている気がするんですよね。後悔が伴っていると納得感が減るみたいな。でも、そうではなく違う軸だと考える。つまり違うスクロールバーとして想定することもできる気がしていて、納得感もあるし後悔もあるっていう選択もあるんじゃないかと思っているんですよね。
「あの時、ああしていたらどうなっていたんだろう」とか、「あの時、ああしていればよかったな」と思いながら、それでも「これはこれで引き受けよう」と思うことって、全然あっていいと思うんです。
キャリアよりも人間関係のほうが想像しやすいかもしれません。完璧で、傷ひとつない人間関係って、めちゃくちゃ難しいですよね。たぶん、そんなものはほとんどなくて、お互いにちょっとモヤっとすることがあっても、「まあ、いいよね」と言える関係を、みなさんもいくつか持っていると思うんです。
そういう関係って、納得と後悔が共存している状態なんじゃないかなと。だからこそ、「どちらかを選ぶ」のではなく「両方を抱える」ことを当たり前のこととして捉えると、自分の中での納得のあり方も、少し変わってくる気がするんです。
三宅香帆氏(以下、三宅):私も、「納得できていないな」と感じた時に、「なんで今、納得できていないんだろう?」と考えてみることがあります。
例えば、何かを言われてあまり納得感が持てなかった時に、「どうして自分はそんなに引っかかったんだろう?」「どんな価値観が傷ついたんだろう?」と考えてみる。そうすると、「自分はこういうことを許せていないんだな」「こういうことが嫌なんだな」と、自分の“こだわり”に気づくことがあるんです。
そのうえで、「じゃあ、そういう言われ方をされないようにするには、どうすればいいんだろう?」「自分が嫌な思いをしないために、どんな工夫ができるだろう?」と考える。つまり、納得できなかった経験を、そのままにせず、今に還元するというか、次に活かすかたちにするようにしています。
「失敗したくない」「うまくやりたい」と考える人がなぜ増えたのか?
林:では、会場からの質問は、そちらの方で最後にしたいと思います。
質問者5:谷川さんが「後悔するって、別に悪いことじゃない」「失敗してもいいんじゃない」のようにおっしゃっていましたが、「失敗したくない」とか「うまくやりたい」って考えている人は、今の世の中にすごく多い気がしていて。
スタートアップ界隈では「失敗を糧にするんだ」と言われるようになってきている一方で、「やっぱり失敗しないほうがいい」と思っている人もまだまだ多い。これはなぜだと思われますか?
谷川:これ、インタビューでもめちゃくちゃ聞かれるんですよね(笑)。明確な答えはなかなか難しいんですが、やっぱりインターネットの影響は大きいと思っていて。きれいな成功ストーリーや、自分が選ばなかった選択肢を選んだ人の人生が可視化されすぎている。
それによって、「選択する」という行為自体がリスクになっているような時代なんですよね。つまり、チャレンジすることがコストに見えてしまう。可能性を残しておくことのほうが“賢く”見えてしまう。
だから、東大生がコンサルを目指すのかなと。特定の選択肢を選ばないほうが強く見える、そんな社会構造が背景にあるのだと思います。
若い世代が“行動前に予習”をしたがる理由
三宅:私も同じようなことを聞かれた時、逆に「むしろあなたは進んで失敗したいですか?」とインタビュアーに聞き返すことがある(笑)。だって普通、失敗したくないですよね?
谷川:うんうん、失敗はしたくない(笑)。
三宅:やりたいことがあるなら、それをうまく実現できたほうがいいに決まってる。だから、失敗を避けたいのは自然なこと。むしろ、「失敗してもいいや」と思ってやっている仕事のほうが問題。
本気でやっているからこそ、失敗したくない。それよりも、他人の失敗を笑ったり、後ろ指をさすような社会のあり方のほうが問題だと思うんです。でも、SNSの影響で「何かをやります」という発信も増えた一方で、うまくいかなかった時に「失敗したんだ」と言われやすくなったのかもしれない。
つまり昔より、失敗を嫌う反応が目につきやすくなっているのは確かにあるかもしれません。でも、私は「普遍的に人間って、失敗したくない生き物なんじゃないか」と思っていますね。
谷川:それは本当にそうですよね。でも、それだけ「失敗したくない」という言葉が多く語られているのは、ちょっと不思議でもあって。お互いに「失敗したくない確認」みたいなことをし合っている感じもあります。
三宅:それに、上の世代から見ると、若い世代がすごく「予習したがる」ように見えるのかもしれないですね。タイパ、コスパという言葉もそうですけど、そういう価値観が不思議に映ることもあるのかなと。
でも、それも含めて、今の時代って「試行錯誤できる要素」が増えているとも思っていて。情報も取りやすくなったし、予習しやすい環境が整っているからこそ、事前に失敗を避けようとする動きが強まっているのかな、とも感じています。
谷川:なるほど。
質問者5:ありがとうございました。
YouTubeチャンネルを始めて気づいた動画とテキストの違い
林:では、最後にオンラインからいただいたご質問を読み上げます。「最近お二人ともポッドキャストやYouTubeでたくさん発信されていますが、そこから得られた発見や後悔があれば教えてください」。またしても「後悔」ですね(笑)。
谷川:三宅さんは、たしかYouTube……
「三宅書店」でしたっけ? やっていますよね。
三宅:見てくださってありがとうございます。発見はたくさんありますが、一番大きかったのは、「書くのは、なんて楽なんだ」と気づけたことです。動画って本当に大変なんですよ。照明もカメラも音声も必要で。編集もあるし。
自分はこれまで「内容」しか気にしてこなかったんだなと痛感しました。書くことは、本当に内容勝負じゃないですか。だから、それ以外をまったく気にしてこなかった。
でも動画は、コメント欄で「照明が暗い」「音声が聞き取りづらい」「画角が変」みたいなことを書かれて、「あっ、そうか、画角って大事なんだ」とか「音声、そこか……」と気づかされて。自分の発想になかった要素に直面したんです。
試行錯誤してもなかなかうまくいかなくて、照明の正解もわからないし、音声もなぜかガビガビになったりして。そういう苦労を重ねるなかで、「書くって、なんてラクだったんだろう」ってあらためて実感しました。テキストは最高。
谷川:おもしろいですね。やっぱり、自分でYouTubeを運営しているからこその発見ですよね。こういう場で話すのとは、また違いますし。
三宅:そうなんです。こういうイベントやポッドキャストは以前からやっていたんですけど、配信まで全部1人でやるとなると、ほんと大変で。「note」ってなんて楽なんだろうと思いましたね。アップロードが一瞬で終わるんですよ。「えっ、もう終わったの?」って驚くぐらい(笑)。
谷川:テキストは軽いですからね。
三宅:だから「もっとテキストを読む人を増やさなきゃ」という気持ちが強くなりました。
谷川:(笑)
三宅:テキスト文化がなくなったらマジでヤバいですよ。動画だとアップロードの量がすごいことになりますから。
谷川:なるほど。世界の電力を守るためにも、活字に戻ろうと(笑)。
三宅:本当にそう思います。今あるテキストの量が全部動画になったら、人類、アップロードだけで大変なことになりますよ(笑)。
谷川:確かに、それはありますね。